「空間的注意」の版間の差分

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 注意の移動に[[眼球運動]]は必須ではないが、多くの場合、私たちは注意の向いた場所に視線を移動させる。眼球運動の直前に提示した視覚刺激の弁別をさせると、刺激が視線の行き先に現れた場合にはその成績が良くなることが知られているし、逆に、眼を動かすのと同時に注意を別の場所に向けることは不可能である<ref><pubmed>7660596</pubmed></ref>。こうしたことから、眼球運動と注意の移動は、神経機構の少なくとも一部を共有していると考えられている。注意の移動は興味ある対象物への眼球や頭部の運動(overt response)が潜在化したものであると考えられ、しばしば"covert shift of attention"といった表現が使われる。  
 注意の移動に[[眼球運動]]は必須ではないが、多くの場合、私たちは注意の向いた場所に視線を移動させる。眼球運動の直前に提示した視覚刺激の弁別をさせると、刺激が視線の行き先に現れた場合にはその成績が良くなることが知られているし、逆に、眼を動かすのと同時に注意を別の場所に向けることは不可能である<ref><pubmed>7660596</pubmed></ref>。こうしたことから、眼球運動と注意の移動は、神経機構の少なくとも一部を共有していると考えられている。注意の移動は興味ある対象物への眼球や頭部の運動(overt response)が潜在化したものであると考えられ、しばしば"covert shift of attention"といった表現が使われる。  


 ある場所に注意を向けることはその場所への眼球運動を準備することに等しいとする仮説がある(注意の前運動理論;premotor theory of attention)。注意と眼球運動が神経機構の一部を共有している証拠として、眼球運動の軌跡が注意の方向によって変化することが、ヒトの行動実験やサルを用いた電気刺激実験などで知られている(<ref><pubmed>8056071</pubmed></ref>、図5)。しかし、ある瞬間にはひとつの場所にしか眼を向けられないことを考えると、この仮説には問題があるようにも思われる。ヒトは、左右それぞれの視野で2つずつ、計4つの物体に同時に注意を向けることができるとの報告もあり<ref><pubmed>16102067</pubmed></ref>、このような時に眼球運動系がどのようにして注意を制御しているのか、今後さらなる研究が必要である。
 ある場所に注意を向けることはその場所への眼球運動を準備することに等しいとする仮説がある([[注意の前運動理論]];premotor theory of attention)。注意と眼球運動が神経機構の一部を共有している証拠として、眼球運動の軌跡が注意の方向によって変化することが、ヒトの行動実験やサルを用いた電気刺激実験などで知られている(<ref><pubmed>8056071</pubmed></ref>、図5)。しかし、ある瞬間にはひとつの場所にしか眼を向けられないことを考えると、この仮説には問題があるようにも思われる。ヒトは、左右それぞれの視野で2つずつ、計4つの物体に同時に注意を向けることができるとの報告もあり<ref><pubmed>16102067</pubmed></ref>、このような時に眼球運動系がどのようにして注意を制御しているのか、今後さらなる研究が必要である。


 前頭眼野、[[補足眼野]]、LIP野(頭頂間溝外側部)、[[上丘]]などの眼球運動関連領野が実際に空間的注意に関与することは、ヒトやサルを用いた実験で繰り返し示されてきた。fMRIを用いて、画面上の刺激に次々に眼球運動を行っている最中と、眼を動かさないで同様の刺激に注意を向けている場合で活動が上昇する脳部位を詳細に比較した研究によると、これらの課題で活動した部位は、前頭眼野とLIP野近傍では8割以上、補足眼野でも約6割が重複していた<ref><pubmed>9808463</pubmed></ref>。また、前述の視覚探索課題中でも、眼球運動関連領野内の視覚応答性をもつニューロンの多くが、その受容野に注意を向けた際に活動の大きさを変化させた。  
 前頭眼野、[[補足眼野]]、LIP野(頭頂間溝外側部)、[[上丘]]などの眼球運動関連領野が実際に空間的注意に関与することは、ヒトやサルを用いた実験で繰り返し示されてきた。fMRIを用いて、画面上の刺激に次々に眼球運動を行っている最中と、眼を動かさないで同様の刺激に注意を向けている場合で活動が上昇する脳部位を詳細に比較した研究によると、これらの課題で活動した部位は、前頭眼野とLIP野近傍では8割以上、補足眼野でも約6割が重複していた<ref><pubmed>9808463</pubmed></ref>。また、前述の視覚探索課題中でも、眼球運動関連領野内の視覚応答性をもつニューロンの多くが、その受容野に注意を向けた際に活動の大きさを変化させた。  


 神経活動と空間的注意の相関だけでは、それらの因果関係は分からない。最近、これに答える実験がなされた(図6、<ref><pubmed>11158629</pubmed></ref>)。Mooreらは周辺視野に呈示された視覚刺激の輝度変化を検出すると手元のレバーを離すようにサルを訓練した。ターゲットとなる視覚刺激から注意をそらすために視野全体に多数の点滅する妨害刺激を提示しておき、注意の度合いをサルが検出可能なターゲットの輝度変化として定量化した。前頭眼野に電極を刺入し、電気刺激を与えてその場所にあるニューロンが符号化しているサッカードの行き先(movement field)を前もって調べておき、そこにターゲットを配置した。輝度を変化させる直前に、眼球運動が起こらない程度の弱い電気刺激を与えたところ、サルが検出することのできる輝度変化の閾値が有意に低下した。このことから、前頭眼野の信号は、注意を一定の場所に向ける要因となっていることが示唆された。同様の現象は、別の研究者たちによって上丘の電気刺激でも生じることが確認されている<ref><pubmed>15601760</pubmed></ref>。
 神経活動と空間的注意の相関だけでは、それらの因果関係は分からない。最近、これに答える実験がなされた(図6、<ref><pubmed>11158629</pubmed></ref>)。Mooreらは周辺視野に呈示された視覚刺激の輝度変化を検出すると手元のレバーを離すようにサルを訓練した。ターゲットとなる視覚刺激から注意をそらすために視野全体に多数の点滅する妨害刺激を提示しておき、注意の度合いをサルが検出可能なターゲットの輝度変化として定量化した。前頭眼野に電極を刺入し、電気刺激を与えてその場所にあるニューロンが符号化している[[サッカード]]の行き先(movement field)を前もって調べておき、そこにターゲットを配置した。輝度を変化させる直前に、眼球運動が起こらない程度の弱い電気刺激を与えたところ、サルが検出することのできる輝度変化の閾値が有意に低下した。このことから、前頭眼野の信号は、注意を一定の場所に向ける要因となっていることが示唆された。同様の現象は、別の研究者たちによって[[上丘]]の電気刺激でも生じることが確認されている<ref><pubmed>15601760</pubmed></ref>。


 私たち昼行性の[[霊長類]]では、視覚によって物の位置を特定することが多いが、[[wikipedia:ja:フクロウ|フクロウ]]のような夜行性の動物では、[[聴覚]]によって音源の位置を正確に特定できる。そのような聴覚処理においても、眼球運動領野によって空間的注意が制御されていることが示されている。Knudsenらは、音源の位置に対する正確なマップがある視蓋(上丘)から音刺激に対するニューロン活動を記録し、霊長類の前頭眼野に相当する[[外套部]]に電気刺激を与えた<ref><pubmed>16421572 </pubmed></ref>。記録しているニューロンと刺激部位が担当する空間位置が一致しているときは、音刺激に対する感覚応答が上昇して音源に対する空間選択性が高くなり、逆に一致していない場合には、音刺激に対する応答が低下して空間選択性が低くなった。  
 私たち昼行性の[[霊長類]]では、視覚によって物の位置を特定することが多いが、[[wikipedia:ja:フクロウ|フクロウ]]のような夜行性の動物では、[[聴覚]]によって音源の位置を正確に特定できる。そのような聴覚処理においても、眼球運動領野によって空間的注意が制御されていることが示されている。Knudsenらは、音源の位置に対する正確なマップがある[[視蓋]](上丘)から音刺激に対するニューロン活動を記録し、霊長類の前頭眼野に相当する[[外套部]]に電気刺激を与えた<ref><pubmed>16421572 </pubmed></ref>。記録しているニューロンと刺激部位が担当する空間位置が一致しているときは、音刺激に対する感覚応答が上昇して音源に対する空間選択性が高くなり、逆に一致していない場合には、音刺激に対する応答が低下して空間選択性が低くなった。


== 空間的注意の病態 ==
== 空間的注意の病態 ==

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