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同義語:先天性大脳白質形成不全症 | 同義語:先天性大脳白質形成不全症 | ||
先天的な中枢神経系の[[ミエリン]]形成不全を本態とする疾患群を総称して、先天性大脳[[白質]]形成不全症という。代表的疾患であるPelizaeus-Merzbacher病(PMD)をはじめ、現在11疾患が知られているが、PMD以外の疾患は極めて稀である。11疾患すべてにおいて、原因遺伝子が同定されている。臨床的には重度の精神運動[[発達遅滞]]、痙性四肢麻痺に加え様々な神経症状を呈する。診断には頭部MRI、電気生理学的検査、遺伝子解析を組み合わせて行う。PMDの原因は主要な[[ | 先天的な中枢神経系の[[ミエリン]]形成不全を本態とする疾患群を総称して、先天性大脳[[白質]]形成不全症という。代表的疾患であるPelizaeus-Merzbacher病(PMD)をはじめ、現在11疾患が知られているが、PMD以外の疾患は極めて稀である。11疾患すべてにおいて、原因遺伝子が同定されている。臨床的には重度の精神運動[[発達遅滞]]、痙性四肢麻痺に加え様々な神経症状を呈する。診断には頭部MRI、電気生理学的検査、遺伝子解析を組み合わせて行う。PMDの原因は主要な[[ミエリン]]膜蛋白質をコードするPLP1遺伝子の変異で、重複、点変異、欠失などが同定されている。[[オリゴデンドロサイト前駆細胞]](OPC)から成熟[[オリゴデンドロサイト]]への[[分化]]に伴う[[ミエリン化]]の開始と同時に、オリゴデンドロサイトが急速に[[細胞死]]に陥ることがPLP1変異の共通の細胞病態である。一方、細胞死を引き起す分子病態はPLP1の変異の種類によって異なり、それに応じて臨床型や重症度も異なる。根治療法はなく、対症療法が現在の医療的ケアの中心である。研究レベルでは、いくつかの化合物や高脂肪食、幹細胞移植などの有効性が報告されている。 | ||
=='''ミエリン形成不全を主徴とする疾患群:先天性大脳白質形成不全症'''== | =='''ミエリン形成不全を主徴とする疾患群:先天性大脳白質形成不全症'''== | ||
先天性大脳白質形成不全症は、ミエリン(髄鞘)の構成成分やミエリン化に必要な因子などの遺伝的な異常が原因でおこる、中枢神経系のミエリン化の広範かつ著明な低下あるいは停止を特徴とする疾患群である。いわゆる白質変性症leukodystrophyという疾患概念は、神経病理学的に大脳白質が特異的に障害され、変性によって破壊される疾患を示す言葉として長く使われて来たが、実際にはミエリンが「破壊される疾患=demyelinating」と「最初からうまく出来ない疾患=hypomyelinating」に分類される。先天性大脳白質形成不全症は後者を示すものである。代表的疾患であるPelizaeus-Merzbacher病(PMD)をはじめ、現在11疾患が知られている(表1)が、PMD以外の疾患は極めて稀である。11疾患すべてにおいて、原因遺伝子が同定されている。<br /> | 先天性大脳白質形成不全症は、ミエリン(髄鞘)の構成成分やミエリン化に必要な因子などの遺伝的な異常が原因でおこる、中枢神経系のミエリン化の広範かつ著明な低下あるいは停止を特徴とする疾患群である。いわゆる白質変性症leukodystrophyという疾患概念は、神経病理学的に大脳白質が特異的に障害され、変性によって破壊される疾患を示す言葉として長く使われて来たが、実際にはミエリンが「破壊される疾患=demyelinating」と「最初からうまく出来ない疾患=hypomyelinating」に分類される。先天性大脳白質形成不全症は後者を示すものである。代表的疾患であるPelizaeus-Merzbacher病(PMD)をはじめ、現在11疾患が知られている(表1)が、PMD以外の疾患は極めて稀である。11疾患すべてにおいて、原因遺伝子が同定されている。<br /> | ||
表1 先天性大脳白質形成不全症の分類<br /> | '''表1 先天性大脳白質形成不全症の分類'''<br /> | ||
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電気生理学的検査は、画像診断や遺伝子解析に比べると特異性に劣るが、MRIでの髄鞘形成不全の描出が難しい生後6ヶ月までの時期には診断的有用性が高い。聴覚脳幹反応において、II波以降の潜時の延長が見られる。PMDではニューロパチーの合併は通常認めないが、PLP1のnull変異の症例では軽度から中等度の神経伝導速度の低下を認めることが多い。また、イントロンのスプライス変異の症例では、比較的重度のPMD例であっても神経伝導速度が低下することがある。PMD以外の先天性大脳白質形成不全症の症例では、ニューロパチーを合併する疾患もあるため(表1)、神経伝導速度の測定は積極的に実施していくことが望ましい。<br /> | 電気生理学的検査は、画像診断や遺伝子解析に比べると特異性に劣るが、MRIでの髄鞘形成不全の描出が難しい生後6ヶ月までの時期には診断的有用性が高い。聴覚脳幹反応において、II波以降の潜時の延長が見られる。PMDではニューロパチーの合併は通常認めないが、PLP1のnull変異の症例では軽度から中等度の神経伝導速度の低下を認めることが多い。また、イントロンのスプライス変異の症例では、比較的重度のPMD例であっても神経伝導速度が低下することがある。PMD以外の先天性大脳白質形成不全症の症例では、ニューロパチーを合併する疾患もあるため(表1)、神経伝導速度の測定は積極的に実施していくことが望ましい。<br /> | ||
[[Image:MutationPMD|thumb|'''図1.PMDの表現型、変異と分子病態。PMDの臨床像は重症の先天型から軽症の痙性対麻痺2型まで、幅広いスペクトラムを呈する。変異の種類と表現型の間にある程度の相関を有する。また変異の種類によって異なる細胞病態を呈する。点変異によりアミノ酸置換を来した変異PLP1蛋白質は、小胞体(ER)に蓄積することによってERストレスを誘導する。過剰なERストレスによりunfolded protein response(UPR)の細胞死シグナル経路が活性化されると、オリゴデンドロサイトは死に至る。遺伝子重複によって過剰産生された野生型PLP1蛋白質は、正常に膜輸送されるが、その後コレステロール(chol)に結合して後期エンドソーム・リソソーム(E/L)に蓄積するが、細胞死に至る細胞分子病態は不明である。遺伝子欠失などのnull変異は、疾患スペクトラムの中では軽症型となる痙性対麻痺を呈する。PLP1の欠損は、髄鞘化そのものには大きな影響を及ぼさないが、PLP1が欠落している髄鞘は脆弱で壊れやすい。]] | |||
===病態生理=== | ===病態生理=== | ||
中枢神経系のミエリンが広範かつび漫性に欠落することがPMDの一次的な組織学的病因である。オリゴデンドロサイトは広く脱落する。一方で、軸索は比較的保たれている。一部、皮質直下のUファイバーに島状にミエリン化を認める(tigroidと呼ばれる)。遺伝学的病因は、PLP1遺伝子の変異である。PLP1は四回貫通型構造をとる主要なミエリン膜蛋白質をコードする。17kbのゲノム領域に渡る7つのエクソンから構成される。PLP1とDM20という2つのスプライス多型を有する。DM20はエクソン3の後半35残基分が欠落している。このPLP1特異的領域に生じた変異は、DM20のアミノ酸配列には影響を及ぼさないため、臨床的には軽症のSPG2となる。PLP1の変異で最も頻度が高いのはPLP1全体を含むゲノム重複(60〜70%)である。点変異(20〜30%)はアミノ酸置換変異が多く、変異は全エクソンに均等に分布する。頻度は低いが、微小欠失挿入変異やナンセンス変異も見出される。エクソン以外にイントロン部位の変異も見出されている。遺伝子全体を含む欠失は、重複に比べて頻度は低い。<br /> | 中枢神経系のミエリンが広範かつび漫性に欠落することがPMDの一次的な組織学的病因である。オリゴデンドロサイトは広く脱落する。一方で、軸索は比較的保たれている。一部、皮質直下のUファイバーに島状にミエリン化を認める(tigroidと呼ばれる)。遺伝学的病因は、PLP1遺伝子の変異である。PLP1は四回貫通型構造をとる主要なミエリン膜蛋白質をコードする。17kbのゲノム領域に渡る7つのエクソンから構成される。PLP1とDM20という2つのスプライス多型を有する。DM20はエクソン3の後半35残基分が欠落している。このPLP1特異的領域に生じた変異は、DM20のアミノ酸配列には影響を及ぼさないため、臨床的には軽症のSPG2となる。PLP1の変異で最も頻度が高いのはPLP1全体を含むゲノム重複(60〜70%)である。点変異(20〜30%)はアミノ酸置換変異が多く、変異は全エクソンに均等に分布する。頻度は低いが、微小欠失挿入変異やナンセンス変異も見出される。エクソン以外にイントロン部位の変異も見出されている。遺伝子全体を含む欠失は、重複に比べて頻度は低い。<br /> | ||
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===治療=== | ===治療=== | ||
リハビリテーションや適切な装具の使用、呼吸や栄養の管理、筋弛緩剤や抗痙攣薬などの対症療法が現在の医療的ケアの中心になっている。これらの対症療法の進歩により、PMD患者の予後は著明に改善している。全般的に先天性大脳白質形成不全症患者では、知的障害に運動障害を伴うことから、脳性麻痺児と同様の療育を受けることが実際的である。てんかん様発作は25%程度の患者に認めるが、PMD患者では実際に脳波異常を伴うことは少ない。治療は一般的な小児のてんかんの治療法に基づく。全身性のジストニアに関しては筋弛緩薬や抗痙縮剤、局所性のジストニアではボツリヌス毒素を用いる。股関節の痙性脱臼は、大腿骨が内転・内旋・屈位になりやすいためにおこる。外転位保持夜間装具が必要となる場合がある。高度例では整形外科的な腸腰筋延長・切離術をおこなう。呼吸障害に関しては、喉頭咽頭機能不全のために、誤嚥性肺炎を起こしやすい。また経口摂取が難しい症例では、経胃管あるいは胃瘻からの栄養補給が行われる。筋緊張亢進のために、胃食道逆流を伴う症例では、噴門形成術を併用する。<br /> | リハビリテーションや適切な装具の使用、呼吸や栄養の管理、筋弛緩剤や抗痙攣薬などの対症療法が現在の医療的ケアの中心になっている。これらの対症療法の進歩により、PMD患者の予後は著明に改善している。全般的に先天性大脳白質形成不全症患者では、知的障害に運動障害を伴うことから、脳性麻痺児と同様の療育を受けることが実際的である。てんかん様発作は25%程度の患者に認めるが、PMD患者では実際に脳波異常を伴うことは少ない。治療は一般的な小児のてんかんの治療法に基づく。全身性のジストニアに関しては筋弛緩薬や抗痙縮剤、局所性のジストニアではボツリヌス毒素を用いる。股関節の痙性脱臼は、大腿骨が内転・内旋・屈位になりやすいためにおこる。外転位保持夜間装具が必要となる場合がある。高度例では整形外科的な腸腰筋延長・切離術をおこなう。呼吸障害に関しては、喉頭咽頭機能不全のために、誤嚥性肺炎を起こしやすい。また経口摂取が難しい症例では、経胃管あるいは胃瘻からの栄養補給が行われる。筋緊張亢進のために、胃食道逆流を伴う症例では、噴門形成術を併用する。<br /> | ||
現在までに疾患に対する根治的な治療法はないが、基礎研究および治験レベルでは、疾患の分子細胞病態を標的とした治療法の試みが行われている。PMDの点変異に対しては、マウスモデルや培養細胞を用いた研究で、クルクミンやクロロキンなどが部分的に有効と報告された<ref><pubmed> 22436581 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24521562 </pubmed></ref> | 現在までに疾患に対する根治的な治療法はないが、基礎研究および治験レベルでは、疾患の分子細胞病態を標的とした治療法の試みが行われている。PMDの点変異に対しては、マウスモデルや培養細胞を用いた研究で、クルクミンやクロロキンなどが部分的に有効と報告された<ref><pubmed> 22436581 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24521562 </pubmed></ref>。また、重複に対しては、高コレステール食がミエリン化を促進することが報告された<ref><pubmed> 22706386 </pubmed></ref>。幹細胞移植による再生医療は、先天性大脳白質形成不全症に対する有望な治療法として期待されている。モデルマウスを用いた報告はこれまでにもなされていたが、最近、米国において先天型PMD患者に対する神経幹細胞の移植治療が試験的に行われ、その安全性と部分的な治療効果が報告された<ref><pubmed> 23052294 </pubmed></ref>。<br /> | ||
===疫学=== | ===疫学=== | ||
本邦における全国疫学調査によると、先天性大脳白質形成不全症の有病率は人口10万人(1~19歳)当たり0.78人である<ref><pubmed> 24532200 </pubmed></ref>。PMDの罹患率は男児10万出生当たり1.4人であった。また、この調査でもPMDは最も頻度の高いことが明らとなり、その推定罹患率は男児10万出生当たり1.45人であった。遺伝学的検査を受けた先天性大脳白質形成不全症患者のうち、62%でPLP1遺伝子の変異が同定されていた。<br /> | 本邦における全国疫学調査によると、先天性大脳白質形成不全症の有病率は人口10万人(1~19歳)当たり0.78人である<ref><pubmed> 24532200 </pubmed></ref>。PMDの罹患率は男児10万出生当たり1.4人であった。また、この調査でもPMDは最も頻度の高いことが明らとなり、その推定罹患率は男児10万出生当たり1.45人であった。遺伝学的検査を受けた先天性大脳白質形成不全症患者のうち、62%でPLP1遺伝子の変異が同定されていた。<br /> | ||
=='''関連項目'''== | |||
[[髄鞘]] | |||
=='''参考文献'''== | =='''参考文献'''== | ||
<references/> | <references/> | ||
(執筆者:井上 健、担当編集委員:高橋良輔) |
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