記憶の分類
鈴木 麻希
京都産業大学 コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科
藤井 俊勝
東北福祉大学 感性福祉研究所 & 健康科学部
DOI:10.14931/bsd.2564 原稿受付日:2012年10月1日 原稿完成日:2013年9月2日
担当編集委員:入來 篤史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:taxonomy of memory
記憶の分類とは、さまざまの種類が存在する記憶について、その保持時間や内容により学術的に記憶を分類することを指す。保持時間に基づく記憶の分類は、学術領域によってそれぞれ用いる用語や意味合いが異なる。心理学領域では感覚記憶、短期記憶、長期記憶に分類される。また動物実験生理学領域では、短期記憶が数分から数時間、長期記憶は数日から数週以上の記憶について用いられる。一方、臨床神経学領域では即時記憶、近時記憶、遠隔記憶に分類される。内容に基づく記憶の分類は、陳述記憶と非陳述記憶に大別される。陳述記憶はさらにエピソード記憶と意味記憶に分類され、非陳述記憶は手続き記憶、プライミング、古典的条件付け、非連合学習などに分類される。ここでは、記憶の保持時間と内容による記憶の分類について概説する。
保持時間に基づく記憶の分類
心理学
心理学領域では、記憶はその保持時間の長さに基づいて感覚記憶、短期記憶、長期記憶に区分されている[1]。短期記憶、長期記憶という用語は心理学者William James[2]が用いた1次記憶、2次記憶にそれぞれほぼ対応するが、1次記憶、2次記憶という用語は保持時間よりは記憶内容が意識上に存在しているかどうか(心理学的現在に属しているかどうか)に重きを置いているという違いがある。
感覚記憶
- 最も保持期間が短い記憶である。各感覚器官に特有に存在し、瞬間的に保持されるのみで意識されない。外界から入力された刺激情報は、まず感覚記憶として保持され、そのうち注意を向けられた情報だけが短期記憶として保持される。
短期記憶
- 保持期間が数十秒程度の記憶である。保持時間だけではなく、一度に保持される情報の容量の大きさにも限界があることが特徴とされる。
長期記憶
- 短期記憶に含まれる情報の多くは忘却され、その一部が長期記憶として保持される。この保持情報が長期記憶として安定化する過程は記憶の固定化と呼ばれる。長期記憶は保持時間が長く、数分から一生にわたって保持される記憶である。短期記憶とは異なり、容量の大きさに制限はないことが特徴とされる。長期記憶には、後述するように、陳述記憶(エピソード記憶、意味記憶)と非陳述記憶(手続き記憶、プライミングなど)が含まれる。
動物実験生理学
動物実験生理学領域では、短期記憶は保持時間が数分から数時間、長期記憶は保持時間が数日から数週以上の記憶について用いられる[3][4]。記憶の固定化を重視し、それが生じない場合を短期記憶、生じた場合を長期記憶として考える。短期記憶、長期記憶それぞれに保持されている情報は記憶痕跡(エングラム)と呼ばれるが[5]、生物学的には、短期記憶の記憶痕跡はシナプス伝達の機能的変化(長期増強や長期抑圧)、長期記憶の記憶痕跡はシナプスの構造的変化(遺伝子の発現や新たなシナプス連絡の形成)に相当すると考えられている[4]。
臨床神経学
臨床神経学領域では、記憶は即時記憶、近時記憶、遠隔記憶に区分されている[6]。
即時記憶
- 即時記憶は情報の記銘後すぐに想起させるもので、想起までに干渉を挟まない。臨床場面では数字系列の復唱などで評価をおこなう。
近時記憶
- 近時記憶は即時記憶より保持時間の長い記憶であるが、保持時間の長さについて明確な定義はない(数分~数日)。情報の記銘と想起の間に干渉が介在されるため、保持情報が一旦意識から消えることを特徴とする。臨床場面では前夜の食事内容を尋ねる、単語の遅延再生などで評価する。心理学における分類との違いは、短期記憶と長期記憶が保持時間のみで区分されるのに対し、即時記憶と近時記憶が記銘から想起までの干渉の有無によって規定されるという点である。
遠隔記憶
- 遠隔記憶は近時記憶よりもさらに保持時間の長い記憶である(~数十年)。臨床場面では個人の生活史(冠婚葬祭や旅行など)を尋ねることが多い。
内容に基づく記憶の分類
長期記憶は内容により、陳述記憶と非陳述記憶に大別される[7]。陳述記憶はイメージや言語として意識上に内容を想起でき、その内容を陳述できる記憶である。宣言的記憶とも呼ばれる。一方、非陳述記憶とは意識上に内容を想起できない記憶で、言語などを介してその内容を陳述できない記憶である。非宣言的記憶とも呼ばれる。
陳述記憶
陳述記憶にはエピソード記憶と意味記憶が含まれる[8]。
エピソード記憶
- エピソード記憶とは、個人が経験した出来事に関する記憶で、例えば、昨日の夕食をどこで誰と何を食べたか、というような記憶に相当する。エピソード記憶は、その出来事を経験そのものと、それを経験した時の様々な付随情報(時間・空間的文脈、そのときの自己の身体的・心理的状態など)の両方が記憶されていることを特徴とする。臨床神経学領域において、単に記憶障害という場合には、通常はエピソード記憶の選択的障害を指している。
意味記憶
- 意味記憶は知識に相当し、言語とその意味(概念)、知覚対象の意味や対象間の関係、社会的約束など、世の中に関する組織化された記憶である。例えば、「ミカン」が意味するもの(大きさ、色、形、味や、果物の一種であるという知識など)に関する記憶が相当する。意味記憶は、通常同じような経験の繰り返しにより形成され、その情報をいつ・どこで獲得したかのような付随情報の記憶は消失し、内容のみが記憶されたものと考えられる。
非陳述記憶
非陳述記憶には手続き記憶、プライミング、古典的条件付け、非連合学習などが含まれる。
手続き記憶
- 手続き記憶(運動技能、知覚技能、認知技能など・習慣)は、自転車に乗る方法やパズルの解き方などのように、同じ経験を反復することにより形成される。一般的に記憶が一旦形成されると自動的に機能し、長期間保たれるという特徴を持つ。
プライミング
古典的条件付け
- 古典的条件付けとは、梅干しを見ると唾液が出るなどのように、経験の繰り返しや訓練により本来は結びついていなかった刺激に対して、新しい反応(行動)が形成される現象をいう。
非連合学習
- 非連合学習とは、一種類の刺激に関する学習であり、同じ刺激の反復によって反応が減弱したり(慣れ)、増強したり(感作)する現象である。
関連項目
参考文献
- ↑ RC Atkinson, RM Shiffrin
Human memory: a proposed system and its control processes.
In: KW Spence, JT Spence, eds.
The psychology of learning and motivation, vol. 2.
Academic Press (New York): 1968, pp.89-195 - ↑ J William
Memory.
In: J Andrade, ed.
Memory: critical concepts in psychology.
Routledge (London): 2008, pp.391-430 - ↑
McGaugh, J.L. (2000).
Memory--a century of consolidation. Science (New York, N.Y.), 287(5451), 248-51. [PubMed:10634773] [WorldCat] [DOI] - ↑ 4.0 4.1 CH Bailey, ER Kandel
Synaptic growth and the persistence of long-term memory: a molecular perspective.
In: MS Gazzaniga, ed.
The cognitive neuroscience, 3rd ed.
MIT Press (Cambridge): 2004, pp.647-63 - ↑ DL Schacter, JE Eich, E Tulving
Richard Semon’s theory of memory.
Verb Learn Verb Beh: 1978, 17(6);721-43 - ↑ 大竹浩也, 藤井俊勝
記憶障害の評価.
田川皓一(編)
神経心理学評価ハンドブック
西村書店(東京): 2004, pp.129-40 - ↑
Squire, L.R., & Zola, S.M. (1996).
Structure and function of declarative and nondeclarative memory systems. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 93(24), 13515-22. [PubMed:8942965] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ E Tulving
Episodic and semantic memory.
In: E Tulving, W Donaldson, eds.
Organization of memory.
Academic Press(New York): 1972, pp.381-402