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英語名:Serotonergic system | |||
セロトニンを含有し、伝達物質として用いる神経細胞群とその標的細胞の受容体からなる神経系。セロトニン神経の神経線維は中枢神経系全体に分布しているが、細胞体は脳幹に限局しており、そのほとんどが縫線核にある。縫線核の外にもセロトニン神経の細胞体は存在し、縫線核にはセロトニン作動性神経以外の神経細胞も存在する(Hensler, 2006)。また、グルタミン酸やGABAなど他の伝達物質がセロトニン神経に含まれる、又は伝達物質として用いられることも示唆されている(Ciranna, 2006)。背側縫線核と上中心核のセロトニン神経は前脳に投射し、橋縫線核からは主に小脳に、大縫線核、不確縫線核、淡蒼縫線核からは脳幹内及び脊髄に投射する。背側縫線核と上中心核からのセロトニン作動性線維は形態、セロトニントランスポーターの分布、投射先が異なっており、前頭前野、腹側海馬、扁桃体、線条体、外側中隔は主に背側縫線核から、背側海馬、内側中隔、視床下部は主に上中心核から投射を受ける(Hensler, 2006)。縫線核内にもセロトニン作動性線維の側枝と思われる軸索終末や、シナプス小胞様の構造を含む樹状突起を持つセロトニン神経が存在し、セロトニンの放出がある(Hensler, 2006)。このような縫線核内の軸索終末や小胞を含む樹状突起の中には明確なシナプス構造を形成しないものがある(Chazal & Ralston, 1987)。大脳皮質や海馬に投射するセロトニン神経線維のバリコシティ(小胞を含む膨らみで伝達物質放出部位と考えられている構造)の大多数も明確なシナプス構造を形成していない。また、5-HT1A受容体や5-HT2A受容体の発現部位がシナプス外、又はバリコシティと離れていることが報告されている。従って、セロトニン作動性の神経伝達は通常のシナプス伝達とは異なり、セロトニンが比較的離れた場所にある受容体まで拡散して作用する拡散性伝達(volume transmission)が主と考えられる(Hensler, 2006)。セロトニンが標的細胞に対して及ぼす効果は受容体の種類に依存し、主にシナプス伝達の修飾や比較的遅い膜電位変化による興奮性の調節に関与する(Ciranna, 2006; Pytliak et al., 2011)(セロトニンの項目参照)。セロトニン神経自身にもセロトニン受容体が発現しており(自己受容体)、主に5-HT1A受容体による抑制性の調節を受ける。 | |||
セロトニン神経系によって制御される中枢神経機能 | |||
体温 | |||
5-HT1A、5-HT3、5-HT7受容体の活性化によって体温低下が生じる(Naumenko et al., 2011)。セロトニン神経の活動を急性かつ特異的に低下させることができる遺伝子改変マウスでは、セロトニン神経の活動低下に伴って体温が低下する(Ray et al., 2011)。一方で、セロトニン合成酵素を欠損したマウスやセロトニン神経が障害された遺伝子改変マウスでは、通常の室温であれば正常な体温が保たれているが、低温暴露の際の体温調節に異常がある(Hodges & Richerson, 2010)。 | |||
摂食行動 | |||
摂食行動の調節には視床下部の外側核、腹内側核、弓状核、室傍核が重要な役割を果たし、視床下部に投射するセロトニン作動性神経は摂食行動に対して抑制的に作用する。薬理学的解析によって5-HT1B受容体と5-HT2C受容体の関与が示されており(Magalhães et al., 2010)、5-HT2C受容体欠損マウスでは過食と肥満が生じる(Tecott et al., 1995)。5-HT2Cは弓状核のプロオピオメラノコルチン(POMC)ニューロンの活動性を上昇させることによって摂食を抑制することが示唆されており、5-HT2C受容体欠損マウスにおける異常はPOMCニューロン特異的に5-HT2C受容体を発現させることよってレスキューできる(Xu et al., 2008)。5-HT1B受容体はPOMCニューロンに対して抑制的もしくは拮抗的に働くニューロンの活動を低下させることによって摂食を抑制することが示唆されている(Heisler et al., 2006)。 | |||
睡眠 | |||
5-HT1A、5-HT1B、5-HT2A/2C、5-HT3、5-HT6、5-HT7受容体アゴニストの全身、又は脳室内投与は共通して覚醒を促進し、REM睡眠を抑制する(Monti, 2011)。5-HT1A、5-HT1B受容体欠損マウスでは逆にREM睡眠の促進が生じるが、5-HT2A、5-HT2C受容体欠損マウスでは覚醒が促進され、5-HT7受容体欠損マウスではREM睡眠が抑制されている(Monti, 2011)。他のreview | |||
嘔吐反射: | |||
5-HT3受容体が消化管に分布する求心性迷走神経の末端と延髄最後野の化学受容器引金帯に多く発現しており、これらの活性化が嘔吐反射を引き起こす。5-HT3受容体のアンタゴニストは制吐薬として、特に癌化学療法に伴う嘔気、嘔吐の軽減に用いられる。延髄最後野では血液脳関門の透過性が比較的高く血中の化学物質が直接達し得るが、化学療法に伴う嘔吐の抑制は主に迷走神経末端の5-HT3受容体遮断によるものと考えられている(Hesketh、2008)。 | |||
痛覚 | |||
末梢においてセロトニンは一次知覚神経に作用して痛覚に対して促進的に作用する(Bardin, 2011)。下降性に脊髄に投射するセロトニン作動性神経には痛みの制御に関与すものがあり、特に大縫線核からの投射が重要と考えられている。セロトニン神経毒などを用いた初期の実験結果から、下降性のセロトニン神経は痛みを抑制することが示されたが、後に痛みの促進にも関与することが報告された(Sommer, 2006; Bardin, 2011)。抑制的に作用するか促進的に作用するかは神経系の状態に依存し、神経損傷時には5-HT3受容体を介した促進系の亢進が生じることが示唆されている(Bardin, 2011)。偏頭痛の治療薬として用いられるトリプタン系の薬物は5-HT1B、5-HT1D受容体のアゴニストで、特に5-HT1Dに高い親和性を持つ。トリプタン系薬の中には5-HT1F受容体に対して比較的高い親和性を持つものもあり、5-HT1Dアゴニストが治療効果を持つことも示唆されている。偏頭痛における痛みは頭蓋内外の血管に分布する三叉神経の活動が関与すると考えられている。5-HT1B受容体は血管平滑筋に存在し、活性化によって血管収縮を引き起こす。5-HT1D、5-HT1F受容体は三叉神経に発現しており、活性化によって過分極と炎症誘発性ペプチド類の放出抑制を引き起こして鎮痛効果を発揮すると考えられている(Neeb et al., 2010; Olesen and Ashina, 2011)。 | |||
性行動 | |||
一般にセロトニン機能低下は性行動を促進し、セロトニン機能亢進は性行動を抑制する(Olivier et al., 2011; Kiser et al., 2012)。オスラットにSSRIを慢性投与すると射精の遅延が生じる。5-HT1A受容体は性行動に促進的に、5-HT1B受容体は抑制的に働いており、SSRIと同時に5-HT1A受容体のアンタゴニストを投与すると性行動が完全に抑制される(Olivier et al., 2011)。メスでは5-HT1A受容体が性行動に対して抑制的に働いており、視床下部の腹内側核に5-HT1A受容体アゴニストを投与するとロードシス(発情期のメスが示す姿勢の反射)を抑制する(Uphouse, 2000)。 | |||
攻撃性 | |||
脳内のセロトニンの枯渇実験などの結果に基づき、従来はセロトニンが攻撃性を抑制することが定説となっていた。しかし、セロトニンが攻撃性に及ぼす影響は、用いられる動物モデルなどに依存し、促進的に働く場合もあることが示されている(Olivier, 2004; Carrillo et al., 2009; Takahashi et al., 2011; Kiser et al., 2012)。ヒトでも、セロトニントランスポーター阻害薬である選択的セロトニン再取込阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor、SSRI)が攻撃性に対して抑制的、促進的、どちらにも働き得ることが報告されている(Carrillo et al., 2009)。攻撃性に対するセロトニンの影響は、攻撃特性(trait)か攻撃状態(state)に関するものか、あるいは能動的攻撃か反応的攻撃かなどによって異なることが示唆されている(Olivier, 2004; Kiser et al., 2012)。実験動物において5-HT1A、5-HT1B受容体アゴニストの全身投与や視床下部、中脳水道周囲灰白質に対する局所投与は攻撃性に対して抑制的に作用する。5-HT1Aアゴニストの全身投与は沈静などの非特異的な効果を伴うのに対し、5-HT1Bアゴニストは特異的に攻撃性を抑制する。また、5-HT1B受容体欠損マウスでは攻撃性が上昇している(Olivier, 2004; Takahashi et al., 2011)。セロトニン、ノルアドレナリンの代謝酵素MAOA(monoamine oxidase A)を欠損したマウスでは、脳のセロトニン含量の増加と攻撃性の亢進が生じている。攻撃性の変化は5-HT2A受容体のアンタゴニストで抑制できるため、この場合5-HT2A受容体が攻撃性に対して促進的に働いていると考えることができる(Buckholtz et al., 2008)。 | |||
情動 | |||
うつ病や不安障害の治療にセロトニントランスポーターの阻害薬が用いられるため(Vaswani et al., 2003)、情動の調節にセロトニン神経系が関与すると考えられている。うつ病から回復した患者の血中トリプトファン(セロトニンの前駆物質)濃度を低下させると抑うつ症状が表れるため、うつ病もしくはその治療によってセロトニン神経系の機能が変化すると考えられる(Cowen, 2008)。うつ病患者ではセロトニンによる神経内分泌制御機能の低下や5-HT1A受容体のリガンド結合が低下しているが、これらの変化はうつ症状が無くなった後も持続するので、うつ状態と直接関係しているとは考え難い(Cowen, 2008)。また、一般にセロトニン系の薬物の治療効果が発現するまでには数週間かかり、トリプトファンレベルを変化させても健常者では気分の変化は生じないため(Merens et al., 2007; Cowen, 2008)、単純にセロトニンレベルの増減で気分が変化するのではない。健常者においてトリプトファンレベルを変化させると恐怖や幸福の表情の認識が変化する(Merens et al., 2007)。実験動物において薬物によってセロトニン神経機能を障害すると不安様行動が低下する(Kahn et al., 1988)。セロトニン神経の障害やセロトニン含量の低下を生じさせた遺伝子改変マウスでも、ほとんどの例で不安様行動が低下するが、うつ様行動については一致した結果が得られていない(Fernandez et al., 2012)。セロトニントランスポーターを欠損させたマウスでは脳内のセロトニンレベルが上昇し、不安様行動が増加する(Hariri and Holmes, 2006)。また、セロトニン神経に対して抑制的に働く5-HT1A自己受容体を特異的に欠損させたマウスでは不安様行動が増加する(Richardson-Jones et al., 2011)。ヒトのセロトニントランスポーター遺伝子のプロモーター領域には繰り返し配列の長さが異なる多型が存在し、短い型(S型)は長い型よりセロトニントランスポーターの発現量が少ない。S型は不安の性格特性に関連し、ストレスを受けた際のうつ病発症のリスクが高い。さらに、S型を持つヒトの脳では情動に関与する扁桃体の反応性が高まっている(Hariri and Holmes, 2006)。 | |||
学習・記憶 | |||
セロトニン神経の障害やセロトニン含量の低下を生じさせた遺伝子改変マウスでは、多くの場合恐怖条件付けが亢進している(Fernandez et al., 2012)。5-HT1A受容体欠損マウスでは海馬依存性の空間学習課題などに障害が見られるが(Sarnyai et al., 2000)、5-HT1Aアゴニストを海馬に投与しても空間学習の遂行が悪くなる(Buhot, 1997)。一方で、縫線核に5-HT1Aアゴニストを投与すると作業記憶課題の遂行が良くなることなどから、5-HT1Aの自己受容体とそれ以外とでは認知機能に対して逆の作用を持ち、自己受容体の活性化によるセロトニン神経の活動低下が記憶課題の遂行を改善することが示唆されている(King et al., 2008)。5-HT4受容体のアゴニスト投与によって複数の記憶課題において遂行の改善が見られ、アンタゴニスト投与によって受動的回避学習の成績が低下するため、この受容体の活性化は概ね記憶課題を改善する方向に働く(King et al., 2008;ref?)。逆に5-HT6受容体の場合はアンタゴニストの投与によって、空間学習課題などの遂行が改善する(King et al., 2008)。 | |||
セロトニン症候群 | |||
セロトニン神経系の活動性の亢進によって生じる症候群。しばしば、セロトニン系薬物の過剰投与、相互作用が原因となる。症状としては、焦燥、混乱、軽躁、発汗、下痢、発熱、震え、反射亢進、協調運動障害、ミオクローヌス、眼振、振戦が生じる。重篤な場合には強直間代発作、多臓器不全、播種性血管内凝固、横紋筋融解、昏睡、死に至る場合もある(ABLES、2010)。ref追加 | |||
セロトニン神経系に作用する薬物 | |||
抗うつ薬・抗不安薬 | |||
SSRI、三環系抗うつ薬、セロトニン・ノルアドレナリン再取込阻害薬はいずれも抗うつ作用を持ち、セロトニントランスポーターを阻害する。三環系抗うつ薬はノルアドレナリン再取込阻害薬も持ち、セロトニントランスポーターに対する親和性が低いものもある。セロトニン、ノルアドレナリンの代謝酵素MAOA(monoamine oxidase A)の阻害薬も抗うつ作用を持つ。このように、セロトニンの再取込や代謝酵素の阻害によって、シナプスや細胞外のセロトニン濃度を上昇させる、又はセロトニン含量を増やす薬物が抗うつ薬として用いられている。また、SSRIは抗不安薬としても広く用いられている(Vaswani et al., 2003)。情動調節におけるセロトニンの役割には不明な点が多く、セロトニン濃度上昇が抗うつ作用や抗不安作用に結びつくメカニズムも不明である。これらの薬物の治療効果の発現には一般に数週間を要するため、セロトニン濃度上昇そのものではなく、2次的な変化が治療効果を担うと考えられている。実験動物においてSSRIを含む抗うつ薬は海馬における成体神経新生を促進し、5-HT1A受容体欠損マウスではSSRIの神経新生促進効果が抑制されている(Hanson et al., 2011)。X線照射によって海馬の細胞増殖を抑制すると抗うつ薬投与による不安様行動やうつ様行動の変化が減弱する(Santarelli et al., 2003; Airan et al., 2007)。これらの事実は海馬の成体神経新生が抗うつ薬の治療効果に関与することを示唆しているが、神経新生の促進のみでは行動変化は生じない(Sahay et al., 2011)。 | |||
抗精神病薬 | |||
統合失調症等の治療に用いられる抗精神病薬は様々な伝達物質受容体に対する遮断作用を持ち、その治療効果には一般にドーパミンD2受容体の遮断が重要と考えられている。セロトニン受容体に対する遮断作用も強く、特に非定型抗精神病薬に属するセロトニン・ドーパミンアンタゴニストはD2受容体よりも5-HT2A受容体に対する遮断作用の方が強い(Richtand et al., 2008)。定型抗精神病薬に比べて、治療効果、副作用の発現において非定型抗精神病薬が持つ優位性に5-HT2A受容体が関与することが示唆されたが、この説は仮説の域を出ていない(Wood & Wren, 2008)。 | |||
幻覚薬 | |||
セロトニン系の幻覚薬にはメスカリンなどのフェニルアルキルアミン系薬とシロシビンやLSD(lysergic acid diethylamide)などのインドールアミン系薬がある。フェニルアルキルアミン系薬は比較的5-HT2受容体ファミリーに対する親和性が高い。インドールアミン系薬は5-HT1A受容体に対する親和性が高く、セロトニン神経の活動を抑制する。いずれも複数のセロトニン受容体に対してアゴニスト作用を持つが、幻覚誘発作用は5-HT2A受容体に依存すると考えられている(Halberstadt & Geyer, 2011)。しかし、必ずしも全ての5-HT2A受容体アゴニストが幻覚誘発作用を持つのではなく、幻覚誘発作用を持つものと持たないものでは下流のシグナル経路が異なることが示唆されている(Vollenweider & Kometer, 2010)。 | |||
精神刺激薬 | |||
中枢興奮作用を持つ薬物の中で、コカイン、アンフェタミン、MDMA(3,4-methylenedioxymethamphetamine)などの精神刺激薬は細胞膜のモノアミントランスポーターを標的とする。一般にこれらの薬物には依存性があり、実験動物では自己投与の条件付けが成立する。コカインは再取込阻害薬であり、アンフェタミン類はトランスポーターの逆輸送によってモノアミンの放出を起こす。コカインはドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニントランスポーターに同程度の親和性を持つが、アンフェタミンはドーパミン、ノルアドレナリン選択性が高く、MDMAはセロトニン、ノルアドレナリン選択性が比較的高い(Rothman & Baumann, 2003)。精神刺激薬が行動に及ぼす影響に重要なのはドーパミントランスポーターに対する作用であり、セロトニントランスポーターに対する親和性と自己投与の効力は負の相関を示す(Howell & Kimmel, 2008)。 |
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