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<font size="+1">村尾 直哉、[http://researchmap.jp/kinichinakashima 中島 欽一]</font><br> | <font size="+1">村尾 直哉、[http://researchmap.jp/kinichinakashima 中島 欽一]</font><br> | ||
''奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科''<br> | ''奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年10月9日 原稿完成日:2012年11月16日 一部改訂:2021年6月4日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br> | ||
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英:histone 独:Histon 仏:histone | |||
{{box|text= | {{box|text= 真核生物のクロマチン(染色質)の基本単位であるヌクレオソーム(nucleosome)を構成する塩基性タンパク質。DNA を核内に収納する役割を担う。通常の細胞を構成しているタンパク質中でヒストンは最も多量に存在しているタンパク質であり、ヌクレオソームはほぼ等量のDNAとヒストンタンパク質により構成されている。ヒストンとDNAの相互作用は遺伝子発現の最初の段階である転写に大きな影響を及ぼす。 }} | ||
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== 分類 == | == 分類 == | ||
ヒストン<ref>'''八杉龍一、小関治男、古谷雅樹、日高敏隆'''<br>岩波生物学辞典 第4版<br>''岩波書店'':1996</ref>はH1、H2A、H2B、H3、H4の5種類に分類される。 | |||
H1 はリンカーヒストンと呼ばれる。一方、H2A、H2B、H3、H4の4種は、コアヒストンと呼ばれ、それぞれ二分子ずつが集合し、ヒストン八量体を形成する。コアヒストンは比較的小さく11~15kDa、H1ヒストンはやや大きく約21kDaである。 | H1 はリンカーヒストンと呼ばれる。一方、H2A、H2B、H3、H4の4種は、コアヒストンと呼ばれ、それぞれ二分子ずつが集合し、ヒストン八量体を形成する。コアヒストンは比較的小さく11~15kDa、H1ヒストンはやや大きく約21kDaである。 | ||
ヒストンは正の電荷をもつ[[ | ヒストンは正の電荷をもつ[[wj:アミノ酸|アミノ酸]]の含有量が高く、各ヒストンのアミノ酸残基の少なくとも20%が[[wj:リジン|リジン]]または[[wj:アルギニン|アルギニン]]であるため、負の電荷をもったDNA分子に強く結合する。ヒストンの塩基性アミノ酸含量またはリジン/アルギニン比に従い、H1は高リジン型ヒストン、H2A、H2Bはリジン型ヒストン、H3、H4はアルギニン型ヒストンと呼ばれている<ref>'''James D. Watson, T. A. Baker, S. P. Bell、中村桂子 監訳'''<br>ワトソン 遺伝子の分子生物学【第5版】<br>''東京電機大学出版局'':2006</ref>。 | ||
== 構造== | == 構造== | ||
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ヒストン八量体は円柱形で、それぞれのヒストン八量体には146bpのDNAがその表面に1.65回巻き付けられている<ref name="ref2"><pubmed>9305837</pubmed></ref>。この構造がクロマチン構造の最小単位であるヌクレオソームである。H1 はヌクレオソーム間の DNA に結合する。ヌクレオソーム内ではそれぞれのコアヒストンが二分子ずつ存在するのに対して、H1ヒストンは一分子含まれる <ref>'''大場義樹'''<br>クロマチン<br>''東京大学出版会'':1986</ref>。 | ヒストン八量体は円柱形で、それぞれのヒストン八量体には146bpのDNAがその表面に1.65回巻き付けられている<ref name="ref2"><pubmed>9305837</pubmed></ref>。この構造がクロマチン構造の最小単位であるヌクレオソームである。H1 はヌクレオソーム間の DNA に結合する。ヌクレオソーム内ではそれぞれのコアヒストンが二分子ずつ存在するのに対して、H1ヒストンは一分子含まれる <ref>'''大場義樹'''<br>クロマチン<br>''東京大学出版会'':1986</ref>。 | ||
ヌクレオソームを構成するヒストンにはどのコアヒストンにも保存されている領域が存在し、ヒストン型折りたたみドメイン(histone-fold domain)と呼ばれる。この領域はヒストンの中間体の集合に関与し、間に短いループを2つ([[L1]]、L2)もつ3つの[[ | ヌクレオソームを構成するヒストンにはどのコアヒストンにも保存されている領域が存在し、ヒストン型折りたたみドメイン(histone-fold domain)と呼ばれる。この領域はヒストンの中間体の集合に関与し、間に短いループを2つ([[L1]]、L2)もつ3つの[[wj:αヘリックス|αヘリックス]](α1、α2、α3)で構成されている。この領域を介して特定の組み合わせのヒストンが結合する。H3とH4はまずヘテロ二量体を形成し、この二量体同士が結合し、H3、H4各2分子からなる四量体(H3・H4)を形成する。H2A、H2Bは溶液中でヘテロ二量体は形成するが、四量体は形成しない。その後、H3-H4四量体がDNAに結合し、そこに2個のH2A・H2Bが結合することによってヌクレオソームが完成する('''図1''')。 | ||
ヌクレオソームヒストンの構造は球形のカルボキシル末端部分と、直鎖状のアミノ末端部分(ヒストンテール)からなる<ref name="ref2" /><ref><pubmed>7479959</pubmed></ref><ref><pubmed>19217387</pubmed></ref>。 ヒストンは多くの[[ | ヌクレオソームヒストンの構造は球形のカルボキシル末端部分と、直鎖状のアミノ末端部分(ヒストンテール)からなる<ref name="ref2" /><ref><pubmed>7479959</pubmed></ref><ref><pubmed>19217387</pubmed></ref>。 ヒストンは多くの[[wj:翻訳後修飾|翻訳後修飾]]可能な残基を持っており、特にヒストンテールの[[セリン]]、リジン、アルギニン残基などは[[リン酸化]]、[[アセチル化]]、[[wj:メチル化|メチル化]]、[[ユビキチン化]]といった化学修飾を受けることが知られている。これらの化学修飾は、遺伝子発現等、数々のクロマチン機能の制御に関わっている(機能の項参照)。複数の修飾の組み合わせがそれぞれ特異的な機能を引き出すという仮説は、ヒストンコード仮説と呼ばれている<ref><pubmed>10638745</pubmed></ref><ref><pubmed> 11498575</pubmed></ref>。 | ||
== 機能 == | == 機能 == | ||
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=== DNA鎖の核内への収納 === | === DNA鎖の核内への収納 === | ||
ヒストンは真核生物の大きな[[ | ヒストンは真核生物の大きな[[wj:ゲノム|ゲノム]]を細胞[[核]]にはめ込むのに必要な圧縮を可能にし、DNA鎖の核内への収納に関与している。最終的に約2mのDNAは10μm程度の核内に収納される。 | ||
=== ヒストンの修飾によるクロマチンの制御 === | === ヒストンの修飾によるクロマチンの制御 === | ||
ヒストンのアミノ末端部分(ヒストンテール)は、さまざまな修飾を受けることによりクロマチンの機能を制御しており、その影響は修飾の種類や部位によって決まる(表1、図2)。代表的なヒストン修飾として、アセチル化、脱アセチル化、メチル化、脱メチル化、リン酸化、ユビキチン化、SUMO化などが知られている。これらの修飾は、それぞれの修飾を行う酵素(修飾酵素)によって行われている(表2)。遺伝子の発現もヒストンの修飾によるクロマチン制御の影響を受けることが知られているが、このようにゲノムの塩基配列の変化を起こさずに遺伝子の機能を調節する仕組みを[[エピジェネティクス]]という。ヒストン修飾は遺伝子発現制御にとどまらずDNA修復や染色体凝縮([[有糸分裂]])、[[ | ヒストンのアミノ末端部分(ヒストンテール)は、さまざまな修飾を受けることによりクロマチンの機能を制御しており、その影響は修飾の種類や部位によって決まる(表1、図2)。代表的なヒストン修飾として、アセチル化、脱アセチル化、メチル化、脱メチル化、リン酸化、ユビキチン化、SUMO化などが知られている。これらの修飾は、それぞれの修飾を行う酵素(修飾酵素)によって行われている(表2)。遺伝子の発現もヒストンの修飾によるクロマチン制御の影響を受けることが知られているが、このようにゲノムの塩基配列の変化を起こさずに遺伝子の機能を調節する仕組みを[[エピジェネティクス]]という。ヒストン修飾は遺伝子発現制御にとどまらずDNA修復や染色体凝縮([[有糸分裂]])、[[wj:精子|精子]]形成([[wj:減数分裂|減数分裂]])などの多様な生物学的プロセスに関与していることが知られている<ref><pubmed>21927517</pubmed></ref>が、ここでは転写を調節するヒストン修飾の例を以下に示す。 | ||
[[Image:Kinichinakashima fig 2.png|thumb|350px|'''図2.代表的なヒストンテール上アミノ酸の修飾'''<br> | [[Image:Kinichinakashima fig 2.png|thumb|350px|'''図2.代表的なヒストンテール上アミノ酸の修飾'''<br>それぞれのヒストンコアタンパク質におけるヒストンテールの修飾のうち代表的なものを示した。左端がN末端を示す。ヒストンテールは多様な修飾を受け、その影響は修飾の種類や部位によって決まる('''表1''')。ヒストン修飾は遺伝子の発現制御などに重要な役割を果たしている。]] | ||
==== アセチル化 ==== | ==== アセチル化 ==== | ||
:ヒストンのアセチル化は細胞内の[[ヒストンアセチル基転移酵素]](Histone Acetyl Transferase:HAT)により行われる。HATはヒストン中の特定のリジン残基(K)のアミノ基(-NH<sub>2</sub>(-NH<sub>3</sub><sup>+</sup>))をアミド(-NHCOCH<sub>3</sub>)に変換することにより電荷を中和し、ヒストン-DNA間の結合を部分的に弱める。これにより、ヌクレオソーム同士をつないでいるDNA鎖(リンカーDNA)に対して[[転写因子]]や[[ | :ヒストンのアセチル化は細胞内の[[ヒストンアセチル基転移酵素]](Histone Acetyl Transferase:HAT)により行われる。HATはヒストン中の特定のリジン残基(K)のアミノ基(-NH<sub>2</sub>(-NH<sub>3</sub><sup>+</sup>))をアミド(-NHCOCH<sub>3</sub>)に変換することにより電荷を中和し、ヒストン-DNA間の結合を部分的に弱める。これにより、ヌクレオソーム同士をつないでいるDNA鎖(リンカーDNA)に対して[[転写因子]]や[[wj:RNAポリメラーゼ|RNAポリメラーゼ]]がより結合しやすい状態になり、結果として転写が活性化される。ヒストンの脱アセチル化では、この[[wj:アセチル基|アセチル基]]が[[加水分解]]により除去され、元の[[wj:アミノ基|アミノ基]]に戻ることによりヒストンへのDNAの巻きつきが強められ転写が抑制される。ヒストンの脱アセチル化は[[ヒストン脱アセチル化酵素]](Histone Deacetylase:HDAC)によって行われる。 | ||
==== メチル化 ==== | ==== メチル化 ==== | ||
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| style="text-align:center" | T3 | | style="text-align:center" | T3 | ||
| style="text-align:center" | リン酸化 | | style="text-align:center" | リン酸化 | ||
| style="text-align:center" | [[ | | style="text-align:center" | [[wj:減数分裂|減数分裂]] | ||
|- | |- | ||
| rowspan="2" style="text-align:center" | K4 | | rowspan="2" style="text-align:center" | K4 | ||
127行目: | 125行目: | ||
| style="text-align:center" | K18 | | style="text-align:center" | K18 | ||
| style="text-align:center" | アセチル化 | | style="text-align:center" | アセチル化 | ||
| style="text-align:center" | 転写活性化、[[ | | style="text-align:center" | 転写活性化、[[wj:DNA修復|DNA修復]] | ||
|- | |- | ||
| style="text-align:center" | K23 | | style="text-align:center" | K23 | ||
223行目: | 221行目: | ||
=== アセチル化 === | === アセチル化 === | ||
前述のように、ヒストンのアセチル化と脱アセチル化は、それぞれHAT及びHDACにより行われている。代表的なHATとして[[CBP]]([[CREB binding protein]])や[[p300]] | 前述のように、ヒストンのアセチル化と脱アセチル化は、それぞれHAT及びHDACにより行われている。代表的なHATとして[[CBP]]([[CREB binding protein]])や[[p300]]が知られている('''表2''')。p300の欠損マウスやヘテロ欠損マウス、p300とCBP両方のヘテロ欠損マウスでは細胞の増殖や[[神経管]]形成、[[wj:心臓|心臓]]の発達が起こらずに胎生致死となる<ref><pubmed>9590171</pubmed></ref>。また、CBPは神経系遺伝子の[[プローター]]領域のヒストンのアセチル化増進を介して[[神経発生]]を制御していることが報告されており、CBPのヘテロ欠損マウスでは胎生期の神経発生異常に起因すると考えられる[[ルビンシュタイン・テイビ症候群]]を引き起こすことが知られている<ref><pubmed>20152182</pubmed></ref>。 | ||
==== ニューロン分化 ==== | ==== ニューロン分化 ==== | ||
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==== HDAC阻害剤によるニューロン分化促進 ==== | ==== HDAC阻害剤によるニューロン分化促進 ==== | ||
その他にも、成体ラット海馬由来の神経幹細胞に、HDAC阻害剤としての活性を有し、[[抗てんかん薬]]として知られる[[バルプロ酸]]を作用させると、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへの分化が抑制され、ニューロンへの分化が促進することが報告されている。このニューロン分化促進は、HDACによりその発現が抑制されているニューロン分化を促進する転写因子[[neurogenic differentiation]]([[NeuroD]])の発現抑制がHDAC阻害剤であるバルプロ酸により解除されることに起因すると考えられている<ref><pubmed>15537713</pubmed></ref>。最近では、このようなHDAC阻害剤によるニューロン分化促進作用を利用した[[脊髄損傷]]の治療への応用的研究や、HDAC阻害剤を中枢神経系の疾患(ルビンシュタイン・テイビ症候群、[[レット症候群]]、[[フリードリッヒ運動失調症]]、[[ハンチントン病]]、[[多発性硬化症]] など)の治療に利用しようとした試みもなされている<ref><pubmed>20714104</pubmed></ref><ref><pubmed>18827828</pubmed></ref>。 | その他にも、成体ラット海馬由来の神経幹細胞に、HDAC阻害剤としての活性を有し、[[抗てんかん薬]]として知られる[[バルプロ酸]]を作用させると、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへの分化が抑制され、ニューロンへの分化が促進することが報告されている。このニューロン分化促進は、HDACによりその発現が抑制されているニューロン分化を促進する転写因子[[neurogenic differentiation]]([[NeuroD]])の発現抑制がHDAC阻害剤であるバルプロ酸により解除されることに起因すると考えられている<ref><pubmed>15537713</pubmed></ref>。最近では、このようなHDAC阻害剤によるニューロン分化促進作用を利用した[[脊髄損傷]]の治療への応用的研究や、HDAC阻害剤を中枢神経系の疾患(ルビンシュタイン・テイビ症候群、[[レット症候群]]、[[フリードリッヒ運動失調症]]、[[ハンチントン病]]、[[多発性硬化症]] など)の治療に利用しようとした試みもなされている<ref><pubmed>20714104</pubmed></ref><ref><pubmed>18827828</pubmed></ref>。 | ||
=== メチル化 === | === メチル化 === | ||
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=== H3K4 === | === H3K4 === | ||
H3K4のメチル化酵素である[[mixed-lineage leukemia 1]]([[MLL1]])の変異[[ | H3K4のメチル化酵素である[[mixed-lineage leukemia 1]]([[MLL1]])の変異[[wj:マウス|マウス]]では[[海馬]]の[[可塑性]]やシグナルの異常に伴い、[[学習]]能力と[[記憶]]形成能の低下がみられることが報告されている<ref><pubmed>17259173</pubmed></ref><ref><pubmed>20219993</pubmed></ref>。MLLによるH3K4のメチル化の調節は精神疾患の治療に潜在的な役割を果たすことが示唆されている。[[非定型抗精神病薬]][[クロザピン]]は[[統合失調症]]の治療に使われ、ヒトの[[前頭前野]]において[[GABA]]合成酵素遺伝子の[[Gad1]]/GAD1プロモーター領域でH3K4のトリメチル化を増加させる。MLL1のヘテロマウスでは脳のGad1でのH3K4のメチル化は減少し<ref><pubmed>17942719</pubmed></ref>、統合失調症患者の脳においてもMLL1の発現量が減少していることが知られている。これらのことから、統合失調症などの精神疾患において、MLL1は新たな治療のターゲットとなりうると考えられている。 | ||
=== H3K9 === | === H3K9 === |