「液-液相分離」の版間の差分

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== 液-液相分離と相図 ==
== 液-液相分離と相図 ==


 液-液相分離が見られる溶液について、それぞれの成分の濃度や温度、圧力などの条件に対して、均一になった領域と二相に分離した領域を示した図を相図という。
 液-液相分離が見られる溶液について、それぞれの成分の濃度や温度、圧力などの条件に対して、均一になった領域と二相に分離した領域を示した図を[[相図]]という。


 よく知られているポリエチレングリコールとデキストランの相図の概略を図2Aに示す。ポリエチレングリコールとデキストランの濃度が一定以上含まれた領域で液-液相分離が生じるが、いずれかの濃度が薄い場合には液-液相分離は生じない。ポリエチレングリコールとデキストランの液-液相分離は、両者がなじみにくいために生じる。このような相分離は分離的(Segregative)相分離という。相図の形は、ポリマーの長さや温度、イオン強度、添加物の有無などによって変化する。
 よく知られているポリエチレングリコールとデキストランの相図の概略を'''図2A'''に示す。ポリエチレングリコールとデキストランの濃度が一定以上含まれた領域で液-液相分離が生じるが、いずれかの濃度が薄い場合には液-液相分離は生じない。ポリエチレングリコールとデキストランの液-液相分離は、両者がなじみにくいために生じる。このような相分離は[[分離的分離|分離的(segregative)相分離]]という。相図の形は、ポリマーの長さや温度、[[イオン強度]]、添加物の有無などによって変化する。


 ATPとポリリン酸の相図の概略を図2Bに示す<ref name=Nobeyama2023 /> [11]。カチオンが存在するときのATPとポリリン酸の相図は島のような形になり、島の内側はATPとポリリン酸が高濃度含まれた液滴が観察されるが、島の外側は相分離しない領域になる。相図を見ると明らかなように、ポリリン酸をある一定の濃度に固定したとき、ATPの濃度を増加させていくとある濃度以上で液-液相分離が生じて液滴が観察されるが、さらにATPを加えていくと意外にもふたたび単一相になる。ATPとポリリン酸のように、互いに親和性のある成分が相互作用して液-液相分離が生じる現象を会合的(Associative)相分離という。
 ATPとポリリン酸の相図の概略を'''図2B'''に示す<ref name=Nobeyama2023 /> [11]。[[カチオン]]が存在するときのATPとポリリン酸の相図は島のような形になり、島の内側はATPとポリリン酸が高濃度含まれた液滴が観察されるが、島の外側は相分離しない領域になる。相図を見ると明らかなように、ポリリン酸をある一定の濃度に固定したとき、ATPの濃度を増加させていくとある濃度以上で液-液相分離が生じて液滴が観察されるが、さらにATPを加えていくと意外にもふたたび単一相になる。ATPとポリリン酸のように、互いに親和性のある成分が相互作用して液-液相分離が生じる現象を[[会合的相分離|会合的(associative)相分離]]という。


 リゾチームとオボアルブミンの相図の概略を図2Cに示す<ref name=Nobeyama2024 /> [12]。この相図はATPとポリリン酸の相図に似ており、リゾチームとオボアルブミンは親和性があるために液-液相分離が生じる。液-液相分離が生じたときの濃厚相には、図1にみられるように液滴のような形状になることが多い。また、低濃度のリゾチームと高濃度のオボアルブミンの領域では、液滴ではなく不定形の凝集体が観察される。タンパク質の凝集体の形成はふつう不可逆であり、イオンを加えたり温度を上げたりしても溶けないことが多い。
 [[リゾチーム]]と[[オボアルブミン]]の相図の概略を図2Cに示す<ref name=Nobeyama2024 /> [12]。この相図はATPとポリリン酸の相図に似ており、リゾチームとオボアルブミンは親和性があるために液-液相分離が生じる。液-液相分離が生じたときの濃厚相には、図1にみられるように液滴のような形状になることが多い。また、低濃度のリゾチームと高濃度のオボアルブミンの領域では、液滴ではなく不定形の凝集体が観察される。タンパク質の凝集体の形成はふつう不可逆であり、イオンを加えたり温度を上げたりしても溶けないことが多い。


 相分離は他にもさまざまな種類がある。ブロックコポリマーなどの高分子で見られる、ナノメートルからマイクロメートルスケールのサイズで生じる相分離をミクロ相分離という<ref name=Leibler1980>'''Leibler, L. (1980).'''<br>Theory of microphase separation in block copolymers. Macromolecules, 13(6), 1602-1617.</ref>[13]。ミクロ相分離は通常のマクロ相分離とは異なり、完全に相分離せず、特定のナノ構造を形成するのが特徴である。相分離が進むときに粘弾性効果によってネットワーク状構造など異常な形態が形成されることがある。このような相分離を粘弾性(Viscoelastic)相分離という<ref name=Tanaka2000>Tanaka, H. (2000).<br>Viscoelastic phase separation. Journal of Physics: Condensed Matter, 12(15), R207.</ref>[14]。相分離の進行によって状態が変わるケースとして、例えば、一部の成分が結晶化し、それによって相分離が進行する結晶化誘起相分離や、小さな分子やコロイド粒子が除去されることで、残りの成分が相分離する枯渇相分離、化学反応が進行するにつれて組成が変化し、ある時点で相分離が起きる反応誘起相分離などもある。
 相分離は他にもさまざまな種類がある。[[ブロックコポリマー]]などの高分子で見られる、ナノメートルからマイクロメートルスケールで生じる相分離を[[ミクロ相分離]]という<ref name=Leibler1980>'''Leibler, L. (1980).'''<br>Theory of microphase separation in block copolymers. Macromolecules, 13(6), 1602-1617.</ref>[13]。ミクロ相分離は通常のマクロ相分離とは異なり、完全に相分離せず、特定のナノ構造を形成するのが特徴である。
 
 相分離が進むときに[[粘弾性効果]]によってネットワーク状構造など異常な形態が形成されることがある。このような相分離を[[粘弾性相分離|粘弾性(Viscoelastic)相分離]]という<ref name=Tanaka2000>Tanaka, H. (2000).<br>Viscoelastic phase separation. Journal of Physics: Condensed Matter, 12(15), R207.</ref>[14]
 
 相分離の進行によって状態が変わるケースとして、例えば、一部の成分が[[結晶化]]し、それによって相分離が進行する[[結晶化誘起相分離]]や、小さな分子や[[コロイド]]粒子が除去されることで、残りの成分が相分離する[[枯渇相分離]]、化学反応が進行するにつれて組成が変化し、ある時点で相分離が起きる[[反応誘起相分離]]などもある。


== 液滴と流動性 ==
== 液滴と流動性 ==