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== シグナル伝達 == | == シグナル伝達 == | ||
Neuroblastoma x glioma hybrid NG108-15細胞におけるDORを介したcyclic AMP (cAMP) 産生抑制の報告を起源として発展してきた<ref name=Law1993><pubmed>8388986</pubmed></ref> | Neuroblastoma x glioma hybrid NG108-15細胞におけるDORを介したcyclic AMP (cAMP) 産生抑制の報告を起源として発展してきた<ref name=Law1993><pubmed>8388986</pubmed></ref>。オピオイド受容体にリガンドが結合するとGタンパク質の一種であるGi/Goタンパク質を介してアデニル酸シクラーゼ (AC) の機能を抑える。これによりセカンドメッセンジャーであり、プロテインキナーゼの活性化を促すcAMP の産生が抑制されることになる。さらにはK<sup>+</sup>チャネルの開口促進やCa<sup>2+</sup>チャネルの開口抑制、細胞機能の調節を行なうことでグルタミン酸やサブスタンスPなどの疼痛伝達に重要な神経伝達物質の放出を抑制することで末梢性鎮痛効果を生じるとされている。 | ||
=== | ===オピオイド受容体シグナル伝達の turn off 機構 === | ||
精製 MORと精製GiやGoタンパク質との再構成研究から、アゴニストの受容体への結合親和性は、Gタンパク質非存在下では低いが、Gタンパク質との再構成により上昇することが示された<ref name=Ueda1988><pubmed>2842801</pubmed></ref><ref name=Ueda1990><pubmed>2154551</pubmed></ref>。この事実はオピオイド受容体がアゴニストにより活性化されると、Gタンパク質が受容体から乖離することでアゴニストの受容体親和性が低下し、結果としてオピオイド受容体シグナル伝達のturn offが生じると理解される。一方、細胞内シグナル伝達におけるturn off機構としてはオピオイド受容体がCキナーゼや受容体キナーゼによりリン酸化を受けることにおいても観察される。後者におけるリン酸化はβアレスチンにより固定される。すなわち、リクルートされたβアレスチンがリン酸化受容体に結合することにより、オピオイド受容体とGタンパク質との相互作用が阻害される。 | |||
さらに、βアレスチンはオピオイド受容体の内在化および脱感作を促すとともに、それ自身によりc-Src、Akt、ERKなどのいくつかのシグナル伝達分子の足場となり、Gタンパク質非依存性の、あるいは、Gタンパク質機能を抑制するシグナル伝達機構が存在することも報告されている('''図1''')。こうした G タンパク質非依存性シグナルが副作用に関わるという知見から、Gタンパク質偏向性アゴニストが副作用の少ない治療薬開発のために重要であるという考え方(バイアスドアゴニスト仮説)がある。しかしながら、βアレスチンを介するシグナルの生理的意義については、未だ議論の渦中である。<ref name=Bruchas2010><pubmed>20401607</pubmed></ref><ref name=Che2023><pubmed>37995655</pubmed></ref><ref name=Coutens2023><pubmed>36584882</pubmed></ref><ref name=Ju2025><pubmed>40076488</pubmed></ref><ref name=Kelly2023><pubmed>36170657</pubmed></ref><ref name=Lefkowitz2005><pubmed>15845844</pubmed></ref><ref name=Martyn2019><pubmed>30673555</pubmed></ref><ref name=Shukla2011><pubmed>21764321</pubmed></ref>。 | |||
図1 シナプス後オピオイド受容体シグナル伝達の概要。アゴニスト刺激は、オピオイド受容体(MOR、KOR、DOR、NOR)とヘテロ三量体Gi/ | 図1 シナプス後オピオイド受容体シグナル伝達の概要。アゴニスト刺激は、オピオイド受容体(MOR、KOR、DOR、NOR)とヘテロ三量体Gi/oタンパク質との共役を導き、Gタンパク質の活性化とGαおよびGβγサブユニットの解離を引き起こし、これらがそれぞれ別のエフェクター分子を活性化する。Gβγ複合体はCa2+チャネルの阻害とK+チャネルの活性化を担う。一方、Gαはアデニル酸シクラーゼ活性を阻害する。その後、受容体はGRKやPKCなどのキナーゼによってリン酸化され、脱感作、βアレスチンのリクルートメント、そしてこれらの受容体の内在化が起こる。この時点で、受容体は分解されるか、細胞膜へリサイクルされる。 βアレスチン依存性エンドソームは、様々なエフェクター分子にもシグナルを伝達する。GRK:G タンパク質結合受容体キナーゼ、PKC:プロテインキナーゼC、 MAPK:マイトジェン活性化プロテインキナーゼ、P:リン酸化。(文献 12 Figure 1から改変)<ref name=Coutens2023><pubmed>36584882</pubmed></ref> | ||
== 各受容体サブタイプの特徴 == | |||
過去 20 年間で、薬理学的ツールの改良と遺伝学的アプローチの発展により、オピオイドの細胞応答における、各オピオイド受容体の役割が明らかになった <ref name=Chung2013><pubmed>23764370</pubmed></ref><ref name=Gaveriaux-Ruff2013><pubmed>23448470</pubmed></ref><ref name=Lutz2013><pubmed>23219016</pubmed></ref><ref name=Sauriyal2011><pubmed>21208657</pubmed></ref><ref name=Shippenberg2008><pubmed>19128202</pubmed></ref>。 | |||
=== μオピオイド受容体=== | |||
MORはモルヒネの鎮痛作用に最も関連がある受容体であるが、内因性オピオイドペプチドでは、エンケファリンやβエンドルフィンに対して高親和性を有する。一方、ダイノルフィンに対しては低親和性である。 | |||
=== | ====生理作用 ==== | ||
MORの活性化は激しい痛みを強力に抑制することから、術後および癌性疼痛管理の主なターゲットとされている <ref name=Zollner2007><pubmed>17087119</pubmed></ref>。オピオイド性の鎮痛薬の多くはMORに対して強く結合するものである。また、MOR は報酬処理でも中心的な役割を果たし<ref name=LeMerrer2009><pubmed>19789384</pubmed></ref>、依存性行動における主な要因となるなど、臨床的に有用なオピオイドと乱用されるオピオイドの鎮痛特性と依存性の両方を媒介すると考えられている。受容体の中でもさらに鎮痛や多幸感などに関与するμ1受容体と呼吸抑制や掻痒感、鎮静、依存性形成などに関与するμ2受容体が存在する。μ3受容体というものも報告されているが <ref name=Cadet2003><pubmed>12734358</pubmed></ref>、その機能はよく分かっていない。 | |||
====細胞内動態 ==== | |||
受容体の輸送と調節については、リガンド依存性の特徴を表す。すなわち、モルヒネは受容体の内在化を促進しないが、ペプチド性 MORアゴニストDAMGO は強力な内在化を引き起こす <ref name=Finn2001><pubmed>11738029</pubmed></ref>。すなわち、内在化受容体は、細胞膜にリサイクルされることで、応答性を維持していると考えられている。MOR関連末梢性鎮痛評価においてモルヒネの繰り返し投与による脱感作はプロテインキナーゼC (PKC)阻害剤で解除されるが、DAMGOは脱感作を示さない <ref name=Inoue2000><pubmed>10773042</pubmed></ref>。モルヒネに結合した受容体は、内在化されずにシグナル伝達が持続・変容し、耐性形成を生じさせると考えられている<ref name=Ueda2001><pubmed>11312280</pubmed></ref>。 | |||
=== | ==== 遺伝子欠損マウス ==== | ||
いくつかのグループからエクソン1, あるいは エクソン2や3を標的として遺伝子欠損マウスが作製された<ref name=Loh1998><pubmed>9555078</pubmed></ref><ref name=Sora1997><pubmed>9037090</pubmed></ref>。MOR-KOマウスは、モルヒネやその他のミュー特異的オピオイドリガンドの作用(鎮痛作用、報酬作用、耐性など)が減少または消失することからMORはモルヒネの鎮痛作用やその他の作用に不可欠であることが実証されている<ref name=Loh1998><pubmed>9555078</pubmed></ref><ref name=Roy1998><pubmed>9795212</pubmed></ref>。 | |||
=== | ===== 末梢性 MOR の生理的役割 ===== | ||
一次求心性Nav1.8陽性ニューロンにおいて特異的にMORを欠損させたコンディショナルノックアウト(cKO)マウスを用いた解析では<ref name=Weibel2013><pubmed>24069332</pubmed></ref>、モルヒネの炎症性疼痛に対する鎮痛効果は末梢性 MORを介することが証明されている。 | |||
===== 依存症への関与 ===== | |||
条件づけ場所嗜好性または自己投与パラダイムにおける解析では、アルコール、D9-テトラヒドロカンナビノール(THC)、およびニコチンの報酬効果が抑制されることから、MORは依存症・離脱症状の発症に関与することが報告されている<ref name=Contet2004><pubmed>15194118</pubmed></ref><ref name=Kieffer2002><pubmed>12015197</pubmed></ref>。 | |||
===== 免疫機能 ===== | |||
マクロファージの貪食やTNF-αの分泌への関与が示唆されているが<ref name=Roy1998><pubmed>9795212</pubmed></ref>、脾臓および胸腺細胞数の減少、およびマイトジェン誘導性増殖作用への関与は認められていない。 | |||
== δオピオイド受容体 (Delta-Opioid Receptor/DOP, OP1) == | == δオピオイド受容体 (Delta-Opioid Receptor/DOP, OP1) == | ||