「エストロゲン」の版間の差分

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 Gタンパク質共役受容体である[[GPR30]]は[[細胞膜]]に局在し、17β-エストラジオールに対して高い親和性を示す。17β-エストラジオールに結合したGPR30は[[環状アデノシン一リン酸]] ([[cyclic adenosine monophosphate]]; [[cAMP]])や[[細胞外シグナル調節キナーゼ]] ([[extracellular signal-regulated kinase]]; [[ERK]])を介した[[細胞内情報伝達]]を制御することが示されている<ref name=Filardo2000><pubmed>11043579</pubmed></ref><ref name=Maggiolini2010><pubmed>19767412</pubmed></ref>。
 Gタンパク質共役受容体である[[GPR30]]は[[細胞膜]]に局在し、17β-エストラジオールに対して高い親和性を示す。17β-エストラジオールに結合したGPR30は[[環状アデノシン一リン酸]] ([[cyclic adenosine monophosphate]]; [[cAMP]])や[[細胞外シグナル調節キナーゼ]] ([[extracellular signal-regulated kinase]]; [[ERK]])を介した[[細胞内情報伝達]]を制御することが示されている<ref name=Filardo2000><pubmed>11043579</pubmed></ref><ref name=Maggiolini2010><pubmed>19767412</pubmed></ref>。


== ニューロステロイドとしてのエストロゲンの機能 ==
== ニューロステロイドとしての機能 ==
=== 脳の性差と性行動 ===
=== 脳の性差と性行動 ===
 産まれてすぐに去勢したラットにエストロゲンを投与すると、雄の性行動が誘導される一方で、ゴナドトロピンの分泌と雌の性行動が抑制されることが示された<ref name=Booth1977><pubmed>845532</pubmed></ref>。この知見から、脳の性分化が、精巣由来のアンドロゲンが脳内でエストロゲンへ変換されることによって起こることが示唆された。シトクロムP450アロマターゼは性的二型核で高度に発現しており<ref name=Sasano1998><pubmed>9578823</pubmed></ref><ref name=Selmanoff1977><pubmed>891467</pubmed></ref>、これら脳領域でテストステロンをエストロゲンに変換することによって、男性化や男性特有の性行動に寄与すると考えられている<ref name=McCarthy2008><pubmed>18195084</pubmed></ref>。しかし、このメカニズムは鳥類やげっ歯類の研究結果を基に提唱されたものであり、ヒトや霊長類に拡張できるかについてはまだ議論がある。
 産まれてすぐに去勢した[[ラット]]にエストロゲンを投与すると、雄の[[性行動]]が誘導される一方で、ゴナドトロピンの分泌と雌の性行動が抑制されることが示された<ref name=Booth1977><pubmed>845532</pubmed></ref>。この知見から、脳の性分化が、精巣由来のアンドロゲンが脳内でエストロゲンへ変換されることによって起こることが示唆された。シトクロムP450アロマターゼは[[性的二型核]]で高度に発現しており<ref name=Sasano1998><pubmed>9578823</pubmed></ref><ref name=Selmanoff1977><pubmed>891467</pubmed></ref>、これら脳領域でテストステロンをエストロゲンに変換することによって、男性化や男性特有の性行動に寄与すると考えられている<ref name=McCarthy2008><pubmed>18195084</pubmed></ref>。しかし、このメカニズムは[[鳥類]]や[[げっ歯類]]の研究結果を基に提唱されたものであり、[[ヒト]]などの[[霊長類]]に拡張できるかについてはまだ議論がある。


=== シナプスの構造と機能 ===
=== シナプスの構造と機能 ===
 17β-エストラジオールは、シナプスの構造や機能の調節において重要な役割を果たしていると考えられている。Runeらの研究グループは、in vitroで培養したラット海馬切片をシトクロムP450アロマターゼ阻害薬であるレトロゾールで処置して17β-エストラジオールを減少させると、スパインやシナプスの密度が減少し、シナプス前タンパク質シナプトフィジンとシナプス後タンパク質スピノフィリンの発現が低下することを示した<ref name=Kretz2004><pubmed>15229239</pubmed></ref>。レトロゾール処置によるシナプトフィジンとスピノフィリンの減少は、メスマウスの海馬においても観察されている<ref name=Zhou2010><pubmed>20097718</pubmed></ref>。
 17β-エストラジオールは、[[シナプス]]の構造や機能の調節において重要な役割を果たしていると考えられている。Runeらの研究グループは、in vitroで培養したラット[[海馬]][[切片]]をシトクロムP450アロマターゼ[[阻害薬]]である[[レトロゾール]]で処置して17β-エストラジオールを減少させると、[[スパイン]]やシナプスの密度が減少し、シナプス前タンパク質[[シナプトフィジン]]とシナプス後タンパク質[[スピノフィリン]]の発現が低下することを示した<ref name=Kretz2004><pubmed>15229239</pubmed></ref>。レトロゾール処置によるシナプトフィジンとスピノフィリンの減少は、メスマウスの海馬においても観察されている<ref name=Zhou2010><pubmed>20097718</pubmed></ref>。


 また、17β-エストラジオールと長期増強(LTP)との関連も報告されている。雄ラットの海馬スライスにレトロゾールを処置すると、海馬CA1領域のLTPの振幅が60%減少する一方、ベースラインには影響しない<ref name=Grassi2011><pubmed>21749911</pubmed></ref>。レトロゾールは、脳内でテストステロンを増加させる可能性があるが、Tozziらは、アンドロゲン受容体阻害薬が雄ラットから調製した海馬切片のLTPに影響を及ぼさないことを示している<ref name=Tozzi2019><pubmed>31866827</pubmed></ref>。従って、17β-エストラジオールは海馬CA1錐体細胞層に作用して、LTPに影響すると考えられる。
 また、17β-エストラジオールと[[長期増強]]([[LTP]])との関連も報告されている。雄ラットの海馬スライスにレトロゾールを処置すると、海馬[[CA1]]領域のLTPの振幅が60%減少する一方、ベースラインには影響しない<ref name=Grassi2011><pubmed>21749911</pubmed></ref>。レトロゾールは、脳内でテストステロンを増加させる可能性があるが、Tozziらは、アンドロゲン受容体阻害薬が雄ラットから調製した海馬切片のLTPに影響を及ぼさないことを示している<ref name=Tozzi2019><pubmed>31866827</pubmed></ref>。従って、17β-エストラジオールは海馬CA1錐体細胞層に作用して、LTPに影響すると考えられる。


 遺伝子発現変化を伴わないnon-genomic signaling pathwaysおよび遺伝子発現変化を伴うgenomic signaling pathwaysの双方が17β-エストラジオールによるシナプスの構造形成や機能の調節に関わっている。Non-genomic signaling pathwaysにおいて、AktシグナルやERKシグナルを中心としたリン酸化シグナルが主要なメカニズムであると考えられている<ref name=Levenga2017><pubmed>29173281</pubmed></ref><ref name=Mao2016><pubmed>26567109</pubmed></ref><ref name=Sweatt2001><pubmed>11145972</pubmed></ref>。一方、17β-エストラジオールはCREBの活性化を介してBDNFやPDS95の発現を増大させ、シナプス可塑性を調節することも示唆されている<ref name=Lu2019><pubmed>30728170</pubmed></ref>。
 遺伝子発現変化を伴わないnon-genomic signaling pathwaysおよび遺伝子発現変化を伴うgenomic signaling pathwaysの双方が17β-エストラジオールによるシナプスの構造形成や機能の調節に関わっている。Non-genomic signaling pathwaysにおいて、AktシグナルやERKシグナルを中心としたリン酸化シグナルが主要なメカニズムであると考えられている<ref name=Levenga2017><pubmed>29173281</pubmed></ref><ref name=Mao2016><pubmed>26567109</pubmed></ref><ref name=Sweatt2001><pubmed>11145972</pubmed></ref>。一方、17β-エストラジオールはCREBの活性化を介してBDNFやPDS95の発現を増大させ、シナプス可塑性を調節することも示唆されている<ref name=Lu2019><pubmed>30728170</pubmed></ref>。

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