「トポグラフィックマッピング」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
4行目: 4行目:
 感覚系のトポグラフィックマッピングには大きく分けて2つの過程がある。一つは神経細胞の軸索が標的にたどり着き標的内でトポグラフィックに配置する神経活動に依存しない(様々な標的認識分子による)メカニズムで、もう一つはその後に行われる標的内での神経活動依存性の配置形成の(ひいてはシナプス形成の)リファインメントの過程である(これが神経活動依存性ファインチューニングである)。トポグラフィクマッピングは感覚系での情報処理の基本となる構造を形成するものである。  
 感覚系のトポグラフィックマッピングには大きく分けて2つの過程がある。一つは神経細胞の軸索が標的にたどり着き標的内でトポグラフィックに配置する神経活動に依存しない(様々な標的認識分子による)メカニズムで、もう一つはその後に行われる標的内での神経活動依存性の配置形成の(ひいてはシナプス形成の)リファインメントの過程である(これが神経活動依存性ファインチューニングである)。トポグラフィクマッピングは感覚系での情報処理の基本となる構造を形成するものである。  


図1Cortical homunculus それぞれの皮質の領域がそれぞれの身体の部分の感覚に対応している。Wilder Penfieldの著書より改変。
図1Wilder Penfieldによるcortical homunculus 
それぞれの皮質の領域がそれぞれの身体の部分の感覚に対応している。Wilder Penfieldの原図より改変。


[[Image:脳科学辞典7.png|thumb|left]]
[[Image:脳科学辞典7.png|thumb|left]]
20行目: 21行目:
== topographic mappingのロジックとその分子メカニズム—歴史的ポイント  ==
== topographic mappingのロジックとその分子メカニズム—歴史的ポイント  ==


[[Image:脳科学事典03.jpg|thumb|right|250px|<b>図2 トポグラフィックマッピングの模式図</b><br />網膜内には耳側で高く鼻側で低い濃度勾配を示す分子が存在し(赤)、網膜からの神経線維を受ける視蓋/上丘には後側で高く前側で低い濃度勾配を示す分子が存在する(青)。網膜の耳側からの軸索は(赤)、視蓋/上丘での分子を認識し、その分子を避ける様に前側に投射する。それに対して、耳側からの軸索は(白)、視蓋/上丘での分子に関係なく後側に投射できる。これによって、視覚フィールドにおける位置情報が視蓋/上丘においても位置情報として保存される。]]  
[[Image:脳科学事典03.jpg|thumb|right|250px|<b>図2 トポグラフィックマッピングの模式図</b><br />網膜内には耳側で高く鼻側で低い濃度勾配を示す分子が存在し(赤)、網膜からの神経線維を受ける視蓋/上丘には後側で高く前側で低い濃度勾配を示す分子が存在する(青)。網膜の耳側からの軸索は(赤)、視蓋/上丘での分子を認識し、その分子を避ける様に前側に投射する。それに対して、耳側からの軸索は(白)、視蓋/上丘での分子に関係なく後側に投射できる。これによって、視覚フィールドにおける位置情報が視蓋/上丘においても位置情報として保存される。図3も参照。]]  


 脳内におけるトポグラフィックなマップを示唆する古典的な実験としては1940−50年代のRoger Sperryによるカエルの目を180度回転した後の神経再生によってカエルの視覚がどうなるかを見たものがある。カエルの目を180度回すとカエルは上下逆転した形で視覚情報を認識するようになる。これは網膜神経節細胞の軸索が再生する際に元々つながっていた標的につながることによって、回転した後の網膜の上と下に位置する視細胞からの位置情報が脳内での位置では上下逆転するために起こる。Sperryは彼のこういった一連の視覚系のマニピュレーションの実験の結果から1963年の「chemoaffinity theory」の中で、投射する軸索と標的の細胞に分子のタグがついていて、その間の特異的相互作用によって神経細胞間の結合が決定されトポグラフィックマップの形成に関与すると提唱した。また、こういった分子のタグは軸索と標的の両方で相補的な濃度勾配を形成していて、それでコネクションの形成される位置が決定されるのではないかと推測した<ref><pubmed>14077501</pubmed></ref>(詳しくは化学親和説(chemoaffinity theory)の項を参照されたい)。  
 脳内におけるトポグラフィックなマップを示唆する古典的な実験としては1940−50年代のRoger Sperryによるカエルの目を180度回転した後の神経再生によってカエルの視覚がどうなるかを見たものがある。カエルの目を180度回すとカエルは上下逆転した形で視覚情報を認識するようになる。これは網膜神経節細胞の軸索が再生する際に元々つながっていた標的につながることによって、回転した後の網膜の上と下に位置する視細胞からの位置情報が脳内での位置では上下逆転するために起こる。Sperryは彼のこういった一連の視覚系のマニピュレーションの実験の結果から1963年の「chemoaffinity theory」の中で、投射する軸索と標的の細胞に分子のタグがついていて、その間の特異的相互作用によって神経細胞間の結合が決定されトポグラフィックマップの形成に関与すると提唱した。また、こういった分子のタグは軸索と標的の両方で相補的な濃度勾配を形成していて、それでコネクションの形成される位置が決定されるのではないかと推測した<ref><pubmed>14077501</pubmed></ref>(詳しくは化学親和説(chemoaffinity theory)の項を参照されたい)。  
38行目: 39行目:
== 各論  ==
== 各論  ==


[[Image:脳科学事典04.jpg|thumb|right|250px|<b>図4 視覚系におけるトポグラフィックマップ形成の過程の模式図</b><br />網膜からの軸索は視蓋/上丘に達すると、本来の到達エリア(白)をオーバーシュートする。その後、トポグラフィックシグナルにより、軸索はブランチをだす。そして、そのブランチはさらにトポグラフィックシグナルによって、最終目的地に集束する。最後に、神経活動に依存したリファインメントが起こり、網膜からの神経繊維は最終到達エリアに収束する。]]  
[[Image:脳科学事典04.jpg|thumb|right|250px|<b>図4 視覚系におけるトポグラフィックマップ形成の過程とそのメカニズムの模式図</b><br />網膜からの軸索は視蓋/上丘に達すると、本来の到達領域(白)をオーバーシュートする。その後、トポグラフィックシグナルにより、軸索は分枝をだす。そして、その分枝はさらにトポグラフィックシグナルによって、最終目的地に集束する。最後に、神経活動に依存したリファインメントが起こり、網膜からの神経繊維は最終到達エリアに集束する。]]  
 
 
上記のような歴史的な経緯もあり、トポグラフィックマッピングについては視覚系において一番研究が進んでいる。以下、いくつかの系について簡単にまとめる。詳細は文献を参照されたい。


=== 視覚系  ===
=== 視覚系  ===


 特に網膜から視蓋/上丘への投射がトポグラフィックになっていることはよく知られている。この形成には幾つかの過程があり、様々な分子が関与しているが、基本的にはSperryの仮説の様に分子が濃度勾配を呈して発現していることによる。まず、網膜の視神経細胞の軸索は視蓋/上丘に入り、将来の標的位置よりも後ろへオーバーシュートして伸長することが知られている。その後、軸索が網膜内の耳側−鼻側の軸内のどこの位置からでているかで視蓋/上丘での前後軸に沿った正しい位置で、EphAs-EphrinAsの濃度勾配によって、軸索からinterstitial branchingがおこり、その後そのbranchが、今度は網膜内の背側−腹側軸によって視蓋/上丘の内側−外側の軸に沿った、EphAs-EphrinAsとは異なる分子の濃度勾配(EphBs-EphrinBs)で、正しい最終集結点に導かれる。ここまでは神経活動に依存せずにおこる。その後、更なるマップのリファインメント(標的領域がさらに集束する)が起こるがこれには神経活動が必要であり、ウェーブ状に発生する網膜内での自発的な電気活動の存在が重要であることが示されている(図2)<ref><pubmed>16022599</pubmed></ref>。  
 ここでは特にマウスについてまとめる。網膜から視蓋/上丘への投射がトポグラフィックになっていることはよく知られている。この形成には幾つかの過程があり、様々な分子が関与しているが、基本的にはSperryの仮説の様に分子が濃度勾配を呈して発現していることによる。まず、網膜の視神経細胞の軸索は視蓋/上丘に入り、将来の標的位置よりも後ろへオーバーシュートして伸長することが知られている。その後、軸索が網膜内の耳側−鼻側の軸内のどこの位置からでているかで視蓋/上丘での前後軸に沿った正しい位置で、EphAs-EphrinAsの濃度勾配によって、軸索からinterstitial branchingがおこり、その後そのbranchが、今度は網膜内の背側−腹側軸によって視蓋/上丘の内側−外側の軸に沿った、EphAs-EphrinAsとは異なる分子の濃度勾配(EphBs-EphrinBs)で、正しい最終集結点に導かれる。ここまでは神経活動に依存せずにおこる。その後、更なるマップのリファインメント(標的領域がさらに集束する)が起こるがこれには神経活動が必要であり、ウェーブ状に発生する網膜内での自発的な電気活動の存在が重要であることが示されている(図4)<ref><pubmed>16022599</pubmed></ref>。  


 こういった過程に関わる分子の濃度勾配に関してはカウンターバランスを示す2つの濃度勾配が必要という考え方と、1つの濃度勾配がプッシュとプルと両方やれるという考え方とある。その他、もう一つの可能性として、軸索同士が競合するという可能性もあり、最近の知見では軸索同士の競合も視覚系におけるトポグラフィックマッピングに必要であるとされている<ref><pubmed>22065784</pubmed></ref>。    
 こういった過程に関わる分子の濃度勾配に関してはカウンターバランスを示す2つの濃度勾配が必要という考え方と、1つの濃度勾配がプッシュとプルと両方やれるという考え方とある。その他、もう一つの可能性として、軸索同士が競合するという可能性もあり、最近の知見では軸索同士の競合も視覚系におけるトポグラフィックマッピングに必要であるとされている<ref><pubmed>22065784</pubmed></ref>。    


 この他にも、外側膝状体と大脳皮質の視覚野でもトポグラフィックマップは形成されているがその分子メカニズムは視蓋/上丘ほどは明らかにされていない。一番よく研究されているのはこれらの視覚中枢において右目と左目から投射を受けている部位が交互にストライプ状に配置されている。大脳皮質においてはこのストライプ状にならんだカラムをを優位視覚性円柱ocular dominance columnという。猫で片方の眼を視覚の発達段階に閉じることでこのストライプのサイズに変化を与えることができるのでこれには神経活動依存的なメカニズムが関与していることが知られている。  
 この他にも、外側膝状体と大脳皮質の視覚野でもトポグラフィックマップは形成されているがその分子メカニズムは視蓋/上丘ほどは明らかにされていない。ここで一つ注意しておきたいのは上記のニワトリの系は両眼視をする系ではないということである。したがって、Eph-ephrinによるChemoaffinityのメカニズムは概して対側に投射する軸索に当てはまるものである。マウスではヒトほど顕著ではないものの、両眼視をすることができ、したがって外側膝状体では対側の眼からの軸索の投射する場所と同側の眼からの軸索の投射する場所が存在し、結果として同じ視野フィールドからの情報が同じ側の視覚中枢に集束することになる。この場合、対側からの投射についてはニワトリと同じ様なメカニズムが当てはまると考えられるが、同側からの投射については対側と同じメカニズム(Eph-ephrin)が働くのかそれとも全く異なったメカニズムなのかについてはわかっていない。同側の投射は最初は領域内にある程度広がっているが発達の段階で最終的な標的に集束することが知られているが、この集束する過程には神経活動依存性のメカニズムが働いていることは明らかにされている。ヒトでは50%の投射が同側からであり、したがって上記で推測される対側の投射のメカニズム以外に、同側のトポグラフィックマッピングのメカニズム及び同側と対側の情報の統合のメカニズムが何らかの形で必要である。
 
 一方、外側膝状体と大脳皮質の視覚野の系でよく研究されているのはこれらの視覚中枢における右目と左目から投射を受けている部位の交互なストライプ状の配置である。大脳皮質においてはこのストライプ状にならんだカラムをを優位視覚性円柱ocular dominance columnという。猫で片方の眼を視覚の発達段階に閉じることでこのストライプのサイズに変化を与えることができるのでこれには神経活動依存的なメカニズムが関与していることが知られている。  
 
 トポグラフィックマップの形成後はそれを変えることは難しいが、形成の前に脳の領域ごとに[[可塑性]]が持続する時期があり、それを[[臨界期]]と呼ぶ。この時期は神経活動依存的な修飾が可能な時期であり、この時期内での神経活動の変化は脳内でのマップのパターンを変えることができる。臨界期における神経活動の変化は上記の優位視覚性円柱(すなわちトポグラフィカルマップ)のパターンを変える(例えば右目と左目のカラムでサイズが変わる)(詳しくは臨界期及び優位視覚性円柱の項を参照されたい)。
 


 トポグラフィックマップの形成後はそれを変えることは難しいが、形成の前に脳の領域ごとに[[可塑性]]が持続する時期があり、それを[[臨界期]]と呼ぶ。この時期は神経活動依存的な修飾が可能な時期であり、この時期内での神経活動の変化は脳内でのマップのパターンを変えることができる。臨界期における神経活動の変化はこの優位視覚性円柱(すなわちトポグラフィカルマップ)のパターンを変える(例えば右目と左目のカラムでサイズが変わる)(詳しくは臨界期及び優位視覚性円柱の項を参照されたい)。


<br> [[Image:脳科学事典05.jpg|thumb|right|250px|<b>図3 嗅覚系におけるトポグラフィックマップ形成の過程の模式図</b><br />嗅球の前後軸に沿ったトポグラフィーは、嗅上皮細胞で発現されているオルファクトリーレセプターの違いによって形成されるSema3A/Neuropilin1の発現の差によって嗅球に達する前にソーティングされる。嗅球の背側腹側軸に沿ったトポグラフィーは、まず最初に嗅球に到着する線維の配置がrobo2/slit1のは告げんパターンによって背側に決定された後、その軸索内で発現の高いSema3Fによって、後から到着するNeuropilin2を強く発現する線維の位置を腹側に規定する。その後、神経活動に依存して嗅上皮細胞内で接着因子や反発因子の発現が制御され、それによって糸球体がきっちりとセグレゲートする。]]  
<br> [[Image:脳科学事典05.jpg|thumb|right|250px|<b>図5 嗅覚系におけるトポグラフィックマップ形成の過程とそのメカニズムの模式図</b><br />嗅球の前後軸に沿ったトポグラフィーは、嗅上皮細胞で発現されているオルファクトリーレセプターの違いによって形成されるSema3A/Neuropilin1の発現の差によって嗅球に達する前にソーティングされる。嗅球の背側腹側軸に沿ったトポグラフィーは、まず最初に嗅球に到着する線維の配置がrobo2/slit1のは告げんパターンによって背側に決定された後、その軸索内で発現の高いSema3Fによって、後から到着するNeuropilin2を強く発現する線維の位置を腹側に規定する。その後、神経活動に依存して嗅上皮細胞内で接着因子や反発因子の発現が制御され、それによって糸球体がきっちりとセグレゲートする。]]  


=== 嗅覚系  ===
=== 嗅覚系  ===
131

回編集

案内メニュー