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===診断=== | ===診断=== | ||
診断は、臨床所見に加え、画像および遺伝子検査、さらに電気生理学的検査を組み合わせて行う | 診断は、臨床所見に加え、画像および遺伝子検査、さらに電気生理学的検査を組み合わせて行う<ref>'''井上 健,岩城明子,黒澤健司,高梨潤一,出口貴美子,山本俊至,小坂 仁'''<br>先天性大脳白質形成不全症:Pelizaeus-Merzbacher病とその類縁疾患<br>''脳と発達'':2011;43(6):435-442</ref>。画像では頭部MRIが有用かつ必須である。T2強調画像で、大脳白質にびまん性の高信号領域を認める。T2強調画像での高信号がミエリン化の遅延・停止なのか、それとも脱髄なのかの鑑別が重要である。一般的に脱髄性疾患では、T2強調画像で著しい高信号を呈する部位を認めることが多く、同部位はT1強調画像では低信号を呈する。ミエリン化不全の判断には、正常小児のミエリン化パターンを知ることが必要である。MRスペクロスコピーではN-アスパラギン酸(NAA)とクレアチンの上昇、コリンの低下を認めるが、特にNAAの上昇はPMDに特異的である<ref><pubmed> 11805250 </pubmed></ref>。PMD以外の先天性大脳白質形成不全症では、基底核萎縮、小脳萎縮などの所見を合併することがある。<br /> | ||
PLP1遺伝子解析においては、変異の多様性を念頭に置き、異なる検査方法を組み合わせる必要がある。PLP1重複は、定量的PCR法や間期核FISH法などにより正常の2倍量のPLP1の存在により確認できる。また、新たな技術としてMLPA(multiplex ligation-dependent probe amplification)やアレイCGH(microarray-based comparative genomic hybridization)などでも診断可能である。MLPAはすべてのエクソンについての定量解析が可能であるため、部分重複も検出可能である。アレイCGHでは、網羅的な解析が可能である点が特徴である。高密度アレイを用いれば、重複のサイズも同定できるため、得られる情報量が多い。これらの方法は、保因者診断にも用いることができる。点変異の検出には、各エクソンをPCR増幅後に直接塩基配列決定法を用いて解析する。欠失はそのサイズによって検出の可否が異なるが、通常欠失領域のエクソンはMLPAやPCRで増幅されないため、比較的容易に同定できる。FISH、アレイCGHも有効であるが、小さな部分欠失は検出できないことがあるので注意が必要である。<br /> | PLP1遺伝子解析においては、変異の多様性を念頭に置き、異なる検査方法を組み合わせる必要がある。PLP1重複は、定量的PCR法や間期核FISH法などにより正常の2倍量のPLP1の存在により確認できる。また、新たな技術としてMLPA(multiplex ligation-dependent probe amplification)やアレイCGH(microarray-based comparative genomic hybridization)などでも診断可能である。MLPAはすべてのエクソンについての定量解析が可能であるため、部分重複も検出可能である。アレイCGHでは、網羅的な解析が可能である点が特徴である。高密度アレイを用いれば、重複のサイズも同定できるため、得られる情報量が多い。これらの方法は、保因者診断にも用いることができる。点変異の検出には、各エクソンをPCR増幅後に直接塩基配列決定法を用いて解析する。欠失はそのサイズによって検出の可否が異なるが、通常欠失領域のエクソンはMLPAやPCRで増幅されないため、比較的容易に同定できる。FISH、アレイCGHも有効であるが、小さな部分欠失は検出できないことがあるので注意が必要である。<br /> | ||
電気生理学的検査は、画像診断や遺伝子解析に比べると特異性に劣るが、MRIでの髄鞘形成不全の描出が難しい生後6ヶ月までの時期には診断的有用性が高い。聴覚脳幹反応において、II波以降の潜時の延長が見られる。PMDではニューロパチーの合併は通常認めないが、PLP1のnull変異の症例では軽度から中等度の神経伝導速度の低下を認めることが多い。また、イントロンのスプライス変異の症例では、比較的重度のPMD例であっても神経伝導速度が低下することがある。PMD以外の先天性大脳白質形成不全症の症例では、ニューロパチーを合併する疾患もあるため(表1)、神経伝導速度の測定は積極的に実施していくことが望ましい。<br /> | 電気生理学的検査は、画像診断や遺伝子解析に比べると特異性に劣るが、MRIでの髄鞘形成不全の描出が難しい生後6ヶ月までの時期には診断的有用性が高い。聴覚脳幹反応において、II波以降の潜時の延長が見られる。PMDではニューロパチーの合併は通常認めないが、PLP1のnull変異の症例では軽度から中等度の神経伝導速度の低下を認めることが多い。また、イントロンのスプライス変異の症例では、比較的重度のPMD例であっても神経伝導速度が低下することがある。PMD以外の先天性大脳白質形成不全症の症例では、ニューロパチーを合併する疾患もあるため(表1)、神経伝導速度の測定は積極的に実施していくことが望ましい。<br /> | ||
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===病態生理=== | ===病態生理=== | ||
中枢神経系のミエリンが広範かつび漫性に欠落することがPMDの一次的な組織学的病因である。オリゴデンドロサイトは広く脱落する。一方で、軸索は比較的保たれている。一部、皮質直下のUファイバーに島状にミエリン化を認める(tigroidと呼ばれる)。遺伝学的病因は、PLP1遺伝子の変異である。PLP1は四回貫通型構造をとる主要なミエリン膜蛋白質をコードする。17kbのゲノム領域に渡る7つのエクソンから構成される。PLP1とDM20という2つのスプライス多型を有する。DM20はエクソン3の後半35残基分が欠落している。このPLP1特異的領域に生じた変異は、DM20のアミノ酸配列には影響を及ぼさないため、臨床的には軽症のSPG2となる。PLP1の変異で最も頻度が高いのはPLP1全体を含むゲノム重複(60〜70%)である。点変異(20〜30%)はアミノ酸置換変異が多く、変異は全エクソンに均等に分布する。頻度は低いが、微小欠失挿入変異やナンセンス変異も見出される。エクソン以外にイントロン部位の変異も見出されている。遺伝子全体を含む欠失は、重複に比べて頻度は低い。<br /> | 中枢神経系のミエリンが広範かつび漫性に欠落することがPMDの一次的な組織学的病因である。オリゴデンドロサイトは広く脱落する。一方で、軸索は比較的保たれている。一部、皮質直下のUファイバーに島状にミエリン化を認める(tigroidと呼ばれる)。遺伝学的病因は、PLP1遺伝子の変異である。PLP1は四回貫通型構造をとる主要なミエリン膜蛋白質をコードする。17kbのゲノム領域に渡る7つのエクソンから構成される。PLP1とDM20という2つのスプライス多型を有する。DM20はエクソン3の後半35残基分が欠落している。このPLP1特異的領域に生じた変異は、DM20のアミノ酸配列には影響を及ぼさないため、臨床的には軽症のSPG2となる。PLP1の変異で最も頻度が高いのはPLP1全体を含むゲノム重複(60〜70%)である。点変異(20〜30%)はアミノ酸置換変異が多く、変異は全エクソンに均等に分布する。頻度は低いが、微小欠失挿入変異やナンセンス変異も見出される。エクソン以外にイントロン部位の変異も見出されている。遺伝子全体を含む欠失は、重複に比べて頻度は低い。<br /> | ||
オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)から成熟オリゴデンドロサイトへの分化に伴うミエリン化の開始と同時に、オリゴデンドロサイトが急速に細胞死に陥ることが各PLP1変異の共通の細胞病態であるが、細胞死を引き起す分子病態はPLP1の変異の種類によって異なり、それに応じて臨床型や重症度も異なるので、その理解は重要である | オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)から成熟オリゴデンドロサイトへの分化に伴うミエリン化の開始と同時に、オリゴデンドロサイトが急速に細胞死に陥ることが各PLP1変異の共通の細胞病態であるが、細胞死を引き起す分子病態はPLP1の変異の種類によって異なり、それに応じて臨床型や重症度も異なるので、その理解は重要である<ref><pubmed> 15627202 </pubmed></ref>(図1)。<br /> | ||
遺伝子重複はXq22.2付近の中間部重複により、PLP1のコピー数が増え、正常配列のPLP1の発現量が増加することによって、ミエリン形成不全をきたすと考えられる。この病態を遺伝子量効果gene dosage effectと呼ぶ。重複ゲノム領域の大きさは、数十Kbから数Mbに及ぶが、最も頻度が高いのは500Kb前後の重複である。付近のPLP1以外の遺伝子も重複しているが、数Mbに渡る大きな重複でない限り、重症度や臨床症状への影響はない。PLP1重複の臨床表現型には幅があるものの、典型的には最も頻度が高い古典型PMDを呈する(図1)。稀に3重複の症例の報告があり、重症の表現型をとる。細胞病態の詳細は不明であるが、過剰発現したPLP1蛋白質は細胞内でコレステロールと結合したまま、後期エンドソーム/リソソームに蓄積することが明らかになっており、脂質に関連した分子病態が示唆されている | 遺伝子重複はXq22.2付近の中間部重複により、PLP1のコピー数が増え、正常配列のPLP1の発現量が増加することによって、ミエリン形成不全をきたすと考えられる。この病態を遺伝子量効果gene dosage effectと呼ぶ。重複ゲノム領域の大きさは、数十Kbから数Mbに及ぶが、最も頻度が高いのは500Kb前後の重複である。付近のPLP1以外の遺伝子も重複しているが、数Mbに渡る大きな重複でない限り、重症度や臨床症状への影響はない。PLP1重複の臨床表現型には幅があるものの、典型的には最も頻度が高い古典型PMDを呈する(図1)。稀に3重複の症例の報告があり、重症の表現型をとる。細胞病態の詳細は不明であるが、過剰発現したPLP1蛋白質は細胞内でコレステロールと結合したまま、後期エンドソーム/リソソームに蓄積することが明らかになっており、脂質に関連した分子病態が示唆されている<ref><pubmed> 11956232 </pubmed></ref>。<br /> | ||
点変異は、重症(先天型)から軽症(SPG2)まで幅広い臨床像を呈する(図1)。変異はしばしば家系に特異的で、頻度の高い共通変異や創始者効果はない。アミノ酸置換の細胞病態として、 折りたたみ異常を来した変異体PLP1が小胞体に蓄積して惹起する小胞体ストレスの関与が知られている | 点変異は、重症(先天型)から軽症(SPG2)まで幅広い臨床像を呈する(図1)。変異はしばしば家系に特異的で、頻度の高い共通変異や創始者効果はない。アミノ酸置換の細胞病態として、 折りたたみ異常を来した変異体PLP1が小胞体に蓄積して惹起する小胞体ストレスの関与が知られている<ref><pubmed> 12441049 </pubmed></ref>。細胞は小胞体ストレスに対する防御機構unfolded protein response(UPR)を誘導するが、過剰な蓄積によりUPRが破綻し、アポトーシス誘導経路が活性化され、最終的に死に陥る。また、PLP1以外の分泌・膜蛋白質の輸送障害を引き起すことも明らかになっている<ref><pubmed> 23344956 </pubmed></ref>。疾患の重症度と変異部位のアミノ酸残基の進化上の保存度の間に関連性が示唆されているが、生物学的な実証はされていない。<br /> | ||
PLP1遺伝子の機能喪失型(null)変異は稀であるが、臨床症状が特徴的であるので、注意を要する。原因変異は、PLP1ゲノム領域の全長あるいは部分欠失、翻訳領域内のナンセンス変異や一部のスプライス変異などが含まれる。臨床症状は、軽症型でしばしばSPG2と診断される。軽度の脱髄型あるいは混合型ニューロパチーを合併する。保因者女性に幼児期発症の痙性対麻痺や成人期発症の歩行障害や認知障害などの症状を認める(症候性保因者)ため、一見、優性遺伝形式の様に見えることがある。PLP1の欠損はミエリン形成そのものへの影響は少ないが、PLP1が欠落したミエリンは不安定で壊れやすい。一方、より重症の表現型となる重複や点変異は、機能獲得型変異と考えられており、オリゴデンドロサイトの細胞死を誘導する結果、重度のミエリン形成不全を来す(図1)。<br /> | PLP1遺伝子の機能喪失型(null)変異は稀であるが、臨床症状が特徴的であるので、注意を要する。原因変異は、PLP1ゲノム領域の全長あるいは部分欠失、翻訳領域内のナンセンス変異や一部のスプライス変異などが含まれる。臨床症状は、軽症型でしばしばSPG2と診断される。軽度の脱髄型あるいは混合型ニューロパチーを合併する。保因者女性に幼児期発症の痙性対麻痺や成人期発症の歩行障害や認知障害などの症状を認める(症候性保因者)ため、一見、優性遺伝形式の様に見えることがある。PLP1の欠損はミエリン形成そのものへの影響は少ないが、PLP1が欠落したミエリンは不安定で壊れやすい。一方、より重症の表現型となる重複や点変異は、機能獲得型変異と考えられており、オリゴデンドロサイトの細胞死を誘導する結果、重度のミエリン形成不全を来す(図1)。<br /> | ||
===治療=== | ===治療=== | ||
リハビリテーションや適切な装具の使用、呼吸や栄養の管理、筋弛緩剤や抗痙攣薬などの対症療法が現在の医療的ケアの中心になっている。これらの対症療法の進歩により、PMD患者の予後は著明に改善している。全般的に先天性大脳白質形成不全症患者では、知的障害に運動障害を伴うことから、脳性麻痺児と同様の療育を受けることが実際的である。てんかん様発作は25%程度の患者に認めるが、PMD患者では実際に脳波異常を伴うことは少ない。治療は一般的な小児のてんかんの治療法に基づく。全身性のジストニアに関しては筋弛緩薬や抗痙縮剤、局所性のジストニアではボツリヌス毒素を用いる。股関節の痙性脱臼は、大腿骨が内転・内旋・屈位になりやすいためにおこる。外転位保持夜間装具が必要となる場合がある。高度例では整形外科的な腸腰筋延長・切離術をおこなう。呼吸障害に関しては、喉頭咽頭機能不全のために、誤嚥性肺炎を起こしやすい。また経口摂取が難しい症例では、経胃管あるいは胃瘻からの栄養補給が行われる。筋緊張亢進のために、胃食道逆流を伴う症例では、噴門形成術を併用する。<br /> | リハビリテーションや適切な装具の使用、呼吸や栄養の管理、筋弛緩剤や抗痙攣薬などの対症療法が現在の医療的ケアの中心になっている。これらの対症療法の進歩により、PMD患者の予後は著明に改善している。全般的に先天性大脳白質形成不全症患者では、知的障害に運動障害を伴うことから、脳性麻痺児と同様の療育を受けることが実際的である。てんかん様発作は25%程度の患者に認めるが、PMD患者では実際に脳波異常を伴うことは少ない。治療は一般的な小児のてんかんの治療法に基づく。全身性のジストニアに関しては筋弛緩薬や抗痙縮剤、局所性のジストニアではボツリヌス毒素を用いる。股関節の痙性脱臼は、大腿骨が内転・内旋・屈位になりやすいためにおこる。外転位保持夜間装具が必要となる場合がある。高度例では整形外科的な腸腰筋延長・切離術をおこなう。呼吸障害に関しては、喉頭咽頭機能不全のために、誤嚥性肺炎を起こしやすい。また経口摂取が難しい症例では、経胃管あるいは胃瘻からの栄養補給が行われる。筋緊張亢進のために、胃食道逆流を伴う症例では、噴門形成術を併用する。<br /> | ||
現在までに疾患に対する根治的な治療法はないが、基礎研究および治験レベルでは、疾患の分子細胞病態を標的とした治療法の試みが行われている。PMDの点変異に対しては、マウスモデルや培養細胞を用いた研究で、クルクミンやクロロキンなどが部分的に有効と報告された | 現在までに疾患に対する根治的な治療法はないが、基礎研究および治験レベルでは、疾患の分子細胞病態を標的とした治療法の試みが行われている。PMDの点変異に対しては、マウスモデルや培養細胞を用いた研究で、クルクミンやクロロキンなどが部分的に有効と報告された<ref><pubmed> 22436581 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24521562 </pubmed></ref>。また、重複に対しては、高コレステール食が髄鞘化を促進することが報告された<ref><pubmed> 22706386 </pubmed></ref>。幹細胞移植による再生医療は、先天性大脳白質形成不全症に対する有望な治療法として期待されている。モデルマウスを用いた報告はこれまでにもなされていたが、最近、米国において先天型PMD患者に対する神経幹細胞の移植治療が試験的に行われ、その安全性と部分的な治療効果が報告された<ref><pubmed> 23052294 </pubmed></ref>。<br /> | ||
===疫学=== | ===疫学=== | ||
本邦における全国疫学調査によると、先天性大脳白質形成不全症の有病率は人口10万人(1~19歳)当たり0.78人である | 本邦における全国疫学調査によると、先天性大脳白質形成不全症の有病率は人口10万人(1~19歳)当たり0.78人である<ref><pubmed> 24532200 </pubmed></ref>。PMDの罹患率は男児10万出生当たり1.4人であった。また、この調査でもPMDは最も頻度の高いことが明らとなり、その推定罹患率は男児10万出生当たり1.45人であった。遺伝学的検査を受けた先天性大脳白質形成不全症患者のうち、62%でPLP1遺伝子の変異が同定されていた。<br /> | ||
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