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Akiramurata (トーク | 投稿記録) 細 (→関節・筋座標系) |
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{{box|text= | {{box|text= | ||
脳は、外部環境または対象物を認知し、適応的行動・運動を生成する。そのため、外部環境は2次元ないし3次元空間として脳内に表現される。その表現は、何かを原点とした空間座標系である。この脳内の座標系は、身体上や外部環境内など異なる場所に原点を持つ複数のものが並列的に階層的に処理される。身体の外部に基準をもつ場合には[[外部座標系]]、身体上に基準を持つ場合には[[内部座標系]]とも呼ばれる。こうした複数の空間座標は、主に脳内の背側経路や運動関連領野の複数の領域に表象され、効果器の異なる運動において、適切な座標系が選択されて使われる。 | |||
運動の表出に当たっては、空間内にプランされた軌道が、関節角や筋の長さ、力の大きさ、方向などへ変換される必要がある。身体部位の位置や関節・筋肉におけるパラメーターの関係を記述するのが[[関節座標系|関節]]・[[筋座標系]]であり、空間座標から運動への変換を考える上で重要である。 | |||
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生体においてさまざまな運動効果器が存在し、異なる運動が遂行されるが、脳内の複数の空間座標系はそれぞれの運動に対して適当なものが使われる。例えば、腕の到達運動の際、まず[[網膜]][[中心窩]]を中心とした[[網膜座標系]]に対象物の位置が表現されるが、これだけでは視点が変化した場合に不都合で、[[wj:眼球|眼球]]位置を中心にした眼球中心座標系、頭部や身体軸を中心とした[[頭部中心座標系]]<ref name=ref1><pubmed>12094211</pubmed></ref>、[[身体中心座標系]]が必要となる。 | 生体においてさまざまな運動効果器が存在し、異なる運動が遂行されるが、脳内の複数の空間座標系はそれぞれの運動に対して適当なものが使われる。例えば、腕の到達運動の際、まず[[網膜]][[中心窩]]を中心とした[[網膜座標系]]に対象物の位置が表現されるが、これだけでは視点が変化した場合に不都合で、[[wj:眼球|眼球]]位置を中心にした眼球中心座標系、頭部や身体軸を中心とした[[頭部中心座標系]]<ref name=ref1><pubmed>12094211</pubmed></ref>、[[身体中心座標系]]が必要となる。 | ||
一方、運動の生成には、空間座標系において決められた軌道を、関節の動きや筋肉の収縮に変換されなくてはならない。このために、計算論では身体の関節や筋肉の自由度を[[関節座標系|関節]]・[[筋座標系]] | 一方、運動の生成には、空間座標系において決められた軌道を、関節の動きや筋肉の収縮に変換されなくてはならない。このために、計算論では身体の関節や筋肉の自由度を[[関節座標系|関節]]・[[筋座標系]]として規定する。手先の位置と関節角との関係や手先の力と関節[[wj:関節|関節]]に発生するトルクとの関係を関節座標系という。さらに、関節の角度とそれにつく筋肉[[wj:|筋肉]]の長さや関節に発生するトルクと筋の力などの関係を筋座標系という。<ref name=ref7>'''伊藤 宏司'''<br>身体知システム論 ― ヒューマンロボティクスによる運動の学習と制御<br>''共立出版'' 2005</ref>。 | ||
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眼球内に入ってきた光は、網膜上に像を結ぶ。中心窩(fovea)を原点に、網膜の何処に像を結ぶかによって表現される座標系のことである。この座標系は眼球が固定されている条件の下で機能する。眼球中心座標系とよく混同されるが、以下に述べるように区別されなければならない。脳内の視覚領野には、網膜の部位がその領野内の位置と点対点の対応関係にある領野が存在する。特にこれを[[視野地図]]ないしは[[網膜部位局在性]]というが、結果として[[網膜座標系]]としての情報表現が見られる。 | 眼球内に入ってきた光は、網膜上に像を結ぶ。中心窩(fovea)を原点に、網膜の何処に像を結ぶかによって表現される座標系のことである。この座標系は眼球が固定されている条件の下で機能する。眼球中心座標系とよく混同されるが、以下に述べるように区別されなければならない。脳内の視覚領野には、網膜の部位がその領野内の位置と点対点の対応関係にある領野が存在する。特にこれを[[視野地図]]ないしは[[網膜部位局在性]]というが、結果として[[網膜座標系]]としての情報表現が見られる。 | ||
[[外側膝状体]]から、[[V1]] | [[外側膝状体]]から、[[V1]]ではきれいな網膜部位局在性がみとめられる。それ以外にも[[V2]]、[[V3]]、[[V5]]、[[V4]]、[[V6]]<ref name=ref8><pubmed>12917375</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>11058227</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>14517595</pubmed></ref>、あるいは[[上丘]]などでこのような網膜部位局在性が見られる。また、[[頭頂葉]]にあるLIP野(lateral intraparietal area)<ref name=ref11><pubmed>12612015</pubmed></ref>、VIP野(ventral intraparietal area)<ref name=ref12><pubmed>15951810</pubmed></ref>、MIP野(medial intraparietal area)ないしparietal reach region (PRR)<ref name=ref1 />、さらに[[前頭葉]]の[[運動前野]]<ref name=ref13><pubmed>9242308</pubmed></ref>[[前頭眼野]] (frontal eye field, FEF)<ref name=ref14><pubmed>7288464</pubmed></ref>などの到達運動や眼球運動に関連した領域でも、網膜部位局在的なマップは明確ではないが、網膜座標系としての性質を持つニューロン活動が見つかっている。 | ||
===眼球中心座標系=== | ===眼球中心座標系=== | ||
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===網膜座標系と眼球中心座標系=== | ===網膜座標系と眼球中心座標系=== | ||
両者とも注視点が変化すると、見かけ上の空間表現が変化するため、時として混同されるが同じではない。網膜座標系は外界像を中心窩を原点として2次元座標系として記述する。網膜座標系で[[符号化]]された位置は、網膜上の位置が問題であり、眼球の位置が変化しても、網膜上の同じ位置に視覚刺激が像を結べば座標は同じになる。しかし、眼球が動いてしまった場合、その位置は中心窩からのベクトルで再構成しなければならない。一方、眼球中心座標系は現在の眼球の位置情報を使い、眼球の位置(向き)と対象物までの変位ベクトルで表現される。[[輻輳角]]も考えれば、3次元座標系での対象の位置の表現も可能となる<ref name=ref7 />。眼球中心座標系での符号化は、たとえ視覚刺激が網膜上同じ位置にあっても眼の位置によって異なる<ref name=ref1 />。これをAngle –Gaze effect<ref name=ref15><pubmed>6827308</pubmed></ref>と呼ぶが、網膜座標系での視覚刺激の位置情報と眼球の位置情報を統合する必要がある。 | |||
この二つの座標系の違いを明らかにする例として、ダブルステップサッケード課題を考える。ある点を注視する被験者に二つのサッケードのターゲットA、Bを短時間順番に提示し(例:ターゲットA→B)、ターゲットを消した後に、それらの提示の順番に続けて[[サッケード]]を行わせる。まず、最初に網膜座標系にターゲットAとBの位置が表現される。その情報に従って1つ目のターゲット(A)にサッケードを行うことは可能である。しかし、Bへのサッケードは最初の網膜座標系に表現された情報だけでは不可能である。眼球位置が変化しているので、中心窩からターゲットBへのベクトルではターゲットに到達しない。これを成功させるためには、ターゲットAにおける眼球位置を元にしたターゲットBへのベクトルを表現(眼球中心座標系)しなければならない。HallettとLightstoneはこうした課題を用いることで、運動制御や空間認知には網膜座標系だけではなく、ターゲットの空間位置を修正するための他の座標系システムが必要であることを体系的に示した<ref name=ref17><pubmed> 1258395</pubmed></ref>。[[後頭頂葉]]が損傷された患者では、ダブルステップサッケード課題で最初のターゲットにはうまくサッケードできるが、二番目のサッケードができない症状が知られている<ref name=ref18><pubmed>1553535</pubmed></ref>。これは網膜座標系を使ってサッケードはできるが、眼球中心座標系でのターゲットの位置を計算できないことを示している<ref name=ref19>'''Powell, K.D., et al.'''<br>Space and saliance in parietal cortex, in Current Oculomotor Research: Physiological and Psychological Aspects.<br>W. Becker and H. Deubel, Editors.<br>''Plenum Press'': New York. 1999</ref>。 | この二つの座標系の違いを明らかにする例として、ダブルステップサッケード課題を考える。ある点を注視する被験者に二つのサッケードのターゲットA、Bを短時間順番に提示し(例:ターゲットA→B)、ターゲットを消した後に、それらの提示の順番に続けて[[サッケード]]を行わせる。まず、最初に網膜座標系にターゲットAとBの位置が表現される。その情報に従って1つ目のターゲット(A)にサッケードを行うことは可能である。しかし、Bへのサッケードは最初の網膜座標系に表現された情報だけでは不可能である。眼球位置が変化しているので、中心窩からターゲットBへのベクトルではターゲットに到達しない。これを成功させるためには、ターゲットAにおける眼球位置を元にしたターゲットBへのベクトルを表現(眼球中心座標系)しなければならない。HallettとLightstoneはこうした課題を用いることで、運動制御や空間認知には網膜座標系だけではなく、ターゲットの空間位置を修正するための他の座標系システムが必要であることを体系的に示した<ref name=ref17><pubmed> 1258395</pubmed></ref>。[[後頭頂葉]]が損傷された患者では、ダブルステップサッケード課題で最初のターゲットにはうまくサッケードできるが、二番目のサッケードができない症状が知られている<ref name=ref18><pubmed>1553535</pubmed></ref>。これは網膜座標系を使ってサッケードはできるが、眼球中心座標系でのターゲットの位置を計算できないことを示している<ref name=ref19>'''Powell, K.D., et al.'''<br>Space and saliance in parietal cortex, in Current Oculomotor Research: Physiological and Psychological Aspects.<br>W. Becker and H. Deubel, Editors.<br>''Plenum Press'': New York. 1999</ref>。 | ||
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head centered/body centered coordinate | head centered/body centered coordinate | ||
頭部ないしは身体軸を中心にした座標系(図1c、d)。頭部中心座標系は眼球位置に影響を受けず、身体中心座標系は頭や眼球の向きに影響を受けない。このような座標系は、到達運動のような上肢運動にももちろん必要であるが、その他に全身の運動や移動にも必要である。時として絶対位置(absolute position)とも呼ばれる。 | |||
[[V6A]]のニューロン<ref name=ref22><pubmed>8270019</pubmed></ref> | [[V6A]]のニューロン<ref name=ref22><pubmed>8270019</pubmed></ref>は、注視点の位置をいろいろに変えて、網膜中心座標系での同じ位置に視覚刺激を出してやると、視線がある方向に向いているときにだけ反応した。一見、眼球中心座標系の表現に見えるが、実はこのニューロンは、視線の向きに関わらず、視覚刺激が頭部から見てある特定の位置にあるときにだけ反応するニューロンであった。つまり、頭部中心座標系での空間表現をしているといえる。その他、LIP<ref name=ref20><pubmed>9732870</pubmed></ref>、V6A<ref name=ref10 />、VIP<ref name=ref12 /> <ref name=ref21><pubmed>15207243</pubmed></ref>などの領域においても、頭部中心座標系の位置を表現するニューロン活動が認められる。また、VIPやPRR、[[聴覚]]関連領域では、聴覚のモダリティによる頭部中心座標系の表現が認められる<ref name=ref1 />。 | ||
===身体部位中心座標系=== | ===身体部位中心座標系=== | ||
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object-centered coordinates | object-centered coordinates | ||
物体の中での目標の相対的位置。目標とする物体の中での位置(前後左右上下)を表現する。前述の座標系は、原点が身体のどこかに存在するが、この場合には原点は環境の中に存在する。3次元的に複雑な構造を認知する場合にも、こうした相対的位置の記述が必要である。また、そのような3次元的形状をした物体のある部分に働きかけるためには、物体を中心としてその位置がどこにあるのかを表現しておく必要がある。自己の身体を中心とした座標系のみでは、自分が動いたときにその都度、表現モデルを変更しなければならないが、物体を中心とした座標系で対象物を記述しておけば、身体中心座標系の原点が移動しても、あるいは座標軸が傾いてしまっても影響されない内部表現を得ることができる<ref name=ref7 /> | 物体の中での目標の相対的位置。目標とする物体の中での位置(前後左右上下)を表現する。前述の座標系は、原点が身体のどこかに存在するが、この場合には原点は環境の中に存在する。3次元的に複雑な構造を認知する場合にも、こうした相対的位置の記述が必要である。また、そのような3次元的形状をした物体のある部分に働きかけるためには、物体を中心としてその位置がどこにあるのかを表現しておく必要がある。自己の身体を中心とした座標系のみでは、自分が動いたときにその都度、表現モデルを変更しなければならないが、物体を中心とした座標系で対象物を記述しておけば、身体中心座標系の原点が移動しても、あるいは座標軸が傾いてしまっても影響されない内部表現を得ることができる<ref name=ref7 />。例えば、キーボードを操作する場合にもキーそのものの身体中心座標系の位置よりも、キーボードの全体の中でのキーの配置が重要である。ターゲットの周囲に枠などの空間情報があるかないかによって、到達運動の精度があがることが知られている。 | ||
サルの[[7a野]]や[[前側頭頂間野]] (AIP)では物体内での相対的位置や物体中心座標系に関わると考えられる神経活動がみつかっている<ref name=ref26><pubmed>17389630</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>15635058</pubmed></ref> <ref name=ref28>'''WinNyiShein, et al.'''<br>サル頭頂葉の手操作目標の相対的位置の選択性<br>''日大医誌''、1999. 58: p. 558-569.</ref>。またこうした座標系は物体の構造の記述にも必要であり、把持運動に関わるAIPや[[F5]]では、把持運動の対象となる三次元的物体を表現している<ref name=ref29><pubmed>10805659</pubmed></ref>が、これらの領域のニューロンが[[両眼視差]]に応答することが明らかになっている<ref name=ref30><pubmed>21456959</pubmed></ref>。 | サルの[[7a野]]や[[前側頭頂間野]] (AIP)では物体内での相対的位置や物体中心座標系に関わると考えられる神経活動がみつかっている<ref name=ref26><pubmed>17389630</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>15635058</pubmed></ref> <ref name=ref28>'''WinNyiShein, et al.'''<br>サル頭頂葉の手操作目標の相対的位置の選択性<br>''日大医誌''、1999. 58: p. 558-569.</ref>。またこうした座標系は物体の構造の記述にも必要であり、把持運動に関わるAIPや[[F5]]では、把持運動の対象となる三次元的物体を表現している<ref name=ref29><pubmed>10805659</pubmed></ref>が、これらの領域のニューロンが[[両眼視差]]に応答することが明らかになっている<ref name=ref30><pubmed>21456959</pubmed></ref>。 | ||
76行目: | 76行目: | ||
world-centered coordinates | world-centered coordinates | ||
外界あるいは環境の中での自己の位置。自己が環境の中でどのにいるか、どのような体位でいるかを脳内では表現される必要がある。この場合にも、原点は環境の中で何らかの目印が原点となる。上述の物体中心座標系も環境中心座標系の一つではあるが、ここではより広い身体とは離れた空間を考える。場合によってはみえない空間、遠隔地でも対象となる。移動などの全身運動に必要となる。重力も手がかりとなる。脳の中の地図である認知地図も、環境中心座標系に基づいて構成される。Allocentric reference frameとも呼ばれる。これに対応する自己の位置を中心した座標系をEgocentric reference frameという。 | |||
[[wj:齧歯類|齧歯類]]の[[海馬]]では、ある特定の場所に動物が来たときに反応する[[場所細胞]](place neuron)が知られている。サルでは7a野のニューロンは、自己の身体の向きに依存しない空間内の位置を表現するニューロン活動が知られている<ref name=ref20 />。また、この領域と結合のある[[内側頭頂葉]]、[[後部帯状回皮質]]や[[脳梁膨大部後部領域]]、海馬を含む[[内側側頭葉]]で環境内のある特定の場所に選択的に反応するニューロンや、環境中心座標系における空間表現が知られている<ref name=ref5 /> <ref name=ref31><pubmed>19620622</pubmed></ref>。これらの領域は、ナビゲーションや認知地図に関わると考えられている<ref name=ref5 />。 | [[wj:齧歯類|齧歯類]]の[[海馬]]では、ある特定の場所に動物が来たときに反応する[[場所細胞]](place neuron)が知られている。サルでは7a野のニューロンは、自己の身体の向きに依存しない空間内の位置を表現するニューロン活動が知られている<ref name=ref20 />。また、この領域と結合のある[[内側頭頂葉]]、[[後部帯状回皮質]]や[[脳梁膨大部後部領域]]、海馬を含む[[内側側頭葉]]で環境内のある特定の場所に選択的に反応するニューロンや、環境中心座標系における空間表現が知られている<ref name=ref5 /> <ref name=ref31><pubmed>19620622</pubmed></ref>。これらの領域は、ナビゲーションや認知地図に関わると考えられている<ref name=ref5 />。 |
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