16,039
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
11行目: | 11行目: | ||
{{box|text= SYNGAP1は、シナプス後部に局在するRasGAP蛋白質であり、CaMKIIの下流においてRasの活性を制御することで、シナプス可塑性に関与している。C末端のコイルドコイル領域やPDZリガンドを介しPSD-95と結合することで、PSD-95と共に液-液相分離現象を起こし、シナプス後膜肥厚 (postsynaptic density; PSD) という脂質二重膜を持たない細胞小器官の生化学的基盤を提供していると考えられている。}} | {{box|text= SYNGAP1は、シナプス後部に局在するRasGAP蛋白質であり、CaMKIIの下流においてRasの活性を制御することで、シナプス可塑性に関与している。C末端のコイルドコイル領域やPDZリガンドを介しPSD-95と結合することで、PSD-95と共に液-液相分離現象を起こし、シナプス後膜肥厚 (postsynaptic density; PSD) という脂質二重膜を持たない細胞小器官の生化学的基盤を提供していると考えられている。}} | ||
[[ファイル: | [[ファイル:SYNGAP1 Fig1.png|サムネイル|'''図1. SYNGAP1の構造'''<br>N末より、[[PHドメイン]]、[[C2ドメイン]]、[[GAPドメイン]]、[[コイルドコイル領域]]を持つ。α1アイソフォームのみ、[[PSD-95]]との結合に必要な[[PDZリガンド]]を持つ。N末にA,B,Cのスプライシングアイソフォーム、C末にα1,α2,β,γのスプライシングアイソフォームを持つ。実際のスプライシングはN末、C末の組み合わせであるため、SYNGAP Aα1のように表記する。]] | ||
[[ファイル: | [[ファイル:SYNGAP1 Fig2.png|サムネイル|'''図2. SYNGAP1の機能'''<br> | ||
'''A.''' SYNGAP1は基底状態においては[[シナプス]]に高度に蓄積し、[[Ras]]の活性を低く保っている。シナプスの[[NMDA型グルタミン酸受容体]]刺激により、[[Ca2+/カルモジュリン依存性蛋白質リン酸化酵素II|Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性蛋白質リン酸化酵素II]] ([[CaMKII]])が活性化されると、[[リン酸化]]され、[[スパイン]]の外に分散し、[[AMPA型グルタミン酸受容体]]のシナプスへの挿入、スパイン肥大化を引き起こす。<br> | '''A.''' SYNGAP1は基底状態においては[[シナプス]]に高度に蓄積し、[[Ras]]の活性を低く保っている。シナプスの[[NMDA型グルタミン酸受容体]]刺激により、[[Ca2+/カルモジュリン依存性蛋白質リン酸化酵素II|Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性蛋白質リン酸化酵素II]] ([[CaMKII]])が活性化されると、[[リン酸化]]され、[[スパイン]]の外に分散し、[[AMPA型グルタミン酸受容体]]のシナプスへの挿入、スパイン肥大化を引き起こす。<br> | ||
'''B.''' SYNGAP1は''in vitro''でPSD-95とPhase separationを引き起こす。シナプスにおける豊富な存在と、この生化学的性質は、SYNGAP/PSD-95複合体が[[PSD]]という脂質二重膜を持たない[[細胞小器官]]の生化学的基盤を提供するのに適している。文献<ref name=Zeng2016 />からElsevier社の許可により引用。]] | '''B.''' SYNGAP1は''in vitro''でPSD-95とPhase separationを引き起こす。シナプスにおける豊富な存在と、この生化学的性質は、SYNGAP/PSD-95複合体が[[PSD]]という脂質二重膜を持たない[[細胞小器官]]の生化学的基盤を提供するのに適している。文献<ref name=Zeng2016 />からElsevier社の許可により引用。]] | ||
[[ファイル: | [[ファイル:SYNGAP1 Fig3.png|サムネイル|'''図3. SYNGAP1の発達障害との関連'''<br>[[知的障害]]、[[自閉症]]などの発達障害において、SYNGAP1の変異が高頻度に見出されている。遺伝子の構造と、見つかった変異の一例を示す。]] | ||
== イントロダクション == | == イントロダクション == | ||
36行目: | 36行目: | ||
=== コイルドコイル領域 === | === コイルドコイル領域 === | ||
PSD-95との液-液相分離に必須の領域で、他の液-液相分離を引き起こすタンパクと同様、決まった3次構造を取りにくい[[天然変性領域]]で、他のタンパクと多価結合を引き起こす。SYNGAP1 3分子はこの領域で[[βヘリックス]]が絡み合ったような三量体を形成する。[[wj: | PSD-95との液-液相分離に必須の領域で、他の液-液相分離を引き起こすタンパクと同様、決まった3次構造を取りにくい[[天然変性領域]]で、他のタンパクと多価結合を引き起こす。SYNGAP1 3分子はこの領域で[[βヘリックス]]が絡み合ったような三量体を形成する。[[wj:ゲルろ過|ゲルろ過]]法を用いた解析により''in vitro''でここに2分子のPSD-95が結合することが分かっている<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。 | ||
=== PDZ ligand === | === PDZ ligand === | ||
49行目: | 49行目: | ||
== ファミリー == | == ファミリー == | ||
ドメイン構造が保存されているSYNGAP1ファミリー分子として、SYNGAP1以外には[[DAB2IP]]、[[RASAL2]]、[[RASAL3]]が報告されている<ref name=King2013><pubmed>23443682</pubmed></ref> 。 | |||
DAB2IPは、[[血管内皮]]細胞において[[腫瘍壊死因子]] ([[TNF]])シグナルを下流の[[ASK1]]に受け渡し、そのかわりに[[NFκB]]を抑制することにより、TNF依存的な[[アポトーシス]]を促進している<ref name=Zhang2004><pubmed>15310755</pubmed></ref> 。[[wj:前立腺がん|前立腺がん]]、[[wj:肺がん|肺がん]]、[[wj:乳がん|乳がん]]、[[wj:消化器がん|消化器がん]]等においてDAB2IPの発現の抑制がみられる。1つの[[一塩基多型]](rs1571801)が前立腺がんの悪性化に関与していることも知られている<ref name=Duggan2007><pubmed>18073375</pubmed></ref> 。 | DAB2IPは、[[血管内皮]]細胞において[[腫瘍壊死因子]] ([[TNF]])シグナルを下流の[[ASK1]]に受け渡し、そのかわりに[[NFκB]]を抑制することにより、TNF依存的な[[アポトーシス]]を促進している<ref name=Zhang2004><pubmed>15310755</pubmed></ref> 。[[wj:前立腺がん|前立腺がん]]、[[wj:肺がん|肺がん]]、[[wj:乳がん|乳がん]]、[[wj:消化器がん|消化器がん]]等においてDAB2IPの発現の抑制がみられる。1つの[[一塩基多型]](rs1571801)が前立腺がんの悪性化に関与していることも知られている<ref name=Duggan2007><pubmed>18073375</pubmed></ref> 。 | ||
56行目: | 56行目: | ||
== 発現== | == 発現== | ||
[[ファイル: | [[ファイル:SYNGAP1 Fig4.png|サムネイル|'''図4. SYNGAP1の神経細胞内分布'''<br>GFP-SYNGAP1(緑)とmCherry(マゼンタ)を海馬培養神経細胞DIV21に発現させ、共焦点顕微鏡にて観察。スケールバー50 µm。]] | ||
=== 組織発現=== | === 組織発現=== | ||
ウェスタンブロットでは、脳に特異的に発現している。特に[[海馬]]、[[大脳皮質]]に発現が多い<ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。 | ウェスタンブロットでは、脳に特異的に発現している。特に[[海馬]]、[[大脳皮質]]に発現が多い<ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。 | ||
=== 細胞内分布 === | === 細胞内分布 === | ||
[[グルタミン酸]]性[[興奮性シナプス]]のシナプス後部に高度に蓄積している<ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。α1、α2、β、γアイソフォーム間で細胞内局在が若干異なるという報告もある<ref name=Li2001><pubmed>11278737</pubmed></ref> 。 | [[グルタミン酸]]性[[興奮性シナプス]]のシナプス後部に高度に蓄積している<ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> ('''図4''')。α1、α2、β、γアイソフォーム間で細胞内局在が若干異なるという報告もある<ref name=Li2001><pubmed>11278737</pubmed></ref> 。 | ||
各シナプスでのNMDA型グルタミン酸受容体活動レベルによりダイナミックに局在変化する。NMDA型グルタミン酸受容体-CaMKIIの活性化レベルが低い状態では、PSD-95と結合しシナプス後部に高度に蓄積している。NMDA型グルタミン酸受容体-CaMKIIの活性化により、CaMKIIがSYNGAP1をリン酸化することで、SYNGAP-PSD-95の結合が減弱し、SYNGAP1がシナプス外に分散する<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。 | 各シナプスでのNMDA型グルタミン酸受容体活動レベルによりダイナミックに局在変化する。NMDA型グルタミン酸受容体-CaMKIIの活性化レベルが低い状態では、PSD-95と結合しシナプス後部に高度に蓄積している。NMDA型グルタミン酸受容体-CaMKIIの活性化により、CaMKIIがSYNGAP1をリン酸化することで、SYNGAP-PSD-95の結合が減弱し、SYNGAP1がシナプス外に分散する<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。 | ||
85行目: | 85行目: | ||
SYNGAP1のC末のコイルドコイル領域は、PSD-95との液−液相分離に必須の領域で、決まった三次元構造を取りにくい[[天然変性領域]]であると考えられている。これにより、他のタンパクとill-definedな多価結合をし、液−液相分離を引き起こす。SYNGAP1においては、コイル構造が3本からまったトライマーを形成し、ここに2分子のPSD-95が結合する。これにより、''in vitro''の液体中で生理的濃度で自発的に分離し、濃縮相のなかに別の濃縮相(condensed phase)を形成する<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。 | SYNGAP1のC末のコイルドコイル領域は、PSD-95との液−液相分離に必須の領域で、決まった三次元構造を取りにくい[[天然変性領域]]であると考えられている。これにより、他のタンパクとill-definedな多価結合をし、液−液相分離を引き起こす。SYNGAP1においては、コイル構造が3本からまったトライマーを形成し、ここに2分子のPSD-95が結合する。これにより、''in vitro''の液体中で生理的濃度で自発的に分離し、濃縮相のなかに別の濃縮相(condensed phase)を形成する<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。 | ||
SYNGAP1は[[シナプス後膜肥厚]] (PSD)画分のなかで全タンパク中3番目に豊富に存在している(PSD-95は4番目)。この豊富な量とSYNGAP1/PSD-95複合体の生化学的性質は、SYNGAP1/ | SYNGAP1は[[シナプス後膜肥厚]] (PSD)画分のなかで全タンパク中3番目に豊富に存在している(PSD-95は4番目)。この豊富な量とSYNGAP1/PSD-95複合体の生化学的性質は、SYNGAP1/PSD-95複合体が脂質二重膜を持たないPSDという構造物の生化学的基盤を提供しうることを示唆している。 | ||
この液−液相分離に必要なSYNGAP1の配列に変異を入れると、[[化学的LTP]]の閾値が下がり、より弱いNMDA型グルタミン酸受容体-CaMKII刺激で強いLTP(AMPA型グルタミン酸受容体のシナプス挿入とシナプス肥大化)が観察されるようになる。このことより、SYNGAP1/PSD-95の液−液相分離は、適正量のNMDA型グルタミン酸受容体-CaMKII刺激が来たときにのみ長期増強を引き起こすよう(少ないNMDA型グルタミン酸受容体刺激では長期増強が起きないよう)に機能し、もって回路全体の興奮性を正常に(高くなりすぎなように)保っていると考えられる<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。 | この液−液相分離に必要なSYNGAP1の配列に変異を入れると、[[化学的LTP]]の閾値が下がり、より弱いNMDA型グルタミン酸受容体-CaMKII刺激で強いLTP(AMPA型グルタミン酸受容体のシナプス挿入とシナプス肥大化)が観察されるようになる。このことより、SYNGAP1/PSD-95の液−液相分離は、適正量のNMDA型グルタミン酸受容体-CaMKII刺激が来たときにのみ長期増強を引き起こすよう(少ないNMDA型グルタミン酸受容体刺激では長期増強が起きないよう)に機能し、もって回路全体の興奮性を正常に(高くなりすぎなように)保っていると考えられる<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。 |