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ロドプシンについて初めて報告があったのは1876〜77年頃である。ドイツのFranz Boll (1849-1879)、続いてFriedrich Wilhelm (通称Willy) Kühne(1837−1900)がカエル網膜の桿体視細胞の外節にある赤い物質の感光性を報告した。 Kühneはこの色を“Sehrpurpur”と呼び(英語ではVisual Purple)その基となる化学物質をRhodopsin(日本語で「視紅」)と名付けた。(初期の視物質研究では視物質のことをVisual Purpleと呼んでいたが、しだいにRhodopsinが多く使われるようになり現在ではRhodopsinというのが一般的である。) | ロドプシンについて初めて報告があったのは1876〜77年頃である。ドイツのFranz Boll (1849-1879)、続いてFriedrich Wilhelm (通称Willy) Kühne(1837−1900)がカエル網膜の桿体視細胞の外節にある赤い物質の感光性を報告した。 Kühneはこの色を“Sehrpurpur”と呼び(英語ではVisual Purple)その基となる化学物質をRhodopsin(日本語で「視紅」)と名付けた。(初期の視物質研究では視物質のことをVisual Purpleと呼んでいたが、しだいにRhodopsinが多く使われるようになり現在ではRhodopsinというのが一般的である。) | ||
[[Image:Mammal eye.png|thumb|center|1000px| | [[Image:Mammal eye.png|thumb|center|1000px|'''図1:ほ乳類の眼'''<br />眼に入った光は、角膜、レンズ、ガラス体を通過し、光受容に特化した視細胞に受容される。網膜中の視細胞は光が入射する方向と反対側にあり、そのため、光は視細胞に達するまでに神経節細胞や双極細胞が含まれる神経層を通過することになる。 脊椎動物の眼には形態的に異なる2種類の視細胞、桿体(Rod)と錐体(Cone)があり、それぞれ、暗所、明所での視覚を分担している。そのため、それぞれ異なる応答特性を持っている。 桿体は感度が高いが応答が遅く、錐体は桿体よりも感度は低いが応答が速い。 また、錐体には複数のサブタイプがあり、それぞれ、赤、緑、青の光を吸収しやすい視物質が含まれており、色識別を可能にしている。桿体にはロドプシンが大量に含まれる円盤膜がパンケーキ状に重なっている。暗所での光受容に特化した桿体は単一光子を検出するほどの感度を有している。]] | ||
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また、ロドプシンのN2/N15は糖鎖修飾を受ける。このためロドプシンのN2/N15は生物種を超えて良く保存されている。このようなタンパク質のN結合型糖鎖付加は、修飾されるアミノ酸残基の位置は異なるが、オプシン類そしてファミリー1のGPCRにも見られる。一般に、糖鎖修飾はタンパク質の輸送やフォールディングに関わると考えられている。これ以外にもN末端のメチル基はアセチル化され、前述のC末端のC322/C322のシステイン残基はパルミチン酸化(脂質修飾)されている。 | また、ロドプシンのN2/N15は糖鎖修飾を受ける。このためロドプシンのN2/N15は生物種を超えて良く保存されている。このようなタンパク質のN結合型糖鎖付加は、修飾されるアミノ酸残基の位置は異なるが、オプシン類そしてファミリー1のGPCRにも見られる。一般に、糖鎖修飾はタンパク質の輸送やフォールディングに関わると考えられている。これ以外にもN末端のメチル基はアセチル化され、前述のC末端のC322/C322のシステイン残基はパルミチン酸化(脂質修飾)されている。 | ||
[[Image:Rhodopsin structure.png|thumb|center|650px| | [[Image:Rhodopsin structure.png|thumb|center|650px|'''図2:ロドプシンの立体構造モデル'''<br />a:基底状態のロドプシンの立体構造(PDBID:1U19)。H1を青色で示しH8をオレンジ色で示している。7本の膜貫通ヘリックスに加えて膜面に平行なH8が特徴的である。H3は大きく傾いていて細胞質側はH4とH5の間に入り込んでいる。上が円板膜内側、下がGタンパク質と相互作用する細胞質側である。手前のH7にレチナール(11−シス)とその結合部位であるK296、そしてシッフ塩基の対イオンとして機能するH3のE113のアミノ酸、C110-C187のジスフィルド結合、細胞質側にはH3にERYモチーフH7にはNPXXYモチーフのアミノ酸を示している。<br />b:活性化に伴う構造変化。基底状態(緑色PDBID:1U19)と較べて活性状態は(オレンジ色PDBID:3PQR)H6が大きく外側に動きH5も細胞質側に伸びるている。また基底状態ではH3とH6間のイオニックロックの相互作用が活性状態では解除されR135はNPXXYモチーフやY223等と新たな相互作用を形成する。]] | ||
== '''膜環境''' == | == '''膜環境''' == | ||
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レチナールはオプシンの内部に埋め込まれており、また、そのプロトン化シッフ塩基は疎水的な環境に位置している。そのためそのままでは非常に不安定である。オプシン内にはこの正電荷を安定化する対イオン(counterion)が存在する。ロドプシンではE113が対イオンとして働き<ref><pubmed> 2573063 </pubmed></ref>、H7のシッフ塩基プロトンの正電荷とH3のグルタミン酸の負電荷の間に塩橋(salt bridge)が形成される<ref><pubmed> 1356370 </pubmed></ref>。また対イオンはシッフ塩基のpKaを上げシッフ塩基の加水分解を防いでいる。対イオンは単独で働いているのではなく、構造水を含む水素結合ネットワークを形成して働いていると考えられている。 | レチナールはオプシンの内部に埋め込まれており、また、そのプロトン化シッフ塩基は疎水的な環境に位置している。そのためそのままでは非常に不安定である。オプシン内にはこの正電荷を安定化する対イオン(counterion)が存在する。ロドプシンではE113が対イオンとして働き<ref><pubmed> 2573063 </pubmed></ref>、H7のシッフ塩基プロトンの正電荷とH3のグルタミン酸の負電荷の間に塩橋(salt bridge)が形成される<ref><pubmed> 1356370 </pubmed></ref>。また対イオンはシッフ塩基のpKaを上げシッフ塩基の加水分解を防いでいる。対イオンは単独で働いているのではなく、構造水を含む水素結合ネットワークを形成して働いていると考えられている。 | ||
[[Image:Central Ionic Lock.png|thumb|center|800px| | [[Image:Central Ionic Lock.png|thumb|center|800px|'''図3:シッフ塩基・対イオン・塩橋'''<br />ヘッリックス7の296番目のリシン残基の正電荷とヘリックス3の対イオンの負電荷は塩橋を形成し、リガンド非結合状態の受容体で不活性状態を安定化する。11-cis-retinalが結合した状態でもシッフ塩基プロトンと対イオンの間で塩橋が生じ不活性状態を安定化する。]] <br> | ||
== '''構造モチーフ''' == | == '''構造モチーフ''' == | ||
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オプシンシフト以外にもロドプシンはレチナールの種類を変えることによって吸収スペクトルを変えることができる。多くの脊椎動物は通常ビタミンA1(retinal)を用いるが、魚類、両生類や爬虫類のなかにはA2 retinal (3,4-dehydroretinal) を用いるものもいる。 共役二重結合系が長いのでA2レチナールはA1に比べてより長波長に吸収を持つ(図4b参照)。従ってA1/A2の視物質は同じタンパク質でもそれぞれ違う色をもつ。Opsin+A1 retinalの視物質がRhodopsin(rhod=紅)と呼ばれるのに対してOpsin+A2 retinalはPorphyropsin(porphyr=紫)と呼ばれる。(無脊椎動物の視物質ではA1, A2 retinalの他にA3(3-hydroxyretina)やA4(4-hydroxyretinal) retinalが用いられる。図4c参照)カエル幼生(オタマジャクシ)のオプシンがA2レチナールを発色団とし、成体(カエル)になるとA1レチナールを発色団とするのは有名な話である。つまり、オタマジャクシは、濁った淡水でより透過に優れた長波長の光を利用するためにA2レチナールを利用していると言われている。また、魚類(特に淡水魚)などは2種類のレチナールを持ち、季節変動などの環境要因によってA1/A2レチナールを使い分けていると考えられている。 | オプシンシフト以外にもロドプシンはレチナールの種類を変えることによって吸収スペクトルを変えることができる。多くの脊椎動物は通常ビタミンA1(retinal)を用いるが、魚類、両生類や爬虫類のなかにはA2 retinal (3,4-dehydroretinal) を用いるものもいる。 共役二重結合系が長いのでA2レチナールはA1に比べてより長波長に吸収を持つ(図4b参照)。従ってA1/A2の視物質は同じタンパク質でもそれぞれ違う色をもつ。Opsin+A1 retinalの視物質がRhodopsin(rhod=紅)と呼ばれるのに対してOpsin+A2 retinalはPorphyropsin(porphyr=紫)と呼ばれる。(無脊椎動物の視物質ではA1, A2 retinalの他にA3(3-hydroxyretina)やA4(4-hydroxyretinal) retinalが用いられる。図4c参照)カエル幼生(オタマジャクシ)のオプシンがA2レチナールを発色団とし、成体(カエル)になるとA1レチナールを発色団とするのは有名な話である。つまり、オタマジャクシは、濁った淡水でより透過に優れた長波長の光を利用するためにA2レチナールを利用していると言われている。また、魚類(特に淡水魚)などは2種類のレチナールを持ち、季節変動などの環境要因によってA1/A2レチナールを使い分けていると考えられている。 | ||
[[Image:Rhodopsin spectrum and retinal.png|thumb|center|650px| | [[Image:Rhodopsin spectrum and retinal.png|thumb|center|650px|'''図4:ロドプシンの吸収スペクトル'''<br />a:有機溶媒中のRetinalは380nmに吸収極大(λmax)を示すが、アミノ基を持つ化合物(例えばプロピルアミン)とシッフ塩基を形成してプロトン化されると、λmaxが440nmまでシフトする。さらにロドプシン中ではまわりのアミノ酸残基との相互作用によって、λmaxが約500 nmまでシフトする。この440nmからの差分をオプシンシフトと呼ぶ。つまり、オプシンシフトが大きいロドプシン類はより長波長側にλmaxを示す。ロドプシンの吸収スペクトルは可視部の吸収(αバンド)の他に、紫外領域に小さな吸収(βバンド)、280nm付近にタンパク質の芳香族アミノ酸残基に由来する吸収(γバンド)を示すのが特徴である。<br />b:桿体視物質、ロドプシンには2種類のレチナールが知られている。A2レチナールより構成するものを特にポルフィロプシンとよび、A1レチナールよりも共役二重結合系が長いのでより長波長の光を吸収することができる。一般的に多くの動物がA1レチナールを用いるが魚類、両生類や爬虫類等ではA2レチナールを用いるものが知られている。<br />c:無脊椎動物の視物質にはA1、A2レチナールの他にA3やA4レチナールを用いるものもある。発色団の種類に関わらずこれらの光受容タンパク質を総称してロドプシン類と呼ぶのが慣習である。]] | ||
= '''ロドプシンの光反応過程''' = | = '''ロドプシンの光反応過程''' = | ||
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これらのバクテリアのロドプシン類も、動物のロドプシン類と同様に7回膜貫通領域をもち、発色団としてレチナールを用い、さらにその発色団はレチナールシッフ塩基結合を介してH7に結合している。ただし、動物のロドプシンは主に11-シス型のレチナールを発色団として持ち、光を受容して全トランスに異性化されて活性状態になるが、バクテリアのロドプシンは全トランス型のレチナールを発色団とし、光を吸収して13-シス型に異性化し、機能を発揮することがわかっている。また、バクテリアのロドプシンは活性状態になったあと熱反応で元の状態に戻る光反応サイクルを描く。7本膜貫通α-ヘリックス構造を持つことから、両タンパク質は進化的に系統関係があると考えられていたが、アミノ酸配列からは相同性の無いことが明らかにされている。しかしロドプシン類の中でも20%程度の相同性しか示さないものもあるので、たとえ共通の祖先タンパク質から進化しても遠縁な生物種間では変異が蓄積し有意な相同性がなくなっている可能性もある。 | これらのバクテリアのロドプシン類も、動物のロドプシン類と同様に7回膜貫通領域をもち、発色団としてレチナールを用い、さらにその発色団はレチナールシッフ塩基結合を介してH7に結合している。ただし、動物のロドプシンは主に11-シス型のレチナールを発色団として持ち、光を受容して全トランスに異性化されて活性状態になるが、バクテリアのロドプシンは全トランス型のレチナールを発色団とし、光を吸収して13-シス型に異性化し、機能を発揮することがわかっている。また、バクテリアのロドプシンは活性状態になったあと熱反応で元の状態に戻る光反応サイクルを描く。7本膜貫通α-ヘリックス構造を持つことから、両タンパク質は進化的に系統関係があると考えられていたが、アミノ酸配列からは相同性の無いことが明らかにされている。しかしロドプシン類の中でも20%程度の相同性しか示さないものもあるので、たとえ共通の祖先タンパク質から進化しても遠縁な生物種間では変異が蓄積し有意な相同性がなくなっている可能性もある。 | ||
= 参考文献 = | |||
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