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同義語:反応潜時 | 同義語:反応潜時 | ||
反応時間とは、生体に刺激が与えられてからその刺激に対する外的に観察可能な反応が生じるまでの時間である。特に、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]が何らかの知覚・認知課題を遂行する際の、随意的行動による反応について言う(例えば、ランプが点灯したらすぐボタンを押す)。類義語に潜時(latency)があるが、これは反応時間より広い概念で、ヒト以外の動物の反応や、行動ではなく生理指標として観察される反応についても言う(例えば、[[視覚]]刺激提示から視覚[[誘発電位]]が生じるまでの時間)。 | |||
ここでは、ヒトの行動実験における反応時間について説明する。 | ここでは、ヒトの行動実験における反応時間について説明する。 | ||
反応時間は課題遂行成績(performance)の重要な指標である。反応時間が長いほど、複雑で多くの心的処理を要したと考えられる。ただし、反応時間は刺激の入力から反応の出力までに起こる種々の処理過程を総体として反映する指標である。それら処理過程は少なくとも刺激の[[知覚]]、判断や反応選択、反応の運動実行の3段階に分けられるが、いずれもが反応時間に影響を生じうる。なお、反応時間の平均的な長さだけでなく、ばらつき(標準偏差など)が分析されることもある。 | |||
==いろいろな反応時間== | ==いろいろな反応時間== | ||
[[ファイル:RTfprtmt.png| | [[ファイル:RTfprtmt.png|thumb|300px|'''図1.''' 反応時間と運動時間(MT)、先行期間(FP)。例として、予告刺激の音が鳴った後、反応刺激として左右どちらかのランプ(□)が点灯し、点灯した方のボタン(○)をできるだけ速く押す(押すとランプは消灯)という課題の場合を示す。あらかじめボタン上に指を置き、指の動きだけで反応する場合(上段)では、反応刺激提示からボタン押しまでの時間を反応時間とする。指をスタート位置から動かして(リーチング動作)ボタンを押す場合(下段)では、運動開始までを反応時間とすることが多い。ただし、運動時間も含めて反応時間と呼ぶこともある。]] | ||
反応時間測定では、手指ボタン押し反応のほか、足のペダル押し、発声、[[眼球運動]]なども用いられる<ref>[[眼球運動]]の場合には反応時間ではなく潜時と呼ぶことが多い。</ref>。リーチング<ref>英:reaching、到達運動。目標となる物体に向けて手をのばす、あるいは手をのばして触れる行動。</ref> | 反応時間測定では、手指ボタン押し反応のほか、足のペダル押し、発声、[[眼球運動]]なども用いられる<ref>[[眼球運動]]の場合には反応時間ではなく潜時と呼ぶことが多い。</ref>。リーチング<ref>英:reaching、到達運動。目標となる物体に向けて手をのばす、あるいは手をのばして触れる行動。</ref>のような動作に比較的時間のかかる反応では、刺激提示から運動開始までを反応時間、運動開始から終了までを[[運動時間]](movement time, MT)と呼んで区別することもある(図1)。 | ||
ただし、単純な反応動作でも多数の筋肉が関与するものである。[[ | 短距離走のスタートのような全身運動による反応については、[[全身反応時間]](whole body reaction time)と呼ぶ。例えば、刺激が提示されたらできるだけ速く跳び上がらせ(垂直跳び課題)、両足が地を離れるまでの時間として測定する。 | ||
<ref name=MorenoEtal2011><pubmed> 21184808 </pubmed></ref>。 | |||
ただし、単純な反応動作でも多数の筋肉が関与するものである。[[筋電図]](EMG)で筋肉の運動潜時を調べると、反応時間と一致するとは限らないし、筋によっても差がある<ref name=MorenoEtal2011><pubmed> 21184808 </pubmed></ref>。 | |||
===課題による分類=== | ===課題による分類=== | ||
25行目: | 25行目: | ||
既知の1種の刺激が提示され、それに対して決められた1種の反応をする(単純検出課題)ときの反応時間。例えば、音が聞こえたらできるだけ速くボタンを押す。 | 既知の1種の刺激が提示され、それに対して決められた1種の反応をする(単純検出課題)ときの反応時間。例えば、音が聞こえたらできるだけ速くボタンを押す。 | ||
下の2種よりも平均的には短く、[[視覚]]ないし[[聴覚]]刺激に対するボタン押しでは150~300ms程度である。 | |||
====選択反応時間(choice reaction time, CRT)==== | ====選択反応時間(choice reaction time, CRT)==== | ||
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====Go/No-Go反応時間(Go/No-Go reaction time)==== | ====Go/No-Go反応時間(Go/No-Go reaction time)==== | ||
[[弁別反応時間]](discriminative reaction time)とも。既知の複数の刺激のいずれかが提示され、そのうち特定の刺激の場合のみ、決められた1種の反応をするときの反応時間。例えば、緑光か赤光が提示され、緑ならボタンを押し、赤なら何もしない。つまり、反応するかしないか(Go/No-Go)を判断する。 | |||
==初期の研究== | ==初期の研究== | ||
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'''E G Boring'''<br>A history of experimental psychology (2nd ed.)<br>''New York: Appleton-Century-Crofts'': 1950, p. 147</ref>。 | '''E G Boring'''<br>A history of experimental psychology (2nd ed.)<br>''New York: Appleton-Century-Crofts'': 1950, p. 147</ref>。 | ||
直接の契機は、1849~1850年に[[wikipedia:ja:ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ|ヘルムホルツ]] | 直接の契機は、1849~1850年に[[wikipedia:ja:ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ|ヘルムホルツ]]が[[wikipedia:ja:カエル|カエル]][[運動神経]]伝達速度を毎秒24.6~35.4mと測定したことだった | ||
<ref>'''K M Olesko, F L Holmes'''<br>Experiment, quantification, and discovery: Helmholtz's early physiological researches, 1843-50.<br> | <ref>'''K M Olesko, F L Holmes'''<br>Experiment, quantification, and discovery: Helmholtz's early physiological researches, 1843-50.<br> | ||
In David Cahan (ed), Hermann von Helmholtz and the foundations of nineteenth-century science.<br>''Berkeley: University of California Press'': 1993, pp. 50-108.</ref><ref><pubmed>12122806</pubmed></ref><ref>実際には、[[活動電位]]の伝達速度は[[髄鞘]]の有無や神経線維の太さによって大きく異なる。 | In David Cahan (ed), Hermann von Helmholtz and the foundations of nineteenth-century science.<br>''Berkeley: University of California Press'': 1993, pp. 50-108.</ref><ref><pubmed>12122806</pubmed></ref><ref>実際には、[[活動電位]]の伝達速度は[[髄鞘]]の有無や神経線維の太さによって大きく異なる。 | ||
63行目: | 63行目: | ||
とは言え、心的処理の速さへの関心は今なお続いている(近年では、特に物理的時間と心的時間のずれの問題として多くの研究者の興味を引いている | とは言え、心的処理の速さへの関心は今なお続いている(近年では、特に物理的時間と心的時間のずれの問題として多くの研究者の興味を引いている | ||
<ref><pubmed>12200181</pubmed></ref><ref>'''ベンジャミン・リベット 下條信輔(訳)'''<br>マインド・タイム 脳と意識の時間<br>''東京: 岩波書店'': 2005 | <ref><pubmed>12200181</pubmed></ref><ref>'''ベンジャミン・リベット 下條信輔(訳)'''<br>マインド・タイム 脳と意識の時間<br>''東京: 岩波書店'': 2005</ref>)。減算法のアイデアの拡張・修正も提案されてきた<ref>'''S Sternberg'''<br>The discovery of processing stages: Extentions of Donders' method.<br>In W G Koster (ed), Attention and perfprmance II.<br>''Amsterdam: North-Holland'': 1969, pp. 276-315.</ref><ref name=TeichnerKrebs1974><pubmed>4812881</pubmed></ref>。現在では、反応時間のモデルは多くの変数を考慮に入れた複雑なものとなっている <ref name=MillerUlrich2003><pubmed>12643892</pubmed></ref><ref name=RatcliffSmith2004><pubmed>15065913</pubmed></ref>。 | ||
</ref>)。減算法のアイデアの拡張・修正も提案されてきた<ref>'''S Sternberg'''<br>The discovery of processing stages: Extentions of Donders' method.<br> | |||
In W G Koster (ed), Attention and perfprmance II.<br>''Amsterdam: North-Holland'': 1969, pp. 276-315.</ref><ref name=TeichnerKrebs1974><pubmed>4812881</pubmed></ref>。現在では、反応時間のモデルは多くの変数を考慮に入れた複雑なものとなっている <ref name=MillerUlrich2003><pubmed>12643892</pubmed></ref><ref name=RatcliffSmith2004><pubmed>15065913</pubmed></ref>。 | |||
==反応時間の性質== | ==反応時間の性質== | ||
77行目: | 75行目: | ||
反応時間分布にあてはめるモデルとしては、[[wikipedia:ja:ワイブル分布|ワイブル分布]]や[[wikipedia:ja:対数正規分布|対数正規分布]]も用いるが、 | 反応時間分布にあてはめるモデルとしては、[[wikipedia:ja:ワイブル分布|ワイブル分布]]や[[wikipedia:ja:対数正規分布|対数正規分布]]も用いるが、 | ||
[[wikipedia:Exponentially_modified_Gaussian_distribution|ex-Gaussian分布]] を用いることが多い<ref name=Ratcliff1993><pubmed>8272468</pubmed></ref><ref> | [[wikipedia:Exponentially_modified_Gaussian_distribution|ex-Gaussian分布]] を用いることが多い<ref name=Ratcliff1993><pubmed>8272468</pubmed></ref><ref>'''T Van Zandt'''<br>Analysis of response time distributions.<br>In H Pashler, J Wixted (eds.) Steven's handbook of experimental psychology (3rd ed.) Volume 4, Methodology in experimental psychology.<br>''New York: John Wiley & Sons'': 2002, pp. 461-516.</ref> <ref>'''A Heathcote, S J Popiel, D J K Mewhort'''<br>Analysis of response time distributions: An example using the Stroop task.<br>''Psychol Bull'': 1993, 109;340-347 </ref> <ref>'''Y Lacouture, D Cousineau'''<br>How to use MATLAB to fit the ex-Gaussian and other probability functions to a distribution of response times.<br> | ||
'''T Van Zandt'''<br>Analysis of response time distributions.<br>In H Pashler, J Wixted (eds.) Steven's handbook of experimental psychology (3rd ed.) Volume 4, Methodology in experimental psychology.<br>''New York: John Wiley & Sons'': 2002, pp. 461-516.</ref> <ref>'''A Heathcote, S J Popiel, D J K Mewhort'''<br>Analysis of response time distributions: An example using the Stroop task.<br>''Psychol Bull'': 1993, 109;340-347 </ref> <ref> | |||
'''Y Lacouture, D Cousineau'''<br>How to use MATLAB to fit the ex-Gaussian and other probability functions to a distribution of response times.<br> | |||
''Tutorials in Quantitative Methods for Psychology'': 2008, 4;35-45 </ref>。 | ''Tutorials in Quantitative Methods for Psychology'': 2008, 4;35-45 </ref>。 | ||
===速さと正確さのトレードオフ=== | ===速さと正確さのトレードオフ=== | ||
反応は速くしようとするほど不正確になり、正確にしようとするほど遅くなる。この交換関係を速さと正確さのトレードオフ(speed-accuracy tradeoff, SAT)という。平均選択反応時間 <math>RT</math> と正答率 <math>P(C)</math> ・誤答率 <math>P(E)</math> の関係は次式で記述できる(<math>a</math>, <math>b</math> はパラメータ)<ref name=Welford1980ch3>'''A T Welford'''<br>Choice reaction time: Basic concepts.<br>In A T Welford (ed.) Reaction times. | 反応は速くしようとするほど不正確になり、正確にしようとするほど遅くなる。この交換関係を速さと正確さのトレードオフ(speed-accuracy tradeoff, SAT)という。平均選択反応時間 <math>RT</math> と正答率 <math>P(C)</math> ・誤答率 <math>P(E)</math> の関係は次式で記述できる(<math>a</math>, <math>b</math> はパラメータ)<ref name=Welford1980ch3>'''A T Welford'''<br>Choice reaction time: Basic concepts.<br>In A T Welford (ed.) Reaction times.''London: Academic Press'': 1980, pp. 73-128</ref>。 | ||
''London: Academic Press'': 1980, pp. 73-128</ref>。 | |||
<math>RT = a + b \log \frac{P(C)}{P(E)} \, </math> | <math>RT = a + b \log \frac{P(C)}{P(E)} \, </math> | ||
137行目: | 132行目: | ||
Hickの法則は、全選択肢が等確率( <math>p = 1/n</math> )のケースに相当する。 | Hickの法則は、全選択肢が等確率( <math>p = 1/n</math> )のケースに相当する。 | ||
=== | ===先行期間 === | ||
典型的な実験では、まず予告刺激(warning | 典型的な実験では、まず予告刺激(warning signal) | ||
<ref> | <ref>クリック音などの短時間の音刺激や、反応刺激出現位置を予告する小さな図形などが用いられる。 | ||
クリック音などの短時間の音刺激や、反応刺激出現位置を予告する小さな図形などが用いられる。 | |||
反応刺激が視覚刺激の場合には、その出現時に被験者が別の場所を注視していると、刺激を見落としたり、 | 反応刺激が視覚刺激の場合には、その出現時に被験者が別の場所を注視していると、刺激を見落としたり、 | ||
反応刺激へ向かう眼球運動を生じて余計な時間がかかったりすることになる。 | 反応刺激へ向かう眼球運動を生じて余計な時間がかかったりすることになる。 | ||
そのため、十字などの注視点を予告刺激として提示し、これに必ず注視するよう被験者に求めることが多い。 | そのため、十字などの注視点を予告刺激として提示し、これに必ず注視するよう被験者に求めることが多い。</ref> | ||
</ref> | |||
を提示し、数秒程度の先行期間(foreperiod, FP)の後に反応すべき刺激(反応刺激、response stimulus)を提示する(図1) | を提示し、数秒程度の先行期間(foreperiod, FP)の後に反応すべき刺激(反応刺激、response stimulus)を提示する(図1) | ||
<ref name=ITI> | <ref name=ITI> | ||
被験者の反応から次の試行の予告刺激までの間、すなわち、試行と試行の間にも時間間隔がある。こちらはITI(inter-trial interval)と呼ばれる。通常、ITIは一定とする。 | 被験者の反応から次の試行の予告刺激までの間、すなわち、試行と試行の間にも時間間隔がある。こちらはITI(inter-trial interval)と呼ばれる。通常、ITIは一定とする。</ref> | ||
</ref> | |||
。被験者は予告刺激によって試行の開始を知り、反応に備える。 | 。被験者は予告刺激によって試行の開始を知り、反応に備える。 | ||
300msを下回るような極端に短いFPを用いると、反応が遅くなる。 | 300msを下回るような極端に短いFPを用いると、反応が遅くなる。 | ||
これは[[心理的不応期]](psychological refractory period, PRP)と関連する現象と考えられている | |||
<ref name=Davis1959> | <ref name=Davis1959> | ||
'''R Davis'''<br> | '''R Davis'''<br> | ||
190行目: | 182行目: | ||
反応が速い時には、中枢神経系でも情報処理が速く進行した可能性がある。 | 反応が速い時には、中枢神経系でも情報処理が速く進行した可能性がある。 | ||
そこで、反応時間と神経活動の生理指標との関連性が、主に[[ | そこで、反応時間と神経活動の生理指標との関連性が、主に[[脳波]](EEG)のような時間解像度の高い方法で検討されてきた。 | ||
例えば視覚刺激の単純検出課題では、反応時間が長かった試行の視覚誘発電位は、反応時間が短かった試行に比べて、潜時が長く、また振幅も小さい | |||
<ref><pubmed>4160389</pubmed></ref> | <ref><pubmed>4160389</pubmed></ref> | ||
。 | 。 | ||
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''J Exp Psychol'': 1970, 84;383-391 | ''J Exp Psychol'': 1970, 84;383-391 | ||
</ref> | </ref> | ||
)。これは単に[[感覚器]]の応答が速くなるためだけでなく、いくつかの原因による | |||
<ref name=Nissen1977> | <ref name=Nissen1977> | ||
'''M J Nissen'''<br> | '''M J Nissen'''<br> | ||
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''Percept Pstchophys'': 1977, 22;338-352 | ''Percept Pstchophys'': 1977, 22;338-352 | ||
</ref> | </ref> | ||
。刺激強度と反応時間の関係は、指数が負の[[wikipedia:ja:べき関数|べき関数]]で表せる([[Piéronの法則]] | |||
<ref name=PinsBonnet1996><pubmed>8935900</pubmed></ref> | <ref name=PinsBonnet1996><pubmed>8935900</pubmed></ref> | ||
)。 | )。 | ||
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===刺激モダリティ=== | ===刺激モダリティ=== | ||
視覚刺激に対する単純反応時間は、聴覚刺激や[[触覚]]刺激に対するものより長い。[[味覚]]刺激や[[嗅覚]]刺激ではさらに長いと言われている | |||
<ref name=Welford1980ch1> | <ref name=Welford1980ch1> | ||
'''J M T Brebner, A T Welford'''<br> | '''J M T Brebner, A T Welford'''<br> | ||
236行目: | 228行目: | ||
</ref> | </ref> | ||
。 | 。 | ||
ただし、異なる[[モダリティ]]の刺激の強度を何らかの意味で一致させた上での実験が必要なため | |||
(例えば光と音について | (例えば光と音について | ||
<ref name=Kohfeld1971><pubmed>5577177</pubmed></ref> | <ref name=Kohfeld1971><pubmed>5577177</pubmed></ref> | ||
245行目: | 237行目: | ||
<ref name=Nickerson1973><pubmed>4757060</pubmed></ref> | <ref name=Nickerson1973><pubmed>4757060</pubmed></ref> | ||
。例えば、光刺激に対する単純反応時間は、音刺激が同時に提示されると短縮する。 | 。例えば、光刺激に対する単純反応時間は、音刺激が同時に提示されると短縮する。 | ||
このとき音刺激は課題に無関係でよく、これを[[付属刺激]](accesory stimulus)と呼ぶ。 | |||
===反応方法=== | ===反応方法=== | ||
反応の動作を行う器官を[[効果器]](effector)と呼ぶ。効果器によって反応時間は異なる。手指ボタン押しでは、ボタン上にあらかじめ指を乗せておき、指を動かすだけで反応できるようにする。押していたボタンを離すことで反応させる方法もある。手指ボタン押しに比べ、足でのペダル踏みや発声による口頭反応は数10ms遅い | |||
<ref name=Oyama1985 /> | <ref name=Oyama1985 /> | ||
<ref name=SeashoreSeashore1941> | <ref name=SeashoreSeashore1941> | ||
269行目: | 257行目: | ||
。 | 。 | ||
多数のボタンの一つを選んで押す課題では、腕を動かす必要がある。このように大きな動作を伴う場合には、相応の運動時間(MT)が加わるので、 | |||
ボタン押し反応時間は手指ボタン押しの場合より長くなる(図1)。 | ボタン押し反応時間は手指ボタン押しの場合より長くなる(図1)。 | ||
278行目: | 265行目: | ||
<ref name=SeashoreSeashore1941 /> | <ref name=SeashoreSeashore1941 /> | ||
<ref name=Oyama1985 /> | <ref name=Oyama1985 /> | ||
<ref name=Simon1967><pubmed>6065838</pubmed></ref> | <ref name=Simon1967><pubmed>6065838</pubmed></ref>。 | ||
。 | 選択反応時間では、[[wikipedia:ja:利き手|利き手]]の反応の方が速いことがある | ||
<ref name=Rabbitt1978><pubmed>693786</pubmed></ref> | <ref name=Rabbitt1978><pubmed>693786</pubmed></ref> | ||
<ref name=KerrEtal1963><pubmed>14079023</pubmed></ref> | <ref name=KerrEtal1963><pubmed>14079023</pubmed></ref>。 | ||
。 | |||
一般に利き手は非利き手より運動に関わる成績がよく、運動時間(MT)や運動の正確さで利き手の優位性が見られる | 一般に利き手は非利き手より運動に関わる成績がよく、運動時間(MT)や運動の正確さで利き手の優位性が見られる | ||
<ref name=ElliottEtal1993> | <ref name=ElliottEtal1993>'''D Elliott, E A Roy, D Goodman, R G Carson, R Chua, B K V Maraj'''<br> | ||
'''D Elliott, E A Roy, D Goodman, R G Carson, R Chua, B K V Maraj'''<br> | Asymmetries in the preparation and control of manual aiming movements.<br>''Can J Exp Psychol'': 1993, 47;570-589</ref>。 | ||
Asymmetries in the preparation and control of manual aiming movements.<br> | |||
''Can J Exp Psychol'': 1993, 47;570-589 | |||
</ref> | |||
。 | |||
ところが、視覚標的への指差し反応ではむしろ非利き手の方がMTを除いた反応時間(刺激提示から運動開始までの時間)が短い | ところが、視覚標的への指差し反応ではむしろ非利き手の方がMTを除いた反応時間(刺激提示から運動開始までの時間)が短い | ||
<ref name=CarsonEtal1990><pubmed>2290495</pubmed></ref> | <ref name=CarsonEtal1990><pubmed>2290495</pubmed></ref>。 | ||
。 | これは空間情報処理の[[大脳]][[右半球]]優位性のためと考えられている。反応時間の左右差は知覚から運動まで様々な段階の左右差を反映するため、課題内容によっても結果が変化する<ref name=Rabbitt1978 /><ref name=ElliottEtal1993 />。 | ||
また、個人差も大きい<ref name=AnnettAnnett1979><pubmed>486877</pubmed></ref>。 | |||
<ref name=Rabbitt1978 /> | |||
<ref name=ElliottEtal1993 /> | |||
。 | |||
また、個人差も大きい | |||
<ref name=AnnettAnnett1979><pubmed>486877</pubmed></ref> | |||
。 | |||
[[感覚器官]]の左右差が見られることもある。聴覚単純反応時間は、刺激が右耳に提示された時の方がわずかに短い<ref name=Simon1967 />。 | |||
視覚単純反応時間も、刺激を利き目に提示した方が短くなる<ref name=MunicciConnors1964><pubmed>14129728</pubmed></ref>。 | |||
<ref name=Simon1967 /> | なお、単眼提示より両眼提示<ref name=MunicciConnors1964 />、また片耳提示より両耳提示<ref name=Simon1967 />の方が反応時間は短い。 | ||
。 | |||
視覚単純反応時間も、刺激を利き目に提示した方が短くなる | |||
<ref name=MunicciConnors1964><pubmed>14129728</pubmed></ref> | |||
。 | |||
なお、単眼提示より両眼提示 | |||
<ref name=MunicciConnors1964 /> | |||
、また片耳提示より両耳提示 | |||
<ref name=Simon1967 /> | |||
の方が反応時間は短い。 | |||
===刺激-反応適合性=== | ===刺激-反応適合性=== | ||
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[[ファイル:RTcompatibility.png|frame|'''図3.''' 空間的刺激-反応適合性(spatial S-R compatibility)の例。 | [[ファイル:RTcompatibility.png|frame|'''図3.''' 空間的刺激-反応適合性(spatial S-R compatibility)の例。 | ||
右のランプが点灯したら右のボタンを押す場合(適合条件)では、右のランプが点灯したら左のボタンを押す場合(非適合条件) | 右のランプが点灯したら右のボタンを押す場合(適合条件)では、右のランプが点灯したら左のボタンを押す場合(非適合条件) | ||
よりも、反応時間が短くなる。 | よりも、反応時間が短くなる。]] | ||
]] | |||
刺激の特性と反応の特性が適合的なときは、非適合的なときより反応が速く正確になる。例えば高い音に対して「高い」、低い音に対して「低い」と答えるのは、高い音に対して「低い」、低い音に対して「高い」と答えるより容易である。このような違いを、[[刺激-反応適合性(stimulus-response compatibility)の効果]]と呼ぶ<ref name=FittsSeeger1953><pubmed>13084867</pubmed></ref> | |||
<ref name=FittsSeeger1953><pubmed>13084867</pubmed></ref> | |||
<ref name=ProctorReeve1990> | <ref name=ProctorReeve1990> | ||
'''R W Proctor, T G Reeve (eds.)'''<br> | '''R W Proctor, T G Reeve (eds.)'''<br> | ||
Stimulus-response compatibility: An integrated perspective.<br> | Stimulus-response compatibility: An integrated perspective.<br> | ||
''Amsterdam: North-Holland'': 1990 | ''Amsterdam: North-Holland'': 1990</ref>。 | ||
</ref> | |||
。 | |||
よく研究されているのは空間的適合性である(図3)。例えば右側の刺激に対しては右のボタンで、左の刺激に対しては左のボタンで反応する方が、その逆の組合せよりも速い。これは視覚<ref name=FittsSeeger1953 /><ref name=Wallace1971><pubmed>5090926</pubmed></ref> | |||
、聴覚<ref name=SimonEtal1970><pubmed>5482039</pubmed></ref> | |||
、触覚<ref name=Peters1983><pubmed>6571317</pubmed></ref> | |||
<ref name=FittsSeeger1953 /> | のいずれでも起こる。両手を交差させ右(左)手で左(右)のボタンを押す場合や<ref name=Wallace1971 /> | ||
<ref name=Wallace1971><pubmed>5090926</pubmed></ref> | |||
、聴覚 | |||
<ref name=SimonEtal1970><pubmed>5482039</pubmed></ref> | |||
、触覚 | |||
<ref name=Peters1983><pubmed>6571317</pubmed></ref> | |||
<ref name=Wallace1971 /> | |||
、両手(交差させない)でそれぞれ棒を持ち棒を交差させ右(左)手の棒で左(右)のボタンを押す場合でも | 、両手(交差させない)でそれぞれ棒を持ち棒を交差させ右(左)手の棒で左(右)のボタンを押す場合でも | ||
<ref name=RiggioEtal1986> | <ref name=RiggioEtal1986> | ||
'''L Riggio, L de G Gawryszewski, C Umiltà'''<br> | '''L Riggio, L de G Gawryszewski, C Umiltà'''<br> | ||
What is crossed in crossed-hand effects?<br> | What is crossed in crossed-hand effects?<br> | ||
''Acta Psychol (Amst)'': 1986, 62;89-100 | ''Acta Psychol (Amst)'': 1986, 62;89-100</ref>、刺激位置とボタン位置との間の空間適合性に従った効果が見られる。 | ||
</ref> | |||
、刺激位置とボタン位置との間の空間適合性に従った効果が見られる。 | |||
===疲労と学習=== | ===疲労と学習=== | ||
実験では、被験者は同じ課題を長時間にわたり繰り返す。 | 実験では、被験者は同じ課題を長時間にわたり繰り返す。 | ||
このとき、単純反応時間は[[ビジランス]](vigilance, 持続的[[注意]])の低下や疲労により次第に長くなる | |||
<ref name=Buck1966><pubmed>5325893</pubmed></ref> | <ref name=Buck1966><pubmed>5325893</pubmed></ref> | ||
<ref name=LangnerEtal2010><pubmed>20146071</pubmed></ref> | <ref name=LangnerEtal2010><pubmed>20146071</pubmed></ref> | ||
403行目: | 351行目: | ||
</ref> | </ref> | ||
。 | 。 | ||
単純反応時間も加齢に伴い長くなるが、その程度は緩やかで、しばしば高齢者と若齢者で差が見られない | |||
<ref name=FozardEtal1994 /> | <ref name=FozardEtal1994 /> | ||
<ref name=AnsteyEtal2005 /> | <ref name=AnsteyEtal2005 /> | ||
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同様の[[性差]]は高齢者でも | 同様の[[wikipedia:ja:性差|性差]]は高齢者でも | ||
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<ref name=KerrEtal1991><pubmed>1881996</pubmed></ref> | <ref name=KerrEtal1991><pubmed>1881996</pubmed></ref> | ||
<ref name=HindmarchEtal1990><pubmed>2320715</pubmed></ref> | <ref name=HindmarchEtal1990><pubmed>2320715</pubmed></ref> | ||
。[[アルコール]]や | 。[[wikipedia:ja:アルコール|アルコール]]や | ||
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<ref name=MaylorRabbitt1993><pubmed>8401986</pubmed></ref> | <ref name=MaylorRabbitt1993><pubmed>8401986</pubmed></ref> | ||
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、視覚刺激の[[網膜]]位置 | 、視覚刺激の[[網膜]]位置 | ||
<ref name=Rains1962><pubmed>14168292</pubmed></ref> | <ref name=Rains1962><pubmed>14168292</pubmed></ref> | ||
、[[wikipedia:ja:空間周波数|空間周波数]] | |||
<ref name=LuppEtal1976><pubmed>948887</pubmed></ref> | <ref name=LuppEtal1976><pubmed>948887</pubmed></ref> | ||
、[[wikipedia:ja:コントラスト|コントラスト]] | |||
<ref name=MillerPachella1973 /> | <ref name=MillerPachella1973 /> | ||
<ref name=LuppEtal1976 /> | <ref name=LuppEtal1976 /> | ||
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==解釈の難しさ== | ==解釈の難しさ== | ||
反応時間は有用な指標だが、しばしばそのデータの解釈をめぐって論争がある | 反応時間は有用な指標だが、しばしばそのデータの解釈をめぐって論争がある<ref>例えば[[心的回転]](mental rotation)で、図形の回転角度に比例した反応時間は、[[心的イメージ]]が刺激のアナログ的な表象である証拠と解釈された。しかしこの解釈には反論が多く、心理学上の論争となった(イメージ論争)。また視覚探索(visual search, 例えば画面上の10個の物体の中から目的の物体を探し出す課題)では、反応時間が物体数に比例して長くなることがあるが、これが逐次的情報処理(物体を1つずつ処理する)の反映なのか、並列的情報処理(複数物体を同時に処理する)の速さが変化することの反映なのか、 | ||
<ref> | しばしば議論となる。</ref>。 | ||
例えば[[心的回転]](mental rotation)で、図形の回転角度に比例した反応時間は、 | |||
しばしば議論となる。 | |||
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反応方法や計測方法の違いで変化してしまうことからもわかるように、心的処理について考える上で反応時間の絶対的な値には意味がないことが多い。 | 反応方法や計測方法の違いで変化してしまうことからもわかるように、心的処理について考える上で反応時間の絶対的な値には意味がないことが多い。 | ||
今日ほとんどの研究では、条件間で反応時間に相対的な差があるかどうかを検討している。 | 今日ほとんどの研究では、条件間で反応時間に相対的な差があるかどうかを検討している。 | ||
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==測定と分析の実際== | ==測定と分析の実際== | ||
[[ファイル:RTresponseboxes.jpg|thumb|'''図4.''' 実験用反応ボタンの例]] | [[ファイル:RTresponseboxes.jpg|thumb|250px|'''図4.''' 実験用反応ボタンの例]] | ||
===器具=== | ===器具=== | ||
533行目: | 471行目: | ||
例えばリフレッシュレートが60Hzならば、視覚刺激は16.7 msの単位でしか操作できない。 | 例えばリフレッシュレートが60Hzならば、視覚刺激は16.7 msの単位でしか操作できない。 | ||
精密な実験では、フォトダイオードなどを用いて実際に画面が刺激光を発する時間を確かめるべきである。 | 精密な実験では、フォトダイオードなどを用いて実際に画面が刺激光を発する時間を確かめるべきである。 | ||
</ref> | </ref>。 | ||
。 | |||
===誤答の除外=== | ===誤答の除外=== | ||
研究目的にもよるが、誤答の反応時間は分析から除外するのが一般的である。課題がきちんと遂行されなかったと考えられるからである。 | |||
ただし、誤答が少なくない時には誤答反応時間の分析が役立つこともある(例えば<ref><pubmed>15917795</pubmed></ref>)。 | |||
ただし、誤答が少なくない時には誤答反応時間の分析が役立つこともある(例えば | |||
<ref><pubmed>15917795</pubmed></ref> | |||
)。 | |||
===分布の非対称性と外れ値への対処=== | ===分布の非対称性と外れ値への対処=== | ||
反応時間は分布が非対称になりやすく、また外れ値(outlier)を含む。従って、そのまま算術平均を代表値としたり、分散分析のような正規性を仮定する分析を適用することには問題が多い。まずデータの分布を見て、強い非対称性や明らかな外れ値がないか確認すべきである。 | |||
[[wikipedia:ja:算術平均|算術平均]]のかわりに、よく[[wikipedia:ja:中央値|中央値]]が用いられる。外れ値の除外(cutoff)および変数変換も有効である<ref name=Ratcliff1993 />。変数変換には、[[wikipedia:ja:対数変換|対数変換]]や[[wikipedia:ja:逆数変換|逆数変換]]が用いられる(図2)。反応時間の逆数は反応速度の指標とみなすことができる。 | |||
<ref name=Ratcliff1993 /> | |||
外れ値は一定の基準に基づいて除外する。算術平均からの一定距離を基準とする(例えば、平均±3[[wikipedia:ja:標準偏差|標準偏差]]を超えたら除外)のは、分布の非対称性を考えれば妥当ではない。適切な変数変換の後に行うべきである。上限と下限を一律に定めて除外する方法もある。単純反応時間は平均150~300ms程度なので、これを極端に下回る反応時間は尚早反応、つまりフライングの結果である可能性が高い。そこで、100ないし150ms程度を下限とし、それ以下は外れ値と見なす。 | |||
上限の基準はしばしば恣意的だが、概して除外されるデータが全体の数%以下になる程度に決められるようである。 | 上限の基準はしばしば恣意的だが、概して除外されるデータが全体の数%以下になる程度に決められるようである。 | ||