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Tatsuyamori (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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周辺部のアクチン繊維は糸状仮足、葉状仮足とも[[プラス端]]を外側に向けて配向している。先端部での単量体アクチンの重合によるアクチン繊維の伸長は、糸状仮足や葉状仮足を周辺部に向けて拡大させ、成長円錐の[[wikipedia:ja:形質膜|細胞膜]]は前方に推し進められる。すなわち、周辺部におけるアクチン繊維の重合-脱重合の制御は成長円錐の運動性を規定する大きな要因の一つである。 | 周辺部のアクチン繊維は糸状仮足、葉状仮足とも[[プラス端]]を外側に向けて配向している。先端部での単量体アクチンの重合によるアクチン繊維の伸長は、糸状仮足や葉状仮足を周辺部に向けて拡大させ、成長円錐の[[wikipedia:ja:形質膜|細胞膜]]は前方に推し進められる。すなわち、周辺部におけるアクチン繊維の重合-脱重合の制御は成長円錐の運動性を規定する大きな要因の一つである。 | ||
周辺部の微小管もアクチン繊維と同様にプラス端を外側に向けて配向しており、周辺部への[[細胞接着分子|接着分子]]や膜成分の輸送をガイドする足場として機能する。この微小管依存的な[[膜輸送|小胞輸送]] | 周辺部の微小管もアクチン繊維と同様にプラス端を外側に向けて配向しており、周辺部への[[細胞接着分子|接着分子]]や膜成分の輸送をガイドする足場として機能する。この微小管依存的な[[膜輸送|小胞輸送]]経路は成長円錐の転向運動に重要で、周辺部における微小管の空間的な制御が成長円錐の転向の方向を規定する要因の一つと考えられている。 | ||
さらに、周辺部においてアクチン繊維と微小管は両結合性分子を介して相互作用しており、このアクチン繊維-微小管の相互作用も成長円錐の運動性に大きく関与する。両結合性分子として[[Shot]]、[[Dpod-1]]等が同定されており、これらの分子をを欠く神経細胞では軸索の伸長や走行に異常を示す<ref><pubmed> 11874915</pubmed></ref><ref><pubmed> 12948445 </pubmed></ref> 。 | さらに、周辺部においてアクチン繊維と微小管は両結合性分子を介して相互作用しており、このアクチン繊維-微小管の相互作用も成長円錐の運動性に大きく関与する。両結合性分子として[[Shot]]、[[Dpod-1]]等が同定されており、これらの分子をを欠く神経細胞では軸索の伸長や走行に異常を示す<ref><pubmed> 11874915</pubmed></ref><ref><pubmed> 12948445 </pubmed></ref> 。 | ||
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==== ネトリン ==== | ==== ネトリン ==== | ||
分泌性タンパク質である[[ネトリン]] | 分泌性タンパク質である[[ネトリン]](netrin)は、発生期の脳、脊髄の神経軸索に対し誘引または反発作用を示す両方向性の軸索ガイダンス因子として機能する。例えば、発生期の[[脊髄]]においてネトリン-1は[[底板]]から分泌され[[交連神経]]軸索を誘引して、一方[[運動神経]]軸索を反発する<ref><pubmed> 8978605</pubmed></ref><ref><pubmed> 15960985</pubmed></ref>。ネトリン受容体としては[[DCC]]と[[UNC-5]]が同定されている。ネトリン-1に対する成長円錐の反応性はこれら2種類の受容体の発現パターンに依存しており、DCCのみでは誘引、DCCとUNC-5が共発現し形質膜上で受容体ヘテロダイマーを形成すると反発を呈する<ref><pubmed> 10399920</pubmed></ref>。 | ||
==== セマフォリン ==== | ==== セマフォリン ==== | ||
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[[NGF]]、[[BDNF]]などの[[神経栄養因子]]は、標的細胞から分泌され神経細胞の分化、軸索伸長、生存維持等の生理活性を持つ<ref><pubmed> 11520916</pubmed></ref>。発生期の生体内において、神経栄養因子が明瞭な濃度勾配を形成しているという決定的な証拠はないが、NGFは培養条件下で成長円錐を誘引する作用を持つ因子として最初に報告された<ref><pubmed> 493992 </pubmed></ref>。また、発生期の組織内に神経栄養因子に浸したビーズを置くと周辺の軸索がビーズに向かって伸長することも報告されている<ref><pubmed>11135642 </pubmed></ref>。 | [[NGF]]、[[BDNF]]などの[[神経栄養因子]]は、標的細胞から分泌され神経細胞の分化、軸索伸長、生存維持等の生理活性を持つ<ref><pubmed> 11520916</pubmed></ref>。発生期の生体内において、神経栄養因子が明瞭な濃度勾配を形成しているという決定的な証拠はないが、NGFは培養条件下で成長円錐を誘引する作用を持つ因子として最初に報告された<ref><pubmed> 493992 </pubmed></ref>。また、発生期の組織内に神経栄養因子に浸したビーズを置くと周辺の軸索がビーズに向かって伸長することも報告されている<ref><pubmed>11135642 </pubmed></ref>。 | ||
=== | === 成長円錐の転向運動を制御する細胞内シグナル経路 === | ||
成長円錐の運動性は細胞骨格、接着分子とそのリサイクリングにより規定されるが、成長円錐の前進速度に空間的な非対称性が生じれば、成長円錐は全体として転向運動を呈することになる。実際に、軸索ガイダンス因子が制御する成長円錐の転向運動にも[[Rho]]ファミリー[[低分子量Gタンパク質]]、[[ADF]]/[[コフィリン]]、[[Ena]]/[[Vasp]]、[[APC]]などの細胞骨格制御分子<ref><pubmed>19373241</pubmed></ref> 、[[FAK]]、[[Src]][[チロシンリン酸化|チロシンキナーゼ]]による細胞接着の制御<ref><pubmed>21940449</pubmed></ref> が関与することが明らかにされている。 | |||
上述したとおり、成長円錐は軸索ガイダンス因子に対する応答性(反応の有無、誘引- | 上述したとおり、成長円錐は軸索ガイダンス因子に対する応答性(反応の有無、誘引-反発の方向)を場所や時期により変化させる。また、成長円錐は生体内で様々な軸索ガイダンス因子のシグナルを受容しており、成長円錐の転向の方向は多様な細胞内シグナル伝達経路の複雑なクロストークの結果決定されると考えられる。近年、成長円錐の転向方向(誘引 or 反発)を決定する分子メカニズムの理解が急速に進んでおり、以下に転向の方向を規定する因子について概説する。 | ||
==== セカンドメッセンジャーによる制御 ==== | ==== セカンドメッセンジャーによる制御 ==== | ||
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===== 環状ヌクレオチド ===== | ===== 環状ヌクレオチド ===== | ||
[[環状ヌクレオチド]]である[[CAMP|cAMP]]および[[CGMP|cGMP]] | [[環状ヌクレオチド]]である[[CAMP|cAMP]]および[[CGMP|cGMP]]シグナルは、同一軸索ガイダンス因子に対する成長円錐の転向の方向を規定するものとして報告が多い。 例えば、ネトリン-1及びBDNFの濃度勾配に対する成長円錐の誘引は、cAMPのアンタゴニストである[[Rp-cAMPs]]の投与によって反発へと逆転する<ref><pubmed>9427246</pubmed></ref><ref><pubmed>9230436</pubmed></ref>。また、[[軸索再生]]阻害因子として知られ軸索反発を誘導する[[MAG]]の濃度勾配に対する反発は、cAMPアゴニストである[[Sp-cAMPs]]の投与により誘引へと逆転する<ref><pubmed>9727979</pubmed></ref>。さらに、cGMPのアゴニストである[[8-Br-cGMP]]の投与によりネトリン-1による誘引が反発へと逆転する報告もあり<ref><pubmed>12827203</pubmed></ref>、多くの軸索ガイダンス因子に共通するメカニズムとしてcAMPシグナルが優位だと誘引性、cGMPシグナルが優位だと反発性の転向運動を誘導すると考えられている。 cAMP/cGMPの下流では主に[[プロテインキナーゼA]](PKA)/[[プロテインキナーゼG]](PKG)が機能すると考えられており、これら2種類のリン酸化酵素の標的分子などの違いにより成長円錐の誘引と反発という正反対の応答が誘導されると考えられている。 | ||
===== 細胞内Ca<sup>2+</sup>シグナル ===== | ===== 細胞内Ca<sup>2+</sup>シグナル ===== | ||
[[ケージドカルシウム光解離法]]を用いて、成長円錐内に局所的なCa<sup>2+</sup> | [[ケージドカルシウム光解離法]]を用いて、成長円錐内に局所的なCa<sup>2+</sup>シグナルを励起すると、成長円錐の転向運動が誘導される<ref><pubmed>10638759</pubmed></ref>。また誘引性、反発性を問わず、様々な軸索ガイダンス因子の濃度勾配に遭遇した成長円錐内で非対称なCa<sup>2+</sup>濃度上昇が観察されること<ref><pubmed>21386859</pubmed></ref>、成長円錐内のCa<sup>2+</sup>シグナルを遮断すると軸索ガイダンス因子に対する誘引、反発応答の両方が消失することから、局所的なCa<sup>2+</sup>シグナルは成長円錐の転向運動制御の中心的役割を担っていると考えられている。 | ||
Ca<sup>2+</sup>シグナルが誘引-反発の両方を誘導するメカニズムとして、現在2つのモデルが提唱されている。 | Ca<sup>2+</sup>シグナルが誘引-反発の両方を誘導するメカニズムとして、現在2つのモデルが提唱されている。 | ||
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1つは成長円錐内で上昇するCa<sup>2+</sup>の絶対量の差が誘引-反発を決定するというモデルで<ref><pubmed>15603734 </pubmed></ref>、低Ca<sup>2+</sup>流入ではCa<sup>2+</sup>に対するアフィニティーの高い分子のみが活性化され反発性応答が、高Ca<sup>2+</sup>流入はCa<sup>2+</sup>に対するアフィニティーの低い分子も活性化され誘引性応答が誘導するとされている。 | 1つは成長円錐内で上昇するCa<sup>2+</sup>の絶対量の差が誘引-反発を決定するというモデルで<ref><pubmed>15603734 </pubmed></ref>、低Ca<sup>2+</sup>流入ではCa<sup>2+</sup>に対するアフィニティーの高い分子のみが活性化され反発性応答が、高Ca<sup>2+</sup>流入はCa<sup>2+</sup>に対するアフィニティーの低い分子も活性化され誘引性応答が誘導するとされている。 | ||
2つ目は、転向方向は流入するCa<sup>2+</sup>チャネルの種類に依存するというモデルで、小胞体ストアからのCa<sup>2+</sup>放出を伴うと誘引性、それ以外のCa<sup>2+</sup>シグナルは反発性応答が誘導されると考えられている<ref><pubmed>16172206</pubmed></ref>。このモデルでは、各種Ca<sup>2+</sup>チャネルの近傍に存在するCa<sup>2+</sup>感受性分子の違いが成長円錐の転向方向を決定すると予想されている。 | |||
転向運動を誘導するCa<sup>2+</sup>シグナルの下流因子として、誘引性シグナルには[[カルモジュリン]](calmodulin)依存性[[リン酸化酵素]]である[[CaMキナーゼⅡ]](CaMKⅡ)が、反発性シグナルには[[脱リン酸化酵素]]である[[カルシニューリン]](calcineurin)がそれぞれ中心的な役割を担っていると考えられている<ref><pubmed>15363394</pubmed></ref>。 | |||
==== 膜トラフィッキング ==== | ==== 膜トラフィッキング ==== | ||
113行目: | 113行目: | ||
[[Image:旋回方向決定.png|thumb|450px|図5 成長円錐の旋回方向を規定する要因の例。]] | [[Image:旋回方向決定.png|thumb|450px|図5 成長円錐の旋回方向を規定する要因の例。]] | ||
近年、エキソサイトーシスやエンドサイトーシスといった細胞膜トラフィッキングも軸索ガイダンス因子が誘導する成長円錐の転向運動に関与することが報告されている<ref><pubmed>21386859</pubmed></ref>。これまでの見解として、誘引性ガイダンス因子ではエキソサイトーシスが、反発性ガイダンス因子ではエンドサイトーシスがそれぞれ非対称に成長円錐内で活性化され、成長円錐は転向運動を呈すると考えられている。また、人為的にエンドサイトーシスやエキソサイトーシスを成長円錐の片側で促進あるいは阻害すると成長円錐の転向運動が誘導されるという報告もあり<ref><pubmed>20471350</pubmed></ref>、軸索ガイダンス因子は成長円錐内のエキソサイトーシス/エンドサイトーシスの空間的なバランスを制御することで、成長円錐の転向運動の方向性を規定すると考えられる(図5)。 | |||
==== 局所タンパク質合成と分解 ==== | ==== 局所タンパク質合成と分解 ==== | ||
成長円錐には小胞体や[[MRNA]]、[[リボソーム]]、[[翻訳制御因子]]等タンパク質の[[wikipedia:ja:翻訳 (生物学)|翻訳]] | 成長円錐には小胞体や[[MRNA]]、[[リボソーム]]、[[翻訳制御因子]]等タンパク質の[[wikipedia:ja:翻訳 (生物学)|翻訳]]合成に必要な分子機構が備わっており、近年、成長円錐内でのタンパク質の局所翻訳が軸索ガイダンス因子による転向運動の制御に重要であることが報告されている。 | ||
例えば、細胞体から切り離した軸索の成長円錐はネトリン-1の濃度勾配に対し誘引されるが、この誘引応答はタンパク質合成阻害剤により消失する<ref><pubmed> 11754834</pubmed></ref> | 例えば、細胞体から切り離した軸索の成長円錐はネトリン-1の濃度勾配に対し誘引されるが、この誘引応答はタンパク質合成阻害剤により消失する<ref><pubmed> 11754834</pubmed></ref>。同様に、BDNF、Sema3A、Slit2など、他の軸索ガイダンス因子ついても成長円錐の転向運動の誘導に局所タンパク質合成が必要であることが明らかにされている<ref><pubmed> 21530230</pubmed></ref>。 | ||
軸索ガイダンス因子による局所翻訳の制御機構は不明な点も多いが、少しずつ知見が得られている。例えば、ネトリン-1非存在下では受容体であるDCCとリボソームが結合しタンパク質合成を抑制しているが、ネトリン-1がDCCに結合するとリボソームがDCCから解離し抑制が外れタンパク質合成が起きることが報告されている<ref><pubmed>20434207</pubmed></ref>。 | 軸索ガイダンス因子による局所翻訳の制御機構は不明な点も多いが、少しずつ知見が得られている。例えば、ネトリン-1非存在下では受容体であるDCCとリボソームが結合しタンパク質合成を抑制しているが、ネトリン-1がDCCに結合するとリボソームがDCCから解離し抑制が外れタンパク質合成が起きることが報告されている<ref><pubmed>20434207</pubmed></ref>。 また、転向運動を誘導するCa<sup>2+</sup>シグナルに応じて空間的に非対称なβ-[[アクチン]]のmRNAの翻訳が誘発されることも報告されており<ref><pubmed>16980965</pubmed></ref>、Ca<sup>2+</sup>シグナルの下流でタンパク質の翻訳合成を制御する機構の存在も示唆されている。 | ||
また、最近になり、[[マイクロRNA]] | また、最近になり、[[マイクロRNA]](miRNA)による局所タンパク質翻訳制御が成長円錐の転向運動に関与することも報告されている<ref><pubmed>22051374 </pubmed></ref>。 | ||
一方、成長円錐において[[ユビキチン]]-[[プロテアソーム]] | 一方、成長円錐において[[ユビキチン]]-[[プロテアソーム]]系のタンパク質分解システムも機能しており、これも転向運動に関与すると考えらており、今後軸索ガイダンスシグナルにより分解が促進されるタンパク質群の同定や、分解系の活性化機構の解明が待たれる。 <br> | ||
== 関連項目 == | == 関連項目 == |
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