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Akiyoshi Kitaoka (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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==知覚的錯覚== | ==知覚的錯覚== | ||
知覚的錯覚は、感覚・知覚レベルに原因がある錯覚である。視覚性の錯覚は錯視、聴覚性の錯覚は錯聴、触覚性の錯覚は錯触と呼ばれる。視覚の錯覚である錯視は、幾何学的錯視、明るさや色の錯視、運動視の錯視などに分類される(後述の「錯視」の項目を参照)。聴覚の錯覚である錯聴には、連続聴効果(auditory continuity illusion)<ref>音が短時間途切れていても、その中断部分に別の強い音が挿入されていると、補われてなめらかに聞こえる現象。</ref><ref>Miller, G. A., & Licklider, J. C. R. (1950). The intelligibility of interrupted speech. Journal of the Acoustical Society of America, 22,167-173.</ref><ref>Warren, R. M., Wrightson, J. M., & Puretz, J. (1988). Illusory continuity of tonal and infratonal periodic sounds. Journal of the Acoustical Society of America, 84, 1338-1342.</ref>、ミッシングファンダメンタル(missing fundamental)<ref>音の高さ(ピッチ)は音の基本周波数に対応するものであるが、基本周波数成分が物理的に存在していない状況において、倍音成分から基本周波数が推定されてその音の高さに聞こえる現象。</ref><ref>Schouten,J. F., Ritsmam R. J., & Cardozo, B. L. (1962). Pitch of the residue. Journal of the Acoustical Society of America, 34, 1418-1424.</ref>などが知られる。触覚の錯覚である錯触には、ベルベットハンド錯覚(velvet hand illusion)<ref>金網を両手ではさみ、手を合わせたままゆっくり前後に動かすと、金属性の硬い感触ではなく、やわらかくてふんわりとした(ベルベットのような)触り心地を感じる現象。</ref><ref>Mochiyama, H., Sano, A., Takesue, N., Kikuuwe, R., Fujita, K., Fukuda, S., Marui, K., & Fujimoto, H. (2005). Haptic illusions induced by moving line stimuli. Proc. World Haptic Conference,645–648.</ref>や感覚漏斗現象(sensory funneling)<ref>ファントムセンセーションともいう。複数の触覚刺激が同時に異なる部位に提示された時、中間にその刺激を感じる現象。</ref><ref>von Békésy, G. (1959). Neural funneling along the skin and between the inner and outer hair cells of the cochlea. Journal of the Acoustical Society of America, 31(9), 1236–1249. </ref>、アリストテレスの錯覚(Aristotle illusion)<ref>人差し指と中指を交差させて鉛筆や自分の鼻に触れると。鉛筆や自分の鼻が2つあるように感じる現象。</ref><ref>Hayward, V. (2008). A brief taxonomy of tactile illusions and demonstrations that can be done in a hardware store. Brain Research Bulletin, 75(6), 742-752. https://doi.org/10.1016/j.brainresbull.2008.01.008</ref>などがある。温度感覚の錯覚としては、サーマルグリル錯覚(thermal grill illusion)<ref>温かい物体と冷たい物体を近接した皮膚部位で同時に触れると、熱い物体に触れたように感じる現象。痛みを知覚することもある。</ref><ref>Craig, A. D., & Bushnell, M. C. (1994). The thermal grill illusion: Unmasking the burn of cold pain. Science, 265 (5169), 252–255. https://www.science.org/doi/10.1126/science.8023144</ref>やサーマルリファラル(thermal referral)<ref>中指で常温のものに、人差し指と薬指で暖かい(冷たい)ものを触れると、常温のものも温かく(冷たく)感じられる現象。</ref><ref>Green, B. G.(1977). Localization of thermal sensation: An illusion and synthetic heat. Perception & Psychophysics, 22, 331-337.</ref>がある。多感覚の相互作用における錯覚もある。たとえば、腹話術効果(ventriloquism effect)<ref>実際の話し手からではなく、人形の動く口から声が聞こえてくるように知覚される現象。</ref><ref>Bruns, P. (2019). The ventriloquist illusion as a tool to study multisensory processing: An update. Frontiers in Integrative Neuroscience, 13, 51. https://doi.org/10.3389/fnint.2019.00051</ref>は、視覚の情報が優位となって引き起こされる聴覚の錯覚である。シャルパンテイエ効果(Charpentier effect)<ref>同じ重さのものでも、体積が小さいものは大きいものに比べて重く感じる現象。</ref><ref>Murray, D. J., Ellis, R. R., Bandomir, C. A., & Ross, H. E. (1999). Charpentier (1891) on the size—weight illusion. Perception & Psychophysics, 61, 1681–1685. https://doi.org/10.3758/BF03213127</ref><ref>Saccone, E.J., Landry, O., & Chouinard, P.A. (2019). A meta-analysis of the size-weight and material-weight illusions. Psychonomic Bullutin & Review, 26, 1195–1212. https://doi.org/10.3758/s13423-019-01604-x</ref>は、視覚に影響を受ける重さの知覚の錯覚である<ref>Murray et al. (1999) によると、「生理学者であったシャルパンティエは、重さの知覚の説明として、皮膚にかかる単位面積当たりの圧力や物体を持ち上げるのに必要な運動エネルギーの相対的な大きさといった神経生理学的な観点に関心があった」ので、必ずしも視覚と重さ知覚の多感覚相互作用と考えたわけではないようだ。</ref>。ラバーハンド錯覚(rubber hand illusion)<ref>自分の手を衝立の裏に隠し、衝立の手前にゴムでできた手を置いた状態で、協力者に自分の手とゴムの手を同じタイミングで触ってもらっていると、触られているのはゴムの手であるように感じる現象。</ref><ref>Botvinick, M., & Cohen, J. (1998). Rubber hands ‘feel’ touch that eyes see. Nature 391, 756. https://doi.org/10.1038/35784</ref>は、視覚に影響を受ける身体知覚の錯覚<ref>小鷹研理 (2023). からだの錯覚 脳と感覚が作り出す不思議な世界 ブルーバックス B-2228 講談社</ref>である。 | |||
==認知的錯覚== | ==認知的錯覚== | ||
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==錯視== | ==錯視== | ||
視知覚の錯覚は錯視(visual illusion)と呼ばれ<ref>日常用語としては optical illusion と呼ばれる。</ref> | 視知覚の錯覚は錯視(visual illusion)と呼ばれ<ref>日常用語としては optical illusion と呼ばれる。</ref>、19世紀中葉より盛んに研究が行われるようになり、現在に至っている<ref>Robinson, J. O. (1972/1998). The psychology of visual illusion. Mineola, NY: Dover.</ref>。視覚のモダリティに対応して、幾何学的錯視、明るさの錯視、色の錯視、運動視の錯視、立体視の錯視、顔の錯視などに分類される。 | ||
幾何学的錯視(geometric illusion)とは形の次元の錯視のことで、大きさの錯視(size illusion)、位置の錯視(misalignment illusion)、傾きの錯視(tilt illusion あるいは orientation illusion)に分けられる。図1に、古典的な幾何学的錯視を示した。ミュラー=リヤー錯視、エビングハウス錯視、ポンゾ錯視は大きさの錯視である。ポッゲンドルフ錯視は位置の錯視である。ツェルナー錯視、へリング錯視、ミュンスターベルク錯視(カフェウォール錯視)、フレーザー錯視、フレーザーの渦巻き錯視は傾きの錯視である。出たばかりの月は大きく見える月の錯視(moon illusion)<ref>天体錯視ともいう。</ref><ref>ヘレン・ロス、コーネリス・プラグ(著)、東山篤規(訳) (2014). 月の錯視 なぜ大きく見えるのか 勁草書房</ref>も古くから知られている。 | |||
明るさの錯視(lightness illusion あるいは brightness illusion)は、明るさの対比(英語では simultaneous brightness contrast と表現する。それに合わせると、同時的明るさ対比となる)と明るさの同化(lightness assimilation あるいは brightness assimilation)の二項対立で記述されてきたが、ホワイト効果(White's effect)のようにどちらの性質も有する錯視もある。明るさの対比的な錯視としては、チェッカーシャドー錯視(checker shadow illusion)や縞誘導(grating induction)がある。 | |||
色の錯視(color illusion)にも、色の対比と色の同化の二項対立があるが、ムンカー錯視(Munker illusion)のようにどちらの性質も有する錯視がある。無彩色から生成される主観色(subjective color)も古くから研究されている。 | |||
運動視の錯視 | |||
立体視の錯視 | |||
顔の錯視 | |||
==幻覚と妄想== | ==幻覚と妄想== | ||
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2017年に刊行された"The Oxford compendium of visual illusions"という分厚い錯視の専門書<ref>Shapiro, A. G. & Todorović, D. (Eds.) (2017). The Oxford compendium of visual illusions. Oxford University Press.</ref>があり、世界中の錯視あるいは視覚の研究者が著した書籍であるから、この本を薦めておけばよいのだが、初学者が簡単に錯視を概観するという目的に照らせば、量的に多すぎると言わざるをえない。数十年前であれば、Robinsonの錯視のレビュー本を紹介すれば、手頃な分量であったこともあり、錯視のことを知るにはそれ一冊で十分であったが、今となっては同書は現役の錯視の入門書というよりは、錯視研究史の重要文献である。そこで、ここでは「錯視の科学ハンドブック」<ref>後藤倬男・田中平八(編) (2005). 錯視の科学ハンドブック 東京大学出版会</ref>、「錯視入門」<ref>北岡明佳 (2010). 錯視入門 朝倉書店</ref>、"Eye and brain"<sup>[4]</sup>を、錯視の入門書として挙げておく。認知的錯覚の入門書としては、「錯覚の科学」<sup>[5]</sup>がある。同じタイトル名に翻訳された"The invisible gorilla"<ref>Chabris, C. F. & Simons, D. J. (2010). The invisible gorilla: And other ways our intuitions deceive us. HarperCollins. (日本語訳: クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ(著)、木村博江(訳) (2011). 錯覚の科学 文藝春秋)</ref>も参考になる。しかし、それらだけでは認知的錯覚を広くカバーできていないので、認知心理学や行動経済学の書籍にも当たって頂きたい。なお、物理的錯覚のまとまった入門書となると、執筆者は寡聞にして推薦できるものを持ち合わせていない。 | 2017年に刊行された"The Oxford compendium of visual illusions"という分厚い錯視の専門書<ref>Shapiro, A. G. & Todorović, D. (Eds.) (2017). The Oxford compendium of visual illusions. Oxford University Press.</ref>があり、世界中の錯視あるいは視覚の研究者が著した書籍であるから、この本を薦めておけばよいのだが、初学者が簡単に錯視を概観するという目的に照らせば、量的に多すぎると言わざるをえない。数十年前であれば、Robinsonの錯視のレビュー本を紹介すれば、手頃な分量であったこともあり、錯視のことを知るにはそれ一冊で十分であったが、今となっては同書は現役の錯視の入門書というよりは、錯視研究史の重要文献である。そこで、ここでは「錯視の科学ハンドブック」<ref>後藤倬男・田中平八(編) (2005). 錯視の科学ハンドブック 東京大学出版会</ref>、「錯視入門」<ref>北岡明佳 (2010). 錯視入門 朝倉書店</ref>、"Eye and brain"<sup>[4]</sup>を、錯視の入門書として挙げておく。認知的錯覚の入門書としては、「錯覚の科学」<sup>[5]</sup>がある。同じタイトル名に翻訳された"The invisible gorilla"<ref>Chabris, C. F. & Simons, D. J. (2010). The invisible gorilla: And other ways our intuitions deceive us. HarperCollins. (日本語訳: クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ(著)、木村博江(訳) (2011). 錯覚の科学 文藝春秋)</ref>も参考になる。しかし、それらだけでは認知的錯覚を広くカバーできていないので、認知心理学や行動経済学の書籍にも当たって頂きたい。なお、物理的錯覚のまとまった入門書となると、執筆者は寡聞にして推薦できるものを持ち合わせていない。 | ||
最後に、本項目を読んだ方がすぐにでも活用できるよう、身近な錯視の例をいくつか挙げる。図3は、ミュラー= | 最後に、本項目を読んだ方がすぐにでも活用できるよう、身近な錯視の例をいくつか挙げる。図3は、ミュラー=リヤー錯視をはじめとする古典的な幾何学的錯視の例である。錯視画像の多くは人工的なものであるが、自然に観察できるものもある。例としては、皆様の手足には、静脈が青く見える錯視が認められる<ref>Kienle, A., Lilge, L., Vitkin, I. A., Patterson, M. S., Wilson, B. C., Hibst, R., & Steiner, R. (1996). Why do veins appear blue? A new look at an old question. Applied Optics, 35(7), 1151-1160.</ref><ref>北岡明佳 (2019). イラストレイテッド 錯視のしくみ 朝倉書店 </ref>(図4)。望遠レンズで遠景を撮影すると、奥行き方向の傾斜が急に見える現象(図5)<ref>北岡明佳 (2020). 現代がわかる心理学 丸善出版</ref>がある。 | ||
図5はだまし絵(trompe l'oeil)の一種と考えることができ、だまし絵は錯覚の一種と考えることもできる。しかし、だまし絵については煩雑になるので省略する。奇術(手品)などについても同様である。 | 図5はだまし絵(trompe l'oeil)の一種と考えることができ、だまし絵は錯覚の一種と考えることもできる。しかし、だまし絵については煩雑になるので省略する。奇術(手品)などについても同様である。 | ||
[[ファイル:ベタ踏み坂.jpg|サムネイル|図5 通称「ベタ踏み坂」。島根県と鳥取県の県境にかかる江島大橋の島根県側部分である。この坂道を、中海に浮かぶ大根島から、中海越しに望遠レンズで撮影すると、垂直に近い急坂に見える。しかし、物理的には、6.1% (3.49゜) の勾配である。]] | [[ファイル:ベタ踏み坂.jpg|サムネイル|図5 通称「ベタ踏み坂」。島根県と鳥取県の県境にかかる江島大橋の島根県側部分である。この坂道を、中海に浮かぶ大根島から、中海越しに望遠レンズで撮影すると、垂直に近い急坂に見える。しかし、物理的には、6.1% (3.49゜) の勾配である。]] | ||
[[ファイル:NinioextinctionillusionL.jpg|サムネイル|図1 ニニオ・スティーブンスの消失錯視(Ninio-Stevens' extinction illusion)<ref>Ninio, J. & Stevens, K. A. (2000). Variations on the Hermann grid: an extnction illusion. Perception, 29, 1209-1217.</ref>。垂直線・水平線の交点12箇所に黒いドットが描かれているが、周辺視では消えて見える。]] | [[ファイル:NinioextinctionillusionL.jpg|サムネイル|図1 ニニオ・スティーブンスの消失錯視(Ninio-Stevens' extinction illusion)<ref>Ninio, J. & Stevens, K. A. (2000). Variations on the Hermann grid: an extnction illusion. Perception, 29, 1209-1217.</ref>。垂直線・水平線の交点12箇所に黒いドットが描かれているが、周辺視では消えて見える。]] |
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