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英語名:perception | 英語名:perception | ||
ものの表面性状、固さ、温度を感じる。形状や色、動きを見分ける。食物を味わう。音を聴く。さまざまな要素から成り立つ環境からの物理化学情報を、私たちは感覚として知覚(自覚)している。[[皮膚感覚]]、[[視覚]]、[[聴覚]]、[[嗅覚]]、[[味覚]]の一般的に五感と呼ばれている感覚に対応する神経系の機能区分は、解剖学・生理学的に解明されてきた。末梢の感覚受容器に入力された物理的・化学的刺激は、感覚中継核を経て、[[大脳皮質]][[一次感覚野]]([[視覚野]]、[[体性感覚野]]、[[聴覚野]]、[[嗅覚野]]、[[味覚野]])へ到達する。一次感覚野以降は、感覚情報が順次統合され([[異種感覚統合]])、高次の情報に変換される。これらは、特定の感覚情報に依拠しない空間や[[言語]]などの概念情報処理や、[[情動]]や[[記憶]]情報の[[符号化]]、それらの結果に基づいた[[意思決定]]および行動出力の形成に関わる。 知覚の基本的特性の理解、異種感覚の相互作用の脳内機序を明らかにすることは、効率的で豊かな情報通信技術の開発に繋がると期待されている。 | |||
== 知覚とは == | == 知覚とは == | ||
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#体性感覚;身体の表面や深部にある受容器の興奮によって生じる感覚。体性感覚はさらに、[[表在性感覚]](皮膚の粘膜の[[触覚]]、[[圧覚]]、[[痛覚]]、[[温覚]])と[[深部感覚]](筋、腱、骨膜、関節)に分けられる。 | #体性感覚;身体の表面や深部にある受容器の興奮によって生じる感覚。体性感覚はさらに、[[表在性感覚]](皮膚の粘膜の[[触覚]]、[[圧覚]]、[[痛覚]]、[[温覚]])と[[深部感覚]](筋、腱、骨膜、関節)に分けられる。 | ||
#特殊感覚;視覚、聴覚、[[平衡覚]]、嗅覚、味覚、 | #特殊感覚;視覚、聴覚、[[平衡覚]]、嗅覚、味覚、 | ||
#内臓感覚;[[空腹感]]、[[満腹感]]、[[口渇感]]、[[悪心]]、[[尿意]]、[[便意]]、[[内臓痛]]など[[wikipedia:ja:内臓|内臓]]に由来する感覚。 | #<span style="background-color: navy; color: white; " />内臓感覚;[[空腹感]]、[[満腹感]]、[[口渇感]]、[[悪心]]、[[尿意]]、[[便意]]、[[内臓痛]]など[[wikipedia:ja:内臓|内臓]]に由来する感覚。 | ||
体性感覚や特殊感覚は、感覚受容器からの情報が[[末梢神経]]および中枢内伝導路を介して[[大脳皮質]]感覚野に伝えられ、知覚される。これに対し<span style="background-color: navy; color: white; " />内臓感覚は、受容器からの情報が下位中枢にとどまるため、明瞭に知覚されることが少ない。このように、多様な物理化学的な刺激によって生じる感覚の種類(モダリティ)は、受容器の種類によって決定される([[特殊神経エネルギー仮説]])。それぞれの受容器は、特定の刺激に対して最も敏感に反応する。これを適刺激といい、その種類によって受容器を分類できる。 | 体性感覚や特殊感覚は、感覚受容器からの情報が[[末梢神経]]および中枢内伝導路を介して[[大脳皮質]]感覚野に伝えられ、知覚される。これに対し<span style="background-color: navy; color: white; " />内臓感覚は、受容器からの情報が下位中枢にとどまるため、明瞭に知覚されることが少ない。このように、多様な物理化学的な刺激によって生じる感覚の種類(モダリティ)は、受容器の種類によって決定される([[特殊神経エネルギー仮説]])。それぞれの受容器は、特定の刺激に対して最も敏感に反応する。これを適刺激といい、その種類によって受容器を分類できる。 | ||
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== 行為としての知覚 == | == 行為としての知覚 == | ||
これまでの心理学・生理学における感覚作用に関する知見は、感覚作用の性質は特定な受容器の興奮の性質であり、相互に独立していると考えに基づいている。これを特殊神経エネルギー仮説という(文献をご指示下さい)。この仮説を前提とすれば、知覚は、感覚を(知覚者の内部過程で)間接的に加工(推論、演繹、統合など)して得られると結論づけられる。この点に関して、 知覚が要素の複合なのか、あるいはある種の構造による体制化なのかという疑問が、[[経験主義心理学]]と[[ゲシュタルト心理学]]の間で議論された(文献をご指示下さい)。経験主義者は、学習、あるいは連合が知覚の唯一の体制化原理とし、ゲシュタルト理論家は、脳内の自律的な「[[場の力]]」が知覚の体制化の原理だと主張した。 | |||
これに対し、J.J. Gibsonは、受容器に特定的な感覚質を想定しない直接的な知覚経験の可能性を主張した | これに対し、J.J. Gibsonは、受容器に特定的な感覚質を想定しない直接的な知覚経験の可能性を主張した(Gibson, 1983)(文献をご指示下さい)。この理論では、知覚は動物や人が能動的に、見る、聴く、嗅ぐ、味わう、触ることで獲得する(ピックアップする)情報であるとし、諸感覚器官と神経系を基盤とした 知覚システム(基礎定位、聴覚、触覚、味覚−嗅覚、視覚)を構成する。Gibsonによれば、知覚システムへの神経入力は、身体と環境との相互作用によって入力の段階で既に組織されているので(直接知覚)、脳内で改めて連合形成や、記憶照合をする必要がないという。この理論のもう一つの特徴は、各知覚システムが身体−環境システムとして外界を知覚すると主張する点である。例えば、視覚システムについては、「一つの眼球は、既に網膜像を鮮明に調節する[[wikipedia:ja:水晶体|水晶体]]と、光の強度を最適にするための[[wikipedia:ja:瞳孔|瞳孔]]を持つ器官であるが、それらは低次のシステムである。この眼球についた筋肉が高次のシステムである。それは内耳の働きによって、動く頭部の中にあっても環境に対して安定しており、環境をスキャンすることができる。二つの眼が一緒に動くとさらに高次な二重のシステムができる。・・・両眼と頭部と身体からなるシステムは、姿勢の平衡や移動とともに動くことで、世界を歩き回り、すべてのものを見ることができる」と述べている。 | ||
古典的な知覚理論に対する同様の批判は、Merleau- | 古典的な知覚理論に対する同様の批判は、Merleau-Pontyの議論の中にも見ることができる(文献をご指示下さい)。Merleau-Pontyは、知覚をめぐる古典的な分析が知覚の能動的側面を見失っていると主張し、身体と環境との相互作用が知覚経験の基盤であると強調した。 | ||
彼によれば、感覚することとは、感覚される対象から、一方的に印象を受けることではなく、むしろ感覚する者と感覚されるものの「共存」である。私たちは、感覚を通じて環境と能動的に交流し、情報を交換していてる。Gibsonも主張したように、諸感覚は相互に独立ではない。バラの棘が見て取られる場合、人は同時に、指で触れた時の触感も「見ている」。 Merleau-Pontyによれば、 諸感覚は相互に浸透して、共鳴する。 また、身体を問題にすることは「知覚する主体と知覚される世界」の両方を共に問題にすることであるという。世界を知覚するとは常に「どこからかみること」であるはずだが、その「どこか」とは、普遍的な視点などではなく、私の身体の位置する場所、つまり「ここ」に他ならないからである。Merleau-Pontyは、幻影肢をはじめとする身体図式に関わる神経心理的な症状を題材に、身体と知覚の相互作用について論じた。 | |||
== 感覚統合と知覚(認知) == | == 感覚統合と知覚(認知) == | ||
異種感覚間の相互作用については、既に[[wikipedia:ja:アリストテレス|Aristoteles]]がその著「[[wikipedia:ja:霊魂論|De Anima]]」において、五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)にそれぞれ特有な感覚と、すべての感覚に共通なものがあることを指摘している。これまでの大脳皮質を対象とした生理学、認知科学の研究によれば、大脳皮質[[連合野]] | 異種感覚間の相互作用については、既に[[wikipedia:ja:アリストテレス|Aristoteles]]がその著「[[wikipedia:ja:霊魂論|De Anima]]」において、五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)にそれぞれ特有な感覚と、すべての感覚に共通なものがあることを指摘している。これまでの大脳皮質を対象とした生理学、認知科学の研究によれば、大脳皮質[[連合野]]において、視覚と体性感覚、視覚と聴覚あるいは前庭覚情報をはじめとする異種感覚の統合が起こることが知られている(文献をご指示下さい)。統合された感覚は、 高次の情報となる。これらは、特定の感覚情報に依拠しない[[空間知覚]]や[[言語]]などの[[概念情報]]処理や、情動や記憶情報の符号化に関連する(文献をご指示下さい)。一方、これらの連合野が[[脳梗塞]]などで損傷をうけると、知覚や認知機能が障害される(文献をご指示下さい)。例えば、[[頭頂連合野]]は大脳皮質の頭頂葉にあって、空間情報を処理する領域であるが、そこが壊れると自己の身体に関わる知覚が障害される。右[[頭頂葉]]の損傷によって生じる[[病態失認]]、[[身体失認]]の患者は、自分の麻痺した左手足が麻痺していないと主張したり、それが自分のものではないと主張したりすることがある(文献をご指示下さい)。こうした身体知覚の異常は、身体部位に関わる視覚と体性感覚フィードバックを統合する異種感覚統合機能が破壊されることで生じると考えられている。Ramachandran<ref name="ref8"><pubmed>8700222</pubmed></ref>は、自己の身体知覚に異常が生じる病態失認の患者の中に、他者の身体の麻痺まで否定する症例を報告した(文献をご指示下さい)。この症例は、自己身体知覚の異常が、他者身体の状態を推定する認知にも影響する可能性を示唆した。自己身体の知覚は、他者や環境の知覚にも影響を与えるのである。 | ||
感覚統合は、大脳皮質連合野に限定された脳機能ではない。[[外側溝]]内側に畳み込まれた[[島皮質]]は、体性感覚、味覚、嗅覚を含めた特殊感覚、内臓感覚を含めた全感覚の統合に関わっている<ref name="ref1"><pubmed>8957561</pubmed></ref> <ref name="ref6"><pubmed>7174907</pubmed></ref> 。島皮質は、情動、言語、更には、身体知覚に基づいた自己意識に関わると考えられている<ref name="ref3"><pubmed>12965300</pubmed></ref> <ref name="ref10"><pubmed>19643659</pubmed></ref>。一方、臨床的な観点からは、島皮質が[[気分障害]]<ref name="ref7"><pubmed>17416488</pubmed></ref> <ref name="ref11"><pubmed>21531027</pubmed></ref>、[[神経性食欲不振症]]<ref name="ref9"><pubmed>18406432</pubmed></ref>、[[統合失調症]]<ref name="ref4"><pubmed>18486104</pubmed></ref> <ref name="ref5"><pubmed>14609882</pubmed></ref>などに関わることが示唆されている。 | 感覚統合は、大脳皮質連合野に限定された脳機能ではない。[[外側溝]]内側に畳み込まれた[[島皮質]]は、体性感覚、味覚、嗅覚を含めた特殊感覚、内臓感覚を含めた全感覚の統合に関わっている<ref name="ref1"><pubmed>8957561</pubmed></ref> <ref name="ref6"><pubmed>7174907</pubmed></ref> 。島皮質は、情動、言語、更には、身体知覚に基づいた自己意識に関わると考えられている<ref name="ref3"><pubmed>12965300</pubmed></ref> <ref name="ref10"><pubmed>19643659</pubmed></ref>。一方、臨床的な観点からは、島皮質が[[気分障害]]<ref name="ref7"><pubmed>17416488</pubmed></ref> <ref name="ref11"><pubmed>21531027</pubmed></ref>、[[神経性食欲不振症]]<ref name="ref9"><pubmed>18406432</pubmed></ref>、[[統合失調症]]<ref name="ref4"><pubmed>18486104</pubmed></ref> <ref name="ref5"><pubmed>14609882</pubmed></ref>などに関わることが示唆されている。 | ||
== 情報通信技術との関わり == | |||
情報通信技術による視覚と聴覚情報の伝達は、日常的に行われている。視覚と聴覚情報以外の感覚に関わる情報が伝達されることにより、より自然なコミュニケーションがなされる可能性がある。能動的な触覚、食物を味わうことに関わる脳内機序はまだ未知の部分が多い。さらに、異種感覚の相互作用に関わる脳内機序を知ることは、他者とのコミュニケーションを支える新しい情報通信技術の開発に結び付くと考えられる。特に医療・福祉においては、遠隔医療・遠隔手術や障害者の活動支援が実現できると期待されている。 | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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<references /> | <references /> | ||
(これらの文献は本文中の引用されている文献でしょうか、それとも参考でしょうか。ご指示頂ければ幸いです。) | |||
人体の正常構造と機能Ⅷ 神経系(1) 河田光博・稲瀬正彦 [著] 日本医事新報社 | |||
人体の正常構造と機能Ⅸ 神経系(2) 久野みゆき・安藤啓司・杉原泉・秋田恵一 [著] 日本医事新報社 | |||
J.J.ギブソン 生態学的知覚システム 感性をとらえなおす 佐々木正人・古山宣大洋・三嶋博之 [監訳] 東京大学出版会 | |||
知覚と認知の心理学 4 知覚の機序 鳥居修晃・立花政夫 [編] 培風館 | |||
M.メルローポンティ 知覚の現象学Ⅰ 竹内芳郎・小木貞孝 [訳] みすず書房 | |||
M.メルローポンティ 知覚の現象学Ⅱ 竹内芳郎・小木貞孝 [訳] みすず書房 | |||
(執筆者:石田裕昭 担当編集者:定藤規弘) | (執筆者:石田裕昭 担当編集者:定藤規弘) |