「精神病性障害」の版間の差分
細 (→「精神病」とは) |
細編集の要約なし |
||
(3人の利用者による、間の11版が非表示) | |||
2行目: | 2行目: | ||
<font size="+1">福島 貴子、針間 博彦</font><br> | <font size="+1">福島 貴子、針間 博彦</font><br> | ||
''東京都立松沢病院精神科''<br> | ''東京都立松沢病院精神科''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年12月10日 原稿完成日:2014年6月18日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
</div> | </div> | ||
英語名:psychotic | 英語名:psychotic disorder 独:Psychose 仏:psychose | ||
同義語:精神病 (psychosis) | 同義語:精神病 (psychosis) | ||
{{box|text= | {{box|text= 精神病症状 (psychotic symptom) とは、[[幻覚]]、[[妄想]]、解体した(まとまりのない)会話、解体した(まとまりのない)行動など、現実検討を著しく障害する症状を示し、こうした症状を呈する疾患は、以前は「精神病」と呼ばれていた。以前用いられた「精神病」にほぼ相当する現在の用語が、「精神病性障害」である。現在、精神病という用語を単独で病名として用いることはほとんどなくなっており、記述用語として「精神病性」あるいは「精神病症状」という用語が使用されている。精神病性障害は、その成因によって、身体疾患によるもの、[[精神作用物質]]の使用によるもの、身体的基盤が明らかでないもの([[統合失調症]]など)に大別される。なお、精神病性障害以外の一部の障害([[双極性障害]]、[[うつ病]]など)も、精神病症状を伴いうる。}} | ||
==「精神病」とは== | ==「精神病」とは== | ||
「精神病」は、[[妄想]]、[[幻覚]]、解体した(まとまりのない)会話、解体した(まとまりのない)行動などにより、現実検討が著しく障害される疾患を示し、こうした症状を精神病症状、こうした特徴を精神病性という。精神病という語は[[DSM-III]]以降使用されなくなり、わが国でも[[スティグマ]]を伴う用語であるため、現在はあまり用いられない。しかし、形容詞的な精神病性という使い方や、精神病症状という使い方は現在でも広くなされている。 | |||
今日では、精神病症状を主徴とする病態を精神病性障害と呼ぶ。もっとも英語圏では、psychosisという語は疾患名ではなく、上記の症状を呈する「精神病状態」という状態像診断として、再び頻用されるようになっている。たとえば、first-episode psychosisとは経過の中で初めて発現した精神病状態を示す。精神病症状は、脳疾患、[[薬物中毒]]などの身体疾患によって生じる場合もあれば、統合失調症などの基盤とする身体疾患が未だ不明とされる精神障害によって生じる場合もある。 | |||
== 精神病性障害の諸種 == | == 精神病性障害の諸種 == | ||
===身体疾患に関連する精神病性障害=== | ===身体疾患に関連する精神病性障害=== | ||
脳疾患や他の医学的病態によって精神病症状が出現することがある。頭部外傷、[[脳血管障害]]、[[脳腫瘍]]、[[脳炎]]、[[多発性硬化症]]など、原因が中枢神経の直接の障害による場合は[[器質性精神病性障害]]と呼ばれ、[[中枢神経]]以外の全身性疾患に関連して精神病症状が出現する場合は[[症状性精神病性障害]]と呼ばれる。これらは米国精神医学会(APA)による『精神障害の診断と統計の手引き』 (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders) の第五版(DSM- | 脳疾患や他の医学的病態によって精神病症状が出現することがある。頭部外傷、[[脳血管障害]]、[[脳腫瘍]]、[[脳炎]]、[[多発性硬化症]]など、原因が中枢神経の直接の障害による場合は[[器質性精神病性障害]]と呼ばれ、[[中枢神経]]以外の全身性疾患に関連して精神病症状が出現する場合は[[症状性精神病性障害]]と呼ばれる。これらは米国精神医学会(APA)による『精神障害の診断と統計の手引き』 (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders) の第五版(DSM-5)では「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」のうち「他の医学的疾患による精神病性障害」に、世界保健機関(WHO)による『疾病及び関連保健問題の国際統計分類』の第10版([[ICD-10]])<ref name=ref10>'''World Health Organization'''<br>The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders; <br>Clinical descriptions and diagnostic guidelines. WHO, Geneva, 1992<br>(融道男,中根允文、小見山実ら訳<br>ICD-10精神および行動の障害—臨床記述と診断ガイドライン、新訂版. 医学書院、東京、2005.)</ref>では「F0 症状性を含む[[器質性精神障害]]」のうち「脳損傷、脳機能不全および身体疾患による他の精神障害(F06.x)」に分類される。 | ||
===精神作用物質の使用による精神病性障害=== | ===精神作用物質の使用による精神病性障害=== | ||
これは旧来、[[中毒性精神病]]と呼ばれたものであり、原因薬剤によって[[アルコール精神病]]、[[覚せい剤]]精神病などと呼ばれることもある。これは[[DSM-IV]]- | これは旧来、[[中毒性精神病]]と呼ばれたものであり、原因薬剤によって[[アルコール精神病]]、[[覚せい剤]]精神病などと呼ばれることもある。これは[[DSM-IV]]-TRでは、「物質関連障害」群のうち「物質誘発性精神病性障害」に分類されたが、[[DSM-5]]では、「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」のうち「物質・医薬品誘発性精神病性障害」に分類される。ICD-10では、「F1 精神作用物質使用による精神及び行動の障害」のうち「F1x.5精神作用物質使用による精神病性障害」あるいは「精神作用物質使用による遅発性精神病性障害(F1x.75)」に分類される<ref name=ref11>'''World Health Organization'''<br>The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders<br>Diagnostic criteria for research. <br>WHO, Geneva, 1993<br>(中根允文、岡崎祐士、藤原妙子ら訳<br>ICD-10精神および行動の障害—DCR研究用診断基準、新訂版<br>''医学書院''、東京、2008.)</ref>。 | ||
精神病性障害を生じうる精神作用物質にはアルコール、[[オピオイド]]、[[大麻]]類、[[幻覚薬]]、吸入剤、[[精神刺激薬]]([[コカイン]]、[[アンフェタミン]]型物質など)などがあり、医薬品には[[鎮静剤]]、[[睡眠薬]]、[[抗不安薬]]、[[抗てんかん薬]]、[[ステロイド]]、[[インターフェロン]]、[[ケタミン]]などがある。 | 精神病性障害を生じうる精神作用物質にはアルコール、[[オピオイド]]、[[大麻]]類、[[幻覚薬]]、吸入剤、[[精神刺激薬]]([[コカイン]]、[[アンフェタミン]]型物質など)などがあり、医薬品には[[鎮静剤]]、[[睡眠薬]]、[[抗不安薬]]、[[抗てんかん薬]]、[[ステロイド]]、[[インターフェロン]]、[[ケタミン]]などがある。 | ||
===身体的基盤が明らかでない精神病性障害=== | ===身体的基盤が明らかでない精神病性障害=== | ||
精神病症状が精神作用物質の使用によるものではなく、また原因となりうる身体疾患も認められない場合、ここに分類される。旧来、[[内因性精神病]]とされたものの一部である。これは症状とその持続期間に応じて、DSM- | 精神病症状が精神作用物質の使用によるものではなく、また原因となりうる身体疾患も認められない場合、ここに分類される。旧来、[[内因性精神病]]とされたものの一部である。これは症状とその持続期間に応じて、DSM-5では「[[統合失調症スペクトラム障害]]および他の精神病性障害群」のうち[[妄想性障害]]、[[短期精神病性障害]]、[[統合失調症]]、[[統合失調感情障害]]、ICD-10ではF2群「統合失調症、統合失調型障害および妄想性障害」のうち統合失調症(F20.x)、[[持続性妄想性障害]](F22.x)、[[急性一過性精神病性障害]](F23.x)、[[感応性妄想性障害]](F24)、[[統合失調感情障害]](F25.x)に分類される。 | ||
== 精神病症状があっても精神病性障害に含まれないもの == | == 精神病症状があっても精神病性障害に含まれないもの == | ||
上記の精神病性障害以外の病態でも、たとえば[[気分障害]]、[[強迫性障害]]、[[解離性障害]]、[[PTSD]] | 上記の精神病性障害以外の病態でも、たとえば[[気分障害]]、[[強迫性障害]]、[[解離性障害]]、[[PTSD]]、[[身体醜形障害]]、[[パーソナリティ障害]](統合失調型、境界性、妄想性など)、[[精神遅滞]]、[[広汎性発達障害]]などにおいて、精神病症状が出現することがある<ref name=ref6>'''針間博彦'''<br>妄想性障害とその周辺—DSM-IVとDSM-5<br>''臨床精神医学''、42(1);p13-20,2013.</ref>。 | ||
気分障害のエピソード中に妄想や幻覚などの精神病症状が見られる場合、DSM-5では気分エピソードなしに幻覚や妄想が存在する期間が2週間未満であれば気分障害と診断され、2週間以上であれば統合失調感情障害と診断される。一方、ICD-10 (DCR)<ref name=ref11 />では、気分障害に伴う精神病症状は、[[妄想#妄想知覚|Schneiderの1級症状]]を含む典型的な統合失調症状ではないとされる。したがって、気分症状が統合失調症状(ICD-10 統合失調症の全般基準G1(1))と同時に存在する場合、気分障害ではなく、統合失調感情障害あるいは統合失調症と診断される。これは、統合失調症と気分障害の鑑別におけるDSM-5とICD-10の重大な相違点の1つである<ref name=ref8>'''針間博彦、岡田直大'''<br>シュナイダーの1級症状について.妄想の臨床<br>''新興医学出版社''、東京、p98-110,2013.</ref>。 | 気分障害のエピソード中に妄想や幻覚などの精神病症状が見られる場合、DSM-5では気分エピソードなしに幻覚や妄想が存在する期間が2週間未満であれば気分障害と診断され、2週間以上であれば統合失調感情障害と診断される。一方、ICD-10 (DCR)<ref name=ref11 />では、気分障害に伴う精神病症状は、[[妄想#妄想知覚|Schneiderの1級症状]]を含む典型的な統合失調症状ではないとされる。したがって、気分症状が統合失調症状(ICD-10 統合失調症の全般基準G1(1))と同時に存在する場合、気分障害ではなく、統合失調感情障害あるいは統合失調症と診断される。これは、統合失調症と気分障害の鑑別におけるDSM-5とICD-10の重大な相違点の1つである<ref name=ref8>'''針間博彦、岡田直大'''<br>シュナイダーの1級症状について.妄想の臨床<br>''新興医学出版社''、東京、p98-110,2013.</ref>。 | ||
36行目: | 37行目: | ||
また、身体醜形障害、強迫性障害などにおいては、妄想と[[優格観念]](overvalued idea)の区別が問題となる。たとえば、身体醜形障害では、外見の想像上の欠陥に対するとらわれが妄想的強度をもって保持されることがある。この場合、DSM-IV-TRでは身体醜形障害と妄想性障害身体型の並存と診断されたが、DSM-5では、「身体醜形障害、病識が欠如した/妄想的確信を伴うもの」と診断され、妄想性障害など精神病性障害の診断は与えられない。妄想を伴う強迫性障害の診断についても、同様の変更が行われている。 | また、身体醜形障害、強迫性障害などにおいては、妄想と[[優格観念]](overvalued idea)の区別が問題となる。たとえば、身体醜形障害では、外見の想像上の欠陥に対するとらわれが妄想的強度をもって保持されることがある。この場合、DSM-IV-TRでは身体醜形障害と妄想性障害身体型の並存と診断されたが、DSM-5では、「身体醜形障害、病識が欠如した/妄想的確信を伴うもの」と診断され、妄想性障害など精神病性障害の診断は与えられない。妄想を伴う強迫性障害の診断についても、同様の変更が行われている。 | ||
死別後や重度の[[ストレス]]状況下において、不安や恐怖などの[[情動]]に基づいて妄想様の体験が出現することがある。これは旧来、[[妄想反応]] (paranoid reaction)と呼ばれ、Schneider, K<ref name=ref9>'''Schneider K'''<br>Klinische Psychopathologie. 15. Aufl. Mit einem aktualisierten und erweiterten Kommentar von G. Huber | 死別後や重度の[[ストレス]]状況下において、不安や恐怖などの[[情動]]に基づいて妄想様の体験が出現することがある。これは旧来、[[妄想反応]] (paranoid reaction)と呼ばれ、Schneider, K<ref name=ref9>'''Schneider K'''<br>Klinische Psychopathologie. 15. Aufl. Mit einem aktualisierten und erweiterten Kommentar von G. Huber und G. Gross<br>''Thieme, Stuttgart, 2007''<br>針間博彦訳、クルト・シュナイダー 新版 臨床精神病理学<br>''文光堂''、東京、2007.</ref>によれば精神病ではなく[[異常体験反応]]である。この反応性の妄想状態は、DSM-5では「[[短期精神病性障害]]、明らかなストレス因子があるもの」、ICD-10では「[[急性一過性精神病性障害]]、関連する急性ストレスを伴うもの」と診断され、精神病性障害から除外されることはない。 | ||
==精神病性障害の診断基準== | ==精神病性障害の診断基準== | ||
かつて「精神病psychosis」という語は、DSM-II(1968年)<ref name=ref1>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 2nd ed. <br>Washington DC Association, APA, 1968.</ref>では「生活の通常の要求を満たす能力に著しい支障を来すほど精神機能が障害されている」と広く定義されていたのに対し、[[DSM-III]](1980年)<ref name=ref2>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd ed. <br>Washington DC, APA, 1980. </ref>とDSM-III-R(1987年)<ref name=ref3>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd Ed, Revised. <br>Washington DC, APA, 1987</ref> | かつて「精神病psychosis」という語は、DSM-II(1968年)<ref name=ref1>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 2nd ed. <br>Washington DC Association, APA, 1968.</ref>では「生活の通常の要求を満たす能力に著しい支障を来すほど精神機能が障害されている」と広く定義されていたのに対し、[[DSM-III]](1980年)<ref name=ref2>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd ed. <br>Washington DC, APA, 1980. </ref>とDSM-III-R(1987年)<ref name=ref3>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd Ed, Revised. <br>Washington DC, APA, 1987</ref>では、「精神病」と言う語は用いられなくなり、「精神病性psychotic」という語が「現実検討の著しい障害」というより狭い意味で用いられた。 | ||
DSM-5では、[[せん妄]]と精神病症状を伴う[[気分障害]]などを除けば、精神病症状を認める障害は成因によらず「[[統合失調症スペクトラム障害]]および他の精神病性障害群」に含められる。ICD-10では、精神病症状を呈する障害は成因によってF0~F3のいずれのカテゴリーに分類される。すなわち、F0群のうち[[認知症]] | DSM-IIIで精神病と神経症という二分法は廃止され、「障害disorder」という表現が統一して用いられることになった。精神病性障害と言う用語はこうした趨勢の中で作成された。 | ||
DSM-IIIでは、精神病症状psychotic symptomとして妄想、幻覚、滅裂な会話、解体した行動が挙げられた。[[DSM-IV-TR]](2000年)<ref name=ref4>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 4th Ed, Text Revision<br>Washington DC, APA, 2000.</ref>においても、「精神病性」の意味は概ね変わらず、妄想、幻覚、解体した会話、解体した行動および[[緊張病性行動]]を示す記述用語として用いられた。[[DSM-5]](2013年)<ref name=ref5>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 5th ed. <br>Washington DC, APA, 2013. </ref>では、「精神病性」の意味はさらに狭められ、妄想、幻覚、解体した会話のいずれかの存在を意味するとされ、緊張病の非特異化がなされたことが特徴である。 | |||
DSM-5の本文中では、妄想、幻覚、解体した会話のいずれかを呈する「精神病状態」という意味でpsychosisという語が復活している。上記をまとめると、DSMにおけるpsychosis/psychoticの定義の変遷は表の通りとなる。 | |||
DSM-5では、[[せん妄]]と精神病症状を伴う[[気分障害]]などを除けば、精神病症状を認める障害は成因によらず「[[統合失調症スペクトラム障害]]および他の精神病性障害群」に含められる。ICD-10では、精神病症状を呈する障害は成因によってF0~F3のいずれのカテゴリーに分類される。すなわち、F0群のうち[[認知症]]、[[せん妄]]、[[器質性精神病性障害]]、F1群のうち[[精神作用物質]]使用による急性[[中毒]]、せん妄を伴う[[離脱状態]]、精神病性障害、[[残遺性及び遅発性精神病性障害]]、F2群のうち統合失調症、[[妄想性障害]]、[[急性一過性精神病性障害]]、[[感応精神病]]、[[統合失調感情障害]]、F3群のうち精神病症状を伴う気分障害(うつ病、躁病あるいは[[混合性エピソード]])である。 | |||
一方、精神病症状を伴う病態が必ずしも精神病性障害とは限らない。たとえば、せん妄や気分障害においても精神病症状が生じるが、これらは精神病性障害に含まれない。また、[[強迫性障害]]、[[解離性障害]]、[[身体醜形障害]]、[[パーソナリティ障害]]、[[発達障害]]などでも精神病症状が出現することがある。DSM-5では、強迫性障害や身体醜形障害における思い込みが妄想的確信を伴うものである場合、「[[病識]]が欠如した/妄想的確信を伴うもの」という特定用語が付与される。ICD-10によれば、強迫性障害や解離性障害に精神病症状が伴う場合、何らかの精神病性障害の診断が与えられる。 | 一方、精神病症状を伴う病態が必ずしも精神病性障害とは限らない。たとえば、せん妄や気分障害においても精神病症状が生じるが、これらは精神病性障害に含まれない。また、[[強迫性障害]]、[[解離性障害]]、[[身体醜形障害]]、[[パーソナリティ障害]]、[[発達障害]]などでも精神病症状が出現することがある。DSM-5では、強迫性障害や身体醜形障害における思い込みが妄想的確信を伴うものである場合、「[[病識]]が欠如した/妄想的確信を伴うもの」という特定用語が付与される。ICD-10によれば、強迫性障害や解離性障害に精神病症状が伴う場合、何らかの精神病性障害の診断が与えられる。 | ||
{| class="wikitable" | |||
|+表.DSMにおけるPsychosis/psychoticの定義の変遷 | |||
|- | |||
| style="background-color:#ddf; text-align:center" | | |||
| style="background-color:#ddf; text-align:center" | DSM-I <br>(1952) '''<br>psychosis <br>psychotic''' | |||
| style="background-color:#ddf; text-align:center" | DSM-II<br>(1968)'''<br>psychosis<br>psychotic''' | |||
| style="background-color:#ddf; text-align:center" | DSM-III<br>(1980)'''<br><br>psychotic''' | |||
| style="background-color:#ddf; text-align:center" | DSM-III-R<br>(1987)'''<br><br>psychotic''' | |||
| style="background-color:#ddf; text-align:center" | DSM-IV<br>(1994)'''<br><br>psychotic''' | |||
| style="background-color:#ddf; text-align:center" | DSM-5<br>(2013)'''<br>psychosis<br>psychotic | |||
|-''' | |||
| style="background-color:#ddf; text-align:center" | 定義 | |||
|記載なし | |||
|生活の通常の要求を満たす能力に著しい支障を来すほど精神機能が障害されている | |||
|現実検討の著しい障害 | |||
|現実検討の著しい障害と新たな現実の創出 | |||
|記載なし | |||
|記載なし | |||
|- | |||
| style="background-color:#ddf; text-align:center" | 症状 | |||
|記載なし | |||
| | |||
*妄想 | |||
*幻覚 | |||
*'''気分の変化''' | |||
*'''知覚、言語、記憶の障害''' | |||
| | |||
*妄想 | |||
*幻覚 | |||
*滅裂な会話 | |||
*解体した行動 | |||
| | |||
*妄想 | |||
*幻覚 | |||
*滅裂な会話 | |||
*解体した行動 | |||
| | |||
*妄想 | |||
*幻覚 | |||
*解体した会話 | |||
*解体した行動 | |||
*緊張病性行動 | |||
| | |||
*妄想 | |||
*幻覚 | |||
*解体した会話 | |||
|- | |||
| style="background-color:#ddf; text-align:center" | 特徴 | |||
| | |||
|'''機能障害の程度'''に基づく広義 | |||
|'''現実検討の障害'''に基づく狭義<br>'''"psychosis"の放棄''' | |||
|同左 | |||
|症状を示す記述用語 | |||
|'''新たな意味での"psychosis"の復活''' | |||
|- | |||
|} | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> |
2014年6月23日 (月) 10:43時点における最新版
福島 貴子、針間 博彦
東京都立松沢病院精神科
DOI:10.14931/bsd.4581 原稿受付日:2013年12月10日 原稿完成日:2014年6月18日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:psychotic disorder 独:Psychose 仏:psychose
同義語:精神病 (psychosis)
精神病症状 (psychotic symptom) とは、幻覚、妄想、解体した(まとまりのない)会話、解体した(まとまりのない)行動など、現実検討を著しく障害する症状を示し、こうした症状を呈する疾患は、以前は「精神病」と呼ばれていた。以前用いられた「精神病」にほぼ相当する現在の用語が、「精神病性障害」である。現在、精神病という用語を単独で病名として用いることはほとんどなくなっており、記述用語として「精神病性」あるいは「精神病症状」という用語が使用されている。精神病性障害は、その成因によって、身体疾患によるもの、精神作用物質の使用によるもの、身体的基盤が明らかでないもの(統合失調症など)に大別される。なお、精神病性障害以外の一部の障害(双極性障害、うつ病など)も、精神病症状を伴いうる。
「精神病」とは
「精神病」は、妄想、幻覚、解体した(まとまりのない)会話、解体した(まとまりのない)行動などにより、現実検討が著しく障害される疾患を示し、こうした症状を精神病症状、こうした特徴を精神病性という。精神病という語はDSM-III以降使用されなくなり、わが国でもスティグマを伴う用語であるため、現在はあまり用いられない。しかし、形容詞的な精神病性という使い方や、精神病症状という使い方は現在でも広くなされている。
今日では、精神病症状を主徴とする病態を精神病性障害と呼ぶ。もっとも英語圏では、psychosisという語は疾患名ではなく、上記の症状を呈する「精神病状態」という状態像診断として、再び頻用されるようになっている。たとえば、first-episode psychosisとは経過の中で初めて発現した精神病状態を示す。精神病症状は、脳疾患、薬物中毒などの身体疾患によって生じる場合もあれば、統合失調症などの基盤とする身体疾患が未だ不明とされる精神障害によって生じる場合もある。
精神病性障害の諸種
身体疾患に関連する精神病性障害
脳疾患や他の医学的病態によって精神病症状が出現することがある。頭部外傷、脳血管障害、脳腫瘍、脳炎、多発性硬化症など、原因が中枢神経の直接の障害による場合は器質性精神病性障害と呼ばれ、中枢神経以外の全身性疾患に関連して精神病症状が出現する場合は症状性精神病性障害と呼ばれる。これらは米国精神医学会(APA)による『精神障害の診断と統計の手引き』 (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders) の第五版(DSM-5)では「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」のうち「他の医学的疾患による精神病性障害」に、世界保健機関(WHO)による『疾病及び関連保健問題の国際統計分類』の第10版(ICD-10)[1]では「F0 症状性を含む器質性精神障害」のうち「脳損傷、脳機能不全および身体疾患による他の精神障害(F06.x)」に分類される。
精神作用物質の使用による精神病性障害
これは旧来、中毒性精神病と呼ばれたものであり、原因薬剤によってアルコール精神病、覚せい剤精神病などと呼ばれることもある。これはDSM-IV-TRでは、「物質関連障害」群のうち「物質誘発性精神病性障害」に分類されたが、DSM-5では、「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」のうち「物質・医薬品誘発性精神病性障害」に分類される。ICD-10では、「F1 精神作用物質使用による精神及び行動の障害」のうち「F1x.5精神作用物質使用による精神病性障害」あるいは「精神作用物質使用による遅発性精神病性障害(F1x.75)」に分類される[2]。
精神病性障害を生じうる精神作用物質にはアルコール、オピオイド、大麻類、幻覚薬、吸入剤、精神刺激薬(コカイン、アンフェタミン型物質など)などがあり、医薬品には鎮静剤、睡眠薬、抗不安薬、抗てんかん薬、ステロイド、インターフェロン、ケタミンなどがある。
身体的基盤が明らかでない精神病性障害
精神病症状が精神作用物質の使用によるものではなく、また原因となりうる身体疾患も認められない場合、ここに分類される。旧来、内因性精神病とされたものの一部である。これは症状とその持続期間に応じて、DSM-5では「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」のうち妄想性障害、短期精神病性障害、統合失調症、統合失調感情障害、ICD-10ではF2群「統合失調症、統合失調型障害および妄想性障害」のうち統合失調症(F20.x)、持続性妄想性障害(F22.x)、急性一過性精神病性障害(F23.x)、感応性妄想性障害(F24)、統合失調感情障害(F25.x)に分類される。
精神病症状があっても精神病性障害に含まれないもの
上記の精神病性障害以外の病態でも、たとえば気分障害、強迫性障害、解離性障害、PTSD、身体醜形障害、パーソナリティ障害(統合失調型、境界性、妄想性など)、精神遅滞、広汎性発達障害などにおいて、精神病症状が出現することがある[3]。
気分障害のエピソード中に妄想や幻覚などの精神病症状が見られる場合、DSM-5では気分エピソードなしに幻覚や妄想が存在する期間が2週間未満であれば気分障害と診断され、2週間以上であれば統合失調感情障害と診断される。一方、ICD-10 (DCR)[2]では、気分障害に伴う精神病症状は、Schneiderの1級症状を含む典型的な統合失調症状ではないとされる。したがって、気分症状が統合失調症状(ICD-10 統合失調症の全般基準G1(1))と同時に存在する場合、気分障害ではなく、統合失調感情障害あるいは統合失調症と診断される。これは、統合失調症と気分障害の鑑別におけるDSM-5とICD-10の重大な相違点の1つである[4]。
また、身体醜形障害、強迫性障害などにおいては、妄想と優格観念(overvalued idea)の区別が問題となる。たとえば、身体醜形障害では、外見の想像上の欠陥に対するとらわれが妄想的強度をもって保持されることがある。この場合、DSM-IV-TRでは身体醜形障害と妄想性障害身体型の並存と診断されたが、DSM-5では、「身体醜形障害、病識が欠如した/妄想的確信を伴うもの」と診断され、妄想性障害など精神病性障害の診断は与えられない。妄想を伴う強迫性障害の診断についても、同様の変更が行われている。
死別後や重度のストレス状況下において、不安や恐怖などの情動に基づいて妄想様の体験が出現することがある。これは旧来、妄想反応 (paranoid reaction)と呼ばれ、Schneider, K[5]によれば精神病ではなく異常体験反応である。この反応性の妄想状態は、DSM-5では「短期精神病性障害、明らかなストレス因子があるもの」、ICD-10では「急性一過性精神病性障害、関連する急性ストレスを伴うもの」と診断され、精神病性障害から除外されることはない。
精神病性障害の診断基準
かつて「精神病psychosis」という語は、DSM-II(1968年)[6]では「生活の通常の要求を満たす能力に著しい支障を来すほど精神機能が障害されている」と広く定義されていたのに対し、DSM-III(1980年)[7]とDSM-III-R(1987年)[8]では、「精神病」と言う語は用いられなくなり、「精神病性psychotic」という語が「現実検討の著しい障害」というより狭い意味で用いられた。
DSM-IIIで精神病と神経症という二分法は廃止され、「障害disorder」という表現が統一して用いられることになった。精神病性障害と言う用語はこうした趨勢の中で作成された。
DSM-IIIでは、精神病症状psychotic symptomとして妄想、幻覚、滅裂な会話、解体した行動が挙げられた。DSM-IV-TR(2000年)[9]においても、「精神病性」の意味は概ね変わらず、妄想、幻覚、解体した会話、解体した行動および緊張病性行動を示す記述用語として用いられた。DSM-5(2013年)[10]では、「精神病性」の意味はさらに狭められ、妄想、幻覚、解体した会話のいずれかの存在を意味するとされ、緊張病の非特異化がなされたことが特徴である。
DSM-5の本文中では、妄想、幻覚、解体した会話のいずれかを呈する「精神病状態」という意味でpsychosisという語が復活している。上記をまとめると、DSMにおけるpsychosis/psychoticの定義の変遷は表の通りとなる。
DSM-5では、せん妄と精神病症状を伴う気分障害などを除けば、精神病症状を認める障害は成因によらず「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」に含められる。ICD-10では、精神病症状を呈する障害は成因によってF0~F3のいずれのカテゴリーに分類される。すなわち、F0群のうち認知症、せん妄、器質性精神病性障害、F1群のうち精神作用物質使用による急性中毒、せん妄を伴う離脱状態、精神病性障害、残遺性及び遅発性精神病性障害、F2群のうち統合失調症、妄想性障害、急性一過性精神病性障害、感応精神病、統合失調感情障害、F3群のうち精神病症状を伴う気分障害(うつ病、躁病あるいは混合性エピソード)である。
一方、精神病症状を伴う病態が必ずしも精神病性障害とは限らない。たとえば、せん妄や気分障害においても精神病症状が生じるが、これらは精神病性障害に含まれない。また、強迫性障害、解離性障害、身体醜形障害、パーソナリティ障害、発達障害などでも精神病症状が出現することがある。DSM-5では、強迫性障害や身体醜形障害における思い込みが妄想的確信を伴うものである場合、「病識が欠如した/妄想的確信を伴うもの」という特定用語が付与される。ICD-10によれば、強迫性障害や解離性障害に精神病症状が伴う場合、何らかの精神病性障害の診断が与えられる。
DSM-I (1952) psychosis psychotic |
DSM-II (1968) psychosis psychotic |
DSM-III (1980) psychotic |
DSM-III-R (1987) psychotic |
DSM-IV (1994) psychotic |
DSM-5 (2013) psychosis psychotic | |
定義 | 記載なし | 生活の通常の要求を満たす能力に著しい支障を来すほど精神機能が障害されている | 現実検討の著しい障害 | 現実検討の著しい障害と新たな現実の創出 | 記載なし | 記載なし |
症状 | 記載なし |
|
|
|
|
|
特徴 | 機能障害の程度に基づく広義 | 現実検討の障害に基づく狭義 "psychosis"の放棄 |
同左 | 症状を示す記述用語 | 新たな意味での"psychosis"の復活 |
参考文献
- ↑ World Health Organization
The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders;
Clinical descriptions and diagnostic guidelines. WHO, Geneva, 1992
(融道男,中根允文、小見山実ら訳
ICD-10精神および行動の障害—臨床記述と診断ガイドライン、新訂版. 医学書院、東京、2005.) - ↑ 2.0 2.1 World Health Organization
The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders
Diagnostic criteria for research.
WHO, Geneva, 1993
(中根允文、岡崎祐士、藤原妙子ら訳
ICD-10精神および行動の障害—DCR研究用診断基準、新訂版
医学書院、東京、2008.) - ↑ 針間博彦
妄想性障害とその周辺—DSM-IVとDSM-5
臨床精神医学、42(1);p13-20,2013. - ↑ 針間博彦、岡田直大
シュナイダーの1級症状について.妄想の臨床
新興医学出版社、東京、p98-110,2013. - ↑ Schneider K
Klinische Psychopathologie. 15. Aufl. Mit einem aktualisierten und erweiterten Kommentar von G. Huber und G. Gross
Thieme, Stuttgart, 2007
針間博彦訳、クルト・シュナイダー 新版 臨床精神病理学
文光堂、東京、2007. - ↑ American Psychiatric Association
Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 2nd ed.
Washington DC Association, APA, 1968. - ↑ American Psychiatric Association
Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd ed.
Washington DC, APA, 1980. - ↑ American Psychiatric Association
Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd Ed, Revised.
Washington DC, APA, 1987 - ↑ American Psychiatric Association
Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 4th Ed, Text Revision
Washington DC, APA, 2000. - ↑ American Psychiatric Association
Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 5th ed.
Washington DC, APA, 2013.