「コーディン」の版間の差分

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 1924年、ドイツの生物学者ハンス・シュペーマンと、オットー・マンゴールドは、イモリ胚の一部分を別の胚に移植することにより、胚に2次軸(脊索を含む背側中胚葉)が形成されることを見出し、この部分を「形成体(organizer)」と名付けた。この部分からは誘導因子(移植した組織から分泌され、移植された胚に作用する因子)が分泌されることが予想されたが、その分子実体は長年明らかにされていなかった <ref name=DeRobertis2006><pubmed>16482093</pubmed></ref><ref name=Sander2001><pubmed>11291840</pubmed></ref> 。
 1924年、ドイツの生物学者ハンス・シュペーマンと、オットー・マンゴールドは、イモリ胚の一部分を別の胚に移植することにより、胚に2次軸(脊索を含む背側中胚葉)が形成されることを見出し、この部分を「形成体(organizer)」と名付けた。この部分からは誘導因子(移植した組織から分泌され、移植された胚に作用する因子)が分泌されることが予想されたが、その分子実体は長年明らかにされていなかった <ref name=DeRobertis2006><pubmed>16482093</pubmed></ref><ref name=Sander2001><pubmed>11291840</pubmed></ref> 。


 1990年代になって分子生物学的手法、特に遺伝子のクローニング技術が発達したことにより、微小または特定の組織に高い発現量を持つ遺伝子の単離が可能になった。この技術を利用して、カリフォルニア大学・ロサンゼルス校のエドワード・デロバティス教授と笹井芳樹博士は、オーガナイザー領域に発現量が蓄積されている遺伝子単離するためのディファレンシャルスクリーン<ref group=脚注>ディファレンシャルスクリーン:特定の組織で発現する遺伝子を単離する方法の1つ。特定の(発現を期待する)組織と対照となる組織からそれぞれRNAを抽出し、さらにそこから放射性同位元素などでラベルしたcDNAを合成し、これをプローブとしてcDNAライブラリーを用いてスクリーニングを行う。発現を期待する組織で強いシグナルを発出する遺伝子が目的の遺伝子である。chdの単離では、「塩化リチウムで処理されて全体が背側化した胚」と「紫外線照射により全体が腹側化した胚」のそれぞれからcDNAが合成され、cDNAライブラリーとハイブリダイズさせたときに「オーガナイザー領域」のプローブのみで強くハイブリするものが網羅的に探索された。<br>
 1990年代になって分子生物学的手法、特に遺伝子のクローニング技術が発達したことにより、微小または特定の組織に高い発現量を持つ遺伝子の単離が可能になった。この技術を利用して、カリフォルニア大学・ロサンゼルス校のエドワード・デロバティス教授と笹井芳樹博士は、オーガナイザー領域に発現量が蓄積されている遺伝子単離するためのディファレンシャルスクリーン<ref group=脚注>ディファレンシャルスクリーン:特定の組織で発現する遺伝子を単離する方法の1つ。特定の(発現を期待する)組織と対照となる組織からそれぞれRNAを抽出し、さらにそこから放射性同位元素などでラベルしたcDNAを合成し、これをプローブとしてcDNAライブラリーを用いてスクリーニングを行う。発現を期待する組織で強いシグナルを発出する遺伝子が目的の遺伝子である。chdの単離では、「塩化リチウムで処理されて全体が背側化した胚」と「紫外線照射により全体が腹側化した胚」のそれぞれからcDNAが合成され、cDNAライブラリーとハイブリダイズさせたときに「オーガナイザー領域」のプローブのみで強くハイブリするものが網羅的に探索された。<br> 現在ではマイクロアレイやmRNAシーケンス法を用いることが多い。</ref>を行い、強い2次軸誘導活性をもつ遺伝子を単離した。この遺伝子は分泌因子をコードし、4つのシステイン繰り返し領域(cysteine-rich domain; CRD)を持つもので、コーディン chordin(chd)と名付けられた。
 現在ではマイクロアレイやmRNAシーケンス法を用いることが多い。</ref>を行い、強い2次軸誘導活性をもつ遺伝子を単離した。この遺伝子は分泌因子をコードし、4つのシステイン繰り返し領域(cysteine-rich domain; CRD)を持つもので、コーディン chordin(chd)と名付けられた。


 コーディンを発現する背側中胚葉は、それ自体が体軸を形成する脊索へと分化するほか、それに隣接する未分化外胚葉を神経化する活性を持つ。実際に、カエルのアニマルキャップ(マウスでエピブラストに相当する部分)に作用して、細胞を直接(ほかの組織と協働することなく)神経化することが明らかになり、コーディンは神経誘導因子の1つと考えられた。コーディンとほぼ同時期に単離されたnoggin <ref name=Smith1992><pubmed>1339313</pubmed></ref> 、follistatin <ref name=Hemmati-Brivanlou1994><pubmed>8168135</pubmed></ref> と合わせ、3つの分泌因子が「神経誘導因子」と呼ばれることになった。
 コーディンを発現する背側中胚葉は、それ自体が体軸を形成する脊索へと分化するほか、それに隣接する未分化外胚葉を神経化する活性を持つ。実際に、カエルのアニマルキャップ(マウスでエピブラストに相当する部分)に作用して、細胞を直接(ほかの組織と協働することなく)神経化することが明らかになり、コーディンは神経誘導因子の1つと考えられた。コーディンとほぼ同時期に単離されたノギン <ref name=Smith1992><pubmed>1339313</pubmed></ref> 、フォリスタチン<ref name=Hemmati-Brivanlou1994><pubmed>8168135</pubmed></ref> と合わせ、3つの分泌因子が「神経誘導因子」と呼ばれることになった。
[[ファイル:Sasai Chordin Fig1.png|サムネイル|'''図1. コーディンの構造と制御'''<br>'''A.''' コーディンとsog、Chordin-likeのドメイン構造。SOG以外は分泌因子で、SOGではカルボキシル末端側が細胞外に存在する。SP; シグナルペプチド、TM; 膜貫通領域、CR; システインリッチリピートを表す。コーディンのCR1, CR3がBMP4と結合する。Chdl1, Chdl2のCR1, CR3がコーディンのCR3に最も相同性が高い。<br>'''B.'''コーディン、BMP4、Tsg、Xld、Szlの制御関係。コーディンを曲線で、BMP(これはADMPでもよい)を青色で、Tsgを赤色でそれぞれ示し、Xolloidがコーディンタンパク質を切断する部位を緑色で示した。Nはアミノ末端、Cはカルボキシル末端を示す。<ref name=DeRobertis2000><pubmed>11252746</pubmed></ref><ref name=Piccolo1997><pubmed>9363949</pubmed></ref>  をもとに作成。]]
[[ファイル:Sasai Chordin Fig1.png|サムネイル|'''図1. コーディンの構造と制御'''<br>'''A.''' コーディンとsog、Chordin-likeのドメイン構造。SOG以外は分泌因子で、SOGではカルボキシル末端側が細胞外に存在する。SP; シグナルペプチド、TM; 膜貫通領域、CR; システインリッチリピートを表す。コーディンのCR1, CR3がBMP4と結合する。Chdl1, Chdl2のCR1, CR3がコーディンのCR3に最も相同性が高い。<br>'''B.'''コーディン、BMP4、Tsg、Xld、Szlの制御関係。コーディンを曲線で、BMP(これはADMPでもよい)を青色で、Tsgを赤色でそれぞれ示し、Xolloidがコーディンタンパク質を切断する部位を緑色で示した。Nはアミノ末端、Cはカルボキシル末端を示す。<ref name=DeRobertis2000><pubmed>11252746</pubmed></ref><ref name=Piccolo1997><pubmed>9363949</pubmed></ref>  をもとに作成。]]
==構造==
==構造==
 コーディンは1000アミノ酸弱からなる分泌蛋白質であり、シグナルペプチド、4つのシステインリッチリピート(cysteine-rich repeat)を持つ(図1)。電子顕微鏡を用いた解析によれば、ヒトのコーディンタンパク質の3次元構造は、馬蹄形をなす<ref name=Troilo2014><pubmed> 25157165 </pubmed></ref>。
 コーディンは1000アミノ酸弱からなる分泌蛋白質であり、シグナルペプチド、4つのシステインリッチリピート(cysteine-rich repeat)を持つ(図1)。電子顕微鏡を用いた解析によれば、ヒトのコーディンタンパク質の3次元構造は、馬蹄形をなす<ref name=Troilo2014><pubmed> 25157165 </pubmed></ref>。

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