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[[image:グルタミン酸トランスポーター2.png|thumb|300px|'''図2.グルタミン酸トランスポーターの基本的構造''']] | [[image:グルタミン酸トランスポーター2.png|thumb|300px|'''図2.グルタミン酸トランスポーターの基本的構造''']] | ||
[[グルタミン酸]]は、[[哺乳類]]中枢神経系において約70%の神経細胞が用いる主要な[[興奮性]]神経伝達物質であり、記憶・学習などの脳高次機能に重要な役割を果たしている<ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref>。しかし、その機能的な重要性の反面、興奮毒性という概念で表されるように<ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref>、過剰なグルタミン酸は神経細胞障害作用を持ち、様々な[[精神神経疾患]]の発症に関与することが明らかになりつつある<ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>。従って、[[シナプス]]間隙におけるグルタミン酸濃度は厳密に制御されなければならない。シナプスにおけるグルタミン酸の動態は図1のように考えられている。[[シナプス前終末]]から放出されたグルタミン酸は、シナプス後細胞の[[グルタミン酸受容体]]に結合しその効果を発揮するが、伝達終了後シナプス間隙のグルタミン酸はアストロサイトおよびシナプス後神経[[細胞膜]]に存在するグルタミン酸トランスポーターにより細胞内に取り込まれる。アストロサイトに取り込まれたグルタミン酸は、グルタミン合成酵素によりグルタミンに変換され、[[グリア細胞]]外に放出され、グルタミンーグルタミン酸サイクルを経て、再び[[シナプス小胞]]に蓄えられる。中枢神経系には5種類のグルタミン酸トランスポーターサブファミリーが存在することが知られおり<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>、グルタミン酸トランスポーター欠損[[マウス]]の解析を通じ、グルタミン酸トランスポーターの各サブファミリーの機能的役割が明らかになりつつある。 | [[グルタミン酸]]は、[[哺乳類]]中枢神経系において約70%の神経細胞が用いる主要な[[興奮性]]神経伝達物質であり、記憶・学習などの脳高次機能に重要な役割を果たしている<ref name=ref1><pubmed>9651535</pubmed></ref>。しかし、その機能的な重要性の反面、興奮毒性という概念で表されるように<ref name=ref2><pubmed>2908446</pubmed></ref>、過剰なグルタミン酸は神経細胞障害作用を持ち、様々な[[精神神経疾患]]の発症に関与することが明らかになりつつある<ref name=ref3><pubmed>26569330</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>25482181</pubmed></ref>。従って、[[シナプス]]間隙におけるグルタミン酸濃度は厳密に制御されなければならない。シナプスにおけるグルタミン酸の動態は図1のように考えられている。[[シナプス前終末]]から放出されたグルタミン酸は、シナプス後細胞の[[グルタミン酸受容体]]に結合しその効果を発揮するが、伝達終了後シナプス間隙のグルタミン酸はアストロサイトおよびシナプス後神経[[細胞膜]]に存在するグルタミン酸トランスポーターにより細胞内に取り込まれる。アストロサイトに取り込まれたグルタミン酸は、グルタミン合成酵素によりグルタミンに変換され、[[グリア細胞]]外に放出され、グルタミンーグルタミン酸サイクルを経て、再び[[シナプス小胞]]に蓄えられる。中枢神経系には5種類のグルタミン酸トランスポーターサブファミリーが存在することが知られおり<ref name=ref5><pubmed>11369436</pubmed></ref>、グルタミン酸トランスポーター欠損[[マウス]]の解析を通じ、グルタミン酸トランスポーターの各サブファミリーの機能的役割が明らかになりつつある。 | ||
==構造== | ==構造== | ||
5種類のグルタミン酸トランスポーターは互いに50~55%の相同性を有するアミノ酸数520~580のタンパク質である。グルタミン酸トランスポーターの構造はN末端とC末端は細胞内に位置し、8個の膜貫通部位、2個の膜を完全に貫通していないループ構造(re-entrant loop)を持つ(図2)<ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>。グルタミン酸トランスポーターはグルタミン酸を取り込む際に、Na+およびH+の共輸送、K+の対向輸送と共役する。グルタミン酸、Na+、H+、K+の結合・輸送に関与しているアミノ酸残基はいずれも6番目の膜貫通領域以降のC末端側である。また、グルタミン酸トランスポーターは3量体のホモオリゴマーとして細胞膜に発現している。 | 5種類のグルタミン酸トランスポーターは互いに50~55%の相同性を有するアミノ酸数520~580のタンパク質である。グルタミン酸トランスポーターの構造はN末端とC末端は細胞内に位置し、8個の膜貫通部位、2個の膜を完全に貫通していないループ構造(re-entrant loop)を持つ(図2)<ref name=ref6><pubmed>20708631</pubmed></ref>。グルタミン酸トランスポーターはグルタミン酸を取り込む際に、Na+およびH+の共輸送、K+の対向輸送と共役する。グルタミン酸、Na+、H+、K+の結合・輸送に関与しているアミノ酸残基はいずれも6番目の膜貫通領域以降のC末端側である。また、グルタミン酸トランスポーターは3量体のホモオリゴマーとして細胞膜に発現している。 | ||
==サブファミリー== | ==サブファミリー== | ||
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[[image:グルタミン酸トランスポーター3.png|thumb|300px|'''図3.グルタミン酸トランスポーターサブファミリーの脳内分布''']] | [[image:グルタミン酸トランスポーター3.png|thumb|300px|'''図3.グルタミン酸トランスポーターサブファミリーの脳内分布''']] | ||
5種類のグルタミン酸トランスポーターサブファミリーは、中枢神経系だけでなく末梢組織にも発現していることが知られているが、本稿では中枢神経系における発現に関して記述する(表1)。Slc1a2(GLT-1/EAAT2)は[[大脳皮質]]・[[海馬]]のアストロサイトに、slc1a3(GLAST/EAAT1)は[[小脳]]のアストロサイトに優位に発現している<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>。Slc1a1(EAAC1/EAAT3)は神経細胞に存在し、中枢神経系に広く分布している<ref name=ref7 />。Slc1a6(EAAT4)は小脳の[[プルキンエ細胞]]に<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>、またslc1a7(EAAT)は網膜の視細胞・双極細胞に特異的に発現している<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>(図3)。神経細胞に発現しているslc1a1とscl1a4は、神経細胞の終末ではなく細胞体・樹状突起に主に局在している<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>。アストロサイトに発現しているslc1a2とscl1a3は、シナプス周囲を覆っている突起に密度高く局在している<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref>。最近、CDC42EP4/septinがslc1a3をシナプス周囲を覆う[[バーグマングリア]]の突起に局在させることが明らかになった<ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>。成人脳ではアストロサイトに局在するscl1a2は、胎児期から生後3日の発生初期には、一過性に神経細胞に発現する<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref>。また、成人脳ではアストロサイトに局在するslc1a3は、発生初期には[[神経幹細胞]]に発現しており、神経幹細胞のマーカーとして用いられている<ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref>。 | 5種類のグルタミン酸トランスポーターサブファミリーは、中枢神経系だけでなく末梢組織にも発現していることが知られているが、本稿では中枢神経系における発現に関して記述する(表1)。Slc1a2(GLT-1/EAAT2)は[[大脳皮質]]・[[海馬]]のアストロサイトに、slc1a3(GLAST/EAAT1)は[[小脳]]のアストロサイトに優位に発現している<ref name=ref7><pubmed>8733726</pubmed></ref>。Slc1a1(EAAC1/EAAT3)は神経細胞に存在し、中枢神経系に広く分布している<ref name=ref7 />。Slc1a6(EAAT4)は小脳の[[プルキンエ細胞]]に<ref name=ref8><pubmed>8905715</pubmed></ref>、またslc1a7(EAAT)は網膜の視細胞・双極細胞に特異的に発現している<ref name=ref9><pubmed>10696802</pubmed></ref>(図3)。神経細胞に発現しているslc1a1とscl1a4は、神経細胞の終末ではなく細胞体・樹状突起に主に局在している<ref name=ref10><pubmed>7917301</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>9261809</pubmed></ref>。アストロサイトに発現しているslc1a2とscl1a3は、シナプス周囲を覆っている突起に密度高く局在している<ref name=ref12><pubmed>7546749</pubmed></ref>。最近、CDC42EP4/septinがslc1a3をシナプス周囲を覆う[[バーグマングリア]]の突起に局在させることが明らかになった<ref name=ref13><pubmed>26657011</pubmed></ref>。成人脳ではアストロサイトに局在するscl1a2は、胎児期から生後3日の発生初期には、一過性に神経細胞に発現する<ref name=ref14><pubmed>9671661</pubmed></ref>。また、成人脳ではアストロサイトに局在するslc1a3は、発生初期には[[神経幹細胞]]に発現しており、神経幹細胞のマーカーとして用いられている<ref name=ref15><pubmed>9364068</pubmed></ref> <ref name=ref16><pubmed>26586824</pubmed></ref>。 | ||
==機能== | ==機能== | ||
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===分子機能=== | ===分子機能=== | ||
グルタミン酸トランスポーターは、細胞膜を介したNa+の電気化学ポテンシャルを利用して、グルタミン酸を輸送する。1分子のグルタミン酸の取り込みは、3個のNa+および1個のH+の共輸送、1個のK+の対向輸送と共役する(図2)。従って、グルタミン酸トランスポーターは起電性であり、グルタミン酸の細胞内への取り込みにより内向き電流が生じる。また、これとは別に、熱力学的にグルタミン酸取り込みと連動していないCl-の流入があることが知られているが、Cl-の透過性の順番はScl1a6/7 > slc1a3 > slc1a1 > slc1a2である<ref name=ref17><pubmed></pubmed></ref>。 | グルタミン酸トランスポーターは、細胞膜を介したNa+の電気化学ポテンシャルを利用して、グルタミン酸を輸送する。1分子のグルタミン酸の取り込みは、3個のNa+および1個のH+の共輸送、1個のK+の対向輸送と共役する(図2)。従って、グルタミン酸トランスポーターは起電性であり、グルタミン酸の細胞内への取り込みにより内向き電流が生じる。また、これとは別に、熱力学的にグルタミン酸取り込みと連動していないCl-の流入があることが知られているが、Cl-の透過性の順番はScl1a6/7 > slc1a3 > slc1a1 > slc1a2である<ref name=ref17><pubmed>26303507</pubmed></ref>。 | ||
Slc1a1は、グルタミン酸の他に電荷をもたないL-cysteineを取り込み、グルタチオン合成に利用している<ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref>。 | Slc1a1は、グルタミン酸の他に電荷をもたないL-cysteineを取り込み、グルタチオン合成に利用している<ref name=ref18><pubmed>25275463</pubmed></ref>。 | ||
===生理機能=== | ===生理機能=== | ||
====海馬のシナプス伝達における役割==== | ====海馬のシナプス伝達における役割==== | ||
海馬において主要なグルタミン酸トランスポーターはslc1a2である。Slc1a2欠損マウスの海馬のシェーファー側枝・[[CA1]][[錐体細胞]]間シナプスを電気生理学的に調べたところ、海馬のCA1錐体細胞で記録されるシェーファー側枝による[[興奮性シナプス]]後電流(Excitatory Postsynaptic Current:EPSC)のAMPA(a-amino-3-hydroxy-5-methylisoxazole-4- propionic acid)受容体成分・NMDA受容体成分とも、その振幅・時間経過は野生型と違いはなかった<ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref>。このことは、GLT1は海馬において、EPSCの振幅・時間経過の重要な決定因子ではないことを示している。海馬におけるEPSCの振幅・時間経過は、グルタミン酸受容体自体のキネテクスにより規定されていると考えられる。海馬のシナプスは、[[グリア]]細胞の突起によるシナプス部位の被覆が不完全で、主に拡散がシナプス間隙におけるグルタミン酸のクリアランスを規定していると考えられる。 | 海馬において主要なグルタミン酸トランスポーターはslc1a2である。Slc1a2欠損マウスの海馬のシェーファー側枝・[[CA1]][[錐体細胞]]間シナプスを電気生理学的に調べたところ、海馬のCA1錐体細胞で記録されるシェーファー側枝による[[興奮性シナプス]]後電流(Excitatory Postsynaptic Current:EPSC)のAMPA(a-amino-3-hydroxy-5-methylisoxazole-4- propionic acid)受容体成分・NMDA受容体成分とも、その振幅・時間経過は野生型と違いはなかった<ref name=ref19><pubmed>9180080</pubmed></ref>。このことは、GLT1は海馬において、EPSCの振幅・時間経過の重要な決定因子ではないことを示している。海馬におけるEPSCの振幅・時間経過は、グルタミン酸受容体自体のキネテクスにより規定されていると考えられる。海馬のシナプスは、[[グリア]]細胞の突起によるシナプス部位の被覆が不完全で、主に拡散がシナプス間隙におけるグルタミン酸のクリアランスを規定していると考えられる。 | ||
海馬CA1網状分子層のoriens-lacunosum moleculare (O-LM) interneuronに多く存在する代謝型グルタミン酸受容体mGluR1は、グリア型グルタミン酸トランスポーターslc1a2およびslc1a3により、活性が制御されている。Slc1a2とslc1a3を抑制すると、mGluR1依存性EPSCの振幅が増加し、interneuronの発火が増強され、結果としてCA1錐体細胞の抑制が増強されたる<ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref>。 | 海馬CA1網状分子層のoriens-lacunosum moleculare (O-LM) interneuronに多く存在する代謝型グルタミン酸受容体mGluR1は、グリア型グルタミン酸トランスポーターslc1a2およびslc1a3により、活性が制御されている。Slc1a2とslc1a3を抑制すると、mGluR1依存性EPSCの振幅が増加し、interneuronの発火が増強され、結果としてCA1錐体細胞の抑制が増強されたる<ref name=ref20><pubmed>15140926</pubmed></ref>。 | ||
また、slc1a2欠損マウスでは、海馬CA1領域のNMDA受容体成分が増強され、長期増強の発現が障害されている<ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref>。逆に、slc1a2の発現を増加すると、苔状線維—[[CA3]]錐体細胞間シナプスの[[長期抑圧]]の発現が障害される<ref name=ref22><pubmed></pubmed></ref>。 | また、slc1a2欠損マウスでは、海馬CA1領域のNMDA受容体成分が増強され、長期増強の発現が障害されている<ref name=ref21><pubmed>11553304</pubmed></ref>。逆に、slc1a2の発現を増加すると、苔状線維—[[CA3]]錐体細胞間シナプスの[[長期抑圧]]の発現が障害される<ref name=ref22><pubmed>19651762</pubmed></ref>。 | ||
====小脳のシナプス伝達における役割==== | ====小脳のシナプス伝達における役割==== | ||
小脳ではプルキンエ細胞にグルタミン酸トランスポーターslc1a1、slc1a6が、プルキンエ細胞を取り囲むBergmann gliaにはslc1a2, slc1a3が発現している。欠損マウスの解析から、平行線維・プルキンエ細胞間シナプス、登上線維・プルキンエ細胞間シナプスにおいて、グルタミン酸が放出された直後の高濃度のグルタミン酸の除去はslc1a3により、放出されてしばらく時間が経過した後の低濃度のグルタミン酸の除去はslc1a6により行われていることがわかった<ref name=ref23><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed></pubmed></ref>。さらにslc1a1とslc1a6の選択的機能阻害により隣接するシナプスへのグルタミン酸spilloverが起こり、mGluR1依存性EPSCが増強、長期[[抑圧]]が促進される<ref name=ref25><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed></pubmed></ref>。また、slc1a6は、平行線維・バーグマングリア間のグルタミン酸伝達を制御している<ref name=ref27><pubmed></pubmed></ref>。 | 小脳ではプルキンエ細胞にグルタミン酸トランスポーターslc1a1、slc1a6が、プルキンエ細胞を取り囲むBergmann gliaにはslc1a2, slc1a3が発現している。欠損マウスの解析から、平行線維・プルキンエ細胞間シナプス、登上線維・プルキンエ細胞間シナプスにおいて、グルタミン酸が放出された直後の高濃度のグルタミン酸の除去はslc1a3により、放出されてしばらく時間が経過した後の低濃度のグルタミン酸の除去はslc1a6により行われていることがわかった<ref name=ref23><pubmed>16177048</pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed>16377014</pubmed></ref>。さらにslc1a1とslc1a6の選択的機能阻害により隣接するシナプスへのグルタミン酸spilloverが起こり、mGluR1依存性EPSCが増強、長期[[抑圧]]が促進される<ref name=ref25><pubmed>17727989</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed>19583702</pubmed></ref>。また、slc1a6は、平行線維・バーグマングリア間のグルタミン酸伝達を制御している<ref name=ref27><pubmed>22302796</pubmed></ref>。 | ||
====大脳皮質のシナプス伝達の維持における役割==== | ====大脳皮質のシナプス伝達の維持における役割==== | ||
神経系は他の臓器に比べエネルギー要求性が高く、そのほとんどはシナプス伝達に使われる。従って、シナプス伝達を維持するためには、活動の亢進した部位に選択的にエネルギーを補充する必要がある。グリア型グルタミン酸トランスポーターscl1a2・slc1a3は、シナプス伝達のセンサーとして働き、神経活動の亢進→シナプス間隙のグルタミン酸濃度上昇→グリア型グルタミン酸トランスポーターによるグルタミン酸の再吸収(同時にNa+がグリア内へ流入)→グリアのNa-K ATPaseの活性化(グリア内でのエネルギー消費増大)→グリアによる毛細血管からのブドウ糖の取り込み増加→グリアの解糖系によるブドウ糖からlactateの生成(グリア内の消費したエネルギーの補充)→生成したlactateを神経細胞が取り込みエネルギーを補充、という一連のエネルギー補給反応をトリガーする(図4)<ref name=ref28><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed></pubmed></ref>。 | 神経系は他の臓器に比べエネルギー要求性が高く、そのほとんどはシナプス伝達に使われる。従って、シナプス伝達を維持するためには、活動の亢進した部位に選択的にエネルギーを補充する必要がある。グリア型グルタミン酸トランスポーターscl1a2・slc1a3は、シナプス伝達のセンサーとして働き、神経活動の亢進→シナプス間隙のグルタミン酸濃度上昇→グリア型グルタミン酸トランスポーターによるグルタミン酸の再吸収(同時にNa+がグリア内へ流入)→グリアのNa-K ATPaseの活性化(グリア内でのエネルギー消費増大)→グリアによる毛細血管からのブドウ糖の取り込み増加→グリアの解糖系によるブドウ糖からlactateの生成(グリア内の消費したエネルギーの補充)→生成したlactateを神経細胞が取り込みエネルギーを補充、という一連のエネルギー補給反応をトリガーする(図4)<ref name=ref28><pubmed>12546822</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>16197522</pubmed></ref>。 | ||
====リボンシナプスにおける役割==== | ====リボンシナプスにおける役割==== | ||
リボンシナプスでは、[[シナプス前]]細胞は活動電位を出さず、代わりに膜電位を連続的に変化させることで伝達物質の放出量を変化させ、情報を伝達する。リボンシナプスは網膜や内耳などの一次[[知覚]]のシナプスに存在する。 | リボンシナプスでは、[[シナプス前]]細胞は活動電位を出さず、代わりに膜電位を連続的に変化させることで伝達物質の放出量を変化させ、情報を伝達する。リボンシナプスは網膜や内耳などの一次[[知覚]]のシナプスに存在する。 | ||
音の一次知覚シナプスである内[[有毛細胞]]—[[蝸牛神経]]間シナプスは典型的なリボンシナプスであり、グルタミン酸が神経伝達物質である。内有毛細胞周囲の支持細胞(inner phalanxgeal cell, IPC)にはslc1a3が、 [[蝸牛]][[神経節]]細胞にはslc1a1とslc1a2が存在する。欠損マウスや薬理学的解析の結果から、内有毛細胞—蝸牛神経間シナプスのグルタミン酸の除去はIPCに存在するslc1a3により行われていることが明らかになった<ref name=ref30><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed></pubmed></ref> | 音の一次知覚シナプスである内[[有毛細胞]]—[[蝸牛神経]]間シナプスは典型的なリボンシナプスであり、グルタミン酸が神経伝達物質である。内有毛細胞周囲の支持細胞(inner phalanxgeal cell, IPC)にはslc1a3が、 [[蝸牛]][[神経節]]細胞にはslc1a1とslc1a2が存在する。欠損マウスや薬理学的解析の結果から、内有毛細胞—蝸牛神経間シナプスのグルタミン酸の除去はIPCに存在するslc1a3により行われていることが明らかになった<ref name=ref30><pubmed>11102482</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>16855093</pubmed></ref> | ||
また、典型的なリボンシナプスの一つである網膜の視細胞—双極細胞間シナプスでは、視細胞に存在するグルタミン酸トランスポーターslc1a7がシナプス間隙からのグルタミン酸除去に主要な役割を果たす<ref name=ref32><pubmed></pubmed></ref>。 | また、典型的なリボンシナプスの一つである網膜の視細胞—双極細胞間シナプスでは、視細胞に存在するグルタミン酸トランスポーターslc1a7がシナプス間隙からのグルタミン酸除去に主要な役割を果たす<ref name=ref32><pubmed>16600856</pubmed></ref>。 | ||
====脳形成における役割==== | ====脳形成における役割==== | ||
胎児期の脳には、slc1a1, slc1a2, slc1a3の3種類のグルタミン酸トランスポーターが存在する。これら3種類のサブファミリーの単独欠損マウスおよびslc1a1&slc1a3、slc1a1&slc1a2ダブル欠損マウスは正常な脳形成を示すが、slc1a2&slc1a3ダブル欠損マウスは胎生17日頃に死亡し、海馬・大脳皮質に層形成異常や大脳皮質と他の脳部位を結合する線維連絡に異常が観察される<ref name=ref33><pubmed></pubmed></ref>。これらの異常はグルタミン酸受容体NR1の欠損により改善する<ref name=ref34><pubmed></pubmed></ref>。細胞外に過剰に存在するグルタミン酸は、NMDA受容体を過剰に活性化し、神経細胞の移動、神経幹細胞の分裂、神経突起の伸長を障害する。従って、脳が正常に発達するには、slc1a2とslc1a3による細胞外グルタミン酸濃度の厳密な制御が必要である。 | 胎児期の脳には、slc1a1, slc1a2, slc1a3の3種類のグルタミン酸トランスポーターが存在する。これら3種類のサブファミリーの単独欠損マウスおよびslc1a1&slc1a3、slc1a1&slc1a2ダブル欠損マウスは正常な脳形成を示すが、slc1a2&slc1a3ダブル欠損マウスは胎生17日頃に死亡し、海馬・大脳皮質に層形成異常や大脳皮質と他の脳部位を結合する線維連絡に異常が観察される<ref name=ref33><pubmed>16880397</pubmed></ref>。これらの異常はグルタミン酸受容体NR1の欠損により改善する<ref name=ref34><pubmed>22606296</pubmed></ref>。細胞外に過剰に存在するグルタミン酸は、NMDA受容体を過剰に活性化し、神経細胞の移動、神経幹細胞の分裂、神経突起の伸長を障害する。従って、脳が正常に発達するには、slc1a2とslc1a3による細胞外グルタミン酸濃度の厳密な制御が必要である。 | ||
==疾患との関わり== | ==疾患との関わり== | ||
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===統合失調症=== | ===統合失調症=== | ||
統合失調症は、幻聴・[[妄想]]などの陽性症状と、感情鈍麻、意欲の減退などの陰性症状、作業記憶などの認知障害を示し、有病率約1%の[[精神疾患]]である。統合失調症患者の遺伝子解析から、slc1a3遺伝子座の欠失やslc1a2の機能障害を伴うミスセンス変異を持つ症例が報告された<ref name=ref35><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref36><pubmed></pubmed></ref>。また、死後脳の解析からも、slc1a2およびslc1a3の発現が減少することが報告されている<ref name=ref37><pubmed></pubmed></ref>。Slc1a3欠損マウスは、統合失調症の陽性症状・陰性症状・認知障害に相当する行動異常を示し、slc1a3の異常による脳の興奮性亢進が統合失調症の発症に重要な役割を果たすと考えられる<ref name=ref38><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref39><pubmed></pubmed></ref>。さらに、統合失調症の前駆期から初発期への移行に細胞外グルタミン酸濃度の上昇が関与することが報告されている<ref name=ref40><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref41><pubmed></pubmed></ref>。 | 統合失調症は、幻聴・[[妄想]]などの陽性症状と、感情鈍麻、意欲の減退などの陰性症状、作業記憶などの認知障害を示し、有病率約1%の[[精神疾患]]である。統合失調症患者の遺伝子解析から、slc1a3遺伝子座の欠失やslc1a2の機能障害を伴うミスセンス変異を持つ症例が報告された<ref name=ref35><pubmed>18369103</pubmed></ref> <ref name=ref36><pubmed>22863191</pubmed></ref>。また、死後脳の解析からも、slc1a2およびslc1a3の発現が減少することが報告されている<ref name=ref37><pubmed>23356950</pubmed></ref>。Slc1a3欠損マウスは、統合失調症の陽性症状・陰性症状・認知障害に相当する行動異常を示し、slc1a3の異常による脳の興奮性亢進が統合失調症の発症に重要な役割を果たすと考えられる<ref name=ref38><pubmed>18550032</pubmed></ref> <ref name=ref39><pubmed>19078949</pubmed></ref>。さらに、統合失調症の前駆期から初発期への移行に細胞外グルタミン酸濃度の上昇が関与することが報告されている<ref name=ref40><pubmed>24108440</pubmed></ref> <ref name=ref41><pubmed>23583108</pubmed></ref>。 | ||
===うつ病=== | ===うつ病=== |