「意味性認知症」の版間の差分

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{{box|text= 意味性認知症とは、側頭葉に比較的限局する左右差のある萎縮を有し、臨床的には意味記憶障害が前景に立つ臨床症候群である。65歳未満で発症する事が多い。左優位萎縮では一般物品(例:蜜柑、桜など)についての意味記憶障害を呈し、右優位萎縮では人物についての意味記憶障害を呈しやすい。一般物品の意味記憶障害では、その名前が言えない、名称を聞いても、そのものが理解できないという失語症状に始まり、その後次第に物品を見ても、触っても同定できなくなる。自発語は流暢で、聴理解障害、物品呼称の障害があり、語の理解障害が中心である。人物の意味記憶障害では熟知相貌の認知障害から始まり、良く知っているはずの人の顔を見ても同定できず、声を聞いても名前を聞いても同定できない。エピソード記憶、視空間認知機能は保たれる。脱抑制、被影響性亢進で説明できる行動異常を経過中に認める事が多い。甘い物を多食するような食行動変化がしばしば出現する。運動機能は初期には保たれるが、進行すると脳萎縮の高度な側の反対側の上下肢に錐体路徴候や筋強剛が出現し、寝たきりとなって死亡する。病理学的にはTDP-43陽性封入体を有する前頭側頭葉変性症(FTLD-TDP)のタイプC病理の頻度が高い。根本的な治療法はなく、介護の関わりによる生活の工夫といった非薬物的介入と、選択的セロトニン再取り込み阻害剤を用いた対症療法的な薬物療法を試みる事が多い。平成27年から指定難病となっている。}}
{{box|text= 意味性認知症とは、側頭葉に比較的限局する左右差のある萎縮を有し、臨床的には意味記憶障害が前景に立つ臨床症候群である。65歳未満で発症する事が多い。左優位萎縮では一般物品(例:蜜柑、桜など)についての意味記憶障害を呈し、右優位萎縮では人物についての意味記憶障害を呈しやすい。一般物品の意味記憶障害では、その名前が言えない、名称を聞いても、そのものが理解できないという失語症状に始まり、その後次第に物品を見ても、触っても同定できなくなる。自発語は流暢で、聴理解障害、物品呼称の障害があり、語の理解障害が中心である。人物の意味記憶障害では熟知相貌の認知障害から始まり、良く知っているはずの人の顔を見ても同定できず、声を聞いても名前を聞いても同定できない。エピソード記憶、視空間認知機能は保たれる。脱抑制、被影響性亢進で説明できる行動異常を経過中に認める事が多い。甘い物を多食するような食行動変化がしばしば出現する。運動機能は初期には保たれるが、進行すると脳萎縮の高度な側の反対側の上下肢に錐体路徴候や筋強剛が出現し、寝たきりとなって死亡する。病理学的にはTDP-43陽性封入体を有する前頭側頭葉変性症(FTLD-TDP)のタイプC病理の頻度が高い。根本的な治療法はなく、介護の関わりによる生活の工夫といった非薬物的介入と、選択的セロトニン再取り込み阻害剤を用いた対症療法的な薬物療法を試みる事が多い。平成27年から指定難病となっている。}}


== 概要 ==
===意味性認知症とは===
=== 背景、歴史 ===


 意味性認知症(semantic dementia: 意味性認知症)とは、前頭葉と側頭葉の限局性の萎縮と、それに基づく行動異常や神経心理学的症状で特徴づけられる前頭側頭葉変性症のうち、脳萎縮の分布が側頭葉に限局するか、あるいは側頭葉と前頭葉に萎縮が認められるが側頭葉の方が優位で、臨床的には意味記憶障害が前景に立つ状態像を指す臨床症候群の名称である <ref name=Hodges1992><pubmed>1486461</pubmed></ref><ref name=Hodges1999><pubmed>10067773</pubmed></ref><ref name=Snowden1996>'''Snowden JS, Neary D, Mann DMA (1996).'''<br>Fronto-temporal dementia. In: Snowden JS, Neary D, Mann DMA. Frontotemporal lobar degeneration. Frontotemporal dementia、 progressive aphasia, semantic dementia. New York: Churchill Livingstone 9-41.</ref>[1][2][3]。臨床概念であるので病理基盤の種類は問わない。
 意味性認知症とは、前頭葉と側頭葉の限局性の萎縮と、それに基づく行動異常や神経心理学的症状で特徴づけられる前頭側頭葉変性症のうち、脳萎縮の分布が側頭葉に限局するか、あるいは側頭葉と前頭葉に萎縮が認められるが側頭葉の方が優位で、臨床的には意味記憶障害が前景に立つ状態像を指す臨床症候群の名称である <ref name=Hodges1992><pubmed>1486461</pubmed></ref><ref name=Hodges1999><pubmed>10067773</pubmed></ref><ref name=Snowden1996>'''Snowden JS, Neary D, Mann DMA (1996).'''<br>Fronto-temporal dementia. In: Snowden JS, Neary D, Mann DMA. Frontotemporal lobar degeneration. Frontotemporal dementia、 progressive aphasia, semantic dementia. New York: Churchill Livingstone 9-41.</ref>[1][2][3]。臨床概念であるので病理基盤の種類は問わない。


 脳の限局性萎縮に対応した症候群の分類名は歴史的変遷があり、意味性認知症の概念はその流れの中で理解できる。前頭葉と側頭葉に萎縮が限局し、それに対応した症状をきたす症例群は、歴史的には病理背景に関係なく「ピック病」と呼ばれてきた。側頭葉優位の萎縮を有す例は「側頭葉型ピック病」と呼ばれていた時期があるが、その症例報告には現在の意味性認知症の臨床症状がしばしば記載されていた。
 脳の限局性萎縮に対応した症候群の分類名は歴史的変遷があり、意味性認知症の概念はその流れの中で理解できる。前頭葉と側頭葉に萎縮が限局し、それに対応した症状をきたす症例群は、歴史的には病理背景に関係なく「ピック病」と呼ばれてきた。側頭葉優位の萎縮を有す例は「側頭葉型ピック病」と呼ばれていた時期があるが、その症例報告には現在の意味性認知症の臨床症状がしばしば記載されていた。


 1994年にスウェーデンLund大学のGustafsonらと英国Manchester大学のNearyらのグループが前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia: FTD)の概念をまとめ<ref name=Lund1994><pubmed>8163988</pubmed></ref>[4]、次いで1998年にNearyらが前頭側頭型認知症に加えて、前頭側頭葉の萎縮と同部位の症状が前景に立つ症候群として意味性認知症と進行性非流暢性失語(progressive non-fluent aphasia: PNFA)を合わせて前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration: FTLD)と呼ぶことを提唱した(図1) <ref name=Neary1998><pubmed>9855500</pubmed></ref>[5]。
 1994年にスウェーデンLund大学のGustafsonらと英国Manchester大学のNearyらのグループが前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia: FTD)の概念をまとめ<ref name=Lund1994><pubmed>8163988</pubmed></ref>[4]、次いで1998年にNearyらが前頭側頭型認知症に加えて、前頭側頭葉の萎縮と同部位の症状が前景に立つ症候群として意味性認知症と進行性非流暢性失語(progressive non-fluent aphasia: PNFA)を合わせて前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration: FTLD)と呼ぶことを提唱した('''図1''') <ref name=Neary1998><pubmed>9855500</pubmed></ref>[5]。


 側頭葉優位の萎縮を呈する意味性認知症例ではその脳萎縮に左右差がある事が多い。左優位萎縮では一般物品についての意味記憶障害を呈する例、右優位萎縮では人物についての意味記憶障害、相貌認知障害、視覚対象認知障害を呈しやすく、意味性認知症の概念はこの両方を含む<ref name=Snowden1996></ref>[3]。この様な意味記憶障害に沿った概念の整理と並行して、言語の障害に注目した臨床像の整理も進められた。まず初期に言語障害が前景に立ち認知症を欠く症例を緩徐進行性失語(slowly progressive aphasia without generalized dementia)とする概念が提唱され<ref name=Mesulam1982><pubmed>7114808</pubmed></ref>[6]、次いで、発症二年以内に言語以外の認知機能や行動に異常を認めないとする原発性進行性失語(primary progressive aphasia: PPA)とまとめた概念が提唱された<ref name=Mesulam2001><pubmed>11310619</pubmed></ref>[7]。PPAには三亜型としてnon-fluent progressive aphasia、logopenic progressive aphasiaとともに意味性認知症が設定されていたが<ref name=Gorno-Tempini2004><pubmed>14991811</pubmed></ref>[8]、その後、意味性認知症から物品呼称の障害と単語理解の障害を有する例だけを抽出して「意味性亜型PPA(semantic variant primary progressive aphasia: svPPA)」と設定しなおした。これが現在のPPAの分類である<ref name=Gorno-Tempini2011><pubmed>21325651</pubmed></ref>[9]。
 側頭葉優位の萎縮を呈する意味性認知症例ではその脳萎縮に左右差がある事が多い。左優位萎縮では一般物品についての意味記憶障害を呈する例、右優位萎縮では人物についての意味記憶障害、相貌認知障害、視覚対象認知障害を呈しやすく、意味性認知症の概念はこの両方を含む<ref name=Snowden1996></ref>[3]。この様な意味記憶障害に沿った概念の整理と並行して、言語の障害に注目した臨床像の整理も進められた。まず初期に言語障害が前景に立ち認知症を欠く症例を緩徐進行性失語(slowly progressive aphasia without generalized dementia)とする概念が提唱され<ref name=Mesulam1982><pubmed>7114808</pubmed></ref>[6]、次いで、発症二年以内に言語以外の認知機能や行動に異常を認めないとする原発性進行性失語(primary progressive aphasia: PPA)とまとめた概念が提唱された<ref name=Mesulam2001><pubmed>11310619</pubmed></ref>[7]。PPAには三亜型としてnon-fluent progressive aphasia、logopenic progressive aphasiaとともに意味性認知症が設定されていたが<ref name=Gorno-Tempini2004><pubmed>14991811</pubmed></ref>[8]、その後、意味性認知症から物品呼称の障害と単語理解の障害を有する例だけを抽出して「意味性亜型PPA(semantic variant primary progressive aphasia: svPPA)」と設定しなおした。これが現在のPPAの分類である<ref name=Gorno-Tempini2011><pubmed>21325651</pubmed></ref>[9]。

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