16,040
回編集
細 (→定義と概要) |
細編集の要約なし |
||
26行目: | 26行目: | ||
細胞形態学的には、背側線条体に比べ腹側線条体の細胞はやや小さく、密に分布する傾向にあり、[[パッチ・マトリクス構造|striosome (patch)-matrix構造]]は背側線条体ほど明確に見られない<ref name=Holt1997><pubmed>9214537</pubmed></ref><ref name=Haber1999><pubmed>10415641</pubmed></ref> 。 | 細胞形態学的には、背側線条体に比べ腹側線条体の細胞はやや小さく、密に分布する傾向にあり、[[パッチ・マトリクス構造|striosome (patch)-matrix構造]]は背側線条体ほど明確に見られない<ref name=Holt1997><pubmed>9214537</pubmed></ref><ref name=Haber1999><pubmed>10415641</pubmed></ref> 。 | ||
== 入力 == | === 入力 === | ||
腹側線条体への入力元は皮質、皮質下入力、[[中脳]]ドーパミンがある('''図2・3''')。Shellはその他の腹側線条体にはない限定的な皮質入力を(32,24,14、Ia)受けており、特に、[[腹内側前頭野]](ventromedial prefrontal cortex vmPFC)、[[島皮質]]Ia、扁桃体の諸核からoverlapした入力を受ける。Shellはその他の腹側線条体にはない出力があり、[[淡蒼球]]や[[黒質]]への投射に加えて視床下部や、[[分界条床核]](the bed nucleus of the stria terminalis BNST)にも投射する<ref name=Humphries2010><pubmed>19941931</pubmed></ref> 。 | 腹側線条体への入力元は皮質、皮質下入力、[[中脳]]ドーパミンがある('''図2・3''')。Shellはその他の腹側線条体にはない限定的な皮質入力を(32,24,14、Ia)受けており、特に、[[腹内側前頭野]](ventromedial prefrontal cortex vmPFC)、[[島皮質]]Ia、扁桃体の諸核からoverlapした入力を受ける。Shellはその他の腹側線条体にはない出力があり、[[淡蒼球]]や[[黒質]]への投射に加えて視床下部や、[[分界条床核]](the bed nucleus of the stria terminalis BNST)にも投射する<ref name=Humphries2010><pubmed>19941931</pubmed></ref> 。 | ||
=== 皮質入力 === | ==== 皮質入力 ==== | ||
[[霊長類]]では、shellには[[25野|25]]・[[14野|14]]・[[32野]]といった腹内側前頭野からの投射がある<ref name=Carmichael1995><pubmed>8847421</pubmed></ref> 。これらに対し、腹側線条体の中心・外側部は[[前頭眼窩野]](orbitofrontal cortex OFC、[[10野|10]]・[[11野|11]]・[[12野|12]]・[[13野]])からの投射を受ける。前頭眼窩野からの入力は[[嗅覚]]・[[味覚]]・[[内臓知覚]]など食べ物の感覚と関連し、これに視覚入力・後述の扁桃体からの入力も加わり、報酬情報に情動の要素が統合される。 | [[霊長類]]では、shellには[[25野|25]]・[[14野|14]]・[[32野]]といった腹内側前頭野からの投射がある<ref name=Carmichael1995><pubmed>8847421</pubmed></ref> 。これらに対し、腹側線条体の中心・外側部は[[前頭眼窩野]](orbitofrontal cortex OFC、[[10野|10]]・[[11野|11]]・[[12野|12]]・[[13野]])からの投射を受ける。前頭眼窩野からの入力は[[嗅覚]]・[[味覚]]・[[内臓知覚]]など食べ物の感覚と関連し、これに視覚入力・後述の扁桃体からの入力も加わり、報酬情報に情動の要素が統合される。 | ||
42行目: | 42行目: | ||
腹側線条体はIaとIdから入力を受けるがIgからは受けない<ref name=Chikama1997><pubmed>9391023</pubmed></ref> 。Iaからの入力はshell内側と尾状核内側が最も強い。従って、shellで嗅覚と[[自律神経]]反応・腹内側前頭野からの入力が集約される。腹側線条体中心部へはIaおよびIdから投射する。したがって腹側線条体は島皮質と前頭眼窩野・腹内側前頭野から2重支配を受けている。 | 腹側線条体はIaとIdから入力を受けるがIgからは受けない<ref name=Chikama1997><pubmed>9391023</pubmed></ref> 。Iaからの入力はshell内側と尾状核内側が最も強い。従って、shellで嗅覚と[[自律神経]]反応・腹内側前頭野からの入力が集約される。腹側線条体中心部へはIaおよびIdから投射する。したがって腹側線条体は島皮質と前頭眼窩野・腹内側前頭野から2重支配を受けている。 | ||
=== | ==== 皮質下領域からの入力 ==== | ||
==== 扁桃体と海馬 ==== | ===== 扁桃体と海馬 ===== | ||
扁桃体は[[辺縁系]]の一部で、外界の[[情動]]的な情報を伝達していると考えられている。この扁桃体から背側線条体への投射はほとんど存在しない。腹側線条体への投射は扁桃体の[[基底核]]と[[副基底核]]大細胞部からである.外側部からの腹側線条体への投射は少ない. | 扁桃体は[[辺縁系]]の一部で、外界の[[情動]]的な情報を伝達していると考えられている。この扁桃体から背側線条体への投射はほとんど存在しない。腹側線条体への投射は扁桃体の[[基底核]]と[[副基底核]]大細胞部からである.外側部からの腹側線条体への投射は少ない. | ||
50行目: | 50行目: | ||
海馬はさらに限られた領域であるshell へ投射し、扁桃体からの投射とoverlapしている<ref name=Friedman2002><pubmed>12209848</pubmed></ref><ref name=Saunders1988><pubmed>2454246</pubmed></ref> 。 | 海馬はさらに限られた領域であるshell へ投射し、扁桃体からの投射とoverlapしている<ref name=Friedman2002><pubmed>12209848</pubmed></ref><ref name=Saunders1988><pubmed>2454246</pubmed></ref> 。 | ||
==== 視床 ==== | ===== 視床 ===== | ||
視床の内側部にある視床[[髄板内核群]]intralaminar thalamic nucleiは[[前頭葉]]内側・扁桃体・海馬に投射する辺縁系に属する視床核群であるが、腹側線条体はこれらの視床核からの投射を受ける<ref name=Gimenez-Amaya1995><pubmed>7542290</pubmed></ref> .Shellは[[束傍核]]parafascicular nucleusから投射を受ける。 | 視床の内側部にある視床[[髄板内核群]]intralaminar thalamic nucleiは[[前頭葉]]内側・扁桃体・海馬に投射する辺縁系に属する視床核群であるが、腹側線条体はこれらの視床核からの投射を受ける<ref name=Gimenez-Amaya1995><pubmed>7542290</pubmed></ref> .Shellは[[束傍核]]parafascicular nucleusから投射を受ける。 | ||
腹側線条体はドーパミン細胞からの投射も強く受ける(下記回路の一部としての腹側線条体を参照。) | 腹側線条体はドーパミン細胞からの投射も強く受ける(下記回路の一部としての腹側線条体を参照。) | ||
== 出力== | === 出力=== | ||
腹側線条体からの出力投射先は,[[腹側淡蒼球]](ventral pallidum VP)と[[黒質]][[網様部]]・[[緻密部]]である<ref name=Haber1990><pubmed>1708114</pubmed></ref> 。基底核外への投射としてはshellからの[[外側視床下部]](the lateral hypothalamus)[[脚橋被蓋核]](pedunculopontine nucleus)、[[中心灰白質]]、extended amygdalaの一部である分界条床核(BNST)がある。 | 腹側線条体からの出力投射先は,[[腹側淡蒼球]](ventral pallidum VP)と[[黒質]][[網様部]]・[[緻密部]]である<ref name=Haber1990><pubmed>1708114</pubmed></ref> 。基底核外への投射としてはshellからの[[外側視床下部]](the lateral hypothalamus)[[脚橋被蓋核]](pedunculopontine nucleus)、[[中心灰白質]]、extended amygdalaの一部である分界条床核(BNST)がある。 | ||
62行目: | 62行目: | ||
== 機能 == | == 機能 == | ||
腹側線条体は種を超えて[[快感]]・報酬・[[意欲]]・[[嗜癖]]・[[恐怖]]の情報処理に重要な役割を果たし、[[報酬獲得行動]]や[[薬物中毒]]の病態の責任部位であると考えられている。近年は[[徐波睡眠]]との関連も明らかになってきている<ref name=Oishi2017><pubmed>28963505</pubmed></ref> 。 | |||
=== | === 空間探索行動と行動選択 === | ||
[[げっ歯類]]において、側坐核coreの障害実験により、この領域が空間情報・目標・[[教師信号]]などの入力を受けゴールにたどり着くための[[行動選択]]([[空間探索行動]], spatial navigation)に関わる<ref name=Sargolini2003><pubmed>12888547</pubmed></ref><ref name=Ploeger1994><pubmed>7826515</pubmed></ref> ことが示された。神経活動記録でも、側坐核coreのmedium spiny neuronが、いわゆるplace cellに相当する特定の居場所での発火を示すこと<ref name=Shibata2001><pubmed>11738254;Mulder, 2004 #3933</pubmed></ref> 、さらにはその場所からの歩行の方向<ref name=Peoples1998><pubmed>9736676</pubmed></ref> によっても発火頻度が変化することが報告された。一方、shellの障害では、海馬からの入力が強いにもかかわらずそのような位置情報への影響は見られない。 | |||
=== 情動や意欲、意思決定 === | === 情動や意欲、意思決定 === | ||
ドーパミンやオピオイドの作用を変化させると、強迫的な選択行動等がひきおこされることから側坐核がhedonic(快楽的)な感情のプロセスに関与していることが示された。Berridgeらは、げっ歯類の側坐核の中で吻側―尾側軸の特定の異なる領域が、「快楽や報酬」領域と「恐怖や嫌悪」領域という異なる情動と対応していることを明らかにした<ref name=Berridge2008><pubmed>18311558</pubmed></ref> | ドーパミンやオピオイドの作用を変化させると、強迫的な選択行動等がひきおこされることから側坐核がhedonic(快楽的)な感情のプロセスに関与していることが示された。Berridgeらは、げっ歯類の側坐核の中で吻側―尾側軸の特定の異なる領域が、「快楽や報酬」領域と「恐怖や嫌悪」領域という異なる情動と対応していることを明らかにした<ref name=Berridge2008><pubmed>18311558</pubmed></ref> 。 | ||
[[サル]]でも[[ビククリン]]をごく少量注入して異なる腹側線条体領域の活動を局所的に障害すると、行動の抑制と意欲の低下・[[性行動の神経回路|性的行動]]の亢進・異常な運動を繰り返す[[不安様行動]]が障害個所に特徴的に表れた<ref name=Worbe2009><pubmed>19068490</pubmed></ref> 。Shellの内側部は外側視床下部を抑制していて、これを障害すると[[摂食行動]]が引き起こされる<ref name=Kelley2005><pubmed>16289609</pubmed></ref> 。 | |||
線条体には、報酬と関連した感覚刺激や報酬そのものを予測的に期待する発火と、これらの後に反応する発火とが見られる。サルの電気生理学的実験では、背側線条体では課題の比較的前半つまり感覚刺激やその予測に関連した神経発火が見られるのに対し、腹側線条体では、課題の後半つまり報酬の予測や報酬を得た後に発火するものが多く観察されている<ref name=Tremblay2009><pubmed></pubmed></ref><ref name=Nakamura2012><pubmed>23136434</pubmed></ref> 。従って、腹側線条体は報酬を得るというゴールに達するため行動を起こす意欲driving forceの源となっている可能性がある。 | |||
[[ヒト]]の非侵襲的イメージングでは腹側線条体が報酬の予測・評価・報酬予測誤差の表現や、動機に基づいた学習に関与していることが示されたが、報酬の時間的予測については結論に差異がある<ref name=Knutson2001><pubmed>11459880</pubmed></ref><ref name=Pagnoni2002><pubmed>11802175</pubmed></ref><ref name=Tanaka2004><pubmed>15235607</pubmed></ref><ref name=ODoherty2004><pubmed>15087550</pubmed></ref><ref name=Kuhnen2005><pubmed>16129404</pubmed></ref> 。 | |||
Nicolaらは腹側被蓋野・内側前頭葉・扁桃体基底外側複合体の、側坐核単一細胞の発火への影響を調べた。[[ラット]]が音を弁別してレバー押しやnose pokeで反応することを学習すると、側坐核ニューロンは音に反応するが、腹側被蓋野・内側前頭葉・扁桃体からの入力をブロックすると側坐核ニューロンの発火が弱まり、弁別反応の正解率も低下する<ref name=Yun2004><pubmed>15044531</pubmed></ref> <ref name=Ishikawa2008><pubmed>18463262</pubmed></ref> <ref name=Ambroggi2008><pubmed>18760700</pubmed></ref> 。したがって、これらの領域からの情報が側坐核で統合することが刺激―行動に必須であると結論付けられた。 | |||
一方、側坐核は報酬などの目的達成のためのオペラント条件付けそのものというより、現在進行中の行動から、一定の時間を経て別の行動に変化する過程に重要であるという意見がある<ref name=Cardinal2001><pubmed>11375482</pubmed></ref><ref name=Cardinal2002><pubmed>12034134</pubmed></ref><ref name=Nicola2007><pubmed>16983543</pubmed></ref> 。さらに、サルの腹側線条体細胞の特徴として、例えば視覚刺激→行動という単一試行の課題では課題に反応する細胞の割合は10%前後だが、複数のステップを経て報酬を得るような[[多試行報酬スケジュール課題]]では反応する細胞が60%前後と非常に多い。これらはスケジュールのうち特定の段階で、視覚手がかりへの応答や運動への応答報酬投与に応答する<ref name=Shidara1998><pubmed>9502820</pubmed></ref> 。 | |||
側坐核におけるドーパミンの作用については多くの知見がある。報酬を得られたらその行動を学習し、報酬を得られなかったら柔軟性を発揮して別の行動を選択する。この相反する行動決定の切り替えのメカニズムの少なくとも一部に、側坐核におけるphasicまたはtonicなドーパミンの作用のバランスが関与している。Phasicな作用は辺縁系(海馬)からの入力で主にドーパミン[[D1受容体]]を介する調節を受けている。Tonicな作用は前頭葉からの入力で主にドーパミン[[D2受容体]]を介する調節を受けている。腹側淡蒼球 (ventral pallidum, VP)は通常ドーパミン系をtonicに抑制している。海馬から興奮性の入力を受けると、側坐核は抑制性の投射をこのVPに送り、[[脱抑制]]機構によりドーパミン細胞をtonicに興奮させる。このtonicなドーパミン投射はD2受容体を介して前頭葉からの入力を抑制する。一方、phasicな作用は脚橋被蓋核からドーパミン細胞への入力による。これらの入力の側坐核でのバランスによって適切な行動の選択が可能となる<ref name=Goto2008><pubmed>18786735</pubmed></ref> 。 | |||
== 関連項目 == | == 関連項目 == |