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{{box|text= 内因性オピオイドは、 | {{box|text= 内因性オピオイドは、 前駆体として生成されるペプチド群(POMC由来のβ-エンドルフィン、プロエンケファリン A由来のMet‑、Leu‑エンケファリン、プロダイノルフィン由来のダイノルフィンなど)が酵素的プロセシングを経て産生される神経ペプチドであり、それらはμ、δ、κのGタンパク質共役型オピオイド受容体に選択的に結合する。生理活性としては鎮痛・報酬・ストレス応答の調節などに関与し、受容体選択性はたとえばエンケファリンがδ受容体に、β‑エンドルフィンとエンケファリンがμ受容体に強い親和性を示す一方、ダイノルフィンはκ受容体への作用が特徴である。受容体の発現分布として、μ受容体は中枢神経系全域および侵害受容線維に広く分布し、δ受容体は海馬・扁桃体・基底核・視床下部などの皮質・辺縁系領域に豊富に存在することが明らかになっている。}} | ||
== 発見 == | == 発見 == | ||
[[モルヒネ]]を始めとする[[麻薬性鎮痛薬]] ([[narcotics]]) は微量で[[がん性疼痛]]のような強力な痛みを抑制することやその作用点が主に脳にあることから、脳内にモルヒネ鎮痛作用を担う、いわゆる薬物受容体が存在することが推定されていた。1972年前後に世界における数グループより、トリチウム標識モルヒネ類似化合物([[opiates]])である<sup>3</sup>H-[[レボルファノール]]が脳組織からの[[細胞膜]]に特異的に結合すること、その結合に[[立体異性体特異性]]が存在すること、薬理作用がモルヒネ誘導体である[[ナロキソン]]により競合的に拮抗されることが報告され、「[[オピエート受容体]] ([[opiate receptor]])」の存在が認識されてきた<ref name=Goldstein1971><pubmed>5288759</pubmed></ref><ref name=Pert1973><pubmed>4687585</pubmed></ref>。 | [[モルヒネ]]を始めとする[[麻薬性鎮痛薬]] ([[narcotics]]) は微量で[[がん性疼痛]]のような強力な痛みを抑制することやその作用点が主に脳にあることから、脳内にモルヒネ鎮痛作用を担う、いわゆる薬物受容体が存在することが推定されていた。1972年前後に世界における数グループより、トリチウム標識モルヒネ類似化合物([[opiates]])である<sup>3</sup>H-[[レボルファノール]]が脳組織からの[[細胞膜]]に特異的に結合すること、その結合に[[立体異性体特異性]]が存在すること、薬理作用がモルヒネ誘導体である[[ナロキソン]]により競合的に拮抗されることが報告され、「[[オピエート受容体]] ([[opiate receptor]])」の存在が認識されてきた<ref name=Goldstein1971><pubmed>5288759</pubmed></ref><ref name=Pert1973><pubmed>4687585</pubmed></ref>。 | ||
これに端を発し、その受容体に結合する内因性モルヒネ様物質の探索に乗り出し、Hughes、Kosterlitzのグループが初めてMet- | これに端を発し、その受容体に結合する内因性モルヒネ様物質の探索に乗り出し、Hughes、Kosterlitzのグループが初めてMet-エンケファリン(Tyr-Gly-Gly-Phe-Met)とLeu-エンケファリン (Tyr-Gly-Gly-Phe-Leu)というペプチドを発見した<ref name=Hughes1975><pubmed>1207728</pubmed></ref>。この研究はペプチドが脳における特定の感覚機能を司るという新しい概念として注目され、さらに数々な脳機能をつかさどる神経ペプチド発見へとつながった。 | ||
その後β- | その後β-リポトロピンの部分ペプチドにMet-エンケファリン配列を含むβ-エンドルフィンが発見され同様なオピエート様作用を有することが報告された<ref name=Li1976><pubmed>1063395</pubmed></ref>。この時点でオピエートと内因性のモルヒネ様ペプチドを総称してオピオイドと呼ばれるようになった。その後次々とMet-エンケファリンやLeu-エンケファリン配列を含むペプチドが発見され、これらを総称してエンドルフィン類と呼ぶことが提唱された。 | ||
[[ファイル:Ueda Opiate Fig1.png|サムネイル|3種の内因性オピオイドペプチド前駆体<br>文献<ref name=Kakidani1982><pubmed>6123953</pubmed></ref><ref name=Nakanishi1979><pubmed>221818</pubmed></ref><ref name=Noda1982><pubmed>6276759</pubmed></ref><ref name=Kakitani2015>'''柿谷 均 (2015).'''<br> 伝説の生化学者 沼 正作物語 ぶっちぎりのアセチルコリン受容体。化学 70(8), 22-27</ref>などより編集部作成]] | [[ファイル:Ueda Opiate Fig1.png|サムネイル|3種の内因性オピオイドペプチド前駆体<br>文献<ref name=Kakidani1982><pubmed>6123953</pubmed></ref><ref name=Nakanishi1979><pubmed>221818</pubmed></ref><ref name=Noda1982><pubmed>6276759</pubmed></ref><ref name=Kakitani2015>'''柿谷 均 (2015).'''<br> 伝説の生化学者 沼 正作物語 ぶっちぎりのアセチルコリン受容体。化学 70(8), 22-27</ref>などより編集部作成]] | ||
== | ==前駆体 == | ||
米国Udenfriends<ref name=Gubler1982><pubmed>6173760</pubmed></ref>や京都大学沼正作・中西重忠ら<ref name=Kakidani1982><pubmed>6123953</pubmed></ref><ref name=Nakanishi1979><pubmed>221818</pubmed></ref><ref name=Noda1982><pubmed>6276759</pubmed></ref> | 米国Udenfriends<ref name=Gubler1982><pubmed>6173760</pubmed></ref>や京都大学沼正作・中西重忠ら<ref name=Kakidani1982><pubmed>6123953</pubmed></ref><ref name=Nakanishi1979><pubmed>221818</pubmed></ref><ref name=Noda1982><pubmed>6276759</pubmed></ref>のグループにより数々のエンドルフィン類が3つの前駆タンパク質よりプロセシングされて生成されることが明らかとなった(図1)。そのプロセシングはアルギニンやリジンといった塩基性アミノ酸が2個連続した部分で選択的に酵素的切断されると言う仕組みによることが明らかにされ、それ以来多くの神経ペプチドのタンパク質前駆体からのプロセシング機構の基礎を築いた。 | ||
3つの前駆体とは、プレプロオピオメラノコルチン (POMC), プロエンケファリン Aとプロダイノルフィン (プロエンケファリン B)である。特にPOMCはβ-エンドルフィンに加えてストレス関連の神経内分泌ホルモンであるACTH、γMSH、αMSHなどの共通前駆体であることが注目を集めた。プロエンケファリン AにはMet-エンケファリン (ME)、Leu-エンケファリン (LE)のほかME-Arg-Gly-Leu (Octapeptide)やME-Arg-Phe (Heptapeptide)が含まれ、プロダイノルフィン (プロエンケファリン B)にはダイノルフィン <ref name=Kakidani1982><pubmed>6123953</pubmed></ref>、α-ネオエンドルフィン<ref name=Kangawa1981><pubmed>7247946</pubmed></ref>、Leumorphin<ref name=Nakao1983><pubmed>6689399</pubmed></ref>などが含まれる。 | |||
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! scope="col" | [[アミノ酸配列]] | ! scope="col" | [[アミノ酸配列]] | ||
! scope="col" | [[オピオイド受容体]] 標的 | ! scope="col" | [[オピオイド受容体]] 標的 | ||
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! scope="col" colspan="1" | [[エンケファリン]] | ! scope="col" colspan="1" | [[エンケファリン]] | ||
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! scope="col" colspan="4" style="text-align:left" | <sup>†</sup> この記号は、そのペプチドがヒトにおいて当該受容体の主要な内因性アゴニストであることを示す。<br /><sup>‡</sup> この記号は、そのペプチドがヒトにおいて当該受容体に対して最も高い既知の[[効力 (薬理学)|効力]]を持つ内因性リガンドであることを示す。 | ! scope="col" colspan="4" style="text-align:left" | <sup>†</sup> この記号は、そのペプチドがヒトにおいて当該受容体の主要な内因性アゴニストであることを示す。<br /><sup>‡</sup> この記号は、そのペプチドがヒトにおいて当該受容体に対して最も高い既知の[[効力 (薬理学)|効力]]を持つ内因性リガンドであることを示す。 | ||
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== 非古典的オピオイド様ペプチド== | |||
オピオイドペプチドあるいはエンドルフィン類はチロシンで始まるエンケファリンのペプチド配列を有するものとして総称されるが、それ以外にもオピオイド様作用を有するペプチドは数多く発見されている。 | |||
1979年にウシ脳から発見されたキョートロフィン(kyotorphin)はチロシン-アルギニンというジペプチドでMet-エンケファリン遊離作用によるオピオイド性鎮痛効果を示し<ref name=Takagi1979><pubmed>228202</pubmed></ref><ref name=Ueda2021><pubmed>35047919</pubmed></ref>、オピオイド受容体結合阻害活性を有する乳成分由来のカソモルフィン (casomorphin)<ref name=Kaminski2007><pubmed>17666771</pubmed></ref>とヘモグロビン由来のヘモルフィン (hemorphin)<ref name=Brantl1986><pubmed>3743640</pubmed></ref>、スクリーニングで見いだされたエンドモルフィン-1と2 (endomorphin-1/2<ref name=Zadina1997><pubmed>9087409</pubmed></ref>などがある。 | |||
キョートロフィンは前駆タンパク質からのプロセシングでは無く2つのアミノ酸から合成されるという仕組みが報告されている<ref name=Tsukahara2018><pubmed>29289698</pubmed></ref><ref name=Ueda2021><pubmed>35047919</pubmed></ref><ref name=Ueda1987><pubmed>3597366</pubmed></ref>。エンドモルフィン-1と2はそれぞれTyr-Pro-Trp-Phe-NH<sub>2</sub> とTyr-Pro-Trp-Phe-NH<sub>2</sub>という配列でμ受容体に高い親和性を示すことが明らかになっているが前駆タンパク質に関しては現時点ではまだ不明である。 | |||
一方、1994年オピオイド受容体のホモロジースクリーニングから[[opioid receptor-like 1]] ([[ORL-1]])が発見され<ref name=Mollereau1994><pubmed>8137918</pubmed></ref>、次いで1995年には米国とフランスの研究者が別々にORL-1アゴニストを発見し、それぞれOrphanin FQあるいはノシセプチンと名付けた<ref name=Meunier1995><pubmed>7566152</pubmed></ref><ref name=Reinscheid1995><pubmed>7481766</pubmed></ref>。この研究はOrphan受容体をもとに内在性リガンドを発見したいわゆる「逆転薬理学」の先駆けである。このペプチドはエンドルフィン類と同様な前駆タンパク質<ref name=Meunier1995><pubmed>7566152</pubmed></ref>も明らかにされている。 | |||
== 生体内分布 == | == 生体内分布 == | ||
In situ | In situ hybridizationもしくは免疫組織化学研究により3種のオピオイドペプチド自身あるいはその前駆タンパク質の脳内分布が報告されている<ref name=Hentges2009><pubmed>19864580</pubmed></ref><ref name=LeMerrer2009><pubmed>19789384</pubmed></ref><ref name=Maegawa2022><pubmed>35937204</pubmed></ref><ref name=Simonin1998><pubmed>9463367</pubmed></ref>。POMCは脳下垂体や視床下部に高発現し、プロエンケファリン は脳内に広く分布するが特に線条体に高発現する。ダイノルフィンについては、脳内に広く発現している。高発現領域については触れられていないが、皮質、線条体、側坐核、扁桃体で重要な働きをしているとの報告がある。これら前駆タンパク質の共存はあまりよく知られていないが、ダイノルフィンやエンケファリンは線条体でサブスタンスPと共存することなどが知られている<ref name=Anderson1990><pubmed>1693632</pubmed></ref>。脳以外では副腎髄質にProエンケファリン前駆体やそれに由来するエンケファリン含有ペプチドが高濃度存在する<ref name=Udenfriend1983><pubmed>6340606</pubmed></ref>。 | ||
==受容体特異性と生理機能・疾患との関連性 == | |||
β-エンドルフィンは主にμ受容体アゴニストとして機能しモルヒネ様鎮痛効果と類似することが報告されている<ref name=Tseng1976><pubmed>958477</pubmed></ref>。IUPHAR (Guide to Pharmacology)によるとβ-エンドルフィンやMet-エンケファリンはμ受容体発現細胞においてpKi=9.0前後の高親和性を示し、δ受容体に対してはLeu-エンケファリンの方がMet-エンケファリンより高親和性を示す。エンケファリンは鎮痛効果や精神調節作用との関連で報告されている。<ref name=Ragnauth2001><pubmed>11172058</pubmed></ref><ref name=Urca1977><pubmed>867056</pubmed></ref>。 | |||
κ受容体についてはダイノルフィンがβ-エンドルフィンやエンケファリン類と比べて圧倒的に高い親和性を示し、その機能は精神作用との関連で報告されている<ref name=Zhang1985><pubmed>2860611</pubmed></ref>。Nociceptin/ORF-1はORL-1に対して高い親和性を示しORL-1受容体拮抗薬を使った薬理作用実験などから疼痛制御やアンチオピオイド作用など、多様な薬理作用が報告されている<ref name=Mogil1996><pubmed>8930999</pubmed></ref>。 | |||
生理機能・疾患との関連性は'''表2'''のとおりである。 | |||
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|+表2. 内因性オピオイドペプチドの生理機能、疾患との関連 | |+表2. 内因性オピオイドペプチドの生理機能、疾患との関連 | ||
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| ノシセプチン || うつ病 || <ref name=Gavioli2013><pubmed>23711793</pubmed></ref> | | ノシセプチン || うつ病 || <ref name=Gavioli2013><pubmed>23711793</pubmed></ref> | ||
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== 参考文献 == | |||