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(ページの作成:「東京大学大学院医学系研究科 村上 誠 {{box|text= ホスホリパーゼA2 (PLA2) は、グリセロリン脂質(以下、リン脂質)のグリセロール骨格の2位のエステル結合を加水分解し、脂肪酸と1-リゾリン脂質を生成する酵素である。広義には、構造上PLA2ファミリーに分類される酵素を指し、この中にはPLA2活性とは異なる酵素活性を持つものもある。ヒトの…」) |
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==生体内機能および疾患との関わり== | ==生体内機能および疾患との関わり== | ||
===cPLA2ファミリー=== | ===cPLA2ファミリー=== | ||
==== | ====cPLA2α==== | ||
多くの細胞・組織においてアラキドン酸代謝の始動に必須であり、プロスタグランジンやロイコトリエンなどの脂質メディエーターの産生を介して多くの炎症性疾患やがんの増悪に寄与する一方で、生理的には雌性生殖、止血、粘膜保護などに<ref name=Uozumi1997><pubmed>9403692</pubmed></ref><ref name=Hegen2003><pubmed>12743172</pubmed></ref><ref name=Marusic2005><pubmed>16172261</pubmed></ref><ref name=Nagase2002><pubmed>11984592</pubmed></ref><ref name=Nagase2000><pubmed>10881173</pubmed></ref><ref name=Takaku2000><pubmed>10969066</pubmed></ref>[5-10]。 | |||
脳神経系との関わりについては、cPLA2αの欠損や薬理的阻害によって脳虚血モデルやアルツハイマー病モデルが軽減することや、長期記憶の形成が乱れることが報告されている<ref name=Bonventre1997><pubmed>9403693</pubmed></ref><ref name=Sanchez-Mejia2008><pubmed>18931664</pubmed></ref>[11,12]。脳神経系におけるプロスタグランジン類の作用は多岐にわたるが、例えば代表的なプロスタグランジンであるPGE2は、EP1~EP4の4つの受容体を介して、発熱(EP3)、痛覚過敏(EP1)、ミクログリア活性化(EP2/EP4)、衝動(EP1)、心理的ストレス(EP1)などの調節に関わる<ref name=Furuyashiki2011><pubmed>21116297</pubmed></ref>[13]。PGD2は睡眠の調節に関わる<ref name=Qu2006><pubmed>17093043</pubmed></ref>[14]。 | |||
しかしながら、脳内のプロスタグランジン量はcPLA2αを欠損してもほとんど減少せず、むしろ中性脂質(逆行性シナプス伝達物質として知られる2-アラキドノイルグリセロール)からモノアシルグリセロールリパーゼにより遊離されるアラキドン酸が脳内プロスタグランジンの産生に重要である<ref name=Nomura2011><pubmed>22021672</pubmed></ref>[15]。したがって、脳内におけるcPLA2αによるプロスタグランジンの産生は、脳虚血やアルツハイマー病などの病態時に顕在化する一方で、生理的には脳内の局所で起こっており、脳全体としてはシナプス伝達と連動してモノアシルグリセロールリパーゼにより遊離されるアラキドン酸にマスクされてしまっていると考えられる。 | |||
注意すべき点として、cPLA2ファミリーは脊椎動物にしか存在しないので、無脊椎動物の脳の活動にはcPLA2αは必要ない。 | |||
==== | ====cPLA2ε==== | ||
普遍的に分布しているcPLA2とは異なり、皮膚、筋肉、胃、脳など限られた組織に発現している。皮膚においては抗炎症性脂質であるNAEの産生を介して乾癬を抑える<ref name=Liang2022><pubmed>35478358</pubmed></ref>[16]。脳虚血やアルツハイマー病においては、NAEの産生を介して神経保護に関わると考えられる<ref name=Rahman2022><pubmed>35988872</pubmed></ref>[17]。 | 普遍的に分布しているcPLA2とは異なり、皮膚、筋肉、胃、脳など限られた組織に発現している。皮膚においては抗炎症性脂質であるNAEの産生を介して乾癬を抑える<ref name=Liang2022><pubmed>35478358</pubmed></ref>[16]。脳虚血やアルツハイマー病においては、NAEの産生を介して神経保護に関わると考えられる<ref name=Rahman2022><pubmed>35988872</pubmed></ref>[17]。 | ||
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リン脂質分解型のアイソザイム(PNPLA6―9)の欠損または変異は、神経変性疾患と密接に関連している。 | リン脂質分解型のアイソザイム(PNPLA6―9)の欠損または変異は、神経変性疾患と密接に関連している。 | ||
====PNPLA9/ | ====PNPLA9/iPLA2β==== | ||
神経科学の領域ではPLA2G6とも呼ばれることが多く、その変異はPLA2G6-related disordersと総称される神経変性疾患(INAD; infantile neuroaxonal dystrophy, NBIA; neurodegeneration with brain iron accumulation、パーキンソン病など)の原因となる<ref name=Morgan2006><pubmed>16783378</pubmed></ref>[18]。パーキンソン病の領域ではPARK14(parkinsonism-associated protein 14)とも呼ばれる。 | 神経科学の領域ではPLA2G6とも呼ばれることが多く、その変異はPLA2G6-related disordersと総称される神経変性疾患(INAD; infantile neuroaxonal dystrophy, NBIA; neurodegeneration with brain iron accumulation、パーキンソン病など)の原因となる<ref name=Morgan2006><pubmed>16783378</pubmed></ref>[18]。パーキンソン病の領域ではPARK14(parkinsonism-associated protein 14)とも呼ばれる。 | ||
マウス、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエで本酵素を欠損させた場合も類似の神経変性を引き起こす<ref name=Mori2019><pubmed>31548400</pubmed></ref>[19] | マウス、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエで本酵素を欠損させた場合も類似の神経変性を引き起こす<ref name=Mori2019><pubmed>31548400</pubmed></ref>[19]。メカニズムとして、脳内膜リン脂質の脂肪酸組成の変化、リゾリン脂質の減少によるドパミン神経のCa<sup>2+</sup>チャネルの開口不全、酸化リン脂質の除去が低下することによる神経細胞死(フェロトーシス)などが報告されている<ref name=Smani2004><pubmed>14730314</pubmed></ref><ref name=Zhou2016><pubmed>26755131</pubmed></ref><ref name=Sun2021><pubmed>33542532</pubmed></ref> [20-22]。 | ||
====PNPLA8/ | ====PNPLA8/iPLA2γ==== | ||
欠損・変異は、神経変性を伴う筋力の低下(ミオパチー)を特徴とし、ミトコンドリア特有のリン脂質であるカルジオリピンの代謝異常によるミトコンドリア病(mitochondriopathy)の一種と考えられている<ref name=Saunders2015><pubmed>25512002</pubmed></ref><ref name=Mancuso2009><pubmed>19840936</pubmed></ref>[23,24]。 | 欠損・変異は、神経変性を伴う筋力の低下(ミオパチー)を特徴とし、ミトコンドリア特有のリン脂質であるカルジオリピンの代謝異常によるミトコンドリア病(mitochondriopathy)の一種と考えられている<ref name=Saunders2015><pubmed>25512002</pubmed></ref><ref name=Mancuso2009><pubmed>19840936</pubmed></ref>[23,24]。 | ||
====PNPLA6/ | ====PNPLA6/iPLA2δ==== | ||
ヒトにおける変異はPNPLA6-related disordersと称される神経変性疾患を引き起こし、この中には痙性椎麻痺(SPG39)に加えて、運動失調、性腺機能低下症、脈絡網膜ジストロフィーを主症状とするBoucher-Neuhäuser症候群、Gordon Holmes症候群、Oliver-McFarlane症候群、Laurence-Moon症候群が含まれる<ref name=Kretzschmar2022><pubmed>35448471</pubmed></ref>[25]。マウス、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエにおける本酵素の変異や脳特異的欠損も類似の症状を発症し、メカニズムとして、神経細胞やグリア細胞におけるリン脂質の新陳代謝の異常、神経軸索の脂質小胞輸送の撹乱、髄鞘の形成不全などが提唱されている<ref name=Kretzschmar1997><pubmed>9295388</pubmed></ref><ref name=Akassoglou2004><pubmed>15051870</pubmed></ref>[26,27]。 | ヒトにおける変異はPNPLA6-related disordersと称される神経変性疾患を引き起こし、この中には痙性椎麻痺(SPG39)に加えて、運動失調、性腺機能低下症、脈絡網膜ジストロフィーを主症状とするBoucher-Neuhäuser症候群、Gordon Holmes症候群、Oliver-McFarlane症候群、Laurence-Moon症候群が含まれる<ref name=Kretzschmar2022><pubmed>35448471</pubmed></ref>[25]。マウス、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエにおける本酵素の変異や脳特異的欠損も類似の症状を発症し、メカニズムとして、神経細胞やグリア細胞におけるリン脂質の新陳代謝の異常、神経軸索の脂質小胞輸送の撹乱、髄鞘の形成不全などが提唱されている<ref name=Kretzschmar1997><pubmed>9295388</pubmed></ref><ref name=Akassoglou2004><pubmed>15051870</pubmed></ref>[26,27]。 | ||
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====sPLA2-IID==== | ====sPLA2-IID==== | ||
リンパ節の樹状細胞に発現しており、抗炎症性脂質であるω3脂肪酸を選択的に切り出して獲得免疫を抑制する<ref name=Miki2013><pubmed>23690440</pubmed></ref>[40]。本酵素の免疫抑制作用は炎症を抑える点では体にとって有益であるが、癌やウイルス感染に対しては生体防御を抑えるため増悪する方向に作用する<ref name=Wong2022><pubmed>35314834</pubmed></ref>[41]。 | |||
====sPLA2-IIE==== | ====sPLA2-IIE==== |