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<font size="+1">柳 雅也、[http://researchmap.jp/666 辻井 農亜]、[http://researchmap.jp/oshirakawa 白川 治]</font><br> | <font size="+1">柳 雅也、[http://researchmap.jp/666 辻井 農亜]、[http://researchmap.jp/oshirakawa 白川 治]</font><br> | ||
''近畿大学医学部精神神経科学教室''<br> | ''近畿大学医学部精神神経科学教室''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年2月25日 原稿完成日:2015年3月9日 一部改訂:2021年6月9日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
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英:impulse control disorder 独:Störung der Impulskontrolle 仏:trouble des habitudes et des impulsions | 英:impulse control disorder 独:Störung der Impulskontrolle 仏:trouble des habitudes et des impulsions | ||
{{box|text= | {{box|text= 衝動制御障害とは、自分または他人に危害を与えるような行為に至るような強い内的欲求に抵抗できない、自己制御の障害である。特定の衝動に対する制御障害として診断されるもののほかに、種々の精神疾患の一病像または一亜型としてみられることも多い。従って、衝動制御障害という診断カテゴリーとしてとらえるよりもむしろ、いくつかの精神疾患でみられる病的な特性として位置づけることが妥当である。衝動制御障害の病態としては、衝動性を制御する脳領域として前頭前野眼窩部が知られているほか、衝動性亢進をもたらす神経化学的要因としてセロトニン神経伝達の低下が注目されている。}} | ||
== 概念 == | == 概念 == | ||
衝動とは、人の心や[[感覚]]をつきうごかし、反省や抑制なしに人を行動におもむかせる心の動きである<ref>'''新村 出編''' 広辞苑|岩波書店(東京)</ref>。衝動は[[本能]]に準ずる原始的な脳機能であり、通常は[[意志]]や[[理性]]といったより高次の脳機能によって制御されている。しかし、制御しきれないほどの衝動や衝動の制御障害が起きると欲求がそのまま行動として現れ、無計画で暴発的、短絡的な行動がみられる。これを[[衝動行為]]といい、その行動特性、すなわち衝動行為があらわれる傾向のことを衝動性と呼ぶ。衝動制御障害において対象となる衝動はさまざまであり、自己制御が破綻することによって衝動行為としてあらわれる。 | |||
[[パーソナリティ障害]]をはじめとするさまざまな[[精神疾患]]において衝動の制御は障害されることがあり、[[自殺]]行動、[[自傷行為]]、[[暴力]]、[[攻撃性]]、[[反社会性行動]]などといった形で表出される。さらに、[[双極性障害]]では[[躁]]状態に伴う気分の高揚や興奮によって衝動行為に至りやすくなるほか、[[統合失調症]]では急性期にみられる[[幻覚]][[妄想]]状態により衝動行為におよぶこともある。[[注意欠如/多動性障害]]([[attention-deficit/hyperactivity disorder]]: [[ADHD]])は通常小児期に発症する疾患であるが、[[不注意]]や[[多動]]を特徴とするほかに、自分の順番を待てない、他人の会話を邪魔する、質問が終わる前に出し抜けに答え始めるなどといった衝動制御の障害もみられる<ref name=ref1>'''アメリカ精神医学会'''<br>『[[DSM-IV]] | [[パーソナリティ障害]]をはじめとするさまざまな[[精神疾患]]において衝動の制御は障害されることがあり、[[自殺]]行動、[[自傷行為]]、[[暴力]]、[[攻撃性]]、[[反社会性行動]]などといった形で表出される。さらに、[[双極性障害]]では[[躁]]状態に伴う気分の高揚や興奮によって衝動行為に至りやすくなるほか、[[統合失調症]]では急性期にみられる[[幻覚]][[妄想]]状態により衝動行為におよぶこともある。[[注意欠如/多動性障害]]([[attention-deficit/hyperactivity disorder]]: [[ADHD]])は通常小児期に発症する疾患であるが、[[不注意]]や[[多動]]を特徴とするほかに、自分の順番を待てない、他人の会話を邪魔する、質問が終わる前に出し抜けに答え始めるなどといった衝動制御の障害もみられる<ref name=ref1>'''アメリカ精神医学会'''<br>『[[DSM-IV]] [[精神疾患の診断・統計マニュアル]]』<br>高橋三郎・大野裕・染矢俊幸訳 <br>''医学書院''、1996年</ref>。さらに、衝動制御の障害を主症状とする疾患群は、次項に述べる衝動制御障害の診断カテゴリーに位置づけられる。 | ||
== 診断 == | == 診断 == | ||
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=== 従来のカテゴリー === | === 従来のカテゴリー === | ||
精神障害の診断マニュアル、DSM-Ⅳ(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-Ⅳ)には「[[他のどこにも分類されない衝動制御の障害]]」というカテゴリーが存在し、[[間欠性爆発性障害]]、[[窃盗癖]]、[[放火癖]]、[[病的賭博]]、[[抜毛癖]]、[[特定不能の衝動制御の障害]]が含まれる<ref name=ref1 />。 | |||
間欠性爆発性障害とは、攻撃的衝動に抵抗できずに、ひどい暴力行為をふるったり所有物を破壊したりする病態を指し、窃盗癖、放火癖、抜毛癖、病的賭博はそれぞれ、窃盗、放火、抜毛、賭博といった行為に対する衝動の制御障害である。しかしながら、これら6疾患をまとめたカテゴリー自体が「他のどこにも分類されない」と名付けられているように、[[物質関連障害]]、[[性嗜癖異常]]、[[反社会性パーソナリティ障害]]、[[行為障害]]、統合失調症、[[気分障害]]などといった他のカテゴリーの精神疾患を除外することによってこのカテゴリーは形成されている。これは、「衝動制御の障害」が独立したカテゴリーとして存在するというよりは、さまざまな精神疾患で認められる非特異的な症候群であるという事実を示している。 | 間欠性爆発性障害とは、攻撃的衝動に抵抗できずに、ひどい暴力行為をふるったり所有物を破壊したりする病態を指し、窃盗癖、放火癖、抜毛癖、病的賭博はそれぞれ、窃盗、放火、抜毛、賭博といった行為に対する衝動の制御障害である。しかしながら、これら6疾患をまとめたカテゴリー自体が「他のどこにも分類されない」と名付けられているように、[[物質関連障害]]、[[性嗜癖異常]]、[[反社会性パーソナリティ障害]]、[[行為障害]]、統合失調症、[[気分障害]]などといった他のカテゴリーの精神疾患を除外することによってこのカテゴリーは形成されている。これは、「衝動制御の障害」が独立したカテゴリーとして存在するというよりは、さまざまな精神疾患で認められる非特異的な症候群であるという事実を示している。 | ||
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== 病態 == | == 病態 == | ||
=== 脳部位 === | === 脳部位 === | ||
衝動の制御について、脳部位との関係を考える上で[[外傷性脳損傷]]の有名な症例がある。もともと真面目な性格であった[[wj:フィネアス・ゲージ|Gage]]は、作業中の事故で鉄の棒が上顎部から頭蓋部へ貫通した。彼の運動機能と感覚機能は障害を残さずに回復したものの、事故後に人格変化をきたし、無責任で衝動的にふるまうようになった。のちに、彼の[[ | 衝動の制御について、脳部位との関係を考える上で[[外傷性脳損傷]]の有名な症例がある。もともと真面目な性格であった[[wj:フィネアス・ゲージ|Gage]]は、作業中の事故で鉄の棒が上顎部から頭蓋部へ貫通した。彼の運動機能と感覚機能は障害を残さずに回復したものの、事故後に人格変化をきたし、無責任で衝動的にふるまうようになった。のちに、彼の[[wj:頭蓋骨|頭蓋骨]]をもとに正常[[MRI]]画像とあわせて検討した結果、おもな損傷部位は前頭前野眼窩部や[[前部帯状回]]であったことが報告された<ref name=ref4><pubmed>8178168</pubmed></ref>。現在の脳研究では、前頭前野眼窩部は[[扁桃体]]の活動を抑制し、[[情動]]を引き起こす神経回路を制御することがわかっている<ref name=ref5>'''加藤隆、加藤元一郎'''<br>衝動性の神経心理学<br>''分子精神医学'' 9(4): 311 -315、2009</ref> <ref name=ref6>'''横山正宗、鈴木映二'''<br>衝動の神経生物学<br>''臨床精神医学'' 34(2): 203 -211、2005</ref>。 | ||
===セロトニン神経伝達 === | ===セロトニン神経伝達 === | ||
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[[ポジトロン断層法]]([[positron emission tomography]]: [[PET]])を用いた研究により、健常群に比べ、前部帯状回におけるセロトニントランスポーターが減少していること、セロトニン遊離促進薬である[[フェンフルラミン]]を投与すると[[前頭葉]]における脳代謝が低下することが報告されている<ref name=ref7><pubmed>22535310</pubmed></ref>。 | [[ポジトロン断層法]]([[positron emission tomography]]: [[PET]])を用いた研究により、健常群に比べ、前部帯状回におけるセロトニントランスポーターが減少していること、セロトニン遊離促進薬である[[フェンフルラミン]]を投与すると[[前頭葉]]における脳代謝が低下することが報告されている<ref name=ref7><pubmed>22535310</pubmed></ref>。 | ||
末梢血においても、[[ | 末梢血においても、[[wj:血小板|血小板]]のセロトニントランスポーターが減少していることや、[[プロラクチン]]分泌量を指標とした試験でフェンフルラミン投与による反応が低下していることが報告されており、間欠性爆発性障害ではセロトニン神経伝達の機能が低下していることが推測される<ref name=ref7 />。また課題による賦活をみた[[脳機能画像研究]]では、同疾患は健常群に比べ、怒りの表情を提示された際の前頭前野眼窩部の賦活が乏しい一方で、扁桃体の賦活が強いことが[[functional MRI]]を用いた研究で報告されている<ref name=ref7 />。こういった間欠性爆発性障害にみられる所見は、セロトニン神経伝達の低下や前頭前野眼窩部の障害といった衝動性を亢進させる所見に類似していることから、間欠性爆発性障害は生物学的にも衝動性との関連が深いと推測される。 | ||
====ギャンブル障害==== | ====ギャンブル障害==== |