「ドーパミン」の版間の差分

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== ドーパミン神経系  ==
== ドーパミン神経系  ==


<br>中枢におけるドーパミン神経はしばしば4つの主要経路に分類される。すなわち、中脳の黒質から線条体(被殻 + 尾状核)に投射する黒質-線条体路、同じく中脳の腹側被蓋野から大脳皮質、辺縁系に投射する中脳-皮質路と中脳-辺縁系路、さらに視床下部から下垂体に投射する隆起漏斗路である。黒質と腹側被蓋野からの線維投射は必ずしもこれらの経路に限られるのではなく、黒質から皮質、辺縁系に投射する線維や腹側被蓋野から線条体に投射する線維も存在する<ref name="ref1" />。大脳皮質に対する投射の中では、前頭前野に対する投射が良く知られており、その機能に関して豊富な知見があるが、他の皮質領域に対する投射も存在する<ref name="ref3"><pubmed> 19446627 </pubmed></ref>。これら以外に間脳A11から脊髄に投射する下行性のドーパミン神経も存在し<ref name="ref4"><pubmed> 20503420 </pubmed></ref>、嗅球や網膜ではドーパミンが局所的に産生、放出される<ref name="ref5"><pubmed> 19731547 </pubmed></ref><ref name="ref6"><pubmed> 18061262 </pubmed></ref>。  
<br>中枢におけるドーパミン神経はしばしば4つの主要経路に分類される。すなわち、中脳の黒質から線条体(被殻 + 尾状核)に投射する黒質-線条体路、同じく中脳の腹側被蓋野から大脳皮質、辺縁系に投射する中脳-皮質路と中脳-辺縁系路、さらに視床下部の隆起漏斗路である。黒質と腹側被蓋野からの線維投射は必ずしもこれらの経路に限られるのではなく、黒質から皮質、辺縁系に投射する線維や腹側被蓋野から線条体に投射する線維も存在する<ref name="ref1" />。大脳皮質に対する投射の中では、前頭前野に対する投射が良く知られており、その機能に関して豊富な知見があるが、他の皮質領域に対する投射も存在する<ref name="ref3"><pubmed> 19446627 </pubmed></ref>。これら以外に間脳A11から脊髄に投射する下行性のドーパミン神経も存在し<ref name="ref4"><pubmed> 20503420 </pubmed></ref>、嗅球や網膜ではドーパミンが局所的に産生、放出される<ref name="ref5"><pubmed> 19731547 </pubmed></ref><ref name="ref6"><pubmed> 18061262 </pubmed></ref>。  


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'''報酬'''<br>中脳-皮質・辺縁系路が報酬に対する応答を司る報酬系として機能し、特に側坐核が重要な役割を果たすことが知られている<ref name="ref26"><pubmed> 18675281 </pubmed></ref>。依存性薬物は全てこれらのドーパミン神経系に標的を持ち、ドーパミン濃度を上昇させる<ref name="ref27"><pubmed> 17105338 </pubmed></ref>。この神経系は嫌悪刺激に対する反応にも寄与すると考えられており<ref name="ref26" />、腹側被蓋野に対する入力の違いによって報酬と嫌悪が分かれることが光遺伝学的手法によって示されている<ref name="ref28"><pubmed> 23064228 </pubmed></ref>。また、黒質-線条体路も報酬に関与することが示されている<ref name="ref29"><pubmed> 19758714 </pubmed></ref>。  
'''報酬'''<br>中脳-皮質・辺縁系路が報酬に対する応答を司る報酬系として機能し、特に側坐核が重要な役割を果たすことが知られている<ref name="ref26"><pubmed> 18675281 </pubmed></ref>。依存性薬物は全てこれらのドーパミン神経系に標的を持ち、ドーパミン濃度を上昇させる<ref name="ref27"><pubmed> 17105338 </pubmed></ref>。この神経系は嫌悪刺激に対する反応にも寄与すると考えられており<ref name="ref26" />、腹側被蓋野に対する入力の違いによって報酬と嫌悪が分かれることが光遺伝学的手法によって示されている<ref name="ref28"><pubmed> 23064228 </pubmed></ref>。また、黒質-線条体路も報酬に関与することが示されている<ref name="ref29"><pubmed> 19758714 </pubmed></ref>。  


'''神経内分泌'''<br>視床下部の隆起漏斗路のドーパミン神経系は下垂体からのプロラクチン放出を抑制する<ref name="ref30"><pubmed> 11739329 </pubmed></ref>。この神経系ではドーパミンは毛細血管近傍に放出されて門脈を介して下垂体前様に到達する。ドーパミンはD<sub>2</sub>受容体を介してプロラクチン分泌細胞胞内のCa<sup>2+</sup>濃度を低下させてプロラクチン分泌を抑制する。さらに、プロラクチン遺伝子の発現を抑制し、プロラクチン分泌細胞の分裂を抑制すると考えられている。抗精神病薬などのD<sub>2</sub>遮断作用の持つ薬物は高プロラクチン血症を生じさせる。視床下部から下垂体に直接投射するドーパミン神経も存在する。
'''神経内分泌'''<br>視床下部の隆起漏斗路のドーパミン神経系は下垂体からのプロラクチン放出を抑制する<ref name="ref30"><pubmed> 11739329 </pubmed></ref>。この神経系ではドーパミンは毛細血管近傍に放出されて門脈を介して下垂体前様に到達する。ドーパミンはD<sub>2</sub>受容体を介してプロラクチン分泌細胞胞内のCa<sup>2+</sup>濃度を低下させてプロラクチン分泌を抑制する。さらに、プロラクチン遺伝子の発現を抑制し、プロラクチン分泌細胞の分裂を抑制すると考えられている。抗精神病薬などのD<sub>2</sub>遮断作用を持つ薬物は高プロラクチン血症を生じさせる。視床下部から下垂体に直接投射するドーパミン神経も存在する。


'''視覚'''<br>網膜においてドーパミンはアマクリン細胞と間網状細胞(interplexiform cell)から放出され、視細胞から神経節細胞へのシグナル伝達とその側方調節の両者の修飾に関与する<ref name="ref6" />。ドーパミンはD<sub>1</sub>様受容体を介して水平細胞のギャップジャンクションのカップリングを抑制することにより、受容野のサイズを減少させる。網膜の視細胞では、サーカディアンリズムの形成に関与するメラトニンが産生される。メラトニンはドーパミン系に対して拮抗的に作用し、D<sub>4</sub>受容体によってその生合成が抑制される<ref name="ref6" />。D<sub>4</sub>受容体欠損マウスでは光によるcAMP産生の調節と明順応時の網膜電位に顕著な障害が生じる<ref name="ref31"><pubmed> 11896146 </pubmed></ref>。  
'''視覚'''<br>網膜においてドーパミンはアマクリン細胞と間網状細胞(interplexiform cell)から放出され、視細胞から神経節細胞へのシグナル伝達とその側方調節の両者の修飾に関与する<ref name="ref6" />。ドーパミンはD<sub>1</sub>様受容体を介して水平細胞のギャップジャンクションのカップリングを抑制することにより、受容野のサイズを減少させる。網膜の視細胞では、サーカディアンリズムの形成に関与するメラトニンが産生される。メラトニンはドーパミン系に対して拮抗的に作用し、D<sub>4</sub>受容体によってその生合成が抑制される<ref name="ref6" />。D<sub>4</sub>受容体欠損マウスでは光によるcAMP産生の調節と明順応時の網膜電位に顕著な障害が生じる<ref name="ref31"><pubmed> 11896146 </pubmed></ref>。  
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== ドーパミンと精神疾患  ==
== ドーパミンと精神疾患  ==


<br>統合失調症及び精神病性障害にドーパミン神経系の異常が関与することが示唆されている<ref name="ref32"><pubmed> 19499420 </pubmed></ref>。このドーパミン仮説は、これらの疾患、障害の治療薬である抗精神病薬にD<sub>2</sub>受容体の遮断作用があることから提唱されたものであるが、現在でもその直接的な証拠はない。ドーパミントランスポーターを主な標的とし、ドーパミン濃度を上昇させる精神刺激薬によって薬物性の精神病性症状が生じることもこの仮説を支持する証拠とされている。しかし、精神刺激薬によって生じる精神症状や行動異常は疾患の症状と必ずしも同一ではなく、精神刺激薬の標的もドーパミン神経系に限定したものではない。他にドーパミン仮説を支持する証拠として、統合失調症患者においてドーパミンの放出やドーパミン前駆物質ドーパの取込の増加などが示されている<ref name="ref32" />。ドーパミンはうつ病にも関与することが示唆されているが、これも確実な証拠はない<ref name="ref33"><pubmed> 20558238 </pubmed></ref>。パーキンソン病でうつ症状や不安が生じるため、ドーパミン系の機能不全がこれらの情動異常に関与する可能性がある。しかし、パーキンソン病の標準的治療薬であるドーパミン前駆物質レボドーパを投与しても、これらの症状は必ずしも改善しない<ref name="ref34"><pubmed> 20615430 </pubmed></ref>。抗うつ薬はセロトニン神経系やノルアドレナリン神経系を主な標的とするが、ドーパミン系にも変化を生じさせる<ref name="ref17" /><ref name="ref35"><pubmed> 11033341 </pubmed></ref>。精神刺激薬のメチルフェニデートがうつ病治療に用いられていたが現在は適応外である。また、ドーパミン取込阻害作用のあるブプロピオンが抗うつ薬として用いられるが、日本では未承認である。メチルフェニデートは注意欠陥多動障害(attention-deficit hyperactivity disorder、ADHD)の治療に用いられる。この一見矛盾した治療効果のメカニズムの詳細は未だ明らかではない<ref name="ref36"><pubmed> 21550021 </pubmed></ref>。  
<br>統合失調症及び精神病性障害にドーパミン神経系の異常が関与することが示唆されている<ref name="ref32"><pubmed> 19499420 </pubmed></ref>。このドーパミン仮説は、これらの疾患、障害の治療薬である抗精神病薬にD<sub>2</sub>受容体の遮断作用があることから提唱されたものであるが、現在でもその直接的な証拠はない。ドーパミントランスポーターを主な標的とし、ドーパミン濃度を上昇させる精神刺激薬によって薬物性の精神病性症状が生じることもこの仮説を支持する証拠とされている。しかし、精神刺激薬によって生じる精神症状や行動異常は疾患の症状と必ずしも同一ではなく、精神刺激薬の標的もドーパミン神経系に限定したものではない。他にドーパミン仮説を支持する証拠として、統合失調症患者においてドーパミンの放出やドーパミン前駆物質ドーパの取込の増加などが示されている<ref name="ref32" />。ドーパミンはうつ病にも関与することが示唆されているが、これも確実な証拠はない<ref name="ref33"><pubmed> 20558238 </pubmed></ref>。パーキンソン病でうつ症状や不安が生じるため、ドーパミン系の機能不全がこれらの情動異常に関与する可能性がある。しかし、パーキンソン病の標準的治療薬であるドーパミン前駆物質レボドーパを投与しても、これらの症状は必ずしも改善しない<ref name="ref34"><pubmed> 20615430 </pubmed></ref>。抗うつ薬はセロトニン神経系やノルアドレナリン神経系を主な標的とするが、ドーパミン系にも変化を生じさせる<ref name="ref17" /><ref name="ref35"><pubmed> 11033341 </pubmed></ref>。精神刺激薬のメチルフェニデートがうつ病治療に用いられていたが現在は適応外である。また、ドーパミン取込阻害作用のあるブプロピオンが抗うつ薬として用いられるが、日本では未承認である。メチルフェニデートは注意欠陥多動障害(attention-deficit hyperactivity disorder、ADHD)の治療に用いられるが、この一見矛盾した治療効果のメカニズムの詳細は未だ明らかではない<ref name="ref36"><pubmed> 21550021 </pubmed></ref>。  
 
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== 関連項目  ==
 
・ドーパミン神経系
 
・ドーパミン仮説(統合失調症)
 
・報酬系
 
・抗精神病薬
 
・精神刺激薬
 
・パーキンソン病
 
 
== 参考文献 ==


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