ショウジョウバエ

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能瀬 聡直
東京大学大学院新領域創成科学研究科
DOI:10.14931/bsd.4034 原稿受付日:2016年3月2日 原稿完成日:2016年6月29日
担当編集委員:宮川 剛(藤田保健衛生大学)

羅:Drosophila melanogaster 英:fruit fly

同義語:キイロショウジョウバエ

 ショウジョウバエは神経科学の諸分野、特に分子行動学や神経発生学において、常に先駆的な役割を果たしてきた重要なモデル動物である。その最大の利点は強力な遺伝学を比較的構成が単純な神経系に適用できる点にある。

Drosophila melanogaster
Male Drosophila melanogaster
Scientific classification
Kingdom: Animalia
Phylum: Arthropoda
Class: Insecta
Order: Diptera
Family: Drosophilidae
Genus: Drosophila
Subgenus: Sophophora
Species group: melanogaster group
Species subgroup: melanogaster subgroup
Species complex: melanogaster complex
Species: D. melanogaster
Binomial name
Drosophila melanogaster
Meigen, 1830[1]

モデル生物としての特徴

 昆虫網双翅目に属するショウジョウバエ科には2000種以上の種が存在するが、このうち一般にショウジョウバエと呼ばれるものはキイロショウジョウバエである。

 完全変態昆虫で、摂氏25度では、胚期(1日)、1齢幼虫期(1日)、2齢幼虫期(1日)、3齢幼虫期(2日)、期(5日)を経て約10日で成虫になる。体長が小さく(成虫で3mm)、飼育が容易で、世代期間が短いことから、遺伝学的解析に適している。また、遺伝的組換えを抑制するバランサー染色体を用いて突然変異体を安定に継代維持することができるのも大きな利点である[2]。神経細胞の数は幼虫で約1万、成虫で10万程度[3] [4]

よく用いられる遺伝学的手法

 遺伝子機能を解析する際には、遺伝子機能を欠失させたときにどのような影響(表現型)がでるのか、逆に遺伝子を本来発現していない時間や場所(組織や細胞)に強制的に発現させたときにどのような影響がでるのかを調べるのが一般的である。以下に、ショウジョウバエにおいてこれらの解析がどのように達成されているのかを歴史的背景も含め概説する。また、クローン解析と呼ばれる特定の組織や細胞のみに変異を誘導する手法についても解説する。

機能欠失型変異

 古典的には、突然変異体の解析により遺伝子機能の解析が行われた。Nusslein-VolhardWieschausが行った胚発生に関わる遺伝子の系統的解析[5]に代表されるように、X線や化学物質を用いて人工的に変異を誘導し、大量の変異体のなかから着目する表現型を示すものを探す順遺伝学的手法(forward genetics)は動物発生や行動の解析において大きな威力を発揮した。

 1980年代初頭にはトランスポゾンP因子を用いることで、個体への遺伝子導入が可能になるとともに[6]、突然変異の原因遺伝子のクローニングが一挙に進んだ[2] [7]。さらに2000年頃に完了したゲノム解読後[8]、P因子挿入部位のマッピングが進み、現在では60%以上の遺伝子についてデータベースを検索するだけでP因子挿入の変異体を得ることができる[7] [9] [1]。さらに再転移法を用いて近傍のP因子から欠失変異体を得ることができるので、P因子を頼りに大多数の遺伝子の機能欠失体を得ることが可能となっている[7] [9]

 また、RNAiによる遺伝子機能ノックダウンを可能にする系統(UAS-RNAi)もほとんどすべての遺伝子について利用可能である[7] [9] [2]。RNAiの場合、遺伝子機能を完全には阻害することができないという問題がある一方で、下記のGal4-UASシステムと組み合わせることで、特定の細胞においてのみ遺伝子機能を阻害できるという利点がある[7] [9] [10]。一方、マウスで用いられる相同組み替えのように特定の遺伝子を狙って欠失変異体を作成する手法は長年存在せず、遺伝学モデルとしての弱点のひとつであったが、組換え酵素FLPを利用して相同組換えを誘導する系がその後開発された[10]。さらにごく最近ではゲノム編集を用いることで、より効率的に変異体を作成することが可能となっている[9] [11]

機能獲得型変異

 当初は発現制御領域(エンハンサーやプロモーター)の下流に解析したい遺伝子をつないだコンストラクトを、P因子転換法を用いて個体に導入することで強制発現を誘導していたが、現在ではGal4-UASシステムを用いるのが一般的である[2] [10]Gal4酵母由来の転写因子で、UAS配列に結合し下流の遺伝子の発現を活性化させる。このシステムの最大の特徴は、「発現場所」を決めるGal4系統と、「何を発現するか」を決めるUAS系統を独立に作成し、これらを交配した子孫において表現型を解析することにある(binary expression system)。これにより致死性の変異の解析を可能にするとともに、多様な組み合わせでの強制発現が効率良く行えるようになった。発現制御領域に結合したコンストラクトやエンハンサー・トラップ法を用いることで、様々な組織や細胞で特異的にGal4を発現する系統が多数作成されており[3]、ストックセンター等から入手可能である[10]

 同様に多くの遺伝子の上流にUASをもつ系統が作成されストックセンターから入手可能である[4] [10]。また緑色蛍光タンパク質Green Fluorescent Protein(GFP)、カルシウムインジケーターGCaMP光感受性チャネルChannelrhodopsin2など様々な分子ツールを発現するためのUAS系統についても共通の財産として研究者間で共有されている[10]。また、LexAシステム(大腸菌由来のDNA結合タンパク質LexAとその標的DNA配列lexAopによるGal4-UASと独立なbinary expression system)など他の発現系を併用することで、複数の遺伝子やレポーターを独立に別の細胞群において発現させることも可能である[10]

クローン解析(モザイク解析)

 一部の細胞もしくは細胞系譜のみに変異をもたらすことにより、致死性の変異の表現型を調べたり、特異的な遺伝子機能を解析したりすることができる[2]。例えば、個体全体を変異体にした場合に脳が形成されないような場合でも、特定の神経細胞のみに変異をもたらすことで遺伝子の細胞自律的な機能を調べることができる。個体内で細胞ごとに遺伝型が異なりモザイク的になるので、モザイク解析とも呼ばれる。クローン解析の歴史は古く発生学の研究に大きな貢献をした。

 以前はX線などを用いたが、現在では組換え酵素flippase(FLP)とその標的配列(flippase recognition target、FRT)を利用して体細胞組換えを誘発することでクローンを作成するのが一般的である[2] [10]。さらにMARCM(Mosaic analysis with a repressible cell marker)法と呼ばれる手法は、変異体クローンのみにおいてGFP等のマーカーを発現させることにより、その細胞形態を可視化することを可能にする[10]。クローン解析は、変異体の解析のみならず、神経細胞の形態(特に軸索や樹状突起の配線パターン)を解析するのにも有効である[10]。最近では、Brainbow法と組み合わせることで、多数のクローンを異なった色で可視化する手法も開発されている[10]

神経科学における代表的研究

神経発生学

 胸体節が重複するbithorax変異に代表されるホメオティック変異体の解析は、ホメオボックス転写因子群による体(および脳神経系)の前後軸決定機構の解明につながった。また胚発生における変異の網羅的解析は、WntWingless)、TGF-βDpp)、Hedgehogなどの同定につながった(以上の功績によりE.B. Lewis、C. Nusslein-VolhardとE. Wieschausが1995年ノーベル賞受賞)。この他、Notch-Delta系、achaete-scute complexに代表されるbHLH転写因子群等神経発生に関わる多くの重要遺伝子がショウジョウバエにおいて発見された。後に、これら遺伝子のホモログの同定・解析が脊椎動物の神経発生の研究にも革新をもたらした。

神経行動学

 S. Benzerが開拓した行動遺伝学は多数の変異体のなかから特定の行動に異常をもたらすものを単離することで、遺伝子の機能と動物行動との因果を明らかにした。有名な例として、概日周期の制御に関わるperiod遺伝子、記憶学習に関わるdunce遺伝子があげられる。また、fruitlessなど求愛行動に関わる変異の研究は脳の性差の理解につながった。

機能生理学

 Benzerらの行動スクリーニングはまたイオンチャネルなどの生理機能分子の同定にもつながった。例えば、Shaker変異は最初のカリウムチャネルのクローニングにつながった。同様にTRPチャネルもショウジョウバエでの研究から発見されたものである(以上の神経科学における代表的研究に関する文献については優れた総説[12]を参照されたい)。

最近の研究動向

 米国のJanelia研究所を中心に単一の神経細胞種において特異的に発現を誘導するGal4系統が拡充されており、大量のGal4系統を用いた解剖学的脳マッピングが進行している([5])。またオプトジェネティクスを用い、特定の神経細胞の活動を促進もしくは阻害したときの動物行動や回路の挙動への影響を調べる研究も盛んに行われている[10] [13]。成虫の脳部位や幼虫の全中枢神経系において、コネクトミクス解析(連続切片電子顕微鏡画像三次元再構築)による回路構造決定のプロジェクトも進行している[3] [14]カルシウムイメージングパッチクランプ法を用いて神経活動を測定する研究も急増している[10] [13]

 以上のような革新的技術を組み合わせて、感覚情報処理、記憶学習や行動制御の仕組みを回路レベルで理解しようとするシステム神経科学が急ピッチで展開している。また、アルツハイマー病パーキンソン病などのモデル動物が作成されるなど、精神神経疾患のハイスループットモデル系としても活用されている[15]

外部リンク

 遺伝子データベース。アノテーション、系統ストック、発現パターン、参考文献等、各遺伝子に関するすべての情報が集約されたデータベース。
 アトラスや脳マッピング、ストックセンター、啓蒙等の外部サイトへのリンクもあるので、ここを出発点にショウジョウバエに関するすべての情報にアクセスできる。

 啓蒙・解説サイト。重要遺伝子の機能、発生や解剖アトラスについての分かりやすい解説がある。

 Janelia研究所で作成されたGal4系統のコレクションを用いた神経細胞のマッピング、解剖アトラス。

参考文献

  1. Meigen JW
    Systematische Beschreibung der bekannten europäischen zweiflügeligen Insekten. (Volume 6)
    Schulz-Wundermann 1830 PDF
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 Greenspan, RJ.
    Fly Pushing: The Theory and Practice of Drosophila Genetics.
    Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York. ISBN-13: 978-0879697112, ISBN-10: 0879697113 (2004).
  3. 3.0 3.1 Tomoko Ohyama, Casey M Schneider-Mizell, Richard D Fetter, Javier Valdes Aleman, Romain Franconville, Marta Rivera-Alba, Brett D Mensh, Kristin M Branson, Julie H Simpson, James W Truman, Albert Cardona, Marta Zlatic

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  4. Ann-Shyn Chiang, Chih-Yung Lin, Chao-Chun Chuang, Hsiu-Ming Chang, Chang-Huain Hsieh, Chang-Wei Yeh, Chi-Tin Shih, Jian-Jheng Wu, Guo-Tzau Wang, Yung-Chang Chen, Cheng-Chi Wu, Guan-Yu Chen, Yu-Tai Ching, Ping-Chang Lee, Chih-Yang Lin, Hui-Hao Lin, Chia-Chou Wu, Hao-Wei Hsu, Yun-Ann Huang, Jing-Yi Chen, Hsin-Jung Chiang, Chun-Fang Lu, Ru-Fen Ni, Chao-Yuan Yeh, Jenn-Kang Hwang

    Three-dimensional reconstruction of brain-wide wiring networks in Drosophila at single-cell resolution.
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  5. C Nüsslein-Volhard, E Wieschaus

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