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(執筆者:今水寛 担当編集委員:入來篤史) |
2013年2月5日 (火) 17:45時点における版
英:tool use 独:Werkzeuggebrauch 仏:l'utilisation d'outils
自分の体以外の物を使って作業を行うこと。ヒト以外の多くの動物も道具を使うことが知られているが、使える道具の多様性・複雑さ、使いこなす器用さは、ヒトで特に発達している。
神経機構
神経心理学では、脳損傷患者の行動パターンから、道具の使用には「概念システム」と「産生システム」が関与すると指摘されている[1]。これは、道具を使う運動スキルには問題はないが、櫛で歯を磨く、歯ブラシで食べ物をつかむなど、道具の意味概念に障害が見られる患者(観念性失行)[2]がいる一方で、道具の意味概念には問題はないが、「櫛で髪をとかすふりをしてください」などの指示に応じてパントマイムを行えない患者(観念運動性失行:道具使用のための運動スキルにアクセスできない)[3]が存在することから、2つのシステムは異なる神経機構に対応すると考えられてきた。それぞれに対応する神経機構を一概に特定することは難しいが、脳活動イメージングなどの結果も踏まえた、最近の展望論文[4][5]は、概念システムは頭頂下部から中側頭回の領域と下前頭回が関与し、産生システムや道具を使うための運動スキルには運動前野、補足運動野、頭頂間溝付近、小脳などが関与することを指摘している。
訓練による脳の変化
頭頂葉
ニホンザルは自然環境で道具を使用しないが、長期間の訓練を行えば、熊手を使ってエサを引き寄せるなどの道具使用が可能になる。頭頂間溝付近には、手に触覚刺激を与えられたときにも、手の周辺に光が点灯するような視覚刺激が与えられたときにも応答するbimodalニューロンが存在する。サルに熊手を使ってエサを引き寄せる訓練を行うと、エサを引き寄せられる範囲まで、視覚刺激よってニューロンが応答する範囲(受容野)が広がる[6]。我々は、道具が使えるようになると道具が手の延長になったように感じられる。Bimodalニューロンの変化は、このような身体図式の変化を反映すると考えられる。同様の変化はモニタ上のカーソルを操作する場合にも見られる[7]。また、道具使用の訓練が、頭頂葉における初期遺伝子発現[8]や、頭頂葉・側頭葉・小脳における皮質構造の変化[9]も引き起こすことが確認され、一連の研究は、道具使用をモデルとして、動物からヒトへの知性の進化を知る上で重要な示唆を与えている。
小脳
道具を速く正確に操作するためには、「道具に対してどのような操作をすれば、道具がどのような動きをするか」「道具にある動きをさせたいと思ったとき、それを実現するためには、どのような操作をする必要があるか」を予測する必要がある。ヒトがこのような道具の操作特性を学習しているときの小脳活動をfMRIで計測すると、ほとんどの部位で学習が進むにつれて、活動は減少するが、外側部の限局された場所(後上溝付近)では活動が上昇することが知られている[10]。学習する道具の操作特性が異なれば、活動が上昇する位置や活動パターンも異なり[11]、この活動は道具の操作特性(道具に対する操作と結果の関係)を模倣・シミュレーションする神経機構(内部モデル)に対応すると考えられる。上述のサルに道具使用を学習させる実験でも、学習後に後上溝付近の皮質構造が変化することが知られている。
重要性
自己の身体は、成長、老化、ケガなどによる長期的な変化はあるにせよ、短時間で形態や操作特性が変化することはまれである。しかし、道具にはさまざまな種類があり、持ち替えた瞬間に操作すべき形態や特性が変化する。複数の道具を身体の延長として器用に使いこなすためには、基本的な道具の形態や操作特性を記憶し、必要に応じて切り替えたり、組み合わせたりすることが必要になる(モジュール性)。道具のイメージや操作スキルにおけるモジュール性は、さまざまな道具を使って作業をするときに不可欠な脳の仕組みである。さらに、複数の道具を組み合わせて作業する場合(例えば、短い熊手で長い熊手を引き寄せ、遠くのエサを引き寄せる[12])、モジュールの階層性が必要になる。モジュール性・階層性は、言語や思考など高次認知機能に共通する特性である。道具使用は、身体図式や運動制御といった脳の基本的なメカニズムに深く根ざす一方で、高次認知機能の特性も必要とするため、その神経機構を解明することは、ヒト知性の進化を知るうえで重要な手がかりであると考えられる。
関連項目
参考文献
- ↑ ダーリア・W・ザイテル編 河内十郎監訳
神経心理学ーその歴史と臨床の現状
産業図書(東京):1998 - ↑
Ochipa, C., Rothi, L.J., & Heilman, K.M. (1989).
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Goldenberg, G. (2003).
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(執筆者:今水寛 担当編集委員:入來篤史)