「軸索再生」の版間の差分

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 軸索再生とは、外傷などにより切断された神経細胞の軸索が標的細胞へ向かって伸展し、神経回路を再構築することである。末梢神経軸索が損傷領域を超えて再生するポテンシャルを有するのに対し、中枢神経系は神経細胞の複雑なネットワークで構成されており、一度損傷を受けてこのネットワークが破壊されると回復は難しい。切断された中枢神経軸索が再び伸展し、標的細胞とシナプスを形成することが出来れば機能的な回復が望めるはずであるが、実際にこのような現象はほとんど起こらない。損傷を受けた神経細胞が再び神経ネットワークに組み込まれて機能するためには、軸索の伸展、標的部位への誘導、標的細胞とのシナプス形成、ミエリン化という段階をふんだ再生が必要である。すなわち、損傷した中枢神経軸索から標的細胞への新たな軸索再生が不可欠である。  
 軸索再生とは、外傷などにより切断された神経細胞の軸索が標的細胞へ向かって伸展し、神経回路を再構築することである。末梢神経軸索が損傷領域を超えて再生するポテンシャルを有するのに対し、中枢神経系は神経細胞の複雑なネットワークで構成されており、一度損傷を受けてこのネットワークが破壊されると回復は難しい。切断された中枢神経軸索が再び伸展し、標的細胞とシナプスを形成することが出来れば機能的な回復が望めるはずであるが、実際にこのような現象はほとんど起こらない。損傷を受けた神経細胞が再び神経ネットワークに組み込まれて機能するためには、軸索の伸展、標的部位への誘導、標的細胞とのシナプス形成、ミエリン化という段階をふんだ再生が必要である。すなわち、損傷した中枢神経軸索から標的細胞への新たな軸索再生が不可欠である。  
[[Image:1. ミエリン由来軸索再生阻害因子の構造.png|RTENOTITLE]][[Image:2. 軸索再生阻害のシグナル伝達機構.png|RTENOTITLE]]<br>




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 ヒトを含む成体哺乳類の神経軸索が、外傷などにより切断された場合、末梢神経では損傷部を超えた軸索の再生が認められるのに対し、中枢神経では軸索の再生は難しいと考えられてきた。この原因として、中枢神経系の損傷部の環境が再生に適していないという外的要因と、中枢神経細胞自体の軸索伸長能が弱いという内的要因の二点があげられる。  
 ヒトを含む成体哺乳類の神経軸索が、外傷などにより切断された場合、末梢神経では損傷部を超えた軸索の再生が認められるのに対し、中枢神経では軸索の再生は難しいと考えられてきた。この原因として、中枢神経系の損傷部の環境が再生に適していないという外的要因と、中枢神経細胞自体の軸索伸長能が弱いという内的要因の二点があげられる。  


=== 再生を困難にする外的要因  ===
=== 再生を困難にする外的要因  ===


 哺乳類の中枢神経系には、軸索再生を抑止する機構が神経細胞を取り巻く周囲の細胞に存在すると考えられている。1920年代にRamon y Cajalは、末梢神経である後根神経の軸索を切断し、その後の軸索再生を観察した。再生しかけた後根神経の軸索は、脊髄の中には侵入することがなかった。1980年代には、DavidとAguayoが、脊髄損傷後の欠損部に末梢神経の周囲組織を移植し、この移植片内に軸索が再生することを観察した。以上の研究から、中枢神経の周囲の環境が、軸索の再生に適していないと考えられている。中枢神経細胞の再生を困難にさせる外的要因として、1) 軸索再生阻害因子、2) グリア瘢痕の形成、3) 炎症反応などが存在する。<br>
 哺乳類の中枢神経系には、軸索再生を抑止する機構が神経細胞を取り巻く周囲の細胞に存在すると考えられている。1920年代にRamon y Cajalは、末梢神経である後根神経の軸索を切断し、その後の軸索再生を観察した。再生しかけた後根神経の軸索は、脊髄の中には侵入することがなかった。1980年代には、DavidとAguayoが、脊髄損傷後の欠損部に末梢神経の周囲組織を移植し、この移植片内に軸索が再生することを観察した。以上の研究から、中枢神経の周囲の環境が、軸索の再生に適していないと考えられている。中枢神経細胞の再生を困難にさせる外的要因として、1) 軸索再生阻害因子、2) グリア瘢痕の形成、3) 炎症反応などが存在する。
 


==== 1) 軸索再生阻害因子 ====
==== 1) 軸索再生阻害因子 ====
[[Image:1. ミエリン由来軸索再生阻害因子の構造.png|RTENOTITLE|right|300px]]
[[Image:2. 軸索再生阻害のシグナル伝達機構.png|RTENOTITLE|right|300px]]
 中枢神経軸索は、オリゴデンドロサイトの細胞膜表面のリン脂質からなるミエリンにより覆われている。軸索が損傷された後にも、ミエリンはdebrisとして残存し、この中には、複数の軸索再生阻害因子が含まれることが報告されている。中でも、myelin associated glycoprotein (MAG), Nogo, oligodendrocyte myelin glycoprotein (OMgp)についての研究が進んでいる。MAGは、1回膜貫通型の糖タンパク質であり、免疫グロブリン様ドメインを有する。Nogoは、2回膜貫通構造を持ち、スプライシングにより長さの異なる3種のタンパク質として発現する。このうち、最も長いNogo-Aには再生阻害作用を有する2つのドメインがある。N末端側のamino-Nogoと、疎水性領域に挟まれる66個のアミノ酸配列からなるペプチド配列Nogo-66である。OMgpは、GPIアンカー型のタンパク質で、セリンスレオニンリッチドメインとロイシンリッチリピートを有する (図1)。このように、これらの因子は全て構造が異なるにもかかわらず、Nogo受容体 (NgR)、PIR-Bといった共通の受容体を介して軸索再生阻害シグナルを伝える。NgRは細胞内ドメインを持たないGPIアンカー型タンパク質である。従って、NgR単独では細胞内にシグナルを伝えることは不可能で、神経栄養因子の受容体として知られるp75と共受容体を形成し、ミエリン由来軸索再生阻害因子のシグナルを細胞内に伝達することが報告されている。p75はこれらの軸索再生阻害因子の存在下で、低分子量Gタンパク質であるRhoAを活性化することで軸索伸展を阻害する。低分子量Gタンパク質の一種であるRhoAは、アクチン骨格系を制御する因子で、細胞内ではRho guanine nucleotide dissociation inhibitor (Rho-GDI)と結合した不活性化の状態で安定となっている。p75はRhoとRho-GDIの結合を解離することでRhoの活性化を誘導し、軸索伸長を阻害する <ref><pubmed> 12692556 </pubmed></ref>。しかし、ある種の細胞においては、p75/NgRのみではリガンドで刺激してもRhoが活性化されない。そこで、新たにLingo-1が受容体複合体の構成要素として同定された <ref><pubmed> 14966521 </pubmed></ref>。こうして、NgR/p75/Lingo-1の受容体複合体形成により、Rhoが活性化されて軸索伸展が阻害されるという基本モデルが確立された(図2)。Rhoの活性化は、そのエフェクターであるRhoキナーゼの活性化を誘導し、軸索再生阻害作用を示す。これは、Rhoキナーゼの阻害剤がミエリン由来軸索再生阻害因子の作用を抑制することによって証明されている。さらに、この下流のシグナルとして、Rhoキナーゼの基質であるCRMP-2の不活性化が示されている。CRMP-2は、微小管構成タンパク質であるチュブリン二量体と結合し、微小管重合を促進することが知られている。MAG刺激で、CRMP-2はRhoキナーゼによるリン酸化を受けて不活性化し、微小管重合を抑制することから、ミエリン由来軸索再生阻害因子は、Rho/Rhoキナーゼの活性化を介して微小管重合を抑制し、軸索伸長阻害作用を示すことが示唆される。
 中枢神経軸索は、オリゴデンドロサイトの細胞膜表面のリン脂質からなるミエリンにより覆われている。軸索が損傷された後にも、ミエリンはdebrisとして残存し、この中には、複数の軸索再生阻害因子が含まれることが報告されている。中でも、myelin associated glycoprotein (MAG), Nogo, oligodendrocyte myelin glycoprotein (OMgp)についての研究が進んでいる。MAGは、1回膜貫通型の糖タンパク質であり、免疫グロブリン様ドメインを有する。Nogoは、2回膜貫通構造を持ち、スプライシングにより長さの異なる3種のタンパク質として発現する。このうち、最も長いNogo-Aには再生阻害作用を有する2つのドメインがある。N末端側のamino-Nogoと、疎水性領域に挟まれる66個のアミノ酸配列からなるペプチド配列Nogo-66である。OMgpは、GPIアンカー型のタンパク質で、セリンスレオニンリッチドメインとロイシンリッチリピートを有する (図1)。このように、これらの因子は全て構造が異なるにもかかわらず、Nogo受容体 (NgR)、PIR-Bといった共通の受容体を介して軸索再生阻害シグナルを伝える。NgRは細胞内ドメインを持たないGPIアンカー型タンパク質である。従って、NgR単独では細胞内にシグナルを伝えることは不可能で、神経栄養因子の受容体として知られるp75と共受容体を形成し、ミエリン由来軸索再生阻害因子のシグナルを細胞内に伝達することが報告されている。p75はこれらの軸索再生阻害因子の存在下で、低分子量Gタンパク質であるRhoAを活性化することで軸索伸展を阻害する。低分子量Gタンパク質の一種であるRhoAは、アクチン骨格系を制御する因子で、細胞内ではRho guanine nucleotide dissociation inhibitor (Rho-GDI)と結合した不活性化の状態で安定となっている。p75はRhoとRho-GDIの結合を解離することでRhoの活性化を誘導し、軸索伸長を阻害する <ref><pubmed> 12692556 </pubmed></ref>。しかし、ある種の細胞においては、p75/NgRのみではリガンドで刺激してもRhoが活性化されない。そこで、新たにLingo-1が受容体複合体の構成要素として同定された <ref><pubmed> 14966521 </pubmed></ref>。こうして、NgR/p75/Lingo-1の受容体複合体形成により、Rhoが活性化されて軸索伸展が阻害されるという基本モデルが確立された(図2)。Rhoの活性化は、そのエフェクターであるRhoキナーゼの活性化を誘導し、軸索再生阻害作用を示す。これは、Rhoキナーゼの阻害剤がミエリン由来軸索再生阻害因子の作用を抑制することによって証明されている。さらに、この下流のシグナルとして、Rhoキナーゼの基質であるCRMP-2の不活性化が示されている。CRMP-2は、微小管構成タンパク質であるチュブリン二量体と結合し、微小管重合を促進することが知られている。MAG刺激で、CRMP-2はRhoキナーゼによるリン酸化を受けて不活性化し、微小管重合を抑制することから、ミエリン由来軸索再生阻害因子は、Rho/Rhoキナーゼの活性化を介して微小管重合を抑制し、軸索伸長阻害作用を示すことが示唆される。


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 中枢神経の軸索再生の研究には、脊髄損傷モデルがよく使われる。完全損傷モデルの場合、全ての軸索が切断されるため、切断された脊髄の段端がはなれて、脳脊髄液で満たされた間隙ができる。また、損傷部周辺では二次的な変性がおこり、切断面をさらに遠ざけてしまう。そこで、組織へのダメージを最小限にするため、不完全損傷モデルが使用されることが多い。不完全損傷モデルには、腹側皮質脊髄路のみを残し、他の皮質脊髄路の繊維は全て切断するdorsal hemisectionモデルや、一側を完全切断して反対側を残すlateral hemisetionモデルがある。最近の研究から、成体哺乳類の中枢神経系においても、薬剤投与や遺伝子操作により、脊髄損傷モデル動物における軸索再生が誘導されることが報告されている。しかし一方で、これらの結果の再現性に疑問を投げかける研究結果も報告されている。2003年に、National Institute of Neurological Disorders and Stroke (NINDS)により、Facilities of Research Excellence – Spinal Cord Injury (FORE – SCI)というプログラムが開始され、それまでに報告されていた脊髄損傷モデル動物を用いた軸索再生研究の再評価がなされた。その結果、再現性が確認されたのは、12件中2件 (うち1件は報告されていたものよりも、弱い回復)のみであった <ref><pubmed> 22078756 </pubmed></ref>。これらの研究結果からも、中枢神経の軸索再生を実現することの難しさが伺える。
 中枢神経の軸索再生の研究には、脊髄損傷モデルがよく使われる。完全損傷モデルの場合、全ての軸索が切断されるため、切断された脊髄の段端がはなれて、脳脊髄液で満たされた間隙ができる。また、損傷部周辺では二次的な変性がおこり、切断面をさらに遠ざけてしまう。そこで、組織へのダメージを最小限にするため、不完全損傷モデルが使用されることが多い。不完全損傷モデルには、腹側皮質脊髄路のみを残し、他の皮質脊髄路の繊維は全て切断するdorsal hemisectionモデルや、一側を完全切断して反対側を残すlateral hemisetionモデルがある。最近の研究から、成体哺乳類の中枢神経系においても、薬剤投与や遺伝子操作により、脊髄損傷モデル動物における軸索再生が誘導されることが報告されている。しかし一方で、これらの結果の再現性に疑問を投げかける研究結果も報告されている。2003年に、National Institute of Neurological Disorders and Stroke (NINDS)により、Facilities of Research Excellence – Spinal Cord Injury (FORE – SCI)というプログラムが開始され、それまでに報告されていた脊髄損傷モデル動物を用いた軸索再生研究の再評価がなされた。その結果、再現性が確認されたのは、12件中2件 (うち1件は報告されていたものよりも、弱い回復)のみであった <ref><pubmed> 22078756 </pubmed></ref>。これらの研究結果からも、中枢神経の軸索再生を実現することの難しさが伺える。


== 末梢神経系における軸索再生  ==
== 末梢神経系における軸索再生  ==


 末梢神経は中枢神経に比べ、著明な軸索の再生が認められる。末梢神経では、細胞体が無傷であれば、軸索が切断されても再生が可能である。末梢神経系に存在するグリア細胞であるシュワン細胞は、損傷の刺激で増殖・活性化し、神経再生を促す。<br>末梢神経の軸索が切断されると、損傷部位より遠位の軸索は、ワーラー変性と呼ばれる過程により断片化し、ミクログリアなどの貪食細胞により除去される。この際、シュワン細胞は柱状に配列し、Büngner’s bandと呼ばれる構造を形成する。Büngner’s bandは、再生軸索の足場を確保するとともに、神経栄養因子を供給して、再生軸索の伸長を助ける。細胞体側の残存した軸索は (やや退縮するが)、成長円錐を形成し、Büngner’s bandの中を伸長する。<br> 末梢神経の再生に関しても、cAMPの細胞内濃度の上昇が重要である。上記の通り、神経栄養因子はcAMPの分解を抑制し、細胞内cAMP濃度を上昇させる。神経栄養因子とdb-cAMPの両方の投与により、脊髄損傷後の感覚神経軸索の再生が促される。損傷前に感覚神経の細胞体が存在する脊髄後根神経節にdb-cAMPを投与しておき、損傷後に神経栄養因子neurotrophin-3 (NT-3)の投与を行うと、損傷1-3ヶ月後に損傷領域を超えて感覚神経の再生が認められる。損傷領域を超えての軸索再生はdb-cAMP、NT-3それぞれ単独投与では認められないことから、脊髄損傷後の軸索再生に必要な細胞内cAMP濃度上昇を促すためには、cAMPの投与と分解の抑制の両方が必要である <ref><pubmed> 12086637 </pubmed></ref>, <ref><pubmed> 12086638 </pubmed></ref>。  
 末梢神経は中枢神経に比べ、著明な軸索の再生が認められる。末梢神経では、細胞体が無傷であれば、軸索が切断されても再生が可能である。末梢神経系に存在するグリア細胞であるシュワン細胞は、損傷の刺激で増殖・活性化し、神経再生を促す。
 
 末梢神経の軸索が切断されると、損傷部位より遠位の軸索は、ワーラー変性と呼ばれる過程により断片化し、ミクログリアなどの貪食細胞により除去される。この際、シュワン細胞は柱状に配列し、Büngner’s bandと呼ばれる構造を形成する。Büngner’s bandは、再生軸索の足場を確保するとともに、神経栄養因子を供給して、再生軸索の伸長を助ける。細胞体側の残存した軸索は (やや退縮するが)、成長円錐を形成し、Büngner’s bandの中を伸長する。
 
 末梢神経の再生に関しても、cAMPの細胞内濃度の上昇が重要である。上記の通り、神経栄養因子はcAMPの分解を抑制し、細胞内cAMP濃度を上昇させる。神経栄養因子とdb-cAMPの両方の投与により、脊髄損傷後の感覚神経軸索の再生が促される。損傷前に感覚神経の細胞体が存在する脊髄後根神経節にdb-cAMPを投与しておき、損傷後に神経栄養因子neurotrophin-3 (NT-3)の投与を行うと、損傷1-3ヶ月後に損傷領域を超えて感覚神経の再生が認められる。損傷領域を超えての軸索再生はdb-cAMP、NT-3それぞれ単独投与では認められないことから、脊髄損傷後の軸索再生に必要な細胞内cAMP濃度上昇を促すためには、cAMPの投与と分解の抑制の両方が必要である <ref><pubmed> 12086637 </pubmed></ref>, <ref><pubmed> 12086638 </pubmed></ref>。  




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<references />  
<references />  


<br>脳科学辞典の[[p75]]の項目
 
<br>脳科学辞典の[[シュワン細胞]]の項目
脳科学辞典の[[p75]]の項目
<br><br> (執筆担当者: 藤田幸、山下俊英、担当編集委員: 村上富士夫)
脳科学辞典の[[シュワン細胞]]の項目
 
 
(執筆担当者: 藤田幸、山下俊英、担当編集委員: 村上富士夫)

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