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同義語:急性錯乱状態(acute confusional stateまたはdisorder)、急性脳症候群(acute brain syndrome) | 同義語:急性錯乱状態(acute confusional stateまたはdisorder)、急性脳症候群(acute brain syndrome) | ||
せん妄(譫妄)は急性の脳機能障害で、[[意識狭窄]]・[[変容]]の一型である。高齢者ではしばしばみられ、[[器質性脳疾患]]、身体疾患、薬物などが原因となる。短期間のうちに現れる軽度から中等度の[[意識障害]]に、特徴的な[[幻覚]]、[[錯覚]]、[[不安]]、[[精神運動興奮]]、[[失見当識]]などを伴う。発症は急激で日内変動が目立ち、夜間に悪化することが多い([[夜間せん妄]])。[[認知症]]とは異なるが、症状は似ており、認知症にしばしば合併する。精神活動と覚醒レベルに基づき、過活動型型、低活動型、混合型に分類される。低活動型は見過ごされやすく予後も悪い。せん妄があると協力が得られず医療事故のリスクが高まるとともに治療継続にも支障を来たすため、予防ならびに薬物・非薬物療法が重要である。 | |||
== | ==せん妄とは== | ||
せん妄は急性の脳機能障害で、急性錯乱状態(acute confusional stateまたはdisorder)、急性脳症候群(acute brain | せん妄は急性の脳機能障害で、急性錯乱状態(acute confusional stateまたはdisorder)、急性脳症候群(acute brain syndrome)などとも呼ばれ、意識狭窄・変容の一型である。短期間のうちに現れる軽度から中等度の意識障害に、特徴的な幻覚、錯覚、不安、興奮、失見当識などを伴う<ref><pubmed> 2644535</pubmed></ref><ref>'''日本精神神経学会監訳'''<br>米国精神医学会治療ガイドライン.せん妄<br>''医学書院''、2000 </ref>。急性に発症し、時間帯により出現したり消失したりする。認知症高齢者にしばしばみられる夜間せん妄、[[アルコール精神病]]でみられる[[作業せん妄]](仕事に従事している動作を繰り返す)、手術後にみられる[[術後せん妄]]などがある。 | ||
せん妄は高齢者や認知症や[[脳血管障害]]等など器質性脳疾患を有する場合に特に多い。高齢者におけるせん妄は、“[[wikipedia:ja:感冒|感冒]]と同じ位の高頻度”であると言われ、全身性疾患や外科手術後などのほか、入院したのみでせん妄を生じることも稀ではない。米国精神医学会のせん妄ガイドラインでは、入院患者のせん妄有病率は10~30%、高齢者では10~40%としている。 | せん妄は高齢者や認知症や[[脳血管障害]]等など器質性脳疾患を有する場合に特に多い。高齢者におけるせん妄は、“[[wikipedia:ja:感冒|感冒]]と同じ位の高頻度”であると言われ、全身性疾患や外科手術後などのほか、入院したのみでせん妄を生じることも稀ではない。米国精神医学会のせん妄ガイドラインでは、入院患者のせん妄有病率は10~30%、高齢者では10~40%としている。 | ||
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== 症候と診断 == | == 症候と診断 == | ||
===症状=== | |||
代表的な症状は、落ち着きのなさ、幻覚、[[見当識障害]]、昼夜逆転、暴力などの異常行動や異常体験などである。初期には、不安げでイライラする、不機嫌で押し黙る、憂うつ、はしゃぐ、落ち着かない、ぼんやりしていて何もしない、つじつまの合わない会話、音や光に過敏、考えがまとまらない、[[不眠]]、悪夢、何かいつもと違う感じ、一過性の錯覚や幻覚などがみられることが多い。 | 代表的な症状は、落ち着きのなさ、幻覚、[[見当識障害]]、昼夜逆転、暴力などの異常行動や異常体験などである。初期には、不安げでイライラする、不機嫌で押し黙る、憂うつ、はしゃぐ、落ち着かない、ぼんやりしていて何もしない、つじつまの合わない会話、音や光に過敏、考えがまとまらない、[[不眠]]、悪夢、何かいつもと違う感じ、一過性の錯覚や幻覚などがみられることが多い。 | ||
せん妄は、精神活動と覚醒レベルに基づいて、過活動型、低活動型、混合型の3型に分類される。過活動型では幻覚、[[妄想]]、[[焦燥性興奮]]、失見当識が優勢に現れるが、低活動型では混乱と鎮静が目立ち、幻覚、妄想、興奮は少ない。なお、これらの何れにおいても意識混濁の程度や認知機能障害の程度には差がない。せん妄の2/3は過活動型である。低活動型はしばしば見過ごされたり、[[抑うつ状態]]と間違われたりするが、一般に活動過剰型よりも予後が悪い。 せん妄と類似の概念に、“[[不穏]]”([[agitation]])がある。不穏は緊張の伴った目的のない過剰な運動、被害妄想、落ち着きのなさなどを示し、過活動せん妄の一部は同一と考えられる。 | せん妄は、精神活動と覚醒レベルに基づいて、過活動型、低活動型、混合型の3型に分類される。過活動型では幻覚、[[妄想]]、[[焦燥性興奮]]、失見当識が優勢に現れるが、低活動型では混乱と鎮静が目立ち、幻覚、妄想、興奮は少ない。なお、これらの何れにおいても意識混濁の程度や認知機能障害の程度には差がない。せん妄の2/3は過活動型である。低活動型はしばしば見過ごされたり、[[抑うつ状態]]と間違われたりするが、一般に活動過剰型よりも予後が悪い。 せん妄と類似の概念に、“[[不穏]]”([[agitation]])がある。不穏は緊張の伴った目的のない過剰な運動、被害妄想、落ち着きのなさなどを示し、過活動せん妄の一部は同一と考えられる。 | ||
せん妄の診断は症候による。せん妄の標準的な診断方法である[[Confusin Assesment Method]]([[CAM]] | せん妄の診断は症候による。せん妄の標準的な診断方法である[[Confusin Assesment Method]]([[CAM]])は、数分で採点できる簡易診断法である。 | ||
# | #急性発症で症状が変動 | ||
# | #注意力障害 | ||
# | #思考の混、 | ||
# | #覚醒レベルの変化 | ||
以上のうち、1.と2.が必須事項で、3.と4.のどちらかが存在すれば診断できる。 | |||
表1、2に[[DSM-Ⅲ-TR]]および[[ICD-10]]によるせん妄の診断基準を示す。 | |||
{| width="937" height="115" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" | {| width="937" height="115" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" | ||
| | |+ '''表1.DSM-Ⅲ-TRによるせん妄の診断基準の要点''' | ||
|- | |- | ||
| A.注意を集中し、維持し、転導する能力の低下を伴う意識の障害(すなわち、環境認識における清明度の低下) | | A.注意を集中し、維持し、転導する能力の低下を伴う意識の障害(すなわち、環境認識における清明度の低下) | ||
42行目: | 42行目: | ||
{| width="450" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" | {| width="450" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" | ||
| | |+ '''表2.ICD-10によるせん妄の診断基準の要点''' | ||
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| A.意識内容の変化(意識変容) | | A.意識内容の変化(意識変容) | ||
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|} | |} | ||
===検査 === | |||
== | |||
せん妄の診断は症候により行うが、原因は多様であり、原因診断には既往歴、服薬歴などの詳細な問診とともに、検査が必要である。[[wikipedia:ja:血液一般検査|血液一般検査]]、[[wikipedia:ja:血液生化学|血液生化学]]([[wikipedia:ja:電解質|電解質]]、[[wikipedia:ja:肝腎機能|肝腎機能]]、[[wikipedia:ja:甲状腺ホルモン|甲状腺ホルモン]]など[[wikipedia:ja:内分泌|内分泌]]機能)、[[wikipedia:ja:動脈血液ガス|動脈血液ガス]]、[[wikipedia:ja:CT|CT]]、[[wikipedia:ja:MRI|MRI]]などの画像検査、[[脳波]]などにより、全身性の要因や、器質性脳疾患の評価を行う。 | せん妄の診断は症候により行うが、原因は多様であり、原因診断には既往歴、服薬歴などの詳細な問診とともに、検査が必要である。[[wikipedia:ja:血液一般検査|血液一般検査]]、[[wikipedia:ja:血液生化学|血液生化学]]([[wikipedia:ja:電解質|電解質]]、[[wikipedia:ja:肝腎機能|肝腎機能]]、[[wikipedia:ja:甲状腺ホルモン|甲状腺ホルモン]]など[[wikipedia:ja:内分泌|内分泌]]機能)、[[wikipedia:ja:動脈血液ガス|動脈血液ガス]]、[[wikipedia:ja:CT|CT]]、[[wikipedia:ja:MRI|MRI]]などの画像検査、[[脳波]]などにより、全身性の要因や、器質性脳疾患の評価を行う。 | ||
== | ===鑑別診断=== | ||
せん妄と認知症はそれぞれ異なる病態で、基本的には鑑別が必要であるが、類似点も多く、合併することも多い。認知症はせん妄の危険因子であるが、せん妄もまた、認知症の危険因子であり、認知機能低下を増悪させる。入院、手術などの際にせん妄が生じ、精査の結果、認知症に罹患していることが発見されることもある。せん妄は発症が急激であることと症状の変動があることが認知症との鑑別の要点になるが、[[レビー小体型認知症]]における意識レベルの変動は主たる症状の一つであり、せん妄とは区別される。認知症患者が身体疾患のために入院し、せん妄を合併すると治療拒否、暴言・暴力、迷惑行為などによって入院、治療継続も困難になることが少なくない。 | せん妄と認知症はそれぞれ異なる病態で、基本的には鑑別が必要であるが、類似点も多く、合併することも多い。認知症はせん妄の危険因子であるが、せん妄もまた、認知症の危険因子であり、認知機能低下を増悪させる。入院、手術などの際にせん妄が生じ、精査の結果、認知症に罹患していることが発見されることもある。せん妄は発症が急激であることと症状の変動があることが認知症との鑑別の要点になるが、[[レビー小体型認知症]]における意識レベルの変動は主たる症状の一つであり、せん妄とは区別される。認知症患者が身体疾患のために入院し、せん妄を合併すると治療拒否、暴言・暴力、迷惑行為などによって入院、治療継続も困難になることが少なくない。 | ||
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せん妄は急性の脳機能障害であり、準備因子、促進因子を背景に、直接因子が引き金を引いて発現すると考えられる。 | せん妄は急性の脳機能障害であり、準備因子、促進因子を背景に、直接因子が引き金を引いて発現すると考えられる。 | ||
*準備因子<br>脳の老化や慢性的な脆弱性を示し、加齢、器質性脳疾患の既往(脳血管障害、認知症疾患など)、[[wikipedia:ja:動脈硬化|動脈硬化]]性疾患([[wikipedia:ja:高血圧|高血圧]]、[[wikipedia:ja:糖尿病|糖尿病]]など)、せん妄の既往などが含まれる。 | |||
*促進因子<br>心理的負荷や状況要因であり、環境の変化や身体疾患などによる身体的拘束、精神的[[ストレス]]、[[睡眠]]不足、[[感覚]]遮断または感覚過剰などが含まれる。 | |||
*直接因子<br>中枢神経系に影響を与えて急性の意識障害を生じさせる器質的要因であり、中枢神経疾患(脳血管障害、脳炎、脳腫瘍、癌性髄膜炎、頭部外傷など)、二次的に脳機能に影響を及ぼす全身性疾患([[wikipedia:ja:肺炎|肺炎]]などの[[wikipedia:ja:感染症|感染症]]、[[wikipedia:ja:心不全|心不全]]、[[wikipedia:ja:心筋梗塞|心筋梗塞]]、[[wikipedia:ja:不整脈|不整脈]]、[[wikipedia:ja:肝・腎機能障害|肝・腎機能障害]]など)、薬物や化学物質中毒、[[wikipedia:ja:アルコール|アルコール]]や[[wikipedia:ja:睡眠薬|睡眠薬]]の離脱などが挙げられる。せん妄を起こしやすい薬物としては、[[向精神薬]]([[抗不安薬]]、[[抗けいれん薬]]、[[抗うつ薬]]、[[睡眠導入薬]])、[[抗パーキンソン病薬]]、[[抗コリン薬]]、[[wikipedia:ja:鎮痛薬|鎮痛薬]]、[[wikipedia:ja:循環器薬|循環器薬]]([[wikipedia:ja:抗不整脈薬|抗不整脈薬]]、[[wikipedia:ja:ジギタリス|ジギタリス]]製剤、降圧薬)、[[wikipedia:ja:消化器薬|消化器薬]]([[wikipedia:ja:鎮痙薬|鎮痙薬]]、[[wikipedia:ja:H2ブロッカー|H2ブロッカー]])、[[wikipedia:ja:制吐薬|制吐薬]]、[[wikipedia:ja:抗ヒスタミン薬|抗ヒスタミン薬]]、[[ステロイド]]などがある。高齢者では多くの薬物が使用されていることが多く、特に複数の薬物で抗コリン作用が相加されることなどにより、せん妄の危険度が高くなる。 | |||
== 対応:予防、治療、看護 == | == 対応:予防、治療、看護 == | ||
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回復後、本人はせん妄状態のときのことを殆ど覚えていないので、十分な説明、不安の解消を図る。看護のリスクマネジメントの上でもせん妄対策は重要で、不要なルート類は可能な限り抜去し、ベッド柵を高くする、転倒防止マットを使用するなどで転倒・転落を未然に予防する。[[wikipedia:ja:点滴|点滴]]や各種チューブ類の抜去対策としてやむを得ずミトンなど最小限の拘束が必要なこともある。せん妄への対策は精神科医、神経内科医、専門看護師などによるチーム医療で行うべきであり、病院内にせん妄対策チームの設置が望まれる。 | 回復後、本人はせん妄状態のときのことを殆ど覚えていないので、十分な説明、不安の解消を図る。看護のリスクマネジメントの上でもせん妄対策は重要で、不要なルート類は可能な限り抜去し、ベッド柵を高くする、転倒防止マットを使用するなどで転倒・転落を未然に予防する。[[wikipedia:ja:点滴|点滴]]や各種チューブ類の抜去対策としてやむを得ずミトンなど最小限の拘束が必要なこともある。せん妄への対策は精神科医、神経内科医、専門看護師などによるチーム医療で行うべきであり、病院内にせん妄対策チームの設置が望まれる。 | ||
==関連項目== | |||
*[[認知症]] | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references/> | |||
(執筆者:宇高不可思 担当編集者:高橋良輔) | (執筆者:宇高不可思 担当編集者:高橋良輔) |