「抗てんかん薬」の版間の差分

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<font size="+1">[https://researchmap.jp/matsumot_kyt 松本理器]</font><br>
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''神戸大学大学院医学研究科 内科学講座 脳神経内科学分野''<br>
''神戸大学大学院医学研究科 内科学講座 脳神経内科学分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年4月1日 原稿完成日:20XX年XX月X日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年4月1日 原稿完成日:2020年4月2日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](滋賀医科大学 医学部 神経内科)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](滋賀医科大学 内科学講座 脳神経内科)<br>
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==抗てんかん薬とは==
==抗てんかん薬とは==
 [[てんかん]]([[癲癇]])は、脳内の[[神経細胞]]の異常な電気的興奮に伴って[[痙攣]]や[[意識障害]]などが発作的に起こる慢性的な疾患である(脳科学辞典「[[てんかん]]」の項目も参照)。[[wj:有病率|有病率]]は一般に人口の0.5 ~ 1.0 %とされており、近年の我が国での[[wj:健康保険組合|健康保険組合]]の[[wj:診療報酬|診療報酬]]情報の分析に基づく[[wj:疫学|疫学]]研究でも、患者数は人口1000人あたり7.24人(人口の約0.7 %)と推計され<ref>'''厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)総合研究'''<br>「てんかんの有病率等に関する疫学研究及び診療実態の分析と治療体制の整備に関する研究」報告書<br>研究代表者 大槻泰介 国立精神・神経医療研究センター てんかんセンター長, 2016</ref>、頻度の高い神経疾患の一つである。
 [[てんかん]]([[癲癇]])は、脳内の[[神経細胞]]の異常な電気的興奮に伴って[[けいれん]]や[[意識障害]]などが発作的に起こる慢性的な疾患である(脳科学辞典「[[てんかん]]」の項目も参照)。[[wj:有病率|有病率]]は一般に人口の0.5 ~ 1.0 %とされており、近年の我が国での[[wj:健康保険組合|健康保険組合]]の[[wj:診療報酬|診療報酬]]情報の分析に基づく[[wj:疫学|疫学]]研究でも、患者数は人口1000人あたり7.24人(人口の約0.7 %)と推計され<ref>'''厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)総合研究'''<br>「てんかんの有病率等に関する疫学研究及び診療実態の分析と治療体制の整備に関する研究」報告書<br>研究代表者 大槻泰介 国立精神・神経医療研究センター てんかんセンター長, 2016</ref>、頻度の高い神経疾患の一つである。


 抗てんかん薬は、てんかんの病態を治癒に導くものではないが、てんかん発作の消失ないし頻度減少や、発作症状の程度の軽減などといった、発作抑制効果を患者にもたらす。
 抗てんかん薬は、てんかんの病態を治癒に導くものではないが、てんかん発作の消失ないし頻度減少や、発作症状の程度の軽減などといった、発作抑制効果を患者にもたらす。
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[[ファイル:Takeyama Fig 1.png|サムネイル|右|400px|'''図1. 抗てんかん薬の主な作用機序'''<br>[[AMPA]]: [[α-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メチル-4-イソキサゾールプロピオン酸]] ([[α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazole propionic acid]]); [[GABA]]: [[γ-アミノブチル酸]] ([[γ-aminobutyric acid]]); [[NMDA]]: [[N-メチル-D-アスパラギン酸]] ([[N-methyl-D-aspartate]]), [[SV2A]]: [[シナプス小胞タンパク質2A]] ([[synaptic vesicle glycoprotein 2A]])。文献<ref name=ref2 />より修正の上、引用。]]
[[ファイル:Takeyama Fig 1.png|サムネイル|右|400px|'''図1. 抗てんかん薬の主な作用機序'''<br>[[AMPA]]: [[α-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メチル-4-イソキサゾールプロピオン酸]] ([[α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazole propionic acid]]); [[GABA]]: [[γ-アミノブチル酸]] ([[γ-aminobutyric acid]]); [[NMDA]]: [[N-メチル-D-アスパラギン酸]] ([[N-methyl-D-aspartate]]), [[SV2A]]: [[シナプス小胞タンパク質2A]] ([[synaptic vesicle glycoprotein 2A]])。文献<ref name=ref2 />より修正の上、引用。]]
== 作用機序 ==
== 作用機序 ==
 抗てんかん薬は、[[イオンチャネル]]に対して影響を与え、神経細胞の過剰興奮を抑制することでその発作抑制効果を発揮していると考えられている。その作用点は大きく7つが現在挙げられている。'''図1.'''に、抗てんかん薬の主な作用機序を示す<ref name=ref2>'''吉村元、松本理器'''<br>てんかんの新規治療薬<br>Annual Review神経2018 中外医学社、2018</ref>。'''表1.'''に主要な薬剤とイオンチャネルの関係で、比較的よくわかっているものを、'''表2.'''に抗てんかん薬の作用点による効果の特徴をまとめた<ref name=ref3>'''兼本浩祐'''<br>てんかん学ハンドブック 第3版<br>医学書院, 2012</ref>。
 抗てんかん薬は、[[イオンチャネル]]に対して影響を与え、神経細胞の過剰興奮を抑制することでその発作抑制効果を発揮していると考えられている。その作用点は大きく7つが現在挙げられている。'''図1'''に、抗てんかん薬の主な作用機序を示す<ref name=ref2>'''吉村元、松本理器'''<br>てんかんの新規治療薬<br>Annual Review神経2018 中外医学社、2018</ref>。'''表1'''に主要な薬剤とイオンチャネルの関係で、比較的よくわかっているものを、'''表2'''に抗てんかん薬の作用点による効果の特徴をまとめた<ref name=ref3>'''兼本浩祐'''<br>てんかん学ハンドブック 第3版<br>医学書院, 2012</ref>。


 抗てんかん薬の効果は、'''表1.'''に整理したように、作用点との関連で、①[[電位依存性イオンチャネル]]、②[[リガンド依存性イオンチャネル|リガンド(配位子)依存性イオンチャネル]]、③[[GABA]]代謝阻害、④[[シナプス小胞タンパク質2A]]([[synaptic vesicle glycoprotein 2A]]、[[SV2A]])、の4つの大きなグループに分けて考えると理解しやすい。なお、リガンド依存性イオンチャネルとは、細胞膜に置かれた受容体の一種で、情報伝達物質が結合する(配位される)ことで機能するイオンチャネルのことである。
 抗てんかん薬の効果は、'''表1'''に整理したように、作用点との関連で、①[[電位依存性イオンチャネル]]、②[[リガンド依存性イオンチャネル|リガンド(配位子)依存性イオンチャネル]]、③[[GABA]]代謝阻害、④[[シナプス小胞タンパク質2A]]([[synaptic vesicle glycoprotein 2A]]、[[SV2A]])、の4つの大きなグループに分けて考えると理解しやすい。なお、リガンド依存性イオンチャネルとは、細胞膜に置かれた受容体の一種で、情報伝達物質が結合する(配位される)ことで機能するイオンチャネルのことである。


 [[選択的ナトリウムチャネル阻害薬|選択的ナトリウム(Na<sup>+</sup>)チャネル阻害薬]]、[[選択的高電位活性型カルシウムチャネル阻害薬|選択的高電位活性型(非T型)カルシウム(Ca<sup>2+</sup>)チャネル阻害薬]]、[[選択的GABA代謝阻害薬]]は、いずれも[[焦点性てんかん]]に選択的に有効であるが、一方で[[特発性全般てんかん]]群を悪化させる場合がある。対照的に、[[選択的低電位活性型カルシウムチャネル阻害薬|選択的低電位活性型(T型)カルシウムチャネル阻害薬]]は、[[欠神発作]]あるいは[[欠神脱力発作]]といった特発性の[[全般発作]]に選択的に有効性を示す。抗[[グルタミン酸受容体]]作用をもつ薬剤([[トピラマート]]、[[ラモトリギン]]、[[バルプロ酸ナトリウム]]、[[ペランパネル]])、シナプス小胞タンパク質2Aに作用するとされる[[レベチラセタ]]や、[[ナトリウムチャネル|Na<sup>+</sup>チャネル]]阻害作用と抗[[T型カルシウムチャネル|低電位活性型(T型)カルシウムチャネル]]阻害作用を有する[[ゾニサミド]]は、抗[[焦点起始発作]]([[部分発作]])と抗[[全般起始発作]]([[全般発作]])作用を併せもち、広域スペクトラムの抗てんかん薬と位置づけられる。
 [[選択的ナトリウムチャネル阻害薬|選択的ナトリウム(Na<sup>+</sup>)チャネル阻害薬]]、[[選択的高電位活性型カルシウムチャネル阻害薬|選択的高電位活性型(非T型)カルシウム(Ca<sup>2+</sup>)チャネル阻害薬]]、[[選択的GABA代謝阻害薬]]は、いずれも[[焦点性てんかん]]に選択的に有効であるが、一方で[[特発性全般てんかん]]群を悪化させる場合がある。対照的に、[[選択的低電位活性型カルシウムチャネル阻害薬|選択的低電位活性型(T型)カルシウムチャネル阻害薬]]は、[[欠神発作]]あるいは[[欠神脱力発作]]といった特発性の[[全般発作]]に選択的に有効性を示す。抗[[グルタミン酸受容体]]作用をもつ薬剤([[トピラマート]]、[[ラモトリギン]]、[[バルプロ酸ナトリウム]]、[[ペランパネル]])、シナプス小胞タンパク質2Aに作用するとされる[[レベチラセタ]]や、[[ナトリウムチャネル|Na<sup>+</sup>チャネル]]阻害作用と抗[[T型カルシウムチャネル|低電位活性型(T型)カルシウムチャネル]]阻害作用を有する[[ゾニサミド]]は、抗[[焦点起始発作]]([[部分発作]])と抗[[全般起始発作]]([[全般発作]])作用を併せもち、広域スペクトラムの抗てんかん薬と位置づけられる。
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!rowspan="2"|  !!colspan="3"|電位依存性イオンチャネル !!colspan="2"|リガンド依存性イオンチャネル!!rowspan="2"|GABA代謝阻害!!rowspan="2"|シナプス小胞タンパク質2A
!rowspan="2"|  !!colspan="3"|電位依存性イオンチャネル !!colspan="2"|リガンド依存性イオンチャネル!!rowspan="2"|GABA代謝阻害!!rowspan="2"|シナプス小胞タンパク質2A
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! Na<sup>+</sup>チャネル || 高電位活性型(非T型)Ca<sup>2+</sup> || 低電位活性型(T型)Ca<sup>2+</sup> || [[グルタミン酸受容体|グルタミン酸]] || [[GABAA受容体|GABA<sub>A</sub>]]
! Na<sup>+</sup>チャネル || 高電位活性型(非T型)Ca<sup>2+</sup>チャネル|| 低電位活性型(T型)Ca<sup>2+</sup>チャネル|| [[グルタミン酸受容体]] || [[GABAA受容体|GABA<sub>A</sub>受容体]]
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! [[カルバマゼピン]]
! [[カルバマゼピン]]
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== 治療の戦略 ==
== 治療の戦略 ==
 抗てんかん薬治療は単剤治療を原則とする。単剤治療で約半数の患者の発作が抑制される。単剤療法として承認されている主な抗てんかん薬は、カルバマゼピン、バルプロ酸ナトリウム、フェニトイン、クロナゼパム、ゾニサミド、フェノバルビタール、レベチラセタム、ラモトリギン、ラコサミド、ペランパネル(2020年2月時点)が挙げられる。焦点てんかんでみられる焦点起始発作(部分発作)では、カルバマゼピン、ラモトリギン、レベチラセタム、次いでゾニサミド、トピラマートが第一選択薬とされる。全般てんかんの強直間代発作ではバルプロ酸ナトリウム、欠神発作ではバルプロ酸ナトリウム、エトスクシミド、[[ミオクロニー発作]]ではバルプロ酸ナトリウム、クロナゼパムが第一選択薬とされる<ref name=日本神経学会 />。ただし、バルプロ酸ナトリウムは催奇形性を有するため、妊娠の可能性のある女性への投与は避ける必要がある。その場合、催奇形性の低いラモトリギンなどが推奨される。
 抗てんかん薬治療は単剤治療を原則とする。単剤治療で約半数の患者の発作が抑制される。単剤療法として承認されている主な抗てんかん薬は、カルバマゼピン、バルプロ酸ナトリウム、フェニトイン、クロナゼパム、ゾニサミド、フェノバルビタール、レベチラセタム、ラモトリギン、ラコサミド、ペランパネル(2020年2月時点)が挙げられる。焦点てんかんでみられる焦点起始発作(部分発作)では、カルバマゼピン、ラモトリギン、レベチラセタム、次いでゾニサミド、トピラマートが第一選択薬とされる。全般てんかんの強直間代発作ではバルプロ酸ナトリウム、欠神発作ではバルプロ酸ナトリウム、エトスクシミド、[[ミオクロニー発作]]ではバルプロ酸ナトリウム、クロナゼパムが第一選択薬とされる<ref name=日本神経学会 />。ただし、バルプロ酸ナトリウムには[[二分脊椎]]を含む[[wj:催奇形性|催奇形性]]や[[wj:胎児|胎児]]の[[IQ]]低下の可能性が知られており、妊娠の可能性のある女性への投与は避ける必要がある。その場合、催奇形性の低いラモトリギンなどが推奨される。


 単剤で発作の抑制が不良な場合、合理的多剤併用療法を行う。合理的多剤併用療法とは、現在の使用薬とは異なる作用機序あるいは多くの作用機序を持つ薬剤の追加、副作用プロファイルが重ならない組み合わせ、相互作用が少ない組み合わせを考慮した併用療法のことである。そのてんかんに対し適切とされる抗てんかん薬を単剤あるいは多剤併用で副作用がない範囲の十分な血中濃度で2剤試みても一定期間(1年以上もしくは治療前の最長発作間隔の3倍以上の長いほう)発作を抑制できないてんかんを、[[薬剤抵抗性てんかん]]とよぶ(国際抗てんかん連盟が提唱する定義)。
 単剤で発作の抑制が不良な場合、合理的多剤併用療法を行う。合理的多剤併用療法とは、現在の使用薬とは異なる作用機序あるいは多くの作用機序を持つ薬剤の追加、副作用プロファイルが重ならない組み合わせ、相互作用が少ない組み合わせを考慮した併用療法のことである。そのてんかんに対し適切とされる抗てんかん薬を単剤あるいは多剤併用で副作用がない範囲の十分な血中濃度で2剤試みても一定期間(1年以上もしくは治療前の最長発作間隔の3倍以上の長いほう)発作を抑制できないてんかんを、[[薬剤抵抗性てんかん]]とよぶ(国際抗てんかん連盟が提唱する定義)。

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