「磁気共鳴画像法」の版間の差分

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''京都大学医学部医学研究科脳機能総合研究センター''<br>
''京都大学医学部医学研究科脳機能総合研究センター''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/takashihanakawa 花川 隆]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/takashihanakawa 花川 隆]</font><br>
''京都大学医学部医学研究科脳機能総合研究センター''<br>
''京都大学医学部医学研究科脳統合イメージング分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年3月28日 原稿完成日:2020年X月XX日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年3月28日 原稿完成日:2020年X月XX日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
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英略号:MRI
英略号:MRI


{{box|text= 地球上の生命体は、水分子、脂質やアミノ酸など、水素原子を含んだ数多くの化合物から構成されている。現在広く用いられているMRIは、これら化合物中の水素原子核(プロトン:物理学による定義)が有する小さな磁石としての性質(原子核スピン)と、これに外部から特定の電磁波を与えた際に生じる相互作用(核磁気共鳴現象)を利用して、(おもに)生命体内の情報を非侵襲的に画像化する手法である。アメリカ合衆国の化学者Paul Lauterburとイギリスの物理学者Peter MansfieldはMRIに関する発見により、2003年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。}}
{{box|text= 磁気共鳴画像法(MRI)は、生体中に多数存在する水素原子核(プロトン)と、外部から与える電磁波との相互作用を利用することで、多彩な生命現象を可視化する技術であり、特にヒトを対象とする非侵襲的脳科学計測研究においては最も重要な手法の一つである。MRIによる生体内情報の可視化には、強い静磁場を形成するドーナツ型の超電導磁石、生体内のプロトンにエネルギーを送信して核磁気共鳴を生じさせ、緩和で放出される電磁波を受信するコイル、プロトンの空間分布をエンコード・デコードするための勾配磁場コイルが必要となる。電磁波で励起されたプロトンが、エネルギーを放出して定常状態に戻る際に放出する電磁波は、プロトン周囲の微小環境を反映したT1, T2, T2*と呼ばれる時定数を持つ。RFコイルによる電磁波と勾配磁場の印加方法を巧みに操ることでこれらの時定数を強調した画像が得られる。さらに、複数の受信コイルから得られた信号を組み合わせる手法(パラレルイメージング)と併用することで、機能的磁気共鳴画像(fMRI)実験において1秒以内に全脳を撮像することも可能となっている。}}


(<u>編集部コメント:必ずしも本文中に対応した内容がないようです</u>)
== はじめに ==
 地球上の生命体は、水分子、脂質やアミノ酸など、水素原子を含んだ数多くの化合物から構成されている。医療や脳科学研究に広く用いられているMRIは、これら化合物中の水素原子核(プロトン:物理学による定義)が有する小さな磁石としての性質(原子核スピン)と、これに外部から特定の電磁波を与えた際に生じる相互作用(核磁気共鳴現象)を利用して、脳を含む生体内の情報を非侵襲的に画像化する手法である。1990年代初頭の機能的磁気共鳴画法(fMRI)の原理の発見により、ヒトを対象とする非侵襲的脳科学計測研究において最も重要な手法の一つになり、その後も拡散強調トラクトグラフィーによる白質線維連絡の評価法など脳科学のツールとして発展を続けている。アメリカ合衆国の化学者Paul Lauterburとイギリスの物理学者Peter Mansfieldは、MRIに関する発見により、2003年のノーベル生理学・医学賞を受賞している。


(<u>編集部コメント:抄録とは別にイントロダクションをお願いします</u>)


== MRI信号の原理:核磁気共鳴と緩和 ==
== MRI信号の原理:核磁気共鳴と緩和 ==
[[File:Hanakawa Fig 1.png|thumb|right|300px| '''図1. 京都大学医学部医学研究科のヒト用7-T MRI装置''']]
[[File:Hanakawa Fig 1.png|thumb|right|300px| '''図1. 京都大学医学部医学研究科のヒト用7-T MRI装置''']]
=== 超電導磁石による静磁場の形成 ===
=== 超電導磁石による静磁場の形成 ===
 現在の医療・脳科学研究では、1.5T(テスラ)から7Tの静磁場強度を持つMRIが使用されている。このような磁場強度を持つMRIは、NbTi(ニオブチタン)合金による超伝導ワイヤーを何重にも巻いたドーナツ型の空芯コイルを、液体ヘリウム(沸点4.2K)で常時冷却可能なデュワー瓶(Dewar flask)中に置き、そこに電流を流すことで、電気抵抗による発熱の問題を克服した強力な超電導磁石を用いている('''図1''')
 現在の医療・脳科学研究では、1.5T(テスラ)から7Tの静磁場強度を持つMRIが使用されている('''図1''')。このような磁場強度を持つMRIは、NbTi(ニオブチタン)合金による超伝導ワイヤーを何重にも巻いたドーナツ型の空芯コイルを、液体ヘリウム(沸点4.2K)で常時冷却可能なデュワー瓶(Dewar flask)中に置き、そこに電流を流すことで、電気抵抗による発熱の問題を克服した強力な超電導磁石を用いている。


=== 静磁場中の原子核スピンの振る舞い ===
=== 静磁場中の原子核スピンの振る舞い ===
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[[File:Hanakawa Fig 2.gif|thumb|right|300px|'''図2. RFパルスによる励起、および<math>T_1</math>、<math>T_2</math>緩和>定常状態(緩和しきった状態)のスピン集団に対して、共鳴周波数でRFパルスを照射した後のスピンの緩和過程'''<br>共鳴周波数と同じ速度で回転する座標系から眺めているため、スピン集団は静止してみえる。上段の3つの図はスピン集団を各々上(xy平面)、横(xz平面およびyz平面)から眺めた図。下段左は斜め上方から眺めた図。下段右の上段には縦磁化の時間変化を、下段右の下段には横磁化の時間変化を示す。RFパルスを照射されたスピンはまず、xy平面上に倒れる(=横磁化の出現)。xy平面上で円弧を描くように広がる(<math>T_2^*</math>緩和)その後、z軸の(+)方向にむかって、z軸方向の磁化(=縦磁化)が回復して(定常状態に戻って)ゆく。]]
[[File:Hanakawa Fig 2.gif|thumb|right|300px|'''図2. RFパルスによる励起、および<math>T_1</math>、<math>T_2</math>緩和>定常状態(緩和しきった状態)のスピン集団に対して、共鳴周波数でRFパルスを照射した後のスピンの緩和過程'''<br>共鳴周波数と同じ速度で回転する座標系から眺めているため、スピン集団は静止してみえる。上段の3つの図はスピン集団を各々上(xy平面)、横(xz平面およびyz平面)から眺めた図。下段左は斜め上方から眺めた図。下段右の上段には縦磁化の時間変化を、下段右の下段には横磁化の時間変化を示す。RFパルスを照射されたスピンはまず、xy平面上に倒れる(=横磁化の出現)。xy平面上で円弧を描くように広がる(<math>T_2^*</math>緩和)その後、z軸の(+)方向にむかって、z軸方向の磁化(=縦磁化)が回復して(定常状態に戻って)ゆく。]]
=== 外部からの電磁波による「核磁気共鳴現象または励起現象」 ===
=== 外部からの電磁波による「核磁気共鳴現象または励起現象」 ===
 例えば3T MRI装置における水素原子核のラーモア周波数は128MHzである。この周波数はFMラジオが使用する周波数帯(radio frequency,RF)である。送信コイルを用いてラーモア周波数の回転磁場(RFパルスまたは<math>B_1</math>とも呼ばれる)を照射すると(通常は数ミリ秒程度のごく短時間)、水素原子核がエネルギーを吸収し、低いエネルギー準位から高いエネルギー準位に遷移する(核磁気共鳴)。この際、外部から観測される磁化(巨視的磁化)は、回転座標系において('''図2''')回転磁場および静磁場の双方に直交する方向を軸として回転する。この巨視的磁化は、静止座標系においては、静磁場と直交する平面上で、共鳴周波数で回転する磁化(横磁化)の出現および静磁場と平行な成分(縦磁化)の減少として観測される(励起)。
 例えば3T MRI装置における水素原子核のラーモア周波数は128MHzである。この周波数はFMラジオが使用する周波数帯(radio frequency,RF)である。送信コイルを用いてラーモア周波数の回転磁場(RFパルスまたは<math>B_1</math>とも呼ばれる)を照射すると(通常は数ミリ秒程度のごく短時間)、水素原子核がエネルギーを吸収し、低いエネルギー準位から高いエネルギー準位に遷移する(核磁気共鳴)。この際、外部から観測される磁化(巨視的磁化)は、回転座標系において('''図2''')回転磁場および静磁場の双方に直交する方向を軸として回転する。この巨視的磁化は、静止座標系においては、静磁場と直交する平面上で、共鳴周波数で回転する磁化(横磁化)の出現および静磁場と平行な成分(縦磁化)の減少として観測される(励起)。


=== 電磁波(RF)の停止に続く緩和現象 ===
=== 電磁波(RF)の停止に続く緩和現象 ===
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== 空間情報のエンコーディングとデコーディング ==
== 空間情報のエンコーディングとデコーディング ==
 MRIは、緩和過程において放出される電磁波を受信コイルにより測定し、励起された水素原子核集団の挙動の違いを画像化している。
  MRIは、緩和過程において放出される電磁波を受信コイルにより測定し、励起された水素原子核集団の挙動の違いを画像化している。まず二次元(2D)MRIにおいては、スライス方向に直行する軸に勾配磁場(傾斜磁場とも呼ばれる)を短時間加え、その間に帯域幅の限られたRFパルスを与えることで「スライス選択励起」を行っている。三次元(3D)MRIでは厚さを持った範囲(スラブ)を励起する勾配磁場とRFパルスを与える。
まず二次元(2D)MRIにおいては、スライス方向に直行する軸に傾斜磁場を短時間加え、その間に帯域幅の限られたRFパルスを与えることで「スライス選択励起」を行っている。三次元(3D)MRIでは厚さを持った範囲(スラブ)を励起する傾斜磁場とRFパルスを与える。


 励起されたスライスやスラブ内での水素原子核集団の分布を知るために、傾斜(勾配)磁場を用いたエンコーディングおよび離散フーリエ変換を用いたデコーディングが必要である。典型的には、RFパルスによる励起に加えて、撮像領域(field-of-view, FOV)の中心部からx方向あるいはy方向に線形に変化する傾斜磁場を追加することで、FOV内の水素原子核の共鳴周波数が位置に依存する状態をつくりだすことが可能となる。そうすれば、FOV内の特定の部位に存在する水素原子核集団は、特定の周波数の電磁波を放出することになるため、位置情報の特定が可能となる。MRIでは傾斜磁場の与え方を工夫することで、測定された電磁波から空間情報を読み取る際に離散フーリエ変換を用いる。
 励起されたスライスやスラブ内での水素原子核集団の分布を知るために、勾配磁場を用いたエンコーディングおよび離散フーリエ変換を用いたデコーディングが必要である。典型的には、RFパルスによる励起に加えて、撮像領域(field-of-view, FOV)の中心部からx方向あるいはy方向に線形に変化する勾配磁場を追加することで、FOV内の水素原子核の共鳴周波数が位置に依存する状態をつくりだすことが可能となる。そうすれば、FOV内の特定の部位に存在する水素原子核集団は、特定の周波数の電磁波を放出することになるため、位置情報の特定が可能となる。MRIでは勾配磁場の与え方を工夫することで、測定された電磁波から空間情報を読み取る際に離散フーリエ変換を用いる。


 MRIの測定信号(電磁波)の画像化の理解には、離散フーリエ変換(discrete Fourier transform, DFT)の原理の理解が重要であるため簡単に説明する。フランスの数学者ジョゼフ・フーリエは、あらゆる周期関数(や周期信号)は、三角級数の(無限の)和として表現できることを発見した。すなわち、実数xを変数とする周期2nの周期関数<math>f(x)</math>について、
 MRIの測定信号(電磁波)の画像化の理解には、離散フーリエ変換(discrete Fourier transform, DFT)の原理の理解が重要であるため簡単に説明する。フランスの数学者ジョゼフ・フーリエは、あらゆる周期関数(や周期信号)は、三角級数の(無限の)和として表現できることを発見した。すなわち、実数xを変数とする周期2nの周期関数<math>f(x)</math>について、
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を画像に乗じたのちに総和をとったことに等しい。同様に、<math>u=2,\ v=0</math>とした場合には、FOVの右端から左端にかけて<math>\theta =[-2\pi\ 2\pi]</math>の重み係数を乗じたのちに総和をとったことに等しい。
を画像に乗じたのちに総和をとったことに等しい。同様に、<math>u=2,\ v=0</math>とした場合には、FOVの右端から左端にかけて<math>\theta =[-2\pi\ 2\pi]</math>の重み係数を乗じたのちに総和をとったことに等しい。


 傾斜磁場コイルを用いて空間内に線形の周波数変化をもたらせば、場所に応じた連続的な位相の変化としてこの重み係数を物理的につくりだすことが可能であり、結果として撮像対象にフーリエ変換を行っていることと等しい。
 勾配磁場コイルを用いて空間内に線形の周波数変化をもたらせば、場所に応じた連続的な位相の変化としてこの重み係数を物理的につくりだすことが可能であり、結果として撮像対象にフーリエ変換を行っていることと等しい。
画像<math>f(x,y)</math>の周波数空間での表現である<math>F(u,v)</math>はMRIにおいてはk-spaceと呼ばれる。MRIではk-spaceの信号を逆フーリエ変換することで画像を得ている。
画像<math>f(x,y)</math>の周波数空間での表現である<math>F(u,v)</math>はMRIにおいてはk-spaceと呼ばれる。MRIではk-spaceの信号を逆フーリエ変換することで画像を得ている。


== 主なMRI撮像法 ==
== 主なMRI撮像法 ==
 さまざまなMRI撮像法が提案されているが主な違いはRFパルスを照射する回数、タイミングや大きさ、傾斜磁場の印加法である。これら電磁波の照射の時系列制御がキーであるため撮像シークエンスとも呼ぶ。代表的なMRI撮像法を簡単に紹介する。
 さまざまなMRI撮像法が提案されているが主な違いはRFパルスを照射する回数、タイミングや大きさ、勾配磁場の印加法である。これら電磁波の照射の時系列制御がキーであるため撮像シークエンスとも呼ぶ。代表的なMRI撮像法を簡単に紹介する。
=== スピンエコー法 ===
=== スピンエコー法 ===
Spin echo
Spin echo
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Echo planar imaging, EPI
Echo planar imaging, EPI


 一度のRFパルスの後、グラジエントエコー法あるいはスピンエコー法の信号収集時間を極端に延長し、読み出し傾斜磁場を急速に変動させることで連続的なグラジエントエコーを発生させ、画像化に必要なデータを全て収集してしまう方法。<math>T_2^*</math>緩和の影響が強く、かつ原理的にもっとも高速な撮像法の一つである。fMRIで利用されるBOLDコントラスト(後述)は<math>T_2^*</math>緩和に依存し、かつ高い時間分解能が必要とされるため、本手法が用いられる。
 一度のRFパルスの後、グラジエントエコー法あるいはスピンエコー法の信号収集時間を極端に延長し、読み出し勾配磁場を急速に変動させることで連続的なグラジエントエコーを発生させ、画像化に必要なデータを全て収集してしまう方法。<math>T_2^*</math>緩和の影響が強く、かつ原理的にもっとも高速な撮像法の一つである。fMRIで利用されるblood oxygenation-level dependent (BOLD)コントラスト(後述)は<math>T_2^*</math>緩和に依存し、かつ高い時間分解能が必要とされるため、本手法が用いられる('''図3''')。


[[ファイル:Hanakawa Fig 3.png|サムネイル|右 '''図3. それぞれの強調像の比較'''<br>三次元撮像(3d)T1強調画像(magnetization-prepared rapid gradient echo, MPRAGE)では脳脊髄液が黒く、白質が明るい灰色、灰白質がその中間の暗い灰色に見える。<br>T2強調画像(magnetization-prepared rapid gradient echo, MPRAGE)では脳脊髄液が黒く、白質が明るい灰色、灰白質が暗い灰色に見える。T2強調画像(sampling perfection with application optimized contrasts using different flip angle evolution, SPACE)では逆に白質が最も暗く、灰白質、脳脊髄液と明るく見える。<br>機能的MRI用のmulti-band echo planar imaging(MB-EPI)ではT2に似たコントラストを示すが、副鼻腔による磁場不均一の影響を受ける<math>T_2^*</math>強調であるため前頭部の信号の一部が欠損している。]]
== 主なMRIコントラスト ==
== 主なMRIコントラスト ==
=== T1強調像 ===
=== T1強調像 ===
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T2-weighted image, T2WI
T2-weighted image, T2WI


 励起から収集までの時間(TE)を長くとれば、各組織における横磁化の減衰速度の違いを強調した画像が得られる。画像収集にスピンエコー法を用いた場合、得られる画像は時定数T2を強調した画像となる。
 励起から収集までの時間(TE)を長くとれば、各組織における横磁化の減衰速度の違いを強調した画像が得られる('''図3''')。画像収集にスピンエコー法を用いた場合、得られる画像は時定数T2を強調した画像となる。


=== T2<sup>*</sup>強調像 ===
=== T<sub>2</sub><sup>*</sup>強調像 ===
T2-star-weighted image, T2<sup>*</sup>WI
T2-star-weighted image, T2<sup>*</sup>WI


 TEを長くとり、画像収集にグラジエントエコー法を用いた場合、得られる画像はT2<sup>*</sup>強調像となる。得られた画像に特殊な画像処理を施すことで、磁化率強調像(susceptibility-weighted image, SWI)<ref name=Haacke2004><pubmed>15334582</pubmed></ref> や定量的磁化率マップ(quantitative susceptibility map, QSM)<ref name=Li2011><pubmed>21224002</pubmed></ref> といった画像が得られる。
 TEを長くとり、画像収集にグラジエントエコー法を用いた場合、得られる画像はT2<sup>*</sup>強調像となる('''図3''')。得られた画像に特殊な画像処理を施すことで、磁化率強調像(susceptibility-weighted image, SWI)<ref name=Haacke2004><pubmed>15334582</pubmed></ref> や定量的磁化率マップ(quantitative susceptibility map, QSM)<ref name=Li2011><pubmed>21224002</pubmed></ref> といった画像が得られる。


=== 拡散強調像 ===
=== 拡散強調像 ===
Diffusion-weighted image, DWI
Diffusion-weighted image, DWI


 撮像の際に、数msから数十ms程度のごく短時間で反転する一組の強い勾配磁場、すなわち運動検出傾斜磁場(motion probing gradient, MPG)を追加することで水の動きを強調した画像。MPG を与えた方向に拡散する水由来の信号は低下する。脳梗塞を起こした部位では健常組織よりも水の拡散が制限されることが知られており、脳梗塞を早期に検出する手法として臨床で広く用いられている。6方向以上のMPGを用いてDWIを収集し、テンソルモデルを用いて撮像単位内に存在する水の動きやすさの「方向」を推定することも可能である(diffusion tensor imaging, DTI)。この推定値を用いて白質を通る神経線維の走行を推測する方法を拡散テンソルトラクトグラフィー(diffusion tensor tractography)と呼ぶ<ref name=Basser2000><pubmed>11025519</pubmed></ref><ref name=Melhem2002><pubmed>11756078</pubmed></ref> 。DTIは各ボクセル内に1種類の神経線維の存在を仮定しているため、神経線維が交叉する撮像単位での推定に限界があり、近年ではより高度なモデルを用いた解析手法も提唱されている(Diffusion spectrum imaging, DSIなど)<ref name=Wedeen2008><pubmed>18495497</pubmed></ref> 。
 撮像の際に、数msから数十ms程度のごく短時間で反転する一組の強い勾配磁場、すなわち運動検出勾配磁場(motion probing gradient, MPG)を追加することで水の動きを強調した画像。MPG を与えた方向に拡散する水由来の信号は低下する。脳梗塞を起こした部位では健常組織よりも水の拡散が制限されることが知られており、脳梗塞を早期に検出する手法として臨床で広く用いられている。6方向以上のMPGを用いてDWIを収集し、テンソルモデルを用いて撮像単位内に存在する水の動きやすさの「方向」を推定することも可能である(diffusion tensor imaging, DTI)。この推定値を用いて白質を通る神経線維の走行を推測する方法を拡散テンソルトラクトグラフィー(diffusion tensor tractography)と呼ぶ<ref name=Basser2000><pubmed>11025519</pubmed></ref><ref name=Melhem2002><pubmed>11756078</pubmed></ref> 。DTIは各ボクセル内に1種類の神経線維の存在を仮定しているため、神経線維が交叉する撮像単位での推定に限界があり、近年ではより高度なモデルを用いた解析手法も提唱されている(Diffusion spectrum imaging, DSIなど)<ref name=Wedeen2008><pubmed>18495497</pubmed></ref> 。


=== MRスペクトロスコピー ===
=== MRスペクトロスコピー ===
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=== Multi-band/Simultaneous Multi-Slice撮像 ===
=== Multi-band/Simultaneous Multi-Slice撮像 ===
 2010年にDavid Feinberg らは「スライス選択励起」RFパルスを工夫することで、複数のスライスをひとつのRFパルスで同時に励起する手法を開発し<ref name=Feinberg2010><pubmed>21187930</pubmed></ref> 、multiband MRI と名付けた。従来はEPIを用いて全脳を撮像するのに2-3秒程度必要であったが、multiband撮像を用いると1秒以内に全脳を撮像することが可能である。
 2010年にDavid Feinberg らは「スライス選択励起」RFパルスを工夫することで、複数のスライスをひとつのRFパルスで同時に励起する手法を開発し<ref name=Feinberg2010><pubmed>21187930</pubmed></ref> 、multiband MRI と名付けた('''図3''')。従来はEPIを用いて全脳を撮像するのに2-3秒程度必要であったが、multiband撮像を用いると1秒以内に全脳を撮像することが可能である。


== 機能的磁気共鳴画像法 ==
== 機能的磁気共鳴画像法 ==
 磁気共鳴機能画像法(functional MRI, fMRI)ともいう。
  磁気共鳴機能画像法(functional MRI, fMRI)ともいい、生体の脳をMRIで数分~数十分間連続撮像する間に、脳活動(神経活動とシナプス活動の総和)に相関して変化するMRI信号変化を非侵襲的に計測する手法である。詳細については[[機能的磁気共鳴画像法]]の項を参照されたい。
 
=== 原理と歴史 ===
 fMRIとは、生体の脳をMRIで数分~数十分間連続撮像する間に、脳活動(神経活動とシナプス活動の総和)に相関して変化するMRI信号変化を非侵襲的に計測する手法である。脳磁図(Magnetencephalography, MEG)では脳の電気活動による微細な磁場変化を直接計測しているが、fMRIは以下に示すように脳の電気活動そのものを直接測定している訳ではなく、脳活動変化に随伴する局所酸素代謝・血液動態変化を画像化している。
 
 1990年に小川誠二らは、グラジエントエコー法を用いたMRIでマウス生体脳内の血管が可視化でき、かつ酸素飽和度の違いによって血管近傍のMRI信号が変化することを発見した<ref name=Ogawa1990><pubmed>2161986</pubmed></ref> 。酸素飽和度の減少により常磁性体である血管内の還元ヘモグロビン(deoxy Hb)が増加し、結果として生じる磁場の乱れが近傍の脳実質の信号を変化させると考えた。さらに1992年に小川らは、ヒト用4T MRI装置を用いて、健常ボランティアに視覚刺激を与えている間に一次視覚野のMRI信号が上昇することを証明し、脳活動が局所の脳血流量および静脈内酸素飽和度を上昇させ、従って脳活動が増加する局所で還元ヘモグロビン濃度が薄まると説明した<ref name=Ogawa1992><pubmed>1631079</pubmed></ref> 。この原理を、blood oxygen-level-dependent (BOLD) コントラストと名付けた。なお、還元ヘモグロビンは不対電子をもつため常磁性(paramagnetic)であり、これによる横磁化減衰の程度は静磁場強度の2乗に比例して増加する<ref name=Thulborn1982><pubmed>6275909</pubmed></ref> ため、高磁場MRIに優位性がある。
 
 脳の神経活動に対する局所血流は、神経細胞、微小血管(細動脈~毛細血管)、内皮細胞、周皮細胞、アストロサイトなどからなる神経血管単位(neurovascular unit)と呼ばれる機能的単位によりコントロールされており、前述のように脳活動に引き続いて局所に過剰な酸素供給(機能的充血、functional hyperemia)をもたらす。つまり、fMRIにおけるBOLDコントラストは、この機能的充血をひきおこす仕組み(neurovascular coupling)に依存している。
 
 Logothetisらによる2001年の研究によると、電気生理学的手法を用いて記録した単一ユニット活動(single-unit activity)、マルチユニット活動(multiple-unit activity)は視覚刺激に対して一過性の活動しか示さなかったのに対し、局所電場電位(local field potential, LFP)は一過性および持続性の活動を示し、より正確にBOLD信号変化を予測できた<ref name=Logothetis2001><pubmed>11449264</pubmed></ref> 。
 
=== 血流動態応答 ===
Hemodynamic response
 
 短時間の感覚刺激後に生じるBOLD MRI信号の経時変化を計測すると、刺激呈示から約2秒後に信号強度はベースラインを超え、約5-6秒後に最大値を示す。初期に1-2秒間の負のBOLD反応(イニシャルディップ、initial dip)が観測されることもある。神経活動が終わるとBOLD信号強度はベースラインより低下し、しばらくその状態が続く(アンダーシュート)。イニシャルディップに関しては、2010年のTianらのラットを対象とした研究によると、血管拡張が最も早い皮質最深部の層ではみとめられず、最も遅い最表層の皮質ではみとめられたことから、血流動態応答の前に生じる酸素消費の増加を反映する、という仮説が支持されている<ref name=Tian2010><pubmed>20696904</pubmed></ref> 。Duongらはネコの視覚野を対象とした実験で、イニシャルディップのほうが正のBOLD反応よりも空間選択性が高いという結果を示している<ref name=Duong2001><pubmed>11526212</pubmed></ref> 。
 
=== fMRI実験デザイン ===
 fMRIには、安静時自発的な脳活動の変動を計測する安静時(resting-stateまたはtask-free) fMRIと、外部から音声や映像などの刺激、あるいは課題を与えてそれに伴うBOLD信号の変動を測定するtask fMRIがある。Task fMRIの施行方法は、大きくブロックデザイン(block-design)と、事象関連デザイン(event-related design)に分けられる。ブロックデザインでは10-30秒ごとに異なる種類の刺激提示や運動・認知課題(および安静時などの対象条件)が交互に繰り返される。事象関連デザインでは、刺激が試行(trial)として呈示される。課題に関連して活動する脳領域の検出力が高いのはブロックデザインであるが、脳領域の賦活における時間変化の推定が目的である場合には事象関連デザインが用いられることが多い。
 
=== fMRI解析 ===
 fMRIにおいて、脳活動による信号変化は高々数パーセントとされる。MRI撮像では、生体の熱ノイズ、MRI装置の不完全性、被験者の動き等に由来するノイズも同程度存在する。元画像における動きの影響の除去(motion correction)、脳活動の局在性の情報を犠牲にして信号強度比を高める手法であるガウスフィルタによる平滑化などが前処理として行われることがある。
 
 時系列データであるfMRIの解析には、与えたタスクに対する脳活動の時間遅れを考慮に入れた(hemodynamic response function)信号変化のモデルを構築した上で、モデルと計測fMRIデータとの相関を計算することが多い。
 
===MRIによる脳科学研究の最近のトレンド===
 2010年より、NIHは約1200名の健康な若年成人被験者を対象として、安静時fMRI、標準的な課題を用いたtask fMRI、構造的MRI(T1・T2強調画像)、拡散強調画像を撮像し、脳内の機能的結合と構造的結合の情報を統合的に取得し解析するというHuman Connectome Project(HCP)を開始した。このプロジェクトは(1)質が高いデータを大量に取得する、(2)空間分解能を犠牲にすることなくデータを処理する手法を開発する、(3)構造的結合と機能的結合の情報を統合した上で脳の領域分割(parcellation)を行う、(4)取得したデータ、データ処理に必要なコードを前世界に無料で公開するといった、多くの野心的な内容を含んでおり、世界のMRI脳科学研究に大きな影響を与えつつある。


==関連項目==
* [[機能的磁気共鳴画像法]]
==参考文献==
==参考文献==
<references />
<references />

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