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▪ 要約 ''DISC1''遺伝子は、染色体1番と11番の間での転座を有する、スコットランドの[[精神疾患]]多発家系から見いだされた。この転座によって染色体1番上で2つの遺伝子が破壊されると考えられ、そのうちの1つが''DISC1''である。''DISC1''からは複数のアイソフォームが翻訳されるが、主なアイソフォームとして854アミノ酸からなるタンパク質をコードする。DISC1に結合する分子(DISC1 Interactome)として、[[微小管]]結合分子や[[シナプス]]におけるシグナル伝達分子など、数多くの分子([[GSK3β]]、NDEL1、PCM1、BBS、Girdin/KIAA1212、PDE4、KAL7、TNIKなど)が報告されている。DISC1は神経系において様々な機能を持つと考えられているが、その代表的な機能として、大脳新皮質や[[海馬]]の神経発達や、シナプスの制御が想定されている。 | ▪ 要約 ''DISC1''遺伝子は、染色体1番と11番の間での転座を有する、スコットランドの[[精神疾患]]多発家系から見いだされた。この転座によって染色体1番上で2つの遺伝子が破壊されると考えられ、そのうちの1つが''DISC1''である。''DISC1''からは複数のアイソフォームが翻訳されるが、主なアイソフォームとして854アミノ酸からなるタンパク質をコードする。DISC1に結合する分子(DISC1 Interactome)として、[[微小管]]結合分子や[[シナプス]]におけるシグナル伝達分子など、数多くの分子([[GSK3β]]、NDEL1、PCM1、BBS、Girdin/KIAA1212、PDE4、KAL7、TNIKなど)が報告されている。DISC1は神経系において様々な機能を持つと考えられているが、その代表的な機能として、大脳新皮質や[[海馬]]の神経発達や、シナプスの制御が想定されている。 | ||
▪ イントロダクション(背景、歴史的推移など) | ▪ イントロダクション(背景、歴史的推移など) | ||
''DISC1''遺伝子は、染色体1番と11番の間で均衡型常染色体転座(1;11)(q42.1;q14.3)を遺伝的に有する、スコットランドの精神疾患が集積する家系から見いだされた<ref><pubmed> 1973210 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10814723</pubmed></ref>。この家系の転座をもつ保因者29名のうち、21名に精神疾患の診断がなされ、そのうち、統合失調症が7名、[[双極性障害]]が1名、大うつ病が10名であった | ''DISC1''遺伝子は、染色体1番と11番の間で均衡型常染色体転座(1;11)(q42.1;q14.3)を遺伝的に有する、スコットランドの精神疾患が集積する家系から見いだされた<ref><pubmed> 1973210 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10814723</pubmed></ref>。この家系の転座をもつ保因者29名のうち、21名に精神疾患の診断がなされ、そのうち、統合失調症が7名、[[双極性障害]]が1名、大うつ病が10名であった<ref><pubmed> 11443544 </pubmed></ref>(Fig. 1)。それに対し、この家系の転座を持たない38名については、5名に精神疾患の診断がなされ、そのうちわけは、1名がアルコール依存、1名は青年期の行為−情緒障害、3名が小うつ病と、精神疾患としては比較的軽度の診断であった<ref><pubmed> 11443544 </pubmed></ref>(Fig. 1)。この家系での転座によって、染色体1番上の遺伝子が2つ破壊されると考えられ、その破壊される遺伝子は''DISC1''、''DISC2''と名付けられた<ref><pubmed> 10814723 </pubmed></ref>。このうち、''DISC1''は、主なアイソフォームとして854アミノ酸からなるタンパク質をコードする。一方、''DISC2''は''DISC1''とは逆方向のノンコーディングRNAをコードする。 | ||
なお、この転座は、特定の精神疾患への罹患に直接結びつくのではなく、この転座によって、精神疾患罹患のリスクを高める[[エンドフェノタイプ]]が生じると考えられる。実際、この転座を持つ保因者では、同じ家系内の非保因者よりも事象関連電位P300の振幅が有意に低下するとの報告もある | なお、この転座は、特定の精神疾患への罹患に直接結びつくのではなく、この転座によって、精神疾患罹患のリスクを高める[[エンドフェノタイプ]]が生じると考えられる。実際、この転座を持つ保因者では、同じ家系内の非保因者よりも事象関連電位P300の振幅が有意に低下するとの報告もある<ref><pubmed> 11443544 </pubmed></ref>。 | ||
▪ 構造 | |||
''DISC1''からは、複数のアイソフォームが翻訳され、ヒトの脳では、多種類以上の異なったスプライスバリアントが発現する<ref><pubmed> 19805229 </pubmed></ref>。そのうち主なアイソフォームとしては、13個のエクソンから、854アミノ酸からなるタンパク質が翻訳される。この全長のDISC1タンパク質は100 kDa前後の分子量を持ち、N 末領域とC末領域に大きく分けられる<ref><pubmed> 10814723 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22116789 </pubmed></ref>。N末領域は、1〜350番目のアミノ酸残基からなり、他の分子との相同性が低い。C末領域は、350〜854番目のアミノ酸残基からなり、複数のαへリックス構造やコイルドーコイル構造(coiled-coil)を持つ(Fig. 2)。 | |||
DISC1発見の契機となった、スコットランドの家系での染色体転座では、DISC1の597番目と598番目のアミノ酸の間で切断が起きる。この結果、C末を欠いた597番目のアミノ酸までのDISC1タンパク質が発現してドミナントネガティブ(dominant negative)体として働く可能性<ref><pubmed> 17035248 </pubmed></ref>や、C末を欠いたDISC1タンパク質は分解されて結果としてハプロインサフィシャンシー(Haploinsufficiency)となる可能性が考えられている<ref><pubmed> 16293762 </pubmed></ref>。最近、1番染色体と11番染色体の融合タンパク質DISC1 Fusion Partner 1 (DISC1FP1)/DISC1-Boymaw fusion proteinが生成される可能性も指摘されている<ref><pubmed> 20351725 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22095064 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22547224 </pubmed></ref>。 | |||
また、DISC1は二量体もしくはそれ以上の多量体(オリゴマー)を形成すると考えられている。その際に、DISC1同士は、403〜504番目のアミノ酸を用いて相互作用する<ref><pubmed> 16299498 </pubmed></ref>。加えて、C末の640-854番目のアミノ酸もオリゴマー形成に関与しているとされる<ref><pubmed> 19583211 </pubmed></ref>。 | |||
マウスの''DISC1''相同遺伝子(ortholog)としてクローニングされた''Disc1''は851アミノ酸をコードし、ヒトの''DISC1''と60%程度の相同性を持つ<ref><pubmed> 12504857 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12506198 </pubmed></ref>。C57BL/6のマウス系統とは異なり、129のマウス系統ではエクソン5に25塩基の欠損があることが知られる<ref><pubmed> 16484369 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16751659 </pubmed></ref>。他の系統のマウスにもこの25塩基の欠損を有するものがあるため、注意が必要である<ref><pubmed> 21903668 </pubmed></ref>。ただし、マウスでも複数のスプライスアイソフォームがあることが知られており、25塩基の欠損を有するマウス系統においてDISC1アイソフォームの多くは発現していると考えられている<ref><pubmed> 17895924 </pubmed></ref>。 | |||
▪ DISC1タンパク質に結合する分子 | |||
DISC1は足場(scaffold)タンパク質、もしくは、ハブ(hub)タンパク質として機能すると考えられ、多くの結合分子(DISC1 interactome)が知られている<ref><pubmed> 17043677 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22015021 </pubmed></ref>。これらの結合分子の探索がDISC1の機能の解明に大きな役割を果たしてきた。主な分子名を下に挙げる(分子名の後の数字は、報告されたDISC1上の結合部位[アミノ酸残基])(Fig.2も参照)。 | |||
Nuclear distribution element-like 1 (NDEL1/NUDEL) [802-835] <ref><pubmed> 12812986 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12506198 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14962739 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17035248 </pubmed></ref> | |||
Microtubule-associated protein 1A(MAP1A) [1-293] <ref><pubmed> 12812986 </pubmed></ref> | |||
Fasciculation and elongation protein zeta-1 (FEZ) [446-633] <ref><pubmed> 12874605 </pubmed></ref> | |||
Kendrin/pericentrin-B [446-533]<ref><pubmed> 15094396 </pubmed></ref> | |||
Phosphodiesterase type 4(PDE)[190-230、611-650など]<ref><pubmed> 16293762 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17728464 </pubmed></ref> | |||
Kinesin-1のkinesin heavy chain [341-400] <ref><pubmed> 17202468 </pubmed></ref> | |||
Growth factor receptor bound protein (Grb2) [730-733, 731-734]<ref><pubmed> 17202467 </pubmed></ref> | |||
Bardet-Biedl syndrome protein (BBS)1、 BBS4、BBS8 [394-600] <ref><pubmed> 18762586 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21471969 </pubmed></ref> | |||
Pericentriolar material 1 (PCM1) [1-348, 601-854] <ref><pubmed> 18762586 </pubmed></ref> | |||
Glycogen synthase kinase 3β(GSK3β)[1-220、356-595] <ref><pubmed> 19303846 </pubmed></ref> | |||
Girdin/KIAA1212 [1-361] <ref><pubmed> 19778507 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19778506 </pubmed></ref> | |||
Kalirin-7 (KAL7) [350-394] <ref><pubmed> 20139976 </pubmed></ref> | |||
DIX domain containing 1 (DIXDC1) [592-852] <ref><pubmed> 20624590 </pubmed></ref> | |||
TRAF2- and NCK- interacting protein kinase (TNIK) [335-347] <ref><pubmed> 20838393 </pubmed></ref> | |||
▪ 発現(組織分布) | |||
''DISC1''のmRNAは成体において、脳に加えて、心臓、胎盤、膵臓などに発現している<ref><pubmed> 10814723 </pubmed></ref>。成熟マウスでは、''Disc1''のmRNAは脳内に広く分布しており、海馬、小脳、大脳新皮質、嗅球にも発現が見られる<ref><pubmed> 12504857 </pubmed></ref>。発生段階のマウスの脳において、DISC1の免疫反応は大脳皮質、嗅球<ref><pubmed> 15381924 </pubmed></ref>や海馬<ref><pubmed> 18620078 </pubmed></ref>に認められる。脳のなかで、DISC1は神経細胞のみならず、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアといったグリア系の細胞でも発現している<ref><pubmed> 20212127 </pubmed></ref> ref><pubmed> 21605958 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22801410 </pubmed></ref>。 | |||
▪ 細胞内局在 | |||
DISC1は、発達段階の神経細胞において、NDEL1/NUDEL、Lissencephaly 1(LIS1)、14-3-3、dynactin、kendrinなどと結合/複合体を形成して、中心体(centrosome、microtubule-organizing center[MTOC]としても知られる)や微小管(microtubule)に存在する<ref><pubmed> 12812986 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 15094396 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16299498 </pubmed></ref>。また、Kinesin-1、Grb2と結合して軸索内を成長円錐(Growth Cone)に運ばれる<ref><pubmed> 17202468 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17202467 </pubmed></ref>。 | |||
より成熟した神経細胞において、DISC1はPSD-95/ Kalirin-7と複合体を作り、シナプスに存在している<ref><pubmed> 20139976 </pubmed></ref>。シナプスではPDE4やTNIKとも結合する<ref><pubmed> 16293762 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20838393 </pubmed></ref>。DISC1は興奮性のシナプスとともに、抑制性のシナプスにも局在する<ref><pubmed> 16736468 </pubmed></ref>。 | |||
DISC1のN末には核移行シグナル(nuclear localization signal、NLS)モチーフが存在し、少なくともDISC1の一部は核内に存在する<ref><pubmed> 18762802 </pubmed></ref>。DISC1のミトコンドリアへの局在も報告されている<ref><pubmed> 15121183 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15797709 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20880836 </pubmed></ref>。 | |||
▪ 機能 | |||
DISC1の結合タンパク質や細胞内局在から示されるように、DISC1は神経系において多彩な機能を有していると考えられる。なかでも代表的な機能として、神経発達とシナプスの制御が挙げられる<ref><pubmed> 22015021 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22095064 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23300216 </pubmed></ref>。 | |||
上記の細胞内局在のうち、中心体や微小管、成長円錐への局在は、神経細胞の増殖や移動、樹状突起形成、軸索伸長といった、DISC1の神経発生過程での機能を示唆する。実際に、発達段階でのDISC1の機能阻害により、神経細胞の増殖の低下/早熟な神経への分化<ref><pubmed> 19303846 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21471969 </pubmed></ref>、大脳新皮質<ref><pubmed> 16299498 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20807500 </pubmed></ref><ref><pubmed> 22099458 </pubmed></ref>と海馬<ref><pubmed> 19502360 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21540240 </pubmed></ref>の神経細胞移動の遅れ、樹状突起形成の障害<ref><pubmed> 20188653 </pubmed></ref>、軸索伸長の障害<ref><pubmed> 12874605 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12506198 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17202468 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17202467 </pubmed></ref>が起きることが報告されている。ただし、成体での海馬歯状回における、新生神経細胞については、DISC1の機能阻害により、むしろ神経細胞の過剰な移動が生じる<ref><pubmed> 17825401 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19778507 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19778506 </pubmed></ref>。この過剰な移動は神経細胞層への組み込み(integration)の阻害を反映する可能性もある<ref><pubmed> 17825401 </pubmed></ref>。 | |||
また、シナプスへの局在やシナプス関連分子との結合から、DISC1はシナプスの維持や制御に関わると考えられている。DISC1の機能阻害により、短期的には樹状突起スパインの数と大きさが増加し、長期的にはスパインが小さくなる<ref><pubmed> 20139976 </pubmed></ref>。この際、DISC1は、Kalirin-7(Rac1のGDP/GTP exchange factor、GEF)と結合してNMDA受容体の活性化によって起きるRac1の活性化を調節してシナプスを制御する。DISC1はTNIKとの結合によってもシナプスの維持に関わると考えられている<ref><pubmed> 20838393 </pubmed></ref>。 | |||
▪ DISC1の修飾と機能への影響 | |||
他の分子との結合の調節に、DISC1の翻訳後修飾が関与することがある。例えば、マウスDISC1の710番目のセリン(S710、ヒトDISC1の713番目のセリンに相当)のリン酸化によって、結合分子が変化する<ref><pubmed> 21471969 </pubmed></ref>。増殖中の神経前駆細胞において、S710がリン酸化されていないときは、DISC1はGSK3βに結合してGSK3βの活性を抑制する。一方、分裂後の神経細胞において、S710がリン酸化されると、DISC1はBBS1に結合して中心体や微小管に分布し、神経細胞移動に関わる。このように、DISC1のリン酸化の制御によって、前駆細胞の分裂から神経細胞移動へ、発生段階のスイッチが行われると考えられる<ref><pubmed> 21471969 </pubmed></ref>。 | |||
▪ 関連語 エンドフェノタイプ、統合失調症、双極性障害、大うつ病、GSK-3β | |||
▪ 参考文献 | |||
<references/> | |||
▪ 担当者 久保 健一郎、神谷 篤、編集者氏名 加藤 忠史 |
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