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'''音韻ループ '''(おんいんるーぷ) とは、Baddeleyの[[ワーキングメモリー]]モデルにおける[[中央実行系]]に隷属するサブシステムの1つであり、言語・音韻情報を保持する記憶貯蔵庫である<ref name=ref1>'''A D Baddeley, G J Hitch'''<br>Working memory<br>''G A Bower (Eds) "The Psychology of Learning and Motivation: Advances in Research and Theory" Academic Press (New York)'':1974</ref>。言語の獲得に重要であると考えられている。 | |||
==音韻ループの構造== | ==音韻ループの構造== | ||
音韻ループは、他のワーキングメモリ要素に比べ、最も研究が進んでいるとされる。[[ファイル:PhonologicalLoop.jpg|300x250px|thumb|Baddeleyの音韻ループのモデル。Baddeley (1986, 2003, 2012) <ref name=ref5 /><ref name=ref2><pubmed>14523382</pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed>21961947</pubmed></ref>を参考に作成。]]Baddeley (1986)<ref name =ref5>'''A D Baddeley'''<br>Working Memory<br>''Oxford University Press'':1986</ref> によれば、音韻ループは、音韻ループは音韻貯蔵庫 (phonological store) と、構音リハーサル (arituclatory rehearsal) という大きく2つのシステムから構成されている。入力信号は音韻貯蔵庫と出力バッファとの間で構音リハーサルを繰り返しながら記憶痕跡を強め、[[中央実行系]]の指令を受けて音声として出力される。このモデルによれば、聴覚呈示された音声入力は音韻貯蔵庫へと直接入力されるのに対し、視覚呈示された文字や語は貯蔵庫には直接入らず、視覚コードから聴覚コードへの変換後に構音リハーサルされることで音韻貯蔵庫へと入力されるのだという<ref name=ref2 />。 | |||
ただし、音韻ループは言語や音声に関する研究が主流であり、非言語の環境音や音楽をどのように処理しているか、あるいはしうるかについては研究がなされておらず、今後の研究が待たれる<ref name=ref3 />。 | |||
==心理学的証拠== | ==心理学的証拠== | ||
Baddeley (2000)<ref><pubmed>11058819</pubmed></ref> は、音韻ループによって説明可能な現象として次の5つを挙げた。 | |||
===音韻類似性効果=== | ===音韻類似性効果=== | ||
音韻が類似している文字や単語は、正確に思い出す事が難しいという現象。これは音韻として符号化されていることを意味する<ref><pubmed>14237884</pubmed></ref><ref>'''A D Baddeley'''<br>Short-term memory for word sequences as a function of acoustic, semantic and formal similarity<br>''Quarterly Journal of Experimental Psychology, 18(4), 362-365'':1966</ref>。 | |||
===語長効果=== | ===語長効果=== | ||
短い単語よりも長い単語の方が、再生が難しいという現象。多数の音節からなる語は、リハーサルや再生を行うのが難しい。これは、記憶痕跡に減退のための時間を与えることになる<ref name=ref4>'''A D Baddeley, N Thomson, M Buchanan'''<br>Word length and the structure of short-term memory<br>''Journal of Verbal Learning Verbal Behavior, 14(6), 575-589'':1975</ref>。 | |||
===構音抑制=== | ===構音抑制=== | ||
単語記憶課題を行う際、1秒ごとに、たとえば「ザ」と発話し続けなければいけないように構音抑制 (articulatory suppression) を行うと、主たる単語記憶課題の成績は著しく落ちる。これは構音リハーサルを阻害することによって、音韻ループ内の記憶痕跡の形成が不十分になるためと考えられる<ref name=ref4 />。 | |||
===異符号間の情報転送=== | ===異符号間の情報転送=== | ||
視覚的に呈示された文字・単語では、しばしば、視覚コードから聴覚コードへと変換し、声に出さずに暗唱する。構音抑制は、視覚呈示された項目では記憶成績低下を引き起こすが、聴覚呈示された項目では成績低下を生じさせない。これは、聴覚刺激は音韻貯蔵庫へ自動的に登録されるためである<ref>'''D J Murray'''<br>Articulation and acoustic confusability in short term memory<br>''Journal of Experimental Psychology, 78(4), 679-684'':1968</ref>。 | |||
===神経心理学的証拠=== | ===神経心理学的証拠=== | ||
音韻短期記憶に障碍を持つ患者は、音韻貯蔵庫にその障碍が存在する。統合運動障碍 (apraxia) を持つ[[失語症]] (aphasia) 患者は、構音に必要な発話運動コードを形成する事ができないため、構音リハーサルに障碍を持つ<ref>'''G S Waters, E Rochon'''<br>The role of high-level speech planning in rehearsal: Evidence from patients with apraxia of speech<br>''Journal of Memory and Language, 31(1), 54-73'':1992</ref>。発話に困難を伴う構音障害 (dysarthria) 患者は、リハーサルには問題が無い。これはリハーサルには、明白な音声を伴う必要がない事を示している<ref>'''A D Baddeley, B A Wilson'''<br>Phonological coding and shortterm memory in patients without speech<br>''Journal of Memory and Language, 24(4), 490-502'':1992</ref>。 | |||
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<br> (執筆者:松吉 大輔 担当編集委員:定藤 規弘) |
2012年6月29日 (金) 19:23時点における版
英語名:phonological loop
音韻ループ (おんいんるーぷ) とは、Baddeleyのワーキングメモリーモデルにおける中央実行系に隷属するサブシステムの1つであり、言語・音韻情報を保持する記憶貯蔵庫である[1]。言語の獲得に重要であると考えられている。
音韻ループの構造
音韻ループは、他のワーキングメモリ要素に比べ、最も研究が進んでいるとされる。
Baddeley (1986)[2] によれば、音韻ループは、音韻ループは音韻貯蔵庫 (phonological store) と、構音リハーサル (arituclatory rehearsal) という大きく2つのシステムから構成されている。入力信号は音韻貯蔵庫と出力バッファとの間で構音リハーサルを繰り返しながら記憶痕跡を強め、中央実行系の指令を受けて音声として出力される。このモデルによれば、聴覚呈示された音声入力は音韻貯蔵庫へと直接入力されるのに対し、視覚呈示された文字や語は貯蔵庫には直接入らず、視覚コードから聴覚コードへの変換後に構音リハーサルされることで音韻貯蔵庫へと入力されるのだという[3]。
ただし、音韻ループは言語や音声に関する研究が主流であり、非言語の環境音や音楽をどのように処理しているか、あるいはしうるかについては研究がなされておらず、今後の研究が待たれる[4]。
心理学的証拠
Baddeley (2000)[5] は、音韻ループによって説明可能な現象として次の5つを挙げた。
音韻類似性効果
音韻が類似している文字や単語は、正確に思い出す事が難しいという現象。これは音韻として符号化されていることを意味する[6][7]。
語長効果
短い単語よりも長い単語の方が、再生が難しいという現象。多数の音節からなる語は、リハーサルや再生を行うのが難しい。これは、記憶痕跡に減退のための時間を与えることになる[8]。
構音抑制
単語記憶課題を行う際、1秒ごとに、たとえば「ザ」と発話し続けなければいけないように構音抑制 (articulatory suppression) を行うと、主たる単語記憶課題の成績は著しく落ちる。これは構音リハーサルを阻害することによって、音韻ループ内の記憶痕跡の形成が不十分になるためと考えられる[8]。
異符号間の情報転送
視覚的に呈示された文字・単語では、しばしば、視覚コードから聴覚コードへと変換し、声に出さずに暗唱する。構音抑制は、視覚呈示された項目では記憶成績低下を引き起こすが、聴覚呈示された項目では成績低下を生じさせない。これは、聴覚刺激は音韻貯蔵庫へ自動的に登録されるためである[9]。
神経心理学的証拠
音韻短期記憶に障碍を持つ患者は、音韻貯蔵庫にその障碍が存在する。統合運動障碍 (apraxia) を持つ失語症 (aphasia) 患者は、構音に必要な発話運動コードを形成する事ができないため、構音リハーサルに障碍を持つ[10]。発話に困難を伴う構音障害 (dysarthria) 患者は、リハーサルには問題が無い。これはリハーサルには、明白な音声を伴う必要がない事を示している[11]。
神経基盤
音韻貯蔵庫
左の側頭頭頂領域(ブロードマン40野)
構音リハーサル
関連項目
参考文献
- ↑ A D Baddeley, G J Hitch
Working memory
G A Bower (Eds) "The Psychology of Learning and Motivation: Advances in Research and Theory" Academic Press (New York):1974 - ↑ 2.0 2.1 A D Baddeley
Working Memory
Oxford University Press:1986 - ↑ 3.0 3.1
Baddeley, A. (2003).
Working memory: looking back and looking forward. Nature reviews. Neuroscience, 4(10), 829-39. [PubMed:14523382] [WorldCat] [DOI] - ↑ 4.0 4.1
Baddeley, A. (2012).
Working memory: theories, models, and controversies. Annual review of psychology, 63, 1-29. [PubMed:21961947] [WorldCat] [DOI] - ↑
Baddeley, A. (2000).
The episodic buffer: a new component of working memory? Trends in cognitive sciences, 4(11), 417-423. [PubMed:11058819] [WorldCat] - ↑
CONRAD, R., & HULL, A.J. (1964).
INFORMATION, ACOUSTIC CONFUSION AND MEMORY SPAN. British journal of psychology (London, England : 1953), 55, 429-32. [PubMed:14237884] [WorldCat] [DOI] - ↑ A D Baddeley
Short-term memory for word sequences as a function of acoustic, semantic and formal similarity
Quarterly Journal of Experimental Psychology, 18(4), 362-365:1966 - ↑ 8.0 8.1 A D Baddeley, N Thomson, M Buchanan
Word length and the structure of short-term memory
Journal of Verbal Learning Verbal Behavior, 14(6), 575-589:1975 - ↑ D J Murray
Articulation and acoustic confusability in short term memory
Journal of Experimental Psychology, 78(4), 679-684:1968 - ↑ G S Waters, E Rochon
The role of high-level speech planning in rehearsal: Evidence from patients with apraxia of speech
Journal of Memory and Language, 31(1), 54-73:1992 - ↑ A D Baddeley, B A Wilson
Phonological coding and shortterm memory in patients without speech
Journal of Memory and Language, 24(4), 490-502:1992
(執筆者:松吉 大輔 担当編集委員:定藤 規弘)