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==研究の歴史== | ==研究の歴史== | ||
1972年に抗体分子の構造決定によりノーベル生理学・医学賞を受賞したエーデルマン(Gerald Maurice Edelman)は、受賞後に胚発生や神経機能に係わる細胞間相互作用の研究を始めた。エーデルマンらは、まず始めにニワトリの網膜細胞表面に対するポリクローナル抗体を作製し、この抗体が解離した網膜細胞の再集合を阻害することを見出した。つぎに、この抗体の阻害効果を中和する物質を探索し、網膜細胞の膜可溶画分から神経[[細胞接着因子]]を単離した。この分子の構造決定をしたところ、奇しくも、彼が以前に構造決定をした[[免疫]]グロブリン分子と非常によく似た分子であった | 1972年に抗体分子の構造決定によりノーベル生理学・医学賞を受賞したエーデルマン(Gerald Maurice Edelman)は、受賞後に胚発生や神経機能に係わる細胞間相互作用の研究を始めた。エーデルマンらは、まず始めにニワトリの網膜細胞表面に対するポリクローナル抗体を作製し、この抗体が解離した網膜細胞の再集合を阻害することを見出した。つぎに、この抗体の阻害効果を中和する物質を探索し、網膜細胞の膜可溶画分から神経[[細胞接着因子]]を単離した。この分子の構造決定をしたところ、奇しくも、彼が以前に構造決定をした[[免疫]]グロブリン分子と非常によく似た分子であった<ref name=ref17><pubmed>14718522</pubmed></ref>。 | ||
==構造== | ==構造== | ||
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[[image:ncam2.jpg|thumb|350px|図2.]] | [[image:ncam2.jpg|thumb|350px|図2.]] | ||
NCAMの細胞外領域は、5つの免疫グロブリンC2サブセットと2つのフィブロネクチンタイプIII様領域(RGD配列はない)からなっている(図1) | NCAMの細胞外領域は、5つの免疫グロブリンC2サブセットと2つのフィブロネクチンタイプIII様領域(RGD配列はない)からなっている(図1)<ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref>。分子量140、180 kDaのアイソフォームでは細胎内領域があるが、120 kDa分子のC末端は[[細胞膜]]表面のグリコシルフォスファチジルイノシトール(glycosylphosphatidyl inositol;GPI)と結合している。5番目のC2ドメインには、N−グルコシド結合により、2カ所でポリシアル酸(2-8-1inked N-acetylneuraminic acid, PSA)が結合している<ref name=ref24><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref43><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref46><pubmed></pubmed></ref>。ポリシアル化されたNCAMはPSA—NCAMと呼ばれる。NCAMをポリシアル化する酵素としては、2つのalpha 2,8 syalyltransferase(ST8)が知られていて、それぞれST8SiaII(STX)・ST8SiaIV(PST-1)と呼ばれている<ref name=ref46 />。140/180 kDa-NCAM の3番目のC2領域には、HNK-1/L2エピトープが存在する。挿入配列のMSD(muscle spedfic domain)にはO-グリコシド結合型糖鎖が結合している<ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>。 | ||
==サブファミリー== | ==サブファミリー== | ||
主に3つのサブタイプがあり、120kD分子はGPIアンカー型、140/180kD分子は膜貫通型である。180kD分子は[[細胞骨格]]と相互作用を持つ長い細胞内領域を持っている。各アイソフォームは、alternative splicingによって生成される | 主に3つのサブタイプがあり、120kD分子はGPIアンカー型、140/180kD分子は膜貫通型である。180kD分子は[[細胞骨格]]と相互作用を持つ長い細胞内領域を持っている。各アイソフォームは、alternative splicingによって生成される<ref name=ref15 /> <ref name=ref44><pubmed></pubmed></ref>。この他、C2領域に、30bpの挿入配列VASE(varjable alternatively spliced exon)が、フィブロネクチンタイプIII様領域にMSD(muscle specific domain)が挿入される場合がある。NCAM遺伝子には多数の短い挿入配列があるために、100以上のアイソフォームが存在するとの報告がある<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>。翻訳後にポリシアル酸によって修飾をうけると、電気泳動では見かけ上約180~280 kDaの分子量を示す。 | ||
==発現== | ==発現== | ||
NCAMは以下のようなさまざまな組織に広く分布している(* | NCAMは以下のようなさまざまな組織に広く分布している(*は発生期に発現し、成体組織では消失する組織)。:神経組織(神経細胞・[[グリア細胞]]・[[シュワン細胞]]・[[脳脊髄液]])、筋組織([[骨格筋]]*・心筋・平滑筋*)(神経・筋組織は後述)、網膜<ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>、コルチ器*<ref name=ref52><pubmed></pubmed></ref>、嗅上皮<ref name=ref30><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed></pubmed></ref>、味蕾<ref name=ref53><pubmed></pubmed></ref>、歯*<ref name=ref35><pubmed></pubmed></ref>、表皮、[[パチニ小体]]<ref name=ref34><pubmed></pubmed></ref>、中腎管*<ref name=ref25><pubmed></pubmed></ref>、下垂体<ref name=ref26><pubmed></pubmed></ref>、傍濾細胞*(カルシトニン産生細胞)<ref name=ref33><pubmed></pubmed></ref>、膵臓(ラングルハンス島)<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>、副腎(皮質・髄質)<ref name=ref26 />、[[卵巣]]<ref name=ref26 />、[[精巣]]<ref name=ref27><pubmed></pubmed></ref>、ナチュラルキラー(NK)細胞<ref name=ref38><pubmed></pubmed></ref> | ||
長鎖の糖鎖であるポリシアル酸(PSA)で修飾されたPSA-NCAMは、主に発生中の組織で発現している | 長鎖の糖鎖であるポリシアル酸(PSA)で修飾されたPSA-NCAMは、主に発生中の組織で発現している<ref name=ref43 />。中枢神経系では、成体になるとほとんどの部位でPSA-NCAMの発現は著しく低下するが、例外的にニューロンの新生が続く、[[前脳]]側[[脳室下帯]]や[[海馬]][[歯状回]]顆粒細胞層下帯では、新生ニューロンに強いPSA-NCAMの発現が見られる<ref name=ref48><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref46 />。 | ||
==機能== | ==機能== | ||
NCAMが接着活性を示すときには、NCAMどうしが3番目のC2ドメインでホモフィリックに結合するほか、2番目のドメインで細胞外基質のヘパリンなどの分子と結合する<ref name=ref54><pubmed></pubmed></ref>。また、NCAMは、は、同じ細胞膜上の他の接着分子(L1など)やFGF受容体とCis型の相互作用をする<ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref>。NCAMが細胞内に情報を伝えるときには、Fyn/Src<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref>や、FGF受容体<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>を介することが示唆されている。180 kD 分子は、細胎内骨格のスペクトリンと結合していることから、安定な細胞接着を形成すると考えられている<ref name=ref39><pubmed></pubmed></ref>。5番目のC2ドメインにはポリシアル酸が結合している<ref name=ref43 />。シアル酸が負に荷電しているため、長鎖のPSA分子はその大きさと電荷によってNCAMどうし又はNCAMと他の接着分子との結合を阻害すると考えられている<ref name=ref43 />。この長鎖のPSAは、発達期の神経細胞などに発現しているが、成体になると限られた部位を除き発現がほとんど見られなくなる<ref name=ref48 />。 | |||
NCAMは、細胞一細胞、および細胞一細胞外基質間の接着分子で、神経発生や筋発生に重要な分子である<ref name=ref44 /> <ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref42><pubmed></pubmed></ref>。発生期のNCAMはポリシアル化されているので、発生期のNCAMの機能は、PSA—NCAMを中心に研究されている<ref name=ref43 /> <ref name=ref46 />。神経発生では、細胞移動<ref name=ref32 /> <ref name=ref36><pubmed></pubmed></ref>、神経突起の伸長・束形成・分岐<ref name=ref40><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref56><pubmed></pubmed></ref>、[[シナプス]]形成・可塑性(後述)、学習・記憶<ref name=ref55><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed></pubmed></ref>、神経疾患<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref45><pubmed></pubmed></ref>に関与する。その他の組織でも形態形成に関与していると考えられている(発現の項を参照)。 | |||
===シナプス形成=== | ===シナプス形成=== | ||
NCAMは、前シナプス膜と後シナプス膜に存在する | NCAMは、前シナプス膜と後シナプス膜に存在する<ref name=ref37><pubmed></pubmed></ref>。しかし、NCAM180は、後シナプス膜だけに存在する。NCAM180は細胞骨格と相互作用をするので<ref name=ref39 />、NCAM180はシナプスの安定性と関係していると考えられる。シナプス形成期には、NCAMの糖鎖PSAの発現がみられるが、成熟したシナプスではPSAの発現はほとんど見られない<ref name=ref50><pubmed></pubmed></ref>。 | ||
神経—筋シナプスが形成される発生期には、NCAMは[[運動ニューロン]]と筋の両方に発現している。その後、成熟したシナプスが形成される頃になると、筋全体のNCAM発現は低下し、神経—筋接合部に限局してNCAMの発現が残るようになる | 神経—筋シナプスが形成される発生期には、NCAMは[[運動ニューロン]]と筋の両方に発現している。その後、成熟したシナプスが形成される頃になると、筋全体のNCAM発現は低下し、神経—筋接合部に限局してNCAMの発現が残るようになる<ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>。また、成体でも運動ニューロンを切断して、筋の神経支配を除去してやると、再びNCAMが発現してくる。この筋のNCAM発現は、運動ニューロンが再生されて、筋の神経支配が完了すると、再び低下する<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref>。これらの結果は、神経—筋シナプスの形成には筋のNCAM発現が必要であることを示唆している。 | ||
NCAM欠損[[マウス]]の神経-筋接合部を野生型と比較すると、多少の形態的な差異が認められるが、運動機能はほぼ正常である | NCAM欠損[[マウス]]の神経-筋接合部を野生型と比較すると、多少の形態的な差異が認められるが、運動機能はほぼ正常である<ref name=ref41><pubmed></pubmed></ref>。しかし、NCAM欠損マウスでは、繰り返し刺激などで神経伝達物質の放出量を上げてやると、正常な神経伝達効率を維持できない<ref name=ref41 />。 | ||
===シナプスの可塑性=== | ===シナプスの可塑性=== | ||
NCAM欠損マウスでは、シナプスのLTP発現が、海馬[[Schaffer側枝]]−[[CA1]]間 | NCAM欠損マウスでは、シナプスのLTP発現が、海馬[[Schaffer側枝]]−[[CA1]]間<ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>と苔状線維−[[錐体細胞]]間<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref>で低下している。しかし、苔状線維−錐体細胞間では、短期の可塑性は正常である。また、endo-Nによって海馬からPSAを除去すると、同様に海馬Schaffer側枝−CA1間のシナプスのLTP発現が低下する<ref name=ref31><pubmed></pubmed></ref>。NCAMのポリシアル化酵素ST8IV(PST-1)を欠損したマウスでは、海馬Schaffer側枝−CA1間シナプスのLTPとLDPの発現が低下しているが、苔状線維−錐体細胞間シナプスのLTPは正常である<ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref>。一方、Crossinらのグループの結果では、NCAMの発現が欠損しても、海馬Schaffer側枝−CA1間シナプスのLTPは野生型と同じように起こるという<ref name=ref22><pubmed></pubmed></ref>。 | ||
===成体脳の[[ニューロン新生]]とPSA-NCAM=== | ===成体脳の[[ニューロン新生]]とPSA-NCAM=== | ||
[[胎生期]]から生後初期にかけて、ニューロンが発達する時期には、NCAMは長鎖の糖鎖ポリシアル酸(PSA)によって修飾されている | [[胎生期]]から生後初期にかけて、ニューロンが発達する時期には、NCAMは長鎖の糖鎖ポリシアル酸(PSA)によって修飾されている<ref name=ref43 /> <ref name=ref46 />。したがって、PSA-NCAMは、発達中の神経細胞の非常に良いマーカー分子である。 | ||
脳のほとんどの部位では成体になるとニューロンは新生しないが、例外的に海馬や前脳[[側脳室]]下帯では成体になってもニューロンの新生が続いている | 脳のほとんどの部位では成体になるとニューロンは新生しないが、例外的に海馬や前脳[[側脳室]]下帯では成体になってもニューロンの新生が続いている<ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref28><pubmed></pubmed></ref>。この例外的なニューロン新生によって生まれた[[ニューロブラスト]]が移動するときや神経突起が発達するときにはPSA—NCAMが発現している<ref name=ref49><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref43 />。ただし、これらのニューロン新生部位以外(梨状皮質など)にPSA-NCAMの発現が見られることがあり、これに関してはニューロン新生とは関係がないので注意を要する<ref name=ref48 /> <ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref>。 | ||
海馬では、成体になっても顆粒細胞の新生が続いているので、苔状線維終末が、錐体細胞の樹状突起にシナプスを形成する過程が、成体でも観察される | 海馬では、成体になっても顆粒細胞の新生が続いているので、苔状線維終末が、錐体細胞の樹状突起にシナプスを形成する過程が、成体でも観察される<ref name=ref50 />。発達中の不規則な形態の[[軸索]]末端はPSA陽性であるが、シナプスが形成されるとPSAは消失する。成体脳からPSAを除去すると、異所性の苔状線維シナプスボタンが形成される<ref name=ref51><pubmed></pubmed></ref>。 | ||
成体海馬におけるPSA-NCAMの発現は、海馬の学習・記憶機能に関係していると考えられている | 成体海馬におけるPSA-NCAMの発現は、海馬の学習・記憶機能に関係していると考えられている<ref name=ref43 /> <ref name=ref46 />。 | ||
==疾患との関わり== | ==疾患との関わり== | ||
ウィルムス腫瘍(Wilms' tumor)、ユーイング肉腫(Ewing's sarcoma)、メラノーマ、肺癌(小細胞癌)、神経芽細胞腫など、種々の腫瘍でポリシアル化したNCAMが発現している.癌転移との関係が示唆されている<ref name=ref47><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref>。 | |||
==関連語== | ==関連語== |