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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0005443 設楽 宗孝]、[http://researchmap.jp/read0141558 水挽 貴至]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0005443 設楽 宗孝]、[http://researchmap.jp/read0141558 水挽 貴至]</font><br>
''筑波大学医学医療系生命医科学域、大学院人間総合科学研究科感性認知脳科学専攻システム脳科学分野''<br>
''筑波大学医学医療系生命医科学域、大学院人間総合科学研究科感性認知脳科学専攻システム脳科学分野''<br>
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年11月1日 原稿完成日:2013年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年11月1日 原稿完成日:2016年6月15日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noritakaichinohe 一戸 紀孝](国立精神・神経医療研究センター 神経研究所)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noritakaichinohe 一戸 紀孝](国立精神・神経医療研究センター 神経研究所)<br>
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===神経線維連絡===
===神経線維連絡===
 島は[[神経管]]発達の初期に形成された神経線維連絡を保ったままシルビウス裂へと埋没するので、広範囲の脳領域と神経線維連絡を有する<ref name=ref8 />。島は[[傍辺縁系]]に属し、とりわけ[[辺縁系]]の各領域と多くの神経線維連絡を有する。島の全ての区画は、[[前頭前野]]、[[傍嗅皮質]]、[[前中心弁蓋部]]、[[傍島皮質]]、[[側頭極]]、[[下部側頭葉正中部]]などと神経線維連絡を有する。またそれぞれの領域は特有の線維連絡を要する。
 島は[[神経管]]発達の初期に形成された神経線維連絡を保ったままシルビウス裂へと埋没するので、広範囲の脳領域と神経線維連絡を有するという仮説がある<ref name=ref8 />。島は[[傍辺縁系]]に属し、とりわけ[[辺縁系]]の各領域と多くの神経線維連絡を有する。島の全ての区画は、[[前頭前野]]、[[傍嗅皮質]]、[[前中心弁蓋部]]、[[傍島皮質]]、[[側頭極]]、[[下部側頭葉正中部]]などと神経線維連絡を有する。またそれぞれの領域は特有の線維連絡を有する。


====無顆粒島====
====無顆粒島====
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====亜顆粒島====
====亜顆粒島====
 亜顆粒島は、眼窩前頭前野([[11野]]、[[12野]]、[[13m野]]、[[13l野]])、[[帯状皮質]]([[23b野]]、24b野の背側、[[24c野]]下方)などと神経線維連絡を有し、これらの領域も亜顆粒皮質である。亜顆粒島はこのほかに線条体中央部とも神経線維連絡を有する。
 亜顆粒島は、眼窩前頭前野([[11野]]、[[12野]]、[[13m野]]、[[13l野]])、[[帯状皮質]]([[23b野]]、24b野の背側、[[24c野]]下方)などと神経線維連絡を有し、これらの領域の一部も顆粒が少ない傾向を認めるという意見がある。亜顆粒島はこのほかに線条体中央部とも神経線維連絡を有する。


====顆粒島====
====顆粒島====
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===痛覚、社会的な痛み===
===痛覚、社会的な痛み===
 サルでは、痛みの伝達に関わる線維は、[[脊髄]][[後角]]第Ⅰ層から始まり[[脊髄視床路]]を上向し、[[視床後外側腹側核]](VPL)、[[後内側腹側核]](VPM)、[[下後腹側核]](VPI)、[[内側腹側核]]の後部(VMpo)に終端する。これらの核は第一次・[[第二次体性感覚野]]や島に投射する。島に送られる痛み刺激の大部分は、VMpoを経由する。ヒトでは視床の小細胞性の[[副尾側核]](Vcpc)から前部島への投射も痛みの伝達に関与している<ref name=ref28><pubmed>10924804</pubmed></ref>。また島は、前部帯状皮質や[[中脳水道周囲灰白質]]などと「痛みネットワーク」を組織する<ref name=ref29><pubmed>19213907</pubmed></ref>。
 サルでは、痛みの伝達に関わる線維は、[[脊髄]][[後角]]第Ⅰ層から始まり[[脊髄視床路]]を上向し、[[視床後外側腹側核]](VPL)、[[後内側腹側核]](VPM)、[[下後腹側核]](VPI)、[[内側腹側核]]の後部(VMpo)に終端する。これらの核は第一次・[[第二次体性感覚野]]や島に投射する。島に送られる痛み刺激の大部分は、VMpoを経由する。ヒトでは視床の小細胞性の[[腹尾側核]](Vcpc)から前部島への投射も痛みの伝達に関与している<ref name=ref28><pubmed>10924804</pubmed></ref>。また島は、前部帯状皮質や[[中脳水道周囲灰白質]]などと「痛みネットワーク」を組織する<ref name=ref29><pubmed>19213907</pubmed></ref>。


 身体的な痛みのみならず、 疎外、死別<ref name=ref30><pubmed>19884226</pubmed></ref>、不公正な処遇<ref><pubmed>22374480</pubmed></ref>などの社会的な痛みでも活動する<ref name=ref29 />。社会的な痛みと情動とは分離不可能である。同様に、身体的な痛みもまた、感覚であると同時に情動であり<ref name=ref31><pubmed>10846154</pubmed></ref>、かつ恐怖や不安とは本質的に異なる情動であるとされる<ref name=ref32><pubmed>10373114</pubmed></ref>。島は、痛みの感覚・情動両面を担う。両側島が障害されても、痛みの感覚的側面は体性感覚野で代償される。しかし情動的側面は代償されず、感覚と情動の乖離が起こる([[疼痛表象不能]]、後述)。身体に生じた痛みの知覚のみならず、将来の痛み刺激の予測でも、島は活動する<ref name=ref32 /> <ref name=ref33><pubmed>11943821</pubmed></ref>。痛みそのものの知覚には後部島が<ref name=ref28 />、痛み刺激の予測にはより吻側が関与する<ref name=ref32 /> <ref name=ref34><pubmed>19184995</pubmed></ref>。覚醒ヒトの島を電気刺激すると、後部島の刺激で身体的な痛みが、より吻側の刺激では[[温覚]]など痛み以外の感覚が誘発される<ref name=ref35><pubmed>11884353</pubmed></ref>。催眠暗示で誘発された痛みでも島は活動する<ref name=ref34 />。他者の身体への侵襲でも島の活動は変化し<ref name=ref36><pubmed>22159113</pubmed></ref>、これは共感の神経基盤とされる。
 身体的な痛みのみならず、 疎外、死別<ref name=ref30><pubmed>19884226</pubmed></ref>、不公正な処遇<ref><pubmed>22374480</pubmed></ref>などの社会的な痛みでも活動する<ref name=ref29 />。社会的な痛みと情動とは分離不可能である。同様に、身体的な痛みもまた、感覚であると同時に情動であり<ref name=ref31><pubmed>10846154</pubmed></ref>、かつ恐怖や不安とは本質的に異なる情動であるとされる<ref name=ref32><pubmed>10373114</pubmed></ref>。島は、痛みの感覚・情動両面を担う。両側島が障害されても、痛みの感覚的側面は体性感覚野で代償される。しかし情動的側面は代償されず、感覚と情動の乖離が起こる([[疼痛表象不能]]、後述)。身体に生じた痛みの知覚のみならず、将来の痛み刺激の予測でも、島は活動する<ref name=ref32 /> <ref name=ref33><pubmed>11943821</pubmed></ref>。痛みそのものの知覚には後部島が<ref name=ref28 />、痛み刺激の予測にはより吻側が関与する<ref name=ref32 /> <ref name=ref34><pubmed>19184995</pubmed></ref>。覚醒ヒトの島を電気刺激すると、後部島の刺激で身体的な痛みが、より吻側の刺激では[[温覚]]など痛み以外の感覚が誘発される<ref name=ref35><pubmed>11884353</pubmed></ref>。催眠暗示で誘発された痛みでも島は活動する<ref name=ref34 />。他者の身体への侵襲でも島の活動は変化し<ref name=ref36><pubmed>22159113</pubmed></ref>、これは共感の神経基盤とされる。


===情動、社会的情動、共感===
===情動、社会的情動、共感===
 情動が生起すると島は活動する<ref name=ref37><pubmed>16275018</pubmed></ref>。情動の脆弱性(不快感や無力感、不適当感などを自覚しやすいパーソナリティ傾向)が高いと、前部島の活動が誘発されやすい<ref name=ref38><pubmed>17415777</pubmed></ref>。島は、喜怒哀楽のうち特定の情動に反応するのか、複数の情動に反応するのか(笑い声と泣き声の両方に反応、<ref name=ref39><pubmed>16269094</pubmed></ref>、諸家の見解は一致しない。また単純な喜怒哀楽に限らず、複雑な情動体験、例えば音楽により生じた感動でも、島が活動する<ref name=ref40><pubmed>11573015</pubmed></ref>。
 情動が生起すると島は活動する<ref name=ref37><pubmed>16275018</pubmed></ref>。情動の脆弱性(不快感や無力感、不適当感などを自覚しやすいパーソナリティ傾向)が高いと、前部島の活動が誘発されやすい<ref name=ref38><pubmed>17415777</pubmed></ref>。島は、喜怒哀楽のうち特定の情動に反応するのか、複数の情動に反応するのか(笑い声と泣き声の両方に反応<ref name=ref39><pubmed>16269094</pubmed></ref>)、諸家の見解は一致しない。また単純な喜怒哀楽に限らず、複雑な情動体験、例えば音楽により生じた感動でも、島が活動する<ref name=ref40><pubmed>11573015</pubmed></ref>。


 古典的定義によれば、情動とは心理状態と身体覚醒度が互いに影響しあう、心身相互作用の産物である<ref>'''James'''<br>The principles of Psychology<br>''Henry Holt in New York'', 1884</ref> <ref>'''Damasio'''<br>The feeling of what happens<br>''Mariner Books in Boston'', 1999</ref>  <ref name=ref41><pubmed>14497895</pubmed></ref>。身体覚醒度は内受容(後述)を介して知覚され、前部島で表象されるという仮説がある<ref name=ref42><pubmed>19096369</pubmed></ref> <ref name=ref43><pubmed>19455175</pubmed></ref>。事実、前部島は情動の生起と内受容の知覚の両方で活動する<ref name=ref44><pubmed>22587900</pubmed></ref>。前部島は社会的情動(社会的文脈に依存し他人との関わりで生ずる情動)でも活動する<ref name=ref45><pubmed>20428887</pubmed></ref>。実子の顔を提示すると島中央部<ref name=ref46><pubmed>11117499</pubmed></ref>や前部島<ref name=ref47><pubmed>15312809</pubmed></ref>が活動し、恋人の顔を提示すると島中央部が活動する<ref name=ref46><pubmed>11117499</pubmed></ref>。島は共感にも関わり<ref name=ref48><pubmed>19643659</pubmed></ref>、他者の情動を内的に[[模倣]]すると活動する<ref name=ref49><pubmed>12682281</pubmed></ref>。アカゲザル前部島尾側への電気刺激で社会的情動(威嚇行動が制止され、実験者による威嚇でも、唇をすぼめ小刻みに開閉するなどの仲直り行動)が誘発される<ref name=ref50><pubmed>21256020</pubmed></ref>。
 古典的定義によれば、情動とは心理状態と身体覚醒度が互いに影響しあう、心身相互作用の産物である<ref>'''James'''<br>The principles of Psychology<br>''Henry Holt in New York'', 1884</ref> <ref>'''Damasio'''<br>The feeling of what happens<br>''Mariner Books in Boston'', 1999</ref>  <ref name=ref41><pubmed>14497895</pubmed></ref>。身体覚醒度は内受容(後述)を介して知覚され、前部島で表象されるという仮説がある<ref name=ref42><pubmed>19096369</pubmed></ref> <ref name=ref43><pubmed>19455175</pubmed></ref>。事実、前部島は情動の生起と内受容の知覚の両方で活動する<ref name=ref44><pubmed>22587900</pubmed></ref>。前部島は社会的情動(社会的文脈に依存し他人との関わりで生ずる情動)でも活動する<ref name=ref45><pubmed>20428887</pubmed></ref>。実子の顔を提示すると島中央部<ref name=ref46><pubmed>11117499</pubmed></ref>や前部島<ref name=ref47><pubmed>15312809</pubmed></ref>が活動し、恋人の顔を提示すると島中央部が活動する<ref name=ref46><pubmed>11117499</pubmed></ref>。島は共感にも関わり<ref name=ref48><pubmed>19643659</pubmed></ref>、他者の情動を内的に[[模倣]]すると活動する<ref name=ref49><pubmed>12682281</pubmed></ref>。アカゲザル前部島尾側への電気刺激で社会的情動(威嚇行動が制止され、実験者による威嚇でも、唇をすぼめ小刻みに開閉するなどの仲直り行動)が誘発される<ref name=ref50><pubmed>21256020</pubmed></ref>。
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===離人症性障害===
===離人症性障害===
 一方、島の活動が抑制されると[[離人症性障害]]を生ずるという説がある<ref name=ref84><pubmed>11756013</pubmed></ref> <ref name=ref85><pubmed>21087873</pubmed></ref>。
 島の活動が抑制されると[[離人症性障害]]を生ずるという説がある<ref name=ref84><pubmed>11756013</pubmed></ref> <ref name=ref85><pubmed>21087873</pubmed></ref>。


===疼痛表象不能===
===疼痛表象不能===
 またごく稀に両側島が障害されると、例えば針で突き刺されたとき、それが鋭い尖ったものによる刺激だと理解はできても、[[恐怖]]や[[嫌悪]]、[[自律神経反応]]、[[逃避反応]]などは消失する。こうした痛みにおける感覚と情動の乖離は[[疼痛表象不能]]と呼ばれる<ref name=ref86><pubmed>3415199</pubmed></ref>。
 ごく稀に両側島が障害されると、例えば針で突き刺されたとき、それが鋭い尖ったものによる刺激だと理解はできても、[[恐怖]]や[[嫌悪]]、[[自律神経反応]]、[[逃避反応]]などは消失する。こうした痛みにおける感覚と情動の乖離は[[疼痛表象不能]]と呼ばれる<ref name=ref86><pubmed>3415199</pubmed></ref>。


===Smith-Magenis症候群===
===Smith-Magenis症候群===
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===大うつ病性障害===
===大うつ病性障害===
 [[大うつ病性障害]]では、[[うつ評価尺度]]と島の灰白質容量の低下とに相関があるとされる<ref name=ref94><pubmed>21531027</pubmed></ref>。また、本来は痛みに対して活動する後部に、本来は前部にしか見られない情動に対する活動領域が広がり、機能トポグラフの再構成が生じているとされる<ref name=ref95><pubmed>22503725</pubmed></ref>。平時における島の過活動が[[うつ病]]者の認知や行動の特徴を説明できるという報告もある<ref name=ref96><pubmed>23227005</pubmed></ref>。
 [[大うつ病性障害]]では、[[うつ評価尺度]]と島の灰白質容量の低下とに相関があるとされる<ref name=ref94><pubmed>21531027</pubmed></ref>。また、本来は痛みに対して活動する後部に、本来は前部にしか見られない情動に対する活動領域が広がり、領域ごとの役割の再構成が生じているとされる<ref name=ref95><pubmed>22503725</pubmed></ref>。平時における島の過活動が[[うつ病]]者の認知や行動の特徴を説明できるという報告もある<ref name=ref96><pubmed>23227005</pubmed></ref>。


===統合失調症===
===統合失調症===
 一方、[[幻聴]]は、音源が自身の思考由来なのか、外部環境由来なのかを判別する能力が低下し、前者を後者に誤帰属するため生ずる。[[統合失調症]]では、自己意識の座とされる前部島の[[灰白質]]容量が低下し、灰白質容量と臨床症状評価尺度との相関も認められるとされ<ref name=ref97><pubmed>20832997</pubmed></ref>、幻聴の誤帰属仮説の傍証となっている。
 一方、[[幻聴]]は、音源が自身の思考由来なのか、外部環境由来なのかを判別する能力が低下し、前者を後者に誤帰属するため生ずる。[[統合失調症]]では、自己意識の座とされる前部島の[[灰白質]]容量が低下し、灰白質容量と臨床症状評価尺度との相関も認められるとされる<ref name=ref97><pubmed>20832997</pubmed></ref>。島の神経リソースが減少することで、自己の表象にかかわる自己意識の統合性が障害され、音源の誤帰属をもたらし、これが幻聴として体験されると考えられる。


==参考文献==
==参考文献==
<references />
<references />

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