「気分安定薬」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史]</font><br>
''独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年3月16日 原稿完成日:2013年5月28日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ryosuketakahashi 高橋 良輔](京都大学大学院医学研究科)<br>
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英語名:mood stabilizer 独:Phasenprophylaktikum、Stimmungsstabilisierer 仏:stabilisateur de l'humeur
英語名:mood stabilizer 独:Phasenprophylaktikum、Stimmungsstabilisierer 仏:stabilisateur de l'humeur


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 気分安定薬とは[[躁病]]エピソードと[[うつ病]]エピソードに対する急性期の効果と予防効果を持つ薬剤である。リチウム(lithium)、ラモトリギン(lamotrigine)、バルプロ酸(valproic acid)とカルバマゼピン(carbamazepine)が含まれる。
 気分安定薬とは[[躁病]]エピソードと[[うつ病]]エピソードに対する急性期の効果と予防効果を持つ薬剤である。[[リチウム]](lithium)、[[ラモトリギン]](lamotrigine)、[[バルプロ酸]](valproic acid)と[[カルバマゼピン]](carbamazepine)が含まれる。
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== 定義 ==
== 定義 ==


 気分安定薬(mood stabilizer)という用語の起源は、Cadeによる「[[mood normalizer]]([[気分正常化薬]])」にさかのぼることができるが<ref name=ref1>'''Goodwin FK, Jamison KKR'''<br>Manic-Depressive Illness: Bipolar Disorders and Recurrent Depression.<br>''Oxford University Press;'' 2007. </ref>、現実的には、[[バルプロ酸]]の躁状態に対する適応が認められ、その販売促進の折に使われたことによって定着した面がある。
 気分安定薬(mood stabilizer)という用語の起源は、Cadeによる「[[mood normalizer]]([[気分正常化薬]])」にさかのぼることができるが<ref name=ref1>'''Goodwin FK, Jamison KKR'''<br>Manic-Depressive Illness: Bipolar Disorders and Recurrent Depression.<br>''Oxford University Press;'' 2007. </ref>、現実的には、バルプロ酸の躁状態に対する適応が認められ、その販売促進の折に使われたことによって定着した面がある。


 気分安定薬に関する、コンセンサスの得られた定義は存在しない。もっとも厳しい定義は、「躁病エピソードとうつ病エピソードに対する急性期の効果と予防効果を持つ薬剤」というBauerとMitchnerの2×2の定義<ref name=ref2><pubmed>14702242</pubmed></ref>であるが、「[[双極性障害]]において予防効果がある薬」という、GoodwinとJamisonの定義<ref name=ref1 />の方が、より現実的であろう。
 気分安定薬に関する、コンセンサスの得られた定義は存在しない。もっとも厳しい定義は、「躁病エピソードとうつ病エピソードに対する急性期の効果と予防効果を持つ薬剤」というBauerとMitchnerの2×2の定義<ref name=ref2><pubmed>14702242</pubmed></ref>であるが、「[[双極性障害]]において予防効果がある薬」という、GoodwinとJamisonの定義<ref name=ref1 />の方が、より現実的であろう。


 [[リチウム]](lithium)、[[ラモトリギン]](lamotrigine)は、躁病エピソードとうつ病エピソードの両方に対する予防効果が認められているが、リチウムは躁病エピソードの予防効果が強く、ラモトリギンはうつ病エピソードの予防効果が強いという特徴がある。バルプロ酸(valproic acid)と[[カルバマゼピン]](carbamazepine)の予防効果に関するエビデンスは十分ではない<ref name=ref3>'''加藤忠史、神庭重信、寺尾岳、山田和男'''<br>日本うつ病学会治療ガイドライン I [[双極性障害]] 2012.</ref>。
 リチウム(lithium)、ラモトリギン(lamotrigine)は、躁病エピソードとうつ病エピソードの両方に対する予防効果が認められているが、リチウムは躁病エピソードの予防効果が強く、ラモトリギンはうつ病エピソードの予防効果が強いという特徴がある。バルプロ酸(valproic acid)とカルバマゼピン(carbamazepine)の予防効果に関するエビデンスは十分ではない<ref name=ref3>'''加藤忠史、神庭重信、寺尾岳、山田和男'''<br>日本うつ病学会治療ガイドライン I 双極性障害 2012.</ref>。


 一方、[[非定型抗精神病薬]]のうち、[[オランザピン]]、[[クエチアピン]]については、躁状態、うつ状態の両方に対する予防効果が示されており、[[アリピプラゾール]]については、躁状態に対する予防効果が示されている<ref name=ref3 />。
 一方、[[非定型抗精神病薬]]のうち、[[オランザピン]]、[[クエチアピン]]については、躁状態、うつ状態の両方に対する予防効果が示されており、[[アリピプラゾール]]については、躁状態に対する予防効果が示されている<ref name=ref3 />。


 このように、予防効果のみを指標とした場合には、むしろ[[非定型抗精神病薬]]の効果の方が気分安定薬の基準を満たしているが、実際には、リチウム、ラモトリギン、バルプロ酸、カルバマゼピンの4剤が気分安定薬と呼ばれることが多い。従って、「[[双極性障害]]に対する再発予防効果が(不十分なエビデンスであっても)示唆されている薬剤のうち、[[抗精神病薬]]でないもの」が気分安定薬と呼ばれているのが現状である。
 このように、予防効果のみを指標とした場合には、むしろ非定型抗精神病薬の効果の方が気分安定薬の基準を満たしているが、実際には、リチウム、ラモトリギン、バルプロ酸、カルバマゼピンの4剤が気分安定薬と呼ばれることが多い。従って、「双極性障害に対する再発予防効果が(不十分なエビデンスであっても)示唆されている薬剤のうち、[[抗精神病薬]]でないもの」が気分安定薬と呼ばれているのが現状である。


 こうした用語の不確実さは、これらの薬剤の双極性障害に対する作用機序が解明されていないことに起因しており、将来的には、化学的薬理作用に基づいた分類へと収斂することが期待される。
 こうした用語の不確実さは、これらの薬剤の双極性障害に対する作用機序が解明されていないことに起因しており、将来的には、化学的薬理作用に基づいた分類へと収斂することが期待される。
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 日本では炭酸リチウムが用いられているが、海外ではクエン酸リチウム等、他の塩も用いられている。双極性障害の治療薬のうち、最初に発見されたものであるというだけでなく、精神科領域の薬物療法においても、最も歴史の古い薬である。リチウムは、抗躁効果、抗うつ効果、躁病エピソードおよびうつ病エピソードへの病相予防効果のすべてを持ち、双極性障害治療の基本となる薬剤である。
 日本では炭酸リチウムが用いられているが、海外ではクエン酸リチウム等、他の塩も用いられている。双極性障害の治療薬のうち、最初に発見されたものであるというだけでなく、精神科領域の薬物療法においても、最も歴史の古い薬である。リチウムは、抗躁効果、抗うつ効果、躁病エピソードおよびうつ病エピソードへの病相予防効果のすべてを持ち、双極性障害治療の基本となる薬剤である。


 治療中の血中濃度(次回服薬直前の最低値)は、およそ0.4~1.2mM程度である。有効量と中毒量が近いため、その臨床使用においては、定期的な血中濃度測定が必要である。
 治療中の血中濃度(服薬前の最低値)(編集コメント:服薬前は0ではないでしょうか?)は、およそ0.4~1.2mM程度である。有効量と中毒量が近いため、その臨床使用においては、定期的な血中濃度測定が必要である。


===薬理機構===
===薬理機構===
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 IMPaseの阻害は、基質である[[イノシトール-1-リン酸]]の蓄積と、[[イノシトール]]の欠乏を招き、その結果[[ホスファチジルイノシトール]]を細胞内で枯渇させる<ref name=ref7><pubmed>2553271</pubmed></ref>。
 IMPaseの阻害は、基質である[[イノシトール-1-リン酸]]の蓄積と、[[イノシトール]]の欠乏を招き、その結果[[ホスファチジルイノシトール]]を細胞内で枯渇させる<ref name=ref7><pubmed>2553271</pubmed></ref>。


 [[GSK-3β]]は、[[細胞死]]、あるいは[[細胞増殖]]に関わる[[PI3K]] ([[ホスファチジルイノシトール-3 キナーゼ]]) -[[Akt]]-[[GSK3β]]-[[Wnt]]/[[β-カテニン]]系における役割、[[Reverb-α]]→[[Clock]]/[[BmaL1]]を介した[[サーカディアンリズム]]制御系、[[タウ]]の[[リン酸化]]、などにおける役割が注目されている<ref name=ref8><pubmed>15136794</pubmed></ref>。
 GSK-3βは、[[細胞死]]、あるいは[[細胞増殖]]に関わる[[PI3K]] ([[ホスファチジルイノシトール-3 キナーゼ]]) -[[Akt]]-GSK3β-[[Wnt]]/[[β-カテニン]]系における役割、[[Reverb-α]]→[[Clock]]/[[BmaL1]]を介した[[サーカディアンリズム]]制御系、[[タウ]]の[[リン酸化]]、などにおける役割が注目されている<ref name=ref8><pubmed>15136794</pubmed></ref>。


 その他、リチウムには多くの神経細胞に対する作用が報告されており、[[成長円錐]]の拡大作用<ref name=ref9><pubmed>12015604</pubmed></ref>、[[神経新生]]の促進<ref name=ref10><pubmed>10987856</pubmed></ref>、神経細胞保護作用<ref name=ref11><pubmed>16179524</pubmed></ref>、[[脳由来神経栄養因子]] ([[BDNF]])増加<ref name=ref12><pubmed>17925795</pubmed></ref>、[[小胞体ストレス]]に対する作用などがあるものの、これらもIMPase 阻害作用や[[GSK-3β]]阻害作用を介すると推測されている。
 その他、リチウムには多くの神経細胞に対する作用が報告されており、[[成長円錐]]の拡大作用<ref name=ref9><pubmed>12015604</pubmed></ref>、[[神経新生]]の促進<ref name=ref10><pubmed>10987856</pubmed></ref>、神経細胞保護作用<ref name=ref11><pubmed>16179524</pubmed></ref>、[[脳由来神経栄養因子]] ([[BDNF]])増加<ref name=ref12><pubmed>17925795</pubmed></ref>、[[小胞体ストレス]]に対する作用などがあるものの、これらもIMPase 阻害作用やGSK-3β阻害作用を介すると推測されている。


 しかしながら、リチウムのどの作用が本質かということについて、一致した見解には至っていない。[[GSK-3]]β阻害薬やIMPase阻害薬の双極性障害への臨床応用を目指した開発は、今のところ成功していない。その一因は、双極性障害に対する予防効果を検定できる[[動物モデル]]が存在しないことにある。
 しかしながら、リチウムのどの作用が本質かということについて、一致した見解には至っていない。GSK-3β阻害薬やIMPase阻害薬の双極性障害への臨床応用を目指した開発は、今のところ成功していない。その一因は、双極性障害に対する予防効果を検定できる動物モデルが存在しないことにある。


===代謝===
===代謝===
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===薬理作用===
===薬理作用===
 その作用機序としては、[[電位依存性ナトリウムチャネル]]への作用などが考えられている<ref name=ref13>'''加藤忠史'''<br>ラモトリギンの気分安定作用のメカニズム<br>''精神科'' 2011;19:45-9.</ref>。また、この作用を介して、[[グルタミン酸]]放出を抑制する。また、リチウムと同様の神経保護作用を持つことが示唆されており、これもおそらくは、電位依存性ナトリウムチャネルの阻害という直接作用から、BDNFの増加などを介したものと考えられる<ref name=ref13 />。
 その作用機序としては、[[電位依存性ナトリウムチャネル|電位依存性Na<sup>+</sup>チャンネル]]への作用などが考えられている<ref name=ref13>'''加藤忠史'''<br>ラモトリギンの気分安定作用のメカニズム<br>''精神科'' 2011;19:45-9.</ref>。また、この作用を介して、[[グルタミン酸]]放出を抑制する。また、リチウムと同様の神経保護作用を持つことが示唆されており、これもおそらくは、電位依存性ナトリウムチャネルの阻害という直接作用から、BDNFの増加などを介したものと考えられる<ref name=ref13 />。


===代謝===
===代謝===
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===薬理作用===
===薬理作用===
 作用機序としては、電位依存性Na<sup>+</sup>チャンネルの抑制作用、[[電位依存性カルシウムチャネル|電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャンネル]]の抑制作用、[[アセチル化#ヒストン脱アセチル化酵素|ヒストン脱アセチル化酵素]]阻害作用など、多くの説があり、細胞レベルでは、リチウムと同様の神経保護作用、[[成長円錐]]拡大作用<ref name=ref9><pubmed>12015604</pubmed></ref>などが知られている。
 作用機序としては、電位依存性Na<sup>+</sup>チャンネルの抑制作用、[[電位依存性カルシウムチャネル|電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャンネル]]の抑制作用、[[アセチル化#ヒストン脱アセチル化酵素|ヒストン脱アセチル化酵素]]阻害作用など、多くの説があり、細胞レベルでは、リチウムと同様の神経保護作用、成長円錐拡大作用<ref name=ref9><pubmed>12015604</pubmed></ref>などが知られている。


===代謝===
===代謝===
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===代謝===
===代謝===
 肝臓で主として[[エポキシ化]]と[[水酸化]]により代謝される。
 肝臓で主として[[エポキシ化]]と[[水酸化]]により代謝される。副作用としては、スティーヴンス-ジョンソン症候群、白血球減少症などがある。


===副作用===
===副作用===
 副作用としては、[[wikipedia:ja:スティーブンス・ジョンソン症候群|スティーヴンス-ジョンソン(Stevens-Johnson)症候群]]、白血球減少症などがある。
 
(特記すべきことがございましたら御記述ください)


==関連項目==
==関連項目==
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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
<references />
(執筆者:加藤忠史 担当編集者:高橋良輔)

2013年5月5日 (日) 14:36時点における版

Lithium
Systematic (IUPAC) name
Lithium(1+)
Clinical data
Trade names Eskalith, Lithobid and others
AHFS/Drugs.com entry
MedlinePlus a681039
Pregnancy cat. D (US)
Legal status Prescription Only (S4) (AU) -only (US)
Routes Oral, parenteral
Pharmacokinetic data
Bioavailability depends on formulation
Half-life 24 hrs
Excretion >95% renal
Identifiers
CAS number 7439-93-2
ATC code N05AN01
PubChem CID 28486
DrugBank DB01356
Chemical data
Formula Li+
Mol. mass 6.941 g/mol
SMILES eMolecules & PubChem
Lamotrigine
Systematic (IUPAC) name
6-(2,3-dichlorophenyl)-1,2,4-triazine-3,5-diamine
Clinical data
Trade names Lamictal
AHFS/Drugs.com monograph
MedlinePlus a695007
Pregnancy cat. C (US)
Legal status POM (UK) -only (US)
Routes Oral
Pharmacokinetic data
Bioavailability 98%
Protein binding 55%
Metabolism Hepatic (mostly UGT1A4-mediated)
Half-life 24–34 hours (healthy adults)
Excretion Renal
Identifiers
CAS number 84057-84-1 YesY
ATC code N03AX09
PubChem CID 3878
IUPHAR ligand 2622
DrugBank DB00555
ChemSpider 3741 YesY
UNII U3H27498KS YesY
KEGG D00354 YesY
ChEBI CHEBI:6367 N
ChEMBL CHEMBL741 YesY
Chemical data
Formula C9H7Cl2N5 
Mol. mass 256.091 g/mol
SMILES eMolecules & PubChem
 N (what is this?)  (verify)
Sodium valproate
Systematic (IUPAC) name
sodium 2-propylpentanoate
Clinical data
AHFS/Drugs.com monograph
MedlinePlus a682412
Pregnancy cat. D (AU) D (US)
Legal status Prescription only
Routes Oral, i.v.
Pharmacokinetic data
Protein binding 90–95%
Metabolism 75% by CYP enzymes
Half-life 9–18 hours
Excretion 20% excreted as glucuronide
Identifiers
CAS number 1069-66-5 YesY
ATC code N03AG01
PubChem CID 14047
ChemSpider 13428 YesY
UNII 5VOM6GYJ0D YesY
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ChEBI CHEBI:9925 YesY
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Chemical data
Formula C8H15NaO2 
Mol. mass 166.20 g/mol
SMILES eMolecules & PubChem
 YesY (what is this?)  (verify)
Carbamazepine
Systematic (IUPAC) name
5H-dibenzo[b,f]azepine-5-carboxamide
Clinical data
Trade names Tegretol
AHFS/Drugs.com monograph
MedlinePlus a682237
Pregnancy cat. D (US)
Legal status POM (UK) -only (US)
Routes Oral
Pharmacokinetic data
Bioavailability 80%
Protein binding 76%
Metabolism Hepatic—by CYP3A4, to active epoxide form (carbamazepine-10,11 epoxide)
Half-life 25–65 hours (after several doses 12–17 hours)
Excretion 2–3% excreted unchanged in urine
Identifiers
CAS number 298-46-4 YesY 85756-57-6
ATC code N03AF01
PubChem CID 2554
DrugBank DB00564
ChemSpider 2457 YesY
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KEGG D00252 YesY
ChEBI CHEBI:3387 YesY
ChEMBL CHEMBL108 YesY
Chemical data
Formula C15H12N2O 
Mol. mass 236.269 g/mol
SMILES eMolecules & PubChem
 YesY (what is this?)  (verify)

英語名:mood stabilizer 独:Phasenprophylaktikum、Stimmungsstabilisierer 仏:stabilisateur de l'humeur

 気分安定薬とは躁病エピソードとうつ病エピソードに対する急性期の効果と予防効果を持つ薬剤である。リチウム(lithium)、ラモトリギン(lamotrigine)、バルプロ酸(valproic acid)とカルバマゼピン(carbamazepine)が含まれる。

定義

 気分安定薬(mood stabilizer)という用語の起源は、Cadeによる「mood normalizer気分正常化薬)」にさかのぼることができるが[1]、現実的には、バルプロ酸の躁状態に対する適応が認められ、その販売促進の折に使われたことによって定着した面がある。

 気分安定薬に関する、コンセンサスの得られた定義は存在しない。もっとも厳しい定義は、「躁病エピソードとうつ病エピソードに対する急性期の効果と予防効果を持つ薬剤」というBauerとMitchnerの2×2の定義[2]であるが、「双極性障害において予防効果がある薬」という、GoodwinとJamisonの定義[1]の方が、より現実的であろう。

 リチウム(lithium)、ラモトリギン(lamotrigine)は、躁病エピソードとうつ病エピソードの両方に対する予防効果が認められているが、リチウムは躁病エピソードの予防効果が強く、ラモトリギンはうつ病エピソードの予防効果が強いという特徴がある。バルプロ酸(valproic acid)とカルバマゼピン(carbamazepine)の予防効果に関するエビデンスは十分ではない[3]

 一方、非定型抗精神病薬のうち、オランザピンクエチアピンについては、躁状態、うつ状態の両方に対する予防効果が示されており、アリピプラゾールについては、躁状態に対する予防効果が示されている[3]

 このように、予防効果のみを指標とした場合には、むしろ非定型抗精神病薬の効果の方が気分安定薬の基準を満たしているが、実際には、リチウム、ラモトリギン、バルプロ酸、カルバマゼピンの4剤が気分安定薬と呼ばれることが多い。従って、「双極性障害に対する再発予防効果が(不十分なエビデンスであっても)示唆されている薬剤のうち、抗精神病薬でないもの」が気分安定薬と呼ばれているのが現状である。

 こうした用語の不確実さは、これらの薬剤の双極性障害に対する作用機序が解明されていないことに起因しており、将来的には、化学的薬理作用に基づいた分類へと収斂することが期待される。

リチウム

適用

 日本では炭酸リチウムが用いられているが、海外ではクエン酸リチウム等、他の塩も用いられている。双極性障害の治療薬のうち、最初に発見されたものであるというだけでなく、精神科領域の薬物療法においても、最も歴史の古い薬である。リチウムは、抗躁効果、抗うつ効果、躁病エピソードおよびうつ病エピソードへの病相予防効果のすべてを持ち、双極性障害治療の基本となる薬剤である。

 治療中の血中濃度(服薬前の最低値)(編集コメント:服薬前は0ではないでしょうか?)は、およそ0.4~1.2mM程度である。有効量と中毒量が近いため、その臨床使用においては、定期的な血中濃度測定が必要である。

薬理機構

 リチウムは、単純な陽イオンであり、その単純さゆえに、多様な薬理作用のうちどれが治療効果と関係しているのか諸説があるが、直接的には、Mg2+と拮抗する作用を介していると考えられる[4]。多くの酵素がMg2+を要求するが、リチウムの標的酵素としては、イノシトールモノホスファターゼ (IMPase)[5]GSK-3β[6]が最も有力である。

 IMPaseの阻害は、基質であるイノシトール-1-リン酸の蓄積と、イノシトールの欠乏を招き、その結果ホスファチジルイノシトールを細胞内で枯渇させる[7]

 GSK-3βは、細胞死、あるいは細胞増殖に関わるPI3K (ホスファチジルイノシトール-3 キナーゼ) -Akt-GSK3β-Wnt/β-カテニン系における役割、Reverb-αClockBmaL1を介したサーカディアンリズム制御系、タウリン酸化、などにおける役割が注目されている[8]

 その他、リチウムには多くの神経細胞に対する作用が報告されており、成長円錐の拡大作用[9]神経新生の促進[10]、神経細胞保護作用[11]脳由来神経栄養因子 (BDNF)増加[12]小胞体ストレスに対する作用などがあるものの、これらもIMPase 阻害作用やGSK-3β阻害作用を介すると推測されている。

 しかしながら、リチウムのどの作用が本質かということについて、一致した見解には至っていない。GSK-3β阻害薬やIMPase阻害薬の双極性障害への臨床応用を目指した開発は、今のところ成功していない。その一因は、双極性障害に対する予防効果を検定できる動物モデルが存在しないことにある。

代謝

 ほぼ100%吸収され、代謝を受けずに、ほとんどがから排泄される。

副作用

 手指振戦口渇多飲多尿吐気下痢などがある。また、甲状腺機能低下症も見られる。白血球増多も見られるが、問題となることは少ない。長期のリチウム治療により、腎障害を来すことがある。

 心血管系の催奇形性があるため、妊娠中の使用は禁忌とされている。リチウム中毒では、嘔吐、多尿、振戦に加え、小脳失調構音障害筋力低下、筋の刺激性亢進、けいれん意識障害などの中枢神経症状や、血圧低下、急性腎不全肺水腫心伝導障害などが現れる。中毒は、脱水状態、他の薬剤との併用(抗炎症薬利尿薬の併用)、加齢による腎機能低下、自殺目的の服用などに伴って出現することが多い。中毒発生時には、輸液人工透析などの対症療法保存的治療を行う。

ラモトリギン

適用

 ラモトリギンは、抗てんかん薬として開発され、後に双極性障害への効果が見いだされた。うつ状態の予防効果が最も確立しているが、躁状態の予防効果もあり、また、急性期のうつ状態に対する効果も示唆されている。

薬理作用

 その作用機序としては、電位依存性Naチャンネルへの作用などが考えられている[13]。また、この作用を介して、グルタミン酸放出を抑制する。また、リチウムと同様の神経保護作用を持つことが示唆されており、これもおそらくは、電位依存性ナトリウムチャネルの阻害という直接作用から、BDNFの増加などを介したものと考えられる[13]

代謝

 活性代謝物はなく、主にグルクロン酸抱合により代謝される。バルプロ酸との併用で半減期が延長するため、注意を要する。

副作用

 まれながら重篤な皮疹肝障害などを伴うスティーヴンス-ジョンソン(Stevens-Johnson)症候群(SJS)が見られるが、ゆっくり増量することにより、発症の可能性をある程度減らすことができる。その他の副作用としては、頭痛傾眠めまいなどがある。

バルプロ酸

適用

 日本ではバルプロ酸ナトリウム、欧米ではバルプロ酸とバルプロ酸ナトリウムが1:1に配位したdivalproexが主に用いられている。バルプロ酸は抗てんかん薬として幅広く用いられている薬剤であるが、躁状態に有効なことが1960年にヨーロッパで見出された[14]

 躁状態に対する効果がある。双極性障害のうつ状態に対する効果はなく、予防効果があることが示唆されているものの、そのエビデンスは確実とはいえない。

薬理作用

 作用機序としては、電位依存性Na+チャンネルの抑制作用、電位依存性Ca2+チャンネルの抑制作用、ヒストン脱アセチル化酵素阻害作用など、多くの説があり、細胞レベルでは、リチウムと同様の神経保護作用、成長円錐拡大作用[9]などが知られている。

代謝

 グルクロン酸抱合およびβ酸化により代謝される。血中濃度は、躁病においては71μg/mL以上で有効とされる[15]

副作用

 吐き気、嘔吐などの消化器症状の他、投与早期に生じる肝障害などがある。催奇形性があるため、妊娠中の投与は禁忌である。

カルバマゼピン

適用

 抗てんかん薬として開発されたが、てんかん患者において情動安定化作用を持つことから、双極性障害に試みられ、1970年代初頭に、日本の大熊輝男らにより、躁状態に対する有効性が見出された。その後、病相予防効果も示唆され、気分安定薬の1つとしての地位を確立した。双極性障害における有効血中濃度は不明であるが、てんかんにおける有効濃度である5~9μm/mlを目安として治療を行うことが多い。

薬理作用

 作用機序としては、電位依存性Na+チャンネルの阻害作用、アデノシン受容体への作用などが知られている[14]

代謝

 肝臓で主としてエポキシ化水酸化により代謝される。副作用としては、スティーヴンス-ジョンソン症候群、白血球減少症などがある。

副作用

(特記すべきことがございましたら御記述ください)

関連項目

参考文献

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(執筆者:加藤忠史 担当編集者:高橋良輔)