「フォリスタチン」の版間の差分

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 フォリスタチンは、下垂体組織中での局所的なパラクリン作用でアクチビンの作用に対して阻害的に働く。アクチビンによってフォリスタチンの発現は上方制御されるが、これは一種のフィードバック機能と言える。生殖腺でもパラクライン作用でアクチビンを阻害する。なお、フォリスタチンは、マイオスタチン、GDF11に対しても阻害効果を持つ。
 フォリスタチンは、下垂体組織中での局所的なパラクリン作用でアクチビンの作用に対して阻害的に働く。アクチビンによってフォリスタチンの発現は上方制御されるが、これは一種のフィードバック機能と言える。生殖腺でもパラクライン作用でアクチビンを阻害する。なお、フォリスタチンは、マイオスタチン、GDF11に対しても阻害効果を持つ。


=== ノックアウト(KO)マウスの表現型 ===
=== ノックアウトマウスの表現型 ===
 フォリスタチンの全身型のKOマウスが作成されている。肺胞膨張不全のため、生後数時間で死亡するが、成長遅延、横隔膜や肋間筋量の低下、口蓋や肋骨の部分的欠損・形成異常、頬髭と歯の異常、皮膚では光沢を持ち張りのある表現型が見られる <ref name=Matzuk1995><pubmed>7885475</pubmed></ref>。これらの表現型は、フォリスタチンがアクチビンのみならず他のTGF-βファミリーの活性を生体内で制御していることを示している。筋量低下はマイオスタチン阻害が解除されたためと推測される。
 フォリスタチンの全身型のノックアウトマウスが作成されている。肺胞膨張不全のため、生後数時間で死亡するが、成長遅延、横隔膜や肋間筋量の低下、口蓋や肋骨の部分的欠損・形成異常、頬髭と歯の異常、皮膚では光沢を持ち張りのある表現型が見られる <ref name=Matzuk1995><pubmed>7885475</pubmed></ref>。これらの表現型は、フォリスタチンがアクチビンのみならず他のTGF-βファミリーの活性を生体内で制御していることを示している。筋量低下はマイオスタチン阻害が解除されたためと推測される。


 FSTL3(FLRG)のKOマウスは、成体まで生存するが、膵ベータ細胞は過形成を示し、膵島の数と大きさが増す。それに伴い、内臓脂肪量は低下し、耐糖能は改善しインスリン感受性が促進される。また、肝硬変と軽度高血圧を示すが、筋量や体重には変化は見られない <ref name=Mukherjee2007><pubmed>17229845</pubmed></ref>。
 FSTL3(FLRG)のノックアウトマウスは、成体まで生存するが、膵ベータ細胞は過形成を示し、膵島の数と大きさが増す。それに伴い、内臓脂肪量は低下し、耐糖能は改善しインスリン感受性が促進される。また、肝硬変と軽度高血圧を示すが、筋量や体重には変化は見られない <ref name=Mukherjee2007><pubmed>17229845</pubmed></ref>。


=== 神経系とフォリスタチン ===
=== 神経系とフォリスタチン ===
 発生過程において、セグメント構造を示す後脳原基の菱形脳において、フォリスタチンは偶数の菱形脳 (r2, 4, 6)で発現するがr3では発現しない。このことから、Krox-20により転写抑制されると考えられている <ref name=Seitanidou1997><pubmed>9256343</pubmed></ref>。フォリスタチンの成体の神経系での発現は低い。前脳特異的な発現を示すαCaMKIIプロモーターを用いることで作成されたフォリスタチンの過剰発現遺伝子改変マウスでは、オープンフィールドテストや明暗試験、新規物体認識試験の結果から活動性の低下と不安行動の増加が報告されている。さらに、神経細胞新生や生存の低下が見られる。これらの表現型はアクチビン阻害によるものと考えられている <ref name=Ageta2008><pubmed>18382659</pubmed></ref>。アクチビンは海馬歯状回やCA1での後期長期増強(L-LTP)に必須であるが、フォリスタチンはそれを阻害する <ref name=Ageta2010><pubmed>20332189</pubmed></ref>。獲得された記憶は初期は海馬依存性であり、やがて皮質で記憶形成される。成人における神経新生は、海馬依存的な連合恐怖記憶に関係する。また、フォリスタチンを前脳特異的に強制発現させたマウスでは、海馬での神経新生が抑制されており、海馬依存性の記憶の長期維持が促進される <ref name=Kitamura2009><pubmed>19914173</pubmed></ref>。
 発生過程において、セグメント構造を示す後脳原基の菱形脳において、フォリスタチンは偶数の菱形脳 (r2, 4, 6)で発現するがr3では発現しない。このことから、Krox-20により転写抑制されると考えられている <ref name=Seitanidou1997><pubmed>9256343</pubmed></ref>。フォリスタチンの成体の神経系での発現は低い。前脳特異的な発現を示すαCaMKIIプロモーターを用いることで作成されたフォリスタチンの過剰発現遺伝子改変マウスでは、オープンフィールドテストや明暗試験、新規物体認識試験の結果から活動性の低下と不安行動の増加が報告されている。さらに、神経細胞新生や生存の低下が見られる。これらの表現型はアクチビン阻害によるものと考えられている <ref name=Ageta2008><pubmed>18382659</pubmed></ref>。アクチビンは海馬歯状回やCA1での後期長期増強(L-LTP)に必須であるが、フォリスタチンはそれを阻害する <ref name=Ageta2010><pubmed>20332189</pubmed></ref>。獲得された記憶は初期は海馬依存性であり、やがて皮質で記憶形成される。成人における神経新生は、海馬依存的な連合恐怖記憶に関係する。また、フォリスタチンを前脳特異的に強制発現させたマウスでは、海馬での神経新生が抑制されており、海馬依存性の記憶の長期維持が促進される <ref name=Kitamura2009><pubmed>19914173</pubmed></ref>。


 フォリスタチンやFSTN3はマイオスタチン阻害作用も強力であり、筋肥大効果が期待できる。そのため、遺伝性筋疾患の治療にこれらを利活用する研究が推進されている。フォリスタチンの骨格筋特異的な遺伝子強制発現マウスは顕著な筋肥大を示す <ref name=Lee2001><pubmed>11459935</pubmed></ref>。以前より、マイオスタチンKOマウスは顕著な筋肥大を示すことが知られていたが、フォリスタチン過剰発現マウスと組合わせることでさらに筋量が増す <ref name=McPherron1997><pubmed>9139826</pubmed></ref><ref name=Lee2007><pubmed>17726519</pubmed></ref><ref name=Lee2010><pubmed>20810712</pubmed></ref>。これらの結果から、フォリスタチンは生体内でマイオスタチンとアクチビンの両者を阻害し、アクチビンも筋量調節に寄与すると考察されている。血液中のアクチビン濃度は齧歯類より霊長類の方が4倍程度高いが共に1ng/ml以下である。逆に、マイオスタチンの血液濃度はマウスでは40ng/ml程度と高いが霊長類やラットでは10ng/ml以下とされている。マウスでマイオスタチン阻害が強力に筋肥大を示すのはその高い血中濃度のためと推測されている <ref name=Latres2017><pubmed>28452368</pubmed></ref>。様々なアプローチによるマイオスタチン阻害が考えられるが、フォリスタチンやFSTN3もその有力な候補である<ref name=Tsuchida2009><pubmed>19538713</pubmed></ref><ref name=Saitoh2020><pubmed>31874826</pubmed></ref><ref name=Lee2021><pubmed>33938454</pubmed></ref><ref name=Ozawa2021><pubmed>34113826</pubmed></ref>。
 フォリスタチンやFSTN3はマイオスタチン阻害作用も強力であり、筋肥大効果が期待できる。そのため、遺伝性筋疾患の治療にこれらを利活用する研究が推進されている。フォリスタチンの骨格筋特異的な遺伝子強制発現マウスは顕著な筋肥大を示す <ref name=Lee2001><pubmed>11459935</pubmed></ref>。以前より、マイオスタチンノックアウトマウスは顕著な筋肥大を示すことが知られていたが、フォリスタチン過剰発現マウスと組合わせることでさらに筋量が増す <ref name=McPherron1997><pubmed>9139826</pubmed></ref><ref name=Lee2007><pubmed>17726519</pubmed></ref><ref name=Lee2010><pubmed>20810712</pubmed></ref>。これらの結果から、フォリスタチンは生体内でマイオスタチンとアクチビンの両者を阻害し、アクチビンも筋量調節に寄与すると考察されている。血液中のアクチビン濃度は齧歯類より霊長類の方が4倍程度高いが共に1ng/ml以下である。逆に、マイオスタチンの血液濃度はマウスでは40ng/ml程度と高いが霊長類やラットでは10ng/ml以下とされている。マウスでマイオスタチン阻害が強力に筋肥大を示すのはその高い血中濃度のためと推測されている <ref name=Latres2017><pubmed>28452368</pubmed></ref>。様々なアプローチによるマイオスタチン阻害が考えられるが、フォリスタチンやFSTN3もその有力な候補である<ref name=Tsuchida2009><pubmed>19538713</pubmed></ref><ref name=Saitoh2020><pubmed>31874826</pubmed></ref><ref name=Lee2021><pubmed>33938454</pubmed></ref><ref name=Ozawa2021><pubmed>34113826</pubmed></ref>。


 ヒトへのマイオスタチン阻害剤投与の治験では筋肥大効果は奏功を示していないのが現状である <ref name=Wagner2020><pubmed>32773450</pubmed></ref><ref name=Suh2020><pubmed>32911580</pubmed></ref>。ヒトを含めた霊長類では、筋肉量の調節はアクチビンとマイオスタチンの両者によって制御されている可能性が示唆されており、アクチビンAがより重要ではないかと考察されている <ref name=Latres2017><pubmed>28452368</pubmed></ref>。
 ヒトへのマイオスタチン阻害剤投与の治験では筋肥大効果は奏功を示していないのが現状である <ref name=Wagner2020><pubmed>32773450</pubmed></ref><ref name=Suh2020><pubmed>32911580</pubmed></ref>。ヒトを含めた霊長類では、筋肉量の調節はアクチビンとマイオスタチンの両者によって制御されている可能性が示唆されており、アクチビンAがより重要ではないかと考察されている <ref name=Latres2017><pubmed>28452368</pubmed></ref>。

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