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睡眠障害 sleep disorder(英) | 睡眠障害 sleep disorder(英) | ||
睡眠障害とは,夜よく眠れない不眠症のみならず,過眠症,概日リズム障害,睡眠時異常行動などの睡眠の量的・質的・リズム的に異常のある状態が含まれる.現在は,睡眠障害国際分類第2版(The International classification of sleep disorders, second edition:ICSD-2)<ref>'''American Academy of Sleep Medicine'''<br>International classification of sleep disorders, 2nd ed.:Diagnostic and cording manual'' American Academy of Sleep Medicine'':2005</ref>が広く臨床利用されており,不眠症群,概日リズム睡眠障害群,睡眠関連呼吸障害群,中枢性過眠症群,睡眠時随伴症群,睡眠関連運動障害群に6大別される. <br> | |||
1.睡眠調節のメカニズム<br> 睡眠は,皮質脳波活動の上昇と筋弛緩,急速眼球運動などを示すREM(Rapid Eye Movement)睡眠と,睡眠深度依存性の脳波の徐化傾向を示すnon-REM睡眠で構成されており,ヒトでは,1晩の睡眠中にこれらが周期的に出現する.睡眠と覚醒,REM睡眠とnon-REM睡眠の発現および切り替えを担う神経機構としては,脳内のコリン作動性,モノアミン作動性およびGABA作動性ニューロン,ヒスタミン,オレキシン神経系の相互作用が重要な役割を果たすと考えられている. <br>睡眠覚醒調節においては,睡眠恒常性維持機構と体内時計機構の2つが重要視される.恒常性維持機構は,活動によってもたらされる疲労や生体の損傷回復と関連しており,プロスタグランジンD2やアデノシンなどの睡眠物質と関連して睡眠が誘導されるが,先行する睡眠の量的不足の度合いにより,その後の睡眠の長さや質が調節される.すなわち,睡眠不足の状態が続くと深いnon-REM睡眠が増加し,疲労に応じて大脳を休息させることがわかっている.一方,体内時計の中枢は視交叉上核(suprachiasmatic nucleus: SCN)にあり,体温や血圧,脈拍などの自律神経系に加え,ホルモン分泌,免疫系,代謝系など,約24時間の周期をもってリズムを刻む生体活動を支配する.体内時計は概日リズムを発振すると共に,これを外界の明暗周期(昼夜のサイクル)に合わせる機能をもつ.体内時計が朝を認識すると,身体は日中の活動に適した状態になる.また,通常の起床時刻の14~16時間後に,眠りの準備が始まる(図1)<ref><pubmed>7185792</pubmed></ref>. | |||
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睡眠中枢は覚醒の抑制を引き起こし,睡眠を誘発するが,逆に,睡眠中枢が抑制されている場合は,覚醒中枢が活性化されて覚醒が維持される.このように睡眠中枢と覚醒中枢が交互に活動することにより睡眠覚醒の調節を行う生体機構をflip-flop機構と呼ぶ(図2)<ref><pubmed>16251950</pubmed></ref>. | |||
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2.睡眠障害 | 2.睡眠障害 | ||
<br>ⅰ)不眠症<br> 不眠は,一般人口の4~5人に1人と有病率の高いcommon diseaseだが,近年不眠の長期化による抑うつ症状発現,QOLの悪化,耐糖能障害や高血圧発現のリスクの上昇など,心身への悪影響が大きいことが明らかにされ,治療対応の重要性が強調されている.誰にでも起こり得る不眠がなぜ一部で慢性化するのかという点については,従来神経症的なメカニズムにより説明されることが多かったが,最近では,生理学的ならびに,認知心理学的過覚醒傾向と熟睡感の障害の問題が重視されるようになっている.急性ストレスでの不眠の発現は一般的な現象だが,これが慢性化する過程で,焦り,不安の増強と相まって過覚醒傾向を生じ,さらに飲酒量の増加や,床上時間の増加などの不適切な対処行動を生むことで悪循環に陥ると考えられる.不眠症のメカニズムを考えるときに,これらの認知行動学的側面に加えて,神経生理学的側面についても検討する必要がある.すなわち,徐波睡眠に関連するセロトニン神経系の機能変化や,間脳下垂体系副腎皮質(hypothalamic pituitary adrenal axis:HPA)機能亢進による夜間のコルチゾール分泌量の上昇,覚醒系に関与するヒスタミンを含む後部視床下部に存在する結節乳頭核(tuberomammillary nucleus :TMN)の細胞群,オレキシン神経系の活動亢進により覚醒水準の上昇がおきる.それにより,網様体賦活系と睡眠中枢である腹外側視索前野(ventrolateral preoptic area :VLPO)およびそれに関連する神経系の活動に変化がもたらされ,不眠症状が引き起こされる(図3)<ref><pubmed>19481481</pubmed></ref>.<br> 不眠症に対する薬物療法としては,ベンゾジアゼピン(benzodiazepine :BZ)ないしそのアゴニストの薬剤が第一選択となっている.BZ系睡眠薬の作用機序は,脳内のBZ受容体へ結合して,Cl-イオンの細胞内への流入を促進することにより細胞の興奮を起こりにくくすることにある.BZ受容体はγ-アミノ酪酸(γ-aminobutyric :GABA)受容体とともにGABA‐BZ‐Cl-イオンチャンネル複合体を形成し,GABA系の活性を高める.BZ受容体はω1~ω5の5つに分類されるが,BZ系の睡眠薬のほとんどはω1,ω2受容体に非選択的に結合する.ω1受容体は脳全体に分布するが,特に小脳,淡蒼球,大脳皮質に高密度で,一方ω2受容体は大脳辺縁系,脊髄に多く分布している.現時点ではω1受容体は主に催眠・鎮静作用に関係し,ω2受容体は主に抗不安作用,筋弛緩作用に関係していると考えられており,睡眠薬ではω1選択性の高い薬剤が治療薬として選択される機会が比較的多い.BZ系睡眠薬は,緊張‐不安水準の抑制とともに,睡眠恒常性機構への作用(アデノシン・プロスタグランジンD2などとともにVLPOからTMNにいたる睡眠促進細胞群を活性化)に関与している可能性が推定されている.<br> 不眠症の治療として,近年,認知行動療法(cognitive behavioral therapy :CBT)の重要性が強調されている<ref><pubmed>17162986</pubmed></ref>.CBTは,不眠を遷延化させている悪循環の要因となっている生活習慣と認知パターンを修正させることで,問題の解決につなげるものである. 不眠症患者の現在の症状・状況と行動パターンの関係についての機能分析を十分に行ったうえで,心理教育,睡眠衛生指導,リラクゼーション,刺激制御法(眠れなくなったら寝床を離れ,眠気がついてから寝床に戻るようにさせるもの)と睡眠制限療法(眠れなけば,寝床の上で過ごす時間を切り縮めるもの)を含めた睡眠スケジュール法,認知行動療法(睡眠に対する思い込みが行動・気分にどのような影響を及ぼしているかを明らかにし,悪循環から離れられるように気づかせていくもの)を組み合わせたパッケージを用いて治療を行う.CBTのプロセスは,患者自身に認知的過覚醒を理解させる方向に働くことは疑いのないところだが,これ以外の生理的な機構に直接働く可能性は乏しいと思われる. | <br>ⅰ)不眠症<br> 不眠は,一般人口の4~5人に1人と有病率の高いcommon diseaseだが,近年不眠の長期化による抑うつ症状発現,QOLの悪化,耐糖能障害や高血圧発現のリスクの上昇など,心身への悪影響が大きいことが明らかにされ,治療対応の重要性が強調されている.誰にでも起こり得る不眠がなぜ一部で慢性化するのかという点については,従来神経症的なメカニズムにより説明されることが多かったが,最近では,生理学的ならびに,認知心理学的過覚醒傾向と熟睡感の障害の問題が重視されるようになっている.急性ストレスでの不眠の発現は一般的な現象だが,これが慢性化する過程で,焦り,不安の増強と相まって過覚醒傾向を生じ,さらに飲酒量の増加や,床上時間の増加などの不適切な対処行動を生むことで悪循環に陥ると考えられる.不眠症のメカニズムを考えるときに,これらの認知行動学的側面に加えて,神経生理学的側面についても検討する必要がある.すなわち,徐波睡眠に関連するセロトニン神経系の機能変化や,間脳下垂体系副腎皮質(hypothalamic pituitary adrenal axis:HPA)機能亢進による夜間のコルチゾール分泌量の上昇,覚醒系に関与するヒスタミンを含む後部視床下部に存在する結節乳頭核(tuberomammillary nucleus :TMN)の細胞群,オレキシン神経系の活動亢進により覚醒水準の上昇がおきる.それにより,網様体賦活系と睡眠中枢である腹外側視索前野(ventrolateral preoptic area :VLPO)およびそれに関連する神経系の活動に変化がもたらされ,不眠症状が引き起こされる(図3)<ref><pubmed>19481481</pubmed></ref>. [[Image:Takaスライド3.PNG|478x359px|RTENOTITLE]] | ||
<br><br> 不眠症に対する薬物療法としては,ベンゾジアゼピン(benzodiazepine :BZ)ないしそのアゴニストの薬剤が第一選択となっている.BZ系睡眠薬の作用機序は,脳内のBZ受容体へ結合して,Cl-イオンの細胞内への流入を促進することにより細胞の興奮を起こりにくくすることにある.BZ受容体はγ-アミノ酪酸(γ-aminobutyric :GABA)受容体とともにGABA‐BZ‐Cl-イオンチャンネル複合体を形成し,GABA系の活性を高める.BZ受容体はω1~ω5の5つに分類されるが,BZ系の睡眠薬のほとんどはω1,ω2受容体に非選択的に結合する.ω1受容体は脳全体に分布するが,特に小脳,淡蒼球,大脳皮質に高密度で,一方ω2受容体は大脳辺縁系,脊髄に多く分布している.現時点ではω1受容体は主に催眠・鎮静作用に関係し,ω2受容体は主に抗不安作用,筋弛緩作用に関係していると考えられており,睡眠薬ではω1選択性の高い薬剤が治療薬として選択される機会が比較的多い.BZ系睡眠薬は,緊張‐不安水準の抑制とともに,睡眠恒常性機構への作用(アデノシン・プロスタグランジンD2などとともにVLPOからTMNにいたる睡眠促進細胞群を活性化)に関与している可能性が推定されている.<br> 不眠症の治療として,近年,認知行動療法(cognitive behavioral therapy :CBT)の重要性が強調されている<ref><pubmed>17162986</pubmed></ref>.CBTは,不眠を遷延化させている悪循環の要因となっている生活習慣と認知パターンを修正させることで,問題の解決につなげるものである. 不眠症患者の現在の症状・状況と行動パターンの関係についての機能分析を十分に行ったうえで,心理教育,睡眠衛生指導,リラクゼーション,刺激制御法(眠れなくなったら寝床を離れ,眠気がついてから寝床に戻るようにさせるもの)と睡眠制限療法(眠れなけば,寝床の上で過ごす時間を切り縮めるもの)を含めた睡眠スケジュール法,認知行動療法(睡眠に対する思い込みが行動・気分にどのような影響を及ぼしているかを明らかにし,悪循環から離れられるように気づかせていくもの)を組み合わせたパッケージを用いて治療を行う.CBTのプロセスは,患者自身に認知的過覚醒を理解させる方向に働くことは疑いのないところだが,これ以外の生理的な機構に直接働く可能性は乏しいと思われる. | |||
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