「語彙」の版間の差分

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8 バイト追加 、 2012年5月20日 (日)
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 単語の聴覚的認知に関してはコホート(Cohort)・モデル<ref><pubmed> 3581730 </pubmed></ref>と呼ばれる概念モデルが有名である。このモデルが提唱する枠組みでは、単語の聴覚的認知は以下3つのステージに大別される。単語(例.stack)が聴覚的に入力されると、1)最初の100-150ミリ秒時点での音素系列(例.sta-)と合致する単語表現(例.stab、stack、stagger…)がまず全て活性化され、2)継起する音や文脈に基づいて候補が絞られていき、3)最終的にひとつの単語(stack)が特定される。この最初に活性化される単語群を語頭コホート(word-initial cohort)という。コホートとはもともとローマの歩兵隊を指すことばであり、単語の大群が徐々に選択されていく過程を軍隊の行進になぞらえているのである。コホート・モデルは、たとえば以下の実験によって支持される。この実験では被験者にcaptain(船長)あるいはcaptive(捕虜)のような語が音声で提示されていき、その途中で視覚的に表示される語の語彙判断が求められた。このとき、音声が「capt-」の時点で視覚刺激が提示されると、captainおよびcaptiveと意味的に関連する「boat(船)」「guard(看守)」といった語に対する反応が促進されたのである。これは語彙的[[プライミング効果]]の一種であり、聴覚提示が「capt-」の時点ではcaptainとcaptiveが共に活性化されていることを示唆するものといえる。McClellandとElmanの提案したTRACE <ref><pubmed> 3753912 </pubmed></ref>というニューラルネットワーク・モデルはコホート・モデルの枠組みと合致しており、聴覚提示される単語が複数の候補から徐々に選択されていく過程をシミュレートすることができる。
 単語の聴覚的認知に関してはコホート(Cohort)・モデル<ref><pubmed> 3581730 </pubmed></ref>と呼ばれる概念モデルが有名である。このモデルが提唱する枠組みでは、単語の聴覚的認知は以下3つのステージに大別される。単語(例.stack)が聴覚的に入力されると、1)最初の100-150ミリ秒時点での音素系列(例.sta-)と合致する単語表現(例.stab、stack、stagger…)がまず全て活性化され、2)継起する音や文脈に基づいて候補が絞られていき、3)最終的にひとつの単語(stack)が特定される。この最初に活性化される単語群を語頭コホート(word-initial cohort)という。コホートとはもともとローマの歩兵隊を指すことばであり、単語の大群が徐々に選択されていく過程を軍隊の行進になぞらえているのである。コホート・モデルは、たとえば以下の実験によって支持される。この実験では被験者にcaptain(船長)あるいはcaptive(捕虜)のような語が音声で提示されていき、その途中で視覚的に表示される語の語彙判断が求められた。このとき、音声が「capt-」の時点で視覚刺激が提示されると、captainおよびcaptiveと意味的に関連する「boat(船)」「guard(看守)」といった語に対する反応が促進されたのである。これは語彙的[[プライミング効果]]の一種であり、聴覚提示が「capt-」の時点ではcaptainとcaptiveが共に活性化されていることを示唆するものといえる。McClellandとElmanの提案したTRACE <ref><pubmed> 3753912 </pubmed></ref>というニューラルネットワーク・モデルはコホート・モデルの枠組みと合致しており、聴覚提示される単語が複数の候補から徐々に選択されていく過程をシミュレートすることができる。


=== 音読・発話に関するモデル  ===
==== 音読・発話に関するモデル  ====
====二重経路カスケード・モデル====
=====二重経路カスケード・モデル=====
 上で見てきた単語の視覚認知モデルは、文字列の視覚的形状をもとに語彙情報へ直接アクセスすることを通常のやり方として仮定していた。しかし非単語であっても、「ワクホ」や「trisk」のような文字列は容易に発音できる。つまり視覚的な文字列を音韻情報へとある規則に従って変換するような経路は脳内に存在しているのだと考えられる。こうした背景に基づき、Coltheartらは音読過程の二重経路カスケード・モデル(dual-route cascaded model)<ref><pubmed> 11212628 </pubmed></ref>を提案した。このモデルでは非単語を読むときには語彙情報を介さず、書記素‐音素対応規則(grapheme-phoneme correspondence rule)に従って文字列を音素に変換するという過程を経る。この過程は音声読み(phonetic reading)ともいわれる。一方で語彙情報へのアクセスを介して音素に変換するプロセスもあり、規則に従わない例外的な発音をする単語(例.家来、yacht)はこの経路のみで処理される。こちらの過程は全語読み(whole-word reading)という。  
 上で見てきた単語の視覚認知モデルは、文字列の視覚的形状をもとに語彙情報へ直接アクセスすることを通常のやり方として仮定していた。しかし非単語であっても、「ワクホ」や「trisk」のような文字列は容易に発音できる。つまり視覚的な文字列を音韻情報へとある規則に従って変換するような経路は脳内に存在しているのだと考えられる。こうした背景に基づき、Coltheartらは音読過程の二重経路カスケード・モデル(dual-route cascaded model)<ref><pubmed> 11212628 </pubmed></ref>を提案した。このモデルでは非単語を読むときには語彙情報を介さず、書記素‐音素対応規則(grapheme-phoneme correspondence rule)に従って文字列を音素に変換するという過程を経る。この過程は音声読み(phonetic reading)ともいわれる。一方で語彙情報へのアクセスを介して音素に変換するプロセスもあり、規則に従わない例外的な発音をする単語(例.家来、yacht)はこの経路のみで処理される。こちらの過程は全語読み(whole-word reading)という。  


====並列分散処理モデル====
=====並列分散処理モデル=====
 SeidenbergとMcClellandの[[並列分散処理]]モデル(parallel distributed processing model)<ref><pubmed> 2798649 </pubmed></ref>も、非単語や例外的発音の音読を説明することができる。このモデルの際立った特徴はそもそもメンタル・レキシコンの存在を仮定しないという点にある。これまで言及した他のモデルでは語彙項目を単一のユニットで表象していたが、並列分散処理モデルでは語の意味情報・音韻情報・書字情報が3つのユニット群に分散され、これら3つのユニット群は中間層を介して互いに異なるユニット群と結合している。この特徴的な三角形の構造から本モデルはトライアングル・モデルとも呼ばれる。このモデルは綴りと発音などの正しい組み合わせを学習することができるが、その場合も特定の文字や音を表象するような単一ユニットは存在せず、特定の入力に対してユニット群が特定の活性化パターンを示すようになるだけである。二重経路カスケード・モデルとトライアングル・モデルは共に音読過程をある程度うまく説明することができるが、どちらが実際の脳内機構とより合致しているかについては今なお議論が続いている。  
 SeidenbergとMcClellandの[[並列分散処理]]モデル(parallel distributed processing model)<ref><pubmed> 2798649 </pubmed></ref>も、非単語や例外的発音の音読を説明することができる。このモデルの際立った特徴はそもそもメンタル・レキシコンの存在を仮定しないという点にある。これまで言及した他のモデルでは語彙項目を単一のユニットで表象していたが、並列分散処理モデルでは語の意味情報・音韻情報・書字情報が3つのユニット群に分散され、これら3つのユニット群は中間層を介して互いに異なるユニット群と結合している。この特徴的な三角形の構造から本モデルはトライアングル・モデルとも呼ばれる。このモデルは綴りと発音などの正しい組み合わせを学習することができるが、その場合も特定の文字や音を表象するような単一ユニットは存在せず、特定の入力に対してユニット群が特定の活性化パターンを示すようになるだけである。二重経路カスケード・モデルとトライアングル・モデルは共に音読過程をある程度うまく説明することができるが、どちらが実際の脳内機構とより合致しているかについては今なお議論が続いている。  


====言語産出モデル====
=====言語産出モデル=====
 最後にLeveltの言語産出モデル<ref><pubmed> 11698690 </pubmed></ref>を紹介する。言語産出過程の具体的な例として、絵画中に描かれた対象が何であるかを呼称する課題を考えてみよう。まず提示された絵に対応する[[概念]]が産出すべきメッセージとして活性化される。続いて、このメッセージが対応するレンマ(lemma)を活性化する。レンマとは語彙項目の意味的・統語的な情報である。たとえば英語のHORSEに対応するレンマが活性化されると、それが可算名詞であること、単数形ないし複数形であること、といった情報が利用可能となる。ここまでが言語産出における語彙選択(lexical selection)の過程である。選択されたレンマは引き続いて形態的・音韻的に符号化される。たとえばHORSEの複数形は2つの形態素から構成されるものであるが、これらのそれぞれについて&lt;horse&gt; と&lt;iz&gt;のような音韻コード(phonological code)が検索される。音韻コードは音素の系列であり、[[wikipedia:ja:音節|音節]]([[wikipedia:syllable|syllable]])へ統合されたり[[wikipedia:ja:強勢|強勢]]([[wikipedia:stress linguistics|stress]])パターンが付与されたりといった処理を受ける。これらの処理を音韻的符号化(phonological encoding)という。このプロセスの出力は抽象的な音韻表象であり、音韻語(phonological word)と呼ばれる。音韻語は音声的符号化(phonetic encoding)の過程を経て[[wikipedia:ja:調音|調音]]スコア(articulatory score)として出力される。最後にこの調音スコアの指示に基づいて調音器官(舌や唇など)が動かされ、実際に音声が発せられる。
 最後にLeveltの言語産出モデル<ref><pubmed> 11698690 </pubmed></ref>を紹介する。言語産出過程の具体的な例として、絵画中に描かれた対象が何であるかを呼称する課題を考えてみよう。まず提示された絵に対応する[[概念]]が産出すべきメッセージとして活性化される。続いて、このメッセージが対応するレンマ(lemma)を活性化する。レンマとは語彙項目の意味的・統語的な情報である。たとえば英語のHORSEに対応するレンマが活性化されると、それが可算名詞であること、単数形ないし複数形であること、といった情報が利用可能となる。ここまでが言語産出における語彙選択(lexical selection)の過程である。選択されたレンマは引き続いて形態的・音韻的に符号化される。たとえばHORSEの複数形は2つの形態素から構成されるものであるが、これらのそれぞれについて&lt;horse&gt; と&lt;iz&gt;のような音韻コード(phonological code)が検索される。音韻コードは音素の系列であり、[[wikipedia:ja:音節|音節]]([[wikipedia:syllable|syllable]])へ統合されたり[[wikipedia:ja:強勢|強勢]]([[wikipedia:stress linguistics|stress]])パターンが付与されたりといった処理を受ける。これらの処理を音韻的符号化(phonological encoding)という。このプロセスの出力は抽象的な音韻表象であり、音韻語(phonological word)と呼ばれる。音韻語は音声的符号化(phonetic encoding)の過程を経て[[wikipedia:ja:調音|調音]]スコア(articulatory score)として出力される。最後にこの調音スコアの指示に基づいて調音器官(舌や唇など)が動かされ、実際に音声が発せられる。


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