「S100タンパク質」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
 
(同じ利用者による、間の2版が非表示)
1行目: 1行目:
<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/hajimehirase 平瀬 肇]</font><br>
''独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年3月5日 原稿完成日:2012年5月23日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/michisukeyuzaki 柚崎 通介](慶應義塾大学 医学部生理学)<br>
</div>
{{Pfam_box  
{{Pfam_box  
| Symbol = S_100  
| Symbol = S_100  
37行目: 44行目:
}}  
}}  


{{box|text=
 S100 タンパク質は、[[wikipedia:JA:EFハンド|EFハンド]]型[[カルシウム]]結合性ドメイン(loop-helix-loop)をもつ、分子量が8~14kD程度の低分子量のタンパク質群である。B.W. Mooreにより、1965年にウシ脳から分離された。現在までに20種類以上のサブファミリーが同定されている。S100という名称は「中性硫酸アンモニウムに完全に(100%)溶ける(Soluble)」という特性に由来している。現在のところS100A1~S100A18、S100B、S100P、S100Z、Calbindin D<sub>9k</sub> (S100G)、Profilaggrin、Trychohyalin、Repetinに分類される。S100Bは特に[[脳]]での発現が高いことが知られている。[[wikipedia:JA:哺乳類|哺乳類]]の[[中枢神経]]系では、[[グリア細胞]]の一種である[[アストロサイト]]に選択的に発現する。末梢神経系ではグリア細胞の[[シュワン細胞]]に発現する。S100タンパク質群の機能は、細胞内カルシウム濃度を一定に保つバッファーとしての機能以外にも多岐にまたがると考えられており、未解明な部分が多い。またS100タンパク質は細胞内のシグナル伝達のみならず、細胞外にも分泌される事が知られており、実際に[[wikipedia:JA:血漿|血漿]]や[[脳脊髄液]]からも検出される。培養細胞系では、細胞外のS100Bは神経細胞の生存にかかわる[[栄養因子]]として働くことが提唱されている。  
 S100 タンパク質は、[[wikipedia:JA:EFハンド|EFハンド]]型[[カルシウム]]結合性ドメイン(loop-helix-loop)をもつ、分子量が8~14kD程度の低分子量のタンパク質群である。B.W. Mooreにより、1965年にウシ脳から分離された。現在までに20種類以上のサブファミリーが同定されている。S100という名称は「中性硫酸アンモニウムに完全に(100%)溶ける(Soluble)」という特性に由来している。現在のところS100A1~S100A18、S100B、S100P、S100Z、Calbindin D<sub>9k</sub> (S100G)、Profilaggrin、Trychohyalin、Repetinに分類される。S100Bは特に[[脳]]での発現が高いことが知られている。[[wikipedia:JA:哺乳類|哺乳類]]の[[中枢神経]]系では、[[グリア細胞]]の一種である[[アストロサイト]]に選択的に発現する。末梢神経系ではグリア細胞の[[シュワン細胞]]に発現する。S100タンパク質群の機能は、細胞内カルシウム濃度を一定に保つバッファーとしての機能以外にも多岐にまたがると考えられており、未解明な部分が多い。またS100タンパク質は細胞内のシグナル伝達のみならず、細胞外にも分泌される事が知られており、実際に[[wikipedia:JA:血漿|血漿]]や[[脳脊髄液]]からも検出される。培養細胞系では、細胞外のS100Bは神経細胞の生存にかかわる[[栄養因子]]として働くことが提唱されている。  
}}


== 構造  ==
== 構造  ==
53行目: 62行目:
== 機能  ==
== 機能  ==


 S100タンパク質群は、カルシウムホメオスタシス、タンパク質の[[リン酸化]]の調節(例:、[[P53]]や[[Tauタンパク質]]のリン酸化の阻害、[[タンパク質リン酸化酵素]]活性)、細胞成長、細胞運動性、[[wikipedia:JA:細胞周期|細胞周期]]調節、[[wikipedia:JA:翻訳 (生物学)|翻訳]]、[[wikipedia:JA:細胞分化|細胞分化]]、細胞生存など、多様な機能をもつことが提唱されている<ref name=ref1a><pubmed>16683912</pubmed></ref> <ref name=ref1b><pubmed>12645002</pubmed></ref> <ref name=ref1c><pubmed>20827421</pubmed></ref>。また、様々な疾患に関係するとされており、[[wikipedia:JA:乳がん|乳がん]]や[[wikipedia:JA:メラノーマ|メラノーマ]]を含む様々な癌細胞に発現する。また、S100タンパク質は、[[wikipedia:JA:炎症|炎症]]マーカーとしても利用される<ref name=ref2><pubmed>17348038 </pubmed></ref>。
 S100タンパク質群は、カルシウムホメオスタシス、タンパク質の[[リン酸化]]の調節(例:、[[P53]]や[[Tauタンパク質]]のリン酸化の阻害、[[タンパク質リン酸化酵素]]活性)、細胞成長、細胞運動性、[[wikipedia:JA:細胞周期|細胞周期]]調節、[[wikipedia:JA:翻訳 (生物学)|翻訳]]、[[細胞分化]]、細胞生存など、多様な機能をもつことが提唱されている<ref name=ref1a><pubmed>16683912</pubmed></ref> <ref name=ref1b><pubmed>12645002</pubmed></ref> <ref name=ref1c><pubmed>20827421</pubmed></ref>。また、様々な疾患に関係するとされており、[[wikipedia:JA:乳がん|乳がん]]や[[wikipedia:JA:メラノーマ|メラノーマ]]を含む様々な癌細胞に発現する。また、S100タンパク質は、[[wikipedia:JA:炎症|炎症]]マーカーとしても利用される<ref name=ref2><pubmed>17348038 </pubmed></ref>。


 S100Bは、[[神経突起]]および[[軸索]]成長、メラノーマ[[細胞増殖]]、[[プロテインキナーゼC]]依存的なリン酸化、[[微小管]]の重合に関与しているとされている。また、培養神経細胞を使用した実験では、神経細胞生存に重要であるという報告もある<ref name=ref3a><pubmed>2029635</pubmed></ref> <ref name=ref3b><pubmed>11007787</pubmed></ref>。しかし、S100Bノックアウト動物の神経回路形成には重篤な欠損がない<ref name=ref4><pubmed>11872254</pubmed></ref>ことから、神経栄養因子としての機能は限定的であるという可能性も否めない。細胞外でのS100Bの標的としては[[終末糖化産物受容体]](RAGE)が知られている<ref name=ref5><pubmed>10399917</pubmed></ref>。マウスを使用した実験で、S100Bの分泌は神経活動依存的に起こり、脳波活動に影響をもたらすことが報告されている<ref name=ref6><pubmed>18945900</pubmed></ref>。
 S100Bは、[[神経突起]]および[[軸索]]成長、メラノーマ[[細胞増殖]]、[[プロテインキナーゼC]]依存的なリン酸化、[[微小管]]の重合に関与しているとされている。また、培養神経細胞を使用した実験では、神経細胞生存に重要であるという報告もある<ref name=ref3a><pubmed>2029635</pubmed></ref> <ref name=ref3b><pubmed>11007787</pubmed></ref>。しかし、S100Bノックアウト動物の神経回路形成には重篤な欠損がない<ref name=ref4><pubmed>11872254</pubmed></ref>ことから、神経栄養因子としての機能は限定的であるという可能性も否めない。細胞外でのS100Bの標的としては[[終末糖化産物受容体]](RAGE)が知られている<ref name=ref5><pubmed>10399917</pubmed></ref>。マウスを使用した実験で、S100Bの分泌は神経活動依存的に起こり、脳波活動に影響をもたらすことが報告されている<ref name=ref6><pubmed>18945900</pubmed></ref>。
60行目: 69行目:


<references />
<references />
(執筆者:平瀬肇 担当編集委員:柚崎通介)