「神経筋接合部」の版間の差分

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<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/takako 森本 高子]</font><br>
''東京薬科大学 生命科学部''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年4月26日 原稿完成日:2013年1月28日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/haruokasai 河西 春郎](東京大学 大学院医学系研究科)<br>
</div>
英語名:neuromuscular junction  
英語名:neuromuscular junction  


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[[Image:NMJ4 copy.jpg|thumb|300px|<b>神経筋接合部の模式図</b>]]  
[[Image:NMJ4 copy.jpg|thumb|300px|<b>神経筋接合部の模式図</b>]]  


{{box|text=
 運動神経終末と筋肉組織の接着部。神経終板とも呼ばれる。[[シナプス]]が形成され、[[筋収縮]]を引き起こす[[神経伝達]]が行われる。[[wikipedia:JA:脊椎動物|脊椎動物]]の神経筋接合部では、神経終末から[[アセチルコリン]]が放出され、[[wikipedia:JA:筋肉細胞|筋肉細胞]]に存在する[[受容体]]に受け取られる。これにより、筋肉細胞に[[脱分極]]が引き起こされ、通常、活動電位が発生し、筋収縮が引き起こされる。  
 運動神経終末と筋肉組織の接着部。神経終板とも呼ばれる。[[シナプス]]が形成され、[[筋収縮]]を引き起こす[[神経伝達]]が行われる。[[wikipedia:JA:脊椎動物|脊椎動物]]の神経筋接合部では、神経終末から[[アセチルコリン]]が放出され、[[wikipedia:JA:筋肉細胞|筋肉細胞]]に存在する[[受容体]]に受け取られる。これにより、筋肉細胞に[[脱分極]]が引き起こされ、通常、活動電位が発生し、筋収縮が引き起こされる。  
}}


== 構造  ==
== 構造  ==


 図は脊椎動物の神経筋接合部を模式的に示したものである。神経終末と筋肉細胞間には[[シナプス間隙]](シナプスクレフト)と呼ばれる間隙構造があり、筋肉細胞側にはヒダのような陥没構造が見られる。間隙内には[[基底膜]]と呼ばれる[[細胞外マトリックス]]が存在している。[[wikipedia:JA:コラーゲン|コラーゲン]]IV、[[wikipedia:JA:ラミニン|ラミニン]]、[[アセチルコリンエステラーゼ]]、[[wikipedia:JA:ヘパラン硫酸|ヘパラン硫酸]][[wikipedia:JA:プロテオグリカン|プロテオグリカン]]などが主な成分である。[[前シナプス]]側である[[神経終末]]には、[[神経伝達物質]]、[[アセチルコリン]]を含んだ[[シナプス小胞]]が多数存在し、特に、シナプス小胞が集まっている場所を[[アクティブゾーン]]と呼ぶ。アクティブゾーン近傍には、[[電位依存性カルシウムチャンネル]]が存在し、[[運動神経]]の興奮に伴って、速やかな伝達物質放出が可能になっている。小胞にはこれ以外に、電子密度の高い部分を持つ[[有芯小胞]]もある。[[後シナプス]]側には、伝達物質を受け取るための伝達物質受容体が集合しており、1平方μmあたり、約1万個にも達する。接合部から離れた部位では1平方μmあたり10個程度であることから、その集合度合いは驚異的である。神経筋接合部には神経と筋線維だけでなく、[[シュワン細胞]]も存在し、神経終末を覆っている。このシュワン細胞の覆いは、神経終末を保護する働きがある。それ以外にも、神経損傷の際の神経リモデリングなど、積極的に神経筋接合部の形成・維持機能に関わっていることが明らかになりつつある<ref name="ref1">Nichols JG, Martin AR, Wallace BG, Fuchs PA. In From Neuron to Brain, Fourth Edition, Chapter 11.</ref> <ref><pubmed> 8428377 </pubmed></ref> <ref name="ref3"><pubmed> 10202544 </pubmed></ref>。  
 図は脊椎動物の神経筋接合部を模式的に示したものである。神経終末と筋肉細胞間には[[シナプス間隙]](シナプスクレフト)と呼ばれる間隙構造があり、筋肉細胞側にはヒダのような陥没構造が見られる。間隙内には[[基底膜]]と呼ばれる[[細胞外マトリックス]]が存在している。[[wikipedia:JA:コラーゲン|コラーゲン]]IV、[[wikipedia:JA:ラミニン|ラミニン]]、[[アセチルコリンエステラーゼ]]、[[wikipedia:JA:ヘパラン硫酸|ヘパラン硫酸]][[wikipedia:JA:プロテオグリカン|プロテオグリカン]]などが主な成分である。[[前シナプス]]側である[[神経終末]]には、[[神経伝達物質]]、アセチルコリンを含んだ[[シナプス小胞]]が多数存在し、特に、シナプス小胞が集まっている場所を[[アクティブゾーン]]と呼ぶ。アクティブゾーン近傍には、[[電位依存性カルシウムチャンネル]]が存在し、[[運動神経]]の興奮に伴って、速やかな伝達物質放出が可能になっている。小胞にはこれ以外に、電子密度の高い部分を持つ[[有芯小胞]]もある。[[後シナプス]]側には、伝達物質を受け取るための伝達物質受容体が集合しており、1平方μmあたり、約1万個にも達する。接合部から離れた部位では1平方μmあたり10個程度であることから、その集合度合いは驚異的である。神経筋接合部には神経と筋線維だけでなく、[[シュワン細胞]]も存在し、神経終末を覆っている。このシュワン細胞の覆いは、神経終末を保護する働きがある。それ以外にも、神経損傷の際の神経リモデリングなど、積極的に神経筋接合部の形成・維持機能に関わっていることが明らかになりつつある<ref name="ref1">Nichols JG, Martin AR, Wallace BG, Fuchs PA. In From Neuron to Brain, Fourth Edition, Chapter 11.</ref> <ref><pubmed> 8428377 </pubmed></ref> <ref name="ref3"><pubmed> 10202544 </pubmed></ref>。  


== 神経伝達機構  ==
== 神経伝達機構  ==
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== シナプス形成に関わる分子機構  ==
== シナプス形成に関わる分子機構  ==


 脊椎動物の神経筋接合部を用いて、発生過程におけるシナプス形成過程の分子機構の研究が進められた。ヒダ状の構造のように神経筋接合部特有の構造もあるが、基本的なシナプス前後の構造、例えば、アクティブゾーンや受容体集積部位などは、神経―神経間のシナプスと同様の構造であり、共通のシナプス形成機構が存在すると考えられ、良いモデル系となっている。Xenopus胚から単離・培養された神経筋接合部のモデル系を用いて、神経が筋線維に接触前の成長円錐の状態でも神経伝達物質を放出することができること<ref><pubmed>6312327</pubmed></ref>、神経終末が筋肉細胞に接触すると、数秒以内にアセチルコリン放出が観測され、20分後には放出量の増大が見られた。このことから、筋肉細胞と神経終末が接触すると数分以内に、機能的なシナプス結合が形成されはじめることが明らかになった<ref><pubmed>2723739</pubmed></ref>。シナプス構造の分化過程のうちシナプス部へのアセチルコリン受容体の集積は、最初に、神経終末が筋肉細胞に接触してから、数時間以内に始まる。神経筋接合部におけるアセチルコリン受容体の集積は、コリン作動性神経終末特異的であり、神経細胞から集積を促す分子が分泌されていると考えられ、アグリンという蛋白質が同定された<ref><pubmed>1329871</pubmed></ref>。アグリンは、ヘパラン硫酸プロテオグリカンであり、ラミニンやヘパリン、ヘパリン結合タンパク質、インテグリンなどと相互作用する部位をもち<ref><pubmed>9430625</pubmed></ref>、運動神経終末から分泌され、シナプス間隙内の基底膜成分の一つとして組み込まれる。さらに、アグリンの受容体の一部として、muscle-specific receptor tyrosine kinase (MuSK)が同定され<ref><pubmed>8653786</pubmed></ref>、以降、シナプス後部の構造構築に働く細胞内シグナル機構の研究が盛んに行われている。近年では、分泌型glycoproteinである[[Wnt]]がMuSKのリガンドとして働く可能性が示され<ref><pubmed>12165471</pubmed></ref>、研究の新展開が見られる。アセチルコリン受容体の集合だけでなく、合成も神経細胞の接触により引き起こされ<ref name="ref1" />、神経由来のシナプス特異的な伝達物質受容体の転写を誘導する因子の関与が示唆されている<ref name="ref3" />。生体内において、アセチルコリン受容体の転写は、シナプス直近の核で、他の核よりも高くなっていることが示されている<ref name="ref9" />。  
 脊椎動物の神経筋接合部を用いて、発生過程におけるシナプス形成過程の分子機構の研究が進められた。ヒダ状の構造のように神経筋接合部特有の構造もあるが、基本的なシナプス前後の構造、例えば、アクティブゾーンや受容体集積部位などは、神経―神経間のシナプスと同様の構造であり、共通のシナプス形成機構が存在すると考えられ、良いモデル系となっている。Xenopus胚から単離・培養された神経筋接合部のモデル系を用いて、神経が筋線維に接触前の成長円錐の状態でも神経伝達物質を放出することができること<ref><pubmed>6312327</pubmed></ref>、神経終末が筋肉細胞に接触すると、数秒以内にアセチルコリン放出が観測され、20分後には放出量の増大が見られた。このことから、筋肉細胞と神経終末が接触すると数分以内に、機能的なシナプス結合が形成されはじめることが明らかになった<ref><pubmed>2723739</pubmed></ref>。シナプス構造の分化過程のうちシナプス部へのアセチルコリン受容体の集積は、最初に、神経終末が筋肉細胞に接触してから、数時間以内に始まる。神経筋接合部におけるアセチルコリン受容体の集積は、コリン作動性神経終末特異的であり、神経細胞から集積を促す分子が分泌されていると考えられ、アグリンというタンパク質が同定された<ref><pubmed>1329871</pubmed></ref>。アグリンは、ヘパラン硫酸プロテオグリカンであり、ラミニンやヘパリン、ヘパリン結合タンパク質、インテグリンなどと相互作用する部位をもち<ref><pubmed>9430625</pubmed></ref>、運動神経終末から分泌され、シナプス間隙内の基底膜成分の一つとして組み込まれる。さらに、アグリンの受容体の一部として、muscle-specific receptor tyrosine kinase (MuSK)が同定され<ref><pubmed>8653786</pubmed></ref>、以降、シナプス後部の構造構築に働く細胞内シグナル機構の研究が盛んに行われている。近年では、分泌型glycoproteinである[[Wnt]]がMuSKのリガンドとして働く可能性が示され<ref><pubmed>12165471</pubmed></ref>、研究の新展開が見られる。アセチルコリン受容体の集合だけでなく、合成も神経細胞の接触により引き起こされ<ref name="ref1" />、神経由来のシナプス特異的な伝達物質受容体の転写を誘導する因子の関与が示唆されている<ref name="ref3" />。生体内において、アセチルコリン受容体の転写は、シナプス直近の核で、他の核よりも高くなっていることが示されている<ref name="ref9" />。


== シナプス除去に関わる分子機構  ==
== シナプス除去に関わる分子機構  ==
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== 無脊椎動物の神経筋接合部  ==
== 無脊椎動物の神経筋接合部  ==


 神経筋接合部を用いた研究において、[[wikipedia:ja:無脊椎動物|無脊椎動物]]の神経筋接合部は優れた研究対象となっている。特に、遺伝学的手法・分子生物学的手法が容易に用いることができ、機能分子の同定が容易に行える[[wikipedia:ja:キイロショウジョウバエ|キイロショウジョウバエ]]胚および[[wikipedia:ja:幼虫|幼虫]]の体壁筋の神経筋接合部を用いての研究が盛んになった。室温(25度)の下、卵内において産卵後約13時間までに、[[wikipedia:ja:筋肉|筋肉]]細胞の融合が完成し、運動神経の[[成長円錐]]が、筋組織の表面に到達し、接触を開始する。産卵後約14-15時間には、機能的な[[シナプス]]が、筋肉細胞上に形成され初め、産卵後約21時間で初期の機能的神経筋接合部が出来上がり、卵は孵化し、1齢幼虫となる。その後、2齢幼虫、3齢幼虫期を経て、[[蛹]]化する。幼虫期は、全体で、約6日間である。半体節に30本の筋肉細胞が規則正しく配列しており、この構造が各体節左右で繰り返されている。約35個の運動神経細胞がこの30本の筋肉細胞を支配している<ref><pubmed>8833454</pubmed></ref>。どの神経細胞がどの筋肉細胞に接合部を形成するかが1細胞レベルで同定されており、シナプス形成機構研究の良いモデル系となっている. また、1齢幼虫から3齢幼虫まで、体は10倍以上伸張し、筋肉細胞も成長する。神経終末もそれに合わせて成長するため、標的細胞に合わせたシナプス形成・成熟機構の良いモデルとなっている。  
 神経筋接合部を用いた研究において、[[wikipedia:ja:無脊椎動物|無脊椎動物]]の神経筋接合部は優れた研究対象となっている。特に、遺伝学的手法・分子生物学的手法が容易に用いることができ、機能分子の同定が容易に行える[[wikipedia:ja:キイロショウジョウバエ|キイロショウジョウバエ]]胚および[[wikipedia:ja:幼虫|幼虫]]の体壁筋の神経筋接合部を用いての研究が盛んになった。室温(25度)の下、卵内において産卵後約13時間までに、[[wikipedia:ja:筋肉|筋肉]]細胞の融合が完成し、運動神経の[[成長円錐]]が、筋組織の表面に到達し、接触を開始する。産卵後約14-15時間には、機能的なシナプスが、筋肉細胞上に形成され初め、産卵後約21時間で初期の機能的神経筋接合部が出来上がり、卵は孵化し、1齢幼虫となる。その後、2齢幼虫、3齢幼虫期を経て、[[蛹]]化する。幼虫期は、全体で、約6日間である。半体節に30本の筋肉細胞が規則正しく配列しており、この構造が各体節左右で繰り返されている。約35個の運動神経細胞がこの30本の筋肉細胞を支配している<ref><pubmed>8833454</pubmed></ref>。どの神経細胞がどの筋肉細胞に接合部を形成するかが1細胞レベルで同定されており、シナプス形成機構研究の良いモデル系となっている. また、1齢幼虫から3齢幼虫まで、体は10倍以上伸張し、筋肉細胞も成長する。神経終末もそれに合わせて成長するため、標的細胞に合わせたシナプス形成・成熟機構の良いモデルとなっている。  


===脊椎動物の神経筋接合部との共通点===
===脊椎動物の神経筋接合部との共通点===
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<references />
<references />
(執筆者:森本高子 担当編集委員:河西春郎)