「グルココルチコイド」の版間の差分

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英語名:glucocorticoid, cortisol, corticosterone 独語:glucocorticoid 仏語:glucocorticoïde
英語名:glucocorticoid, cortisol, corticosterone 独語:Glucocorticoid 仏語:glucocorticoïde


 副腎皮質ホルモンの1つである皮質ステロイド(コルチコステロイド、corticosteroid)は、糖質、タンパク、脂質、電解質などの代謝や免疫反応などに関与する重要なホルモンである。さらに、ストレス負荷により身体の神経・内分泌制御機構が働くことによりコルチコステロイドの分泌が亢進し、ストレス応答の制御に関わるなど生体のホメオスターシス維持に重要な役割を果たしている。コルチコステロイドはグルココルチコイドとミネラルコルチコイドの2つに大別され、前者は副腎皮質の束状帯の細胞で、後者は球状帯の細胞で作られる。グルココルチコイドの中で最も生理作用が強いものは、霊長類においてはコルチゾールであり、実験動物としてよく用いられるラットやマウスにおいてはコルチコステロンである。
 副腎皮質ホルモンの1つである皮質ステロイド([[wikipedia:JA:コルチコステロイド|コルチコステロイド]]、corticosteroid)は、[[wikipedia:JA:糖質|糖質]]、[[wikipedia:JA:タンパク質|タンパク質]]、[[wikipedia:JA:脂質|脂質]]、[[wikipedia:JA:電解質|電解質]]などの[[wikipedia:JA:代謝|代謝]]や[[wikipedia:JA:免疫|免疫]]反応などに関与する重要なホルモンである。さらに、[[ストレス]]負荷により身体の神経・[[wikipedia:JA:内分泌|内分泌]]制御機構が働くことによりコルチコステロイドの分泌が亢進し、ストレス応答の制御に関わるなど生体の[[wikipedia:JA:ホメオスターシス|ホメオスターシス]]維持に重要な役割を果たしている。コルチコステロイドはグルココルチコイドと[[wikipedia:JA:ミネラルコルチコイド|ミネラルコルチコイド]]の2つに大別され、前者は[[副腎皮質]]の[[束状帯]]の細胞で、後者は[[球状帯]]の細胞で作られる。グルココルチコイドの中で最も生理作用が強いものは、[[wikipedia:JA:霊長類|霊長類]]においてはコルチゾールであり、実験動物としてよく用いられる[[wikipedia:JA:ラット|ラット]]や[[マウス]]においてはコルチコステロンである。


== 分泌制御 ==
== 分泌制御 ==


 物理的、精神的などストレスの種類に関わらず、ストレスは視床下部室傍核に神経細胞におけるcorticotropin-releasing hormone(CRH)の産生を高める。産生されたCRHは、神経細胞の軸索を通って下垂体茎周辺の毛細血管に放出され、下垂体前葉に運ばれ、前葉細胞のadrenocorticotropic hormone (ACTH)分泌細胞に作用し、ACTHの分泌を促進する。ACTHは血流に乗り、副腎皮質に至り、束状帯細胞に働きかけて細胞内情報伝達系を活性化し、コレステロールからプログネノロンの転換を促進し、グルココルチコイドの産生を促す。分泌されたグルココルチコイドは脂溶性であるため、血液脳関門による制御を受けずに脳内に入り、神経系の細胞に直接作用し、CRH、ACTHの分泌制御に留まらず、グルココルチコイド自身の分泌制御をも行うという、多重のループ機構を形成している。このように、脳はグルココルチコイドの分泌制御に重要な役割を演じているが、海馬におけるグルココルチコイド受容体の存在が明らかにされて以来<ref name=ref1><pubmed>4301849</pubmed></ref>、グルココルチコイドの脳内作用についての研究が進み、多くの知見が集積されてきている<ref name=ref2><pubmed>18067954</pubmed></ref>。例えば、ストレスに伴うグルココルチコイドの分泌亢進は、様々な脳の機能障害を引き起こすが、その脳内反応には、CRH、ノルアドレナリンやセロトニンなどのアミン系、グルタミン酸などの興奮性アミノ酸、サイトカインなどが関与することが、新たに知られるようになった。そしてこれらの制御には、従来から考えられてきたhypothalamo-pituitary-adrenal(HPA)axisに加え、さらにその上位に位置する海馬や前頭前皮質のグルココルチコイド受容体を介したフィードバック機構が重要な役割を担っていると考えられるようになってきた<ref name=ref3><pubmed>10202533</pubmed></ref>。
 物理的、精神的などストレスの種類に関わらず、ストレスは[[視床下部室傍核]]に神経細胞における[[コルチコトロピン放出ホルモン]](corticotropin-releasing hormone(CRH))の産生を高める。産生されたCRHは、神経細胞の軸索を通って[[下垂体]]茎周辺の毛細血管に放出され、[[下垂体前葉]]に運ばれ、前葉細胞の[[adrenocorticotropic hormone]] (ACTH)分泌細胞に作用し、ACTHの分泌を促進する。ACTHは血流に乗り、副腎皮質に至り、束状帯細胞に働きかけて[[細胞内情報伝達系]]を活性化し、[[コレステロール]]から[[プログネノロン]]の転換を促進し、グルココルチコイドの産生を促す。分泌されたグルココルチコイドは脂溶性であるため、[[血液脳関門]]による制御を受けずに脳内に入り、神経系の細胞に直接作用し、CRH、ACTHの分泌制御に留まらず、グルココルチコイド自身の分泌制御をも行うという、多重のループ機構を形成している。このように、脳はグルココルチコイドの分泌制御に重要な役割を演じているが、[[海馬]]における[[グルココルチコイド受容体]]の存在が明らかにされて以来<ref name=ref1><pubmed>4301849</pubmed></ref>、グルココルチコイドの脳内作用についての研究が進み、多くの知見が集積されてきている<ref name=ref2><pubmed>18067954</pubmed></ref>。例えば、ストレスに伴うグルココルチコイドの分泌亢進は、様々な脳の機能障害を引き起こすが、その脳内反応には、CRH、[[ノルアドレナリン]]や[[セロトニン]]などの[[アミン系]]、[[グルタミン酸]]などの[[興奮性アミノ酸]]、[[サイトカイン]]などが関与することが、新たに知られるようになった。そしてこれらの制御には、従来から考えられてきた[[hypothalamo-pituitary-adrenal(HPA)axis]]に加え、さらにその上位に位置する海馬や[[前頭前皮質]]のグルココルチコイド受容体を介したフィードバック機構が重要な役割を担っていると考えられるようになってきた<ref name=ref3><pubmed>10202533</pubmed></ref>。


== 受容体 ==
== 受容体 ==
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[[image:グルココルチコイド.png|thumb|300px|'''図''']]
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 脳内のコルチコステロイド受容体には2種類あることが、受容体結合実験により明らかにされ<ref name=ref4><pubmed>2998738</pubmed></ref>、各々タイプI、タイプII受容体と呼ばれた。その後これら2種類の受容体タンパクのcDNA がクローニングされ<ref name=ref5><pubmed>2867473</pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed>3037703</pubmed></ref>、タイプI受容体がミネラルコルチコイド受容体(MR)、タイプII受容体がグルココルチコイド受容体(GR)に相当することが示された。これらの受容体はいずれもホルモン誘導性の転写制御因子であり、ホルモンとの結合により活性化されて受容体タンパクの立体構造が変化し、熱ショックタンパク90等が解離し、その結果、核移行シグナルが活性化して核内へ移行すると考えられている。活性化された受容体は2量体を形成し、特異的なDNA配列を認識・結合し、基本転写因子をリクルートことによって転写を開始するが、その際、基本転写因子群とともに、転写共役因子群が必須であることが明らかとなってきている。これら転写共役因子はホルモンの組織特異的作用を規定することが示唆されており、グルココルチコイド受容体の脳内での機能を解明していく上で非常に重要な因子のひとつと考えられる。さらに、GRとグルココルチコイドの複合体はAP-1(c-Junのホモ二量体あるいはc-Fosとのヘテロ二量体)やNFkBと相互作用することでこれらの遺伝子転写を抑制する(図)。
 脳内のコルチコステロイド受容体には2種類あることが、受容体結合実験により明らかにされ<ref name=ref4><pubmed>2998738</pubmed></ref>、各々タイプI、タイプII受容体と呼ばれた。その後これら2種類の受容体タンパク質のcDNA がクローニングされ<ref name=ref5><pubmed>2867473</pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed>3037703</pubmed></ref>、タイプI受容体がミネラルコルチコイド受容体(MR)、タイプII受容体がグルココルチコイド受容体(GR)に相当することが示された。これらの受容体はいずれもホルモン誘導性の転写制御因子であり、ホルモンとの結合により活性化されて受容体タンパク質の立体構造が変化し、熱ショックタンパク質90等が解離し、その結果、核移行シグナルが活性化して核内へ移行すると考えられている。活性化された受容体は2量体を形成し、特異的なDNA配列を認識・結合し、基本転写因子をリクルートことによって転写を開始するが、その際、基本転写因子群とともに、転写共役因子群が必須であることが明らかとなってきている。これら転写共役因子はホルモンの組織特異的作用を規定することが示唆されており、グルココルチコイド受容体の脳内での機能を解明していく上で非常に重要な因子のひとつと考えられる。さらに、GRとグルココルチコイドの複合体はAP-1(c-Junのホモ二量体あるいはc-Fosとのヘテロ二量体)やNFkBと相互作用することでこれらの遺伝子転写を抑制する(図)。


=== 受容体の脳内分布と細胞内局在 ===
=== 受容体の脳内分布と細胞内局在 ===


 GRは脳内の幅広い領域に分布するが、特に多く認められる部位は以下の通りである<ref name=ref7><pubmed>9121734</pubmed></ref>。大脳皮質のII/III層やIV層、とくに頭頂葉や側頭葉の連合野と視覚野においてはIV層、前嗅核、嗅結節の錐体細胞、梨状葉の錐体細胞、嗅内核、海馬のCA1とCA2の錐体細胞、歯状回の顆粒細胞、扁桃体の中心核、分界条床核、視床の外側背側核、後外側核、内側膝状体、外側膝状体、視床下部では内側視索前野、前腹側室周囲核、室傍核小細胞性領域、弓状核、腹内側核、背内側核、腹前乳頭体核、脳幹では台形体核、青斑核、背側縫線核、小脳の顆粒細胞層である。これらの領域では免疫組織化学法とin situ hybridization法の所見が一致している。両者の方法で分布の異なる部位は小脳プルキンエ細胞層や海馬CA3などが挙げられる。分布の異なる理由として、部位間の受容体タンパクとmRNAの合成、代謝回転の差などが類推されるが、明確な論拠は未だ示されていない。これに対し、MRは脳内のかなり限られた領域にのみ分布する。MRの存在する部位としては、海馬、特にCA1、CA2、外側中隔野、内側・中心扁桃体、大脳皮質II層、小脳、脳幹の一部の神経細胞が挙げられる。
 GRは脳内の幅広い領域に分布するが、特に多く認められる部位は以下の通りである<ref name=ref7><pubmed>9121734</pubmed></ref>。大脳皮質のII/III層やIV層、とくに頭頂葉や側頭葉の連合野と視覚野においてはIV層、前嗅核、嗅結節の錐体細胞、梨状葉の錐体細胞、嗅内核、海馬のCA1とCA2の錐体細胞、歯状回の顆粒細胞、扁桃体の中心核、分界条床核、視床の外側背側核、後外側核、内側膝状体、外側膝状体、視床下部では内側視索前野、前腹側室周囲核、室傍核小細胞性領域、弓状核、腹内側核、背内側核、腹前乳頭体核、脳幹では台形体核、青斑核、背側縫線核、小脳の顆粒細胞層である。これらの領域では免疫組織化学法とin situ hybridization法の所見が一致している。両者の方法で分布の異なる部位は小脳プルキンエ細胞層や海馬CA3などが挙げられる。分布の異なる理由として、部位間の受容体タンパク質とmRNAの合成、代謝回転の差などが類推されるが、明確な論拠は未だ示されていない。これに対し、MRは脳内のかなり限られた領域にのみ分布する。MRの存在する部位としては、海馬、特にCA1、CA2、外側中隔野、内側・中心扁桃体、大脳皮質II層、小脳、脳幹の一部の神経細胞が挙げられる。


 GRおよびMRの細胞内局在に関しては、免疫組織化学法を用いた実験により、両受容体とも正常ラットでは主として核内に分布すると考えられているが、大脳皮質の錐体細胞や海馬においては、細胞質にもその分布が報告されている<ref name=ref8><pubmed>1770174</pubmed></ref>。また、両側副腎を摘出(ADX)して血中コルチコステロンを除去すると、GRの核内免疫活性が消失することが示されている<ref name=ref9><pubmed>9151715</pubmed></ref>。近年green fluorescent protein (GFP)を受容体のtag分子として用いる方法が開発され、細胞を固定・透過化することなく、生きている細胞内で受容体の局在を解析することが可能となった。その結果、培養神経細胞および非神経細胞の両者においてGRはリガンドの非存在下では主として細胞質に分布し、リガンドの添加により速やかに核内へ移行することが明らかとなった<ref name=ref10><pubmed>16514009</pubmed></ref>。
 GRおよびMRの細胞内局在に関しては、免疫組織化学法を用いた実験により、両受容体とも正常ラットでは主として核内に分布すると考えられているが、大脳皮質の錐体細胞や海馬においては、細胞質にもその分布が報告されている<ref name=ref8><pubmed>1770174</pubmed></ref>。また、両側副腎を摘出(ADX)して血中コルチコステロンを除去すると、GRの核内免疫活性が消失することが示されている<ref name=ref9><pubmed>9151715</pubmed></ref>。近年green fluorescent protein (GFP)を受容体のtag分子として用いる方法が開発され、細胞を固定・透過化することなく、生きている細胞内で受容体の局在を解析することが可能となった。その結果、培養神経細胞および非神経細胞の両者においてGRはリガンドの非存在下では主として細胞質に分布し、リガンドの添加により速やかに核内へ移行することが明らかとなった<ref name=ref10><pubmed>16514009</pubmed></ref>。


 一方、近年の研究から従来の核内での転写因子としての作用に加えて、グルココルチコイドは急性作用にも関与することが報告されており、従来のGRが膜に存在して作用するのか、新たなGタンパク共役受容体が存在するのかが議論されている。こうしたグルココルチコイドの急性作用には、エンドカンナビノイド、NMDA受容体、GABA受容体等を介した作用も報告されている<ref name=ref11><pubmed>22201787</pubmed></ref>。
 一方、近年の研究から従来の核内での転写因子としての作用に加えて、グルココルチコイドは急性作用にも関与することが報告されており、従来のGRが膜に存在して作用するのか、新たなGタンパク質共役受容体が存在するのかが議論されている。こうしたグルココルチコイドの急性作用には、エンドカンナビノイド、NMDA受容体、GABA受容体等を介した作用も報告されている<ref name=ref11><pubmed>22201787</pubmed></ref>。


=== 受容体の性状 ===  
=== 受容体の性状 ===  

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