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''医療法人和楽会 パニック障害研究センター''<br> | ''医療法人和楽会 パニック障害研究センター''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年2月21日 原稿完成日:2014年6月24日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
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英: social anxiety disorder 独:soziale Phobien, soziale Angststörungen 仏:phobie soziale, anxiété sociale | 英: social anxiety disorder 独:soziale Phobien, soziale Angststörungen 仏:phobie soziale, anxiété sociale | ||
同義語:[[社交不安障害]] | 同義語:[[社交不安障害]]、[[社会恐怖]](social phobia) | ||
{{box|text= 社交不安症は、自分が他人から低く評価されるのではないかという[[恐怖]]を示す病態である。他の重篤な[[精神障害]] | {{box|text= 社交不安症は、自分が他人から低く評価されるのではないかという[[恐怖]]を示す病態である。他の重篤な[[精神障害]]を併発しやすく、そうなると社会的障害度が高くなる。近年、有効性の高い薬物療法と精神療法が出現したが、治療を受ける人は少ない。本邦で従来から[[対人恐怖]]([[Anthrophobia]])と呼ばれていた病態の一部はこの概念に含まれる。[[扁桃体]]の過活動および、扁桃体と[[前頭眼窩皮質]]または[[後帯状回皮質]]/[[前楔部]]との連絡性の低下などが病態に関連している可能性が指摘されている。治療としては[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]や[[暴露療法]]などの[[行動療法]]が用いられている。}} | ||
==社交不安症とは== | ==社交不安症とは== | ||
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== 診断 == | == 診断 == | ||
表1に[[DSM-5]](2013) <ref name=ref1>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. <br>Fifth Edition American Psychiatric Publishing, Washington DC, London, England 2013</ref> | 表1に[[DSM-5]](2013) <ref name=ref1>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. <br>Fifth Edition American Psychiatric Publishing, Washington DC, London, England 2013</ref>の診断基準を示す。社交不安症はそれまで社会不安障害とか社会恐怖と呼ばれていた時期がある。DSM-5のsocial anxiety disorderは日本不安症学会の提案で従来の「社交不安障害」から「社交不安症」と変更される。 | ||
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|+ 表1.DSM-5 300. | |+ 表1.DSM-5 300.23 社交不安症(社交恐怖)(ICD-10 F40.10) | ||
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|'''A.'''他人の注視をあびるかもしれない社会的状況に対しての顕著な恐怖もしくは不安。例えば、社会的交流(例:会話をする、知らない人に会う)、注視される(例:食事をする,飲み物を摂る)、他人の前で行為をする(例:スピーチをする)。<br> | |'''A.'''他人の注視をあびるかもしれない社会的状況に対しての顕著な恐怖もしくは不安。例えば、社会的交流(例:会話をする、知らない人に会う)、注視される(例:食事をする,飲み物を摂る)、他人の前で行為をする(例:スピーチをする)。<br> | ||
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'''H.'''その恐怖、不安、もしくは回避は、物質使用(例:[[薬物乱用]]、服薬)または他の医学的状況の生理学的効果によるものではない。 | '''H.'''その恐怖、不安、もしくは回避は、物質使用(例:[[薬物乱用]]、服薬)または他の医学的状況の生理学的効果によるものではない。 | ||
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'''I.''' | '''I.'''その恐怖、不安、もしくは回避は、他の精神障害、例えば、[[パニック症]]、[[自閉症スペクトラム]]、[[醜形恐怖症]]、の症状により説明することはできない。 | ||
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'''J.'''他の医学的状況(例:[[パーキンソン病]]、[[wikipedia:肥満|肥満]]、[[wikipedia:火傷|火傷]]や[[wikipedia:外傷|外傷]]により容姿が損なわれている状態)が存在している場合、この恐怖、不安、もしくは回避は、明らかにそれらとは関連がないか過剰である。 | '''J.'''他の医学的状況(例:[[パーキンソン病]]、[[wikipedia:肥満|肥満]]、[[wikipedia:火傷|火傷]]や[[wikipedia:外傷|外傷]]により容姿が損なわれている状態)が存在している場合、この恐怖、不安、もしくは回避は、明らかにそれらとは関連がないか過剰である。 | ||
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平成26年2月 貝谷久宣訳 | 平成26年2月 貝谷久宣訳 | ||
===重症度尺度=== | ===重症度尺度=== | ||
社交不安症の重症度を検討する尺度<ref name=ref3>'''横山知加・貝谷久宣'''<br>精神科臨床評価-特定の精神障害に関連したもの11.不安障害 2)社会不安障害<br>''臨床精神医学'' 増刊号,262-266,2004.</ref>として、治療者による評価尺度ではLiebowitz Social Anxiety Scale日本語版<ref>'''朝倉聡・井上誠志郎・佐々木史・佐々木幸哉・北川信樹・井上猛・傳田健三・伊藤ますみ・松原良次・小山司'''<br>Liebowits Social Anxiety Scale(LSAS)日本語版の信頼性および妥当性の検討<br>''精神医学''、p.1079、2002</ref>、自記式評価尺度ではBrief Social Phobia Scale<ref><pubmed>1757457</pubmed></ref> | 社交不安症の重症度を検討する尺度<ref name=ref3>'''横山知加・貝谷久宣'''<br>精神科臨床評価-特定の精神障害に関連したもの11.不安障害 2)社会不安障害<br>''臨床精神医学'' 増刊号,262-266,2004.</ref>として、治療者による評価尺度ではLiebowitz Social Anxiety Scale日本語版<ref>'''朝倉聡・井上誠志郎・佐々木史・佐々木幸哉・北川信樹・井上猛・傳田健三・伊藤ますみ・松原良次・小山司'''<br>Liebowits Social Anxiety Scale(LSAS)日本語版の信頼性および妥当性の検討<br>''精神医学''、p.1079、2002</ref>、自記式評価尺度ではBrief Social Phobia Scale<ref><pubmed>1757457</pubmed></ref>を参考にして身体症状も評価できるように作成された東大式社会不安尺度<ref name=ref4>'''貝谷久宣・金井嘉宏・熊野宏明・坂野雄二・久保木富房'''<br>東大式社会不安尺度の開発と信頼性・妥当性の検討<br>''心身医学''、44(4),279-287,2004.</ref>がある。その他の自記式評価尺度としてFear of Negative Evaluationの日本語版<ref>'''石川利江、佐々木和義、福井至'''<br>社会的不安尺度FNE SADSの日本版標準化の試み<br>''[[行動療法]]研究'' 18:10-17,1992</ref>がある。 | ||
=== 鑑別診断 === | === 鑑別診断 === | ||
[[ | [[パニック症]]でも人前でパニック発作に対する予期不安と当惑で社交を回避することがある。しかし、パニック症の恐怖の本質は身体的生命の喪失であり、社交不安症のそれは社会的生命の喪失である。[[広場恐怖]]は人前で気分が悪くなったときすぐ逃げだせないかまたは助けを求めることが出来ない不安・恐怖のために社交状況を恐れ回避する。 | ||
自閉症スペクトラムではコミュニケーションや対人的相互反応の質的障害により人間関係が円滑に進まない点で社交不安症とは異なる。 | |||
醜形恐怖症は自分の容貌の想像上の欠陥にこだわり対人関係が障害された状況である。従来日本で言われていた対人恐怖は社交不安症の病態以外に、[[自己臭恐怖]]、[[自己視線恐怖]]や[[身体醜形恐怖]]などの自分の身体的状況が他人に不快感・緊張感を引き起こすと確信し、他人を回避する状況も含まれる。しかし、DSM-5ではこれらの状態は[[妄想性障害]]または醜形恐怖症と診断される。 | |||
[[統合失調症]]も社会恐怖を持ち、人付き合いを好まないことがあるが、社交不安症には統合失調症のような精神病症状([[幻覚]]・[[妄想]])はない。うつ病でも社交を恐れ嫌う場合があるが、[[うつ病]]が[[寛解]]すれば消失する。 | |||
== 病因・病態生理 == | == 病因・病態生理 == | ||
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===遺伝子研究=== | ===遺伝子研究=== | ||
16番遺伝子[[ | 16番遺伝子[[ノルアドレナリン・トランスポーター]]の近位部との[[wikipedia:連鎖|連鎖]]が社交不安症で示唆された<ref><pubmed>14702251</pubmed></ref>。その他の遺伝子研究はすべて社交不安症そのものとではなく、社交不安症と関連する表現型との関連を示している(表2)。 | ||
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|+表2. | |+表2. 社交不安症の表現型の連鎖研究 | ||
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|外向性の低さ||[[β1アドレナリン受容体|β<sub>1</sub>アドレナリン受容体]]([[ADRB1]])や[[カテコール-O-メチル基転移酵素|カテコール-''O''-メチル基転移酵素]] | |外向性の低さ||[[β1アドレナリン受容体|β<sub>1</sub>アドレナリン受容体]]([[ADRB1]])や[[カテコール-O-メチル基転移酵素|カテコール-''O''-メチル基転移酵素]]([[COMT]])の塩基多型||<ref><pubmed>15312808</pubmed></ref> | ||
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|[[扁桃体]]の高活性||[[セロトニン・トランスポーター]]S対立遺伝子||<ref><pubmed>15158011</pubmed></ref> <ref><pubmed>19052197</pubmed></ref> <ref><pubmed>19125211</pubmed></ref> <ref><pubmed>19121357</pubmed></ref> | |[[扁桃体]]の高活性||[[セロトニン・トランスポーター]]S対立遺伝子||<ref><pubmed>15158011</pubmed></ref> <ref><pubmed>19052197</pubmed></ref> <ref><pubmed>19125211</pubmed></ref> <ref><pubmed>19121357</pubmed></ref> | ||
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|小児の[[行動抑制]]や内向性格および[[扁桃体]]/[[島]]の過活性||[[Gタンパク質シグナル伝達調節因子2]] ([[RGS2]])||<ref><pubmed>18316676</pubmed></ref> | |小児の[[行動抑制]]や内向性格および[[扁桃体]]/[[島]]の過活性||[[Gタンパク質シグナル伝達調節因子2]] ([[RGS2]])||<ref><pubmed>18316676</pubmed></ref> | ||
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|行動抑制||[[コルチコトロピン放出ホルモン]]|| | |行動抑制||[[コルチコトロピン放出ホルモン]]||<ref><pubmed> 16870185 </pubmed></ref> | ||
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|神経質||[[グルタミン酸脱炭酸酵素1]] | |神経質||[[グルタミン酸脱炭酸酵素1]]([[GAD1]])||<ref><pubmed> 16718280 </pubmed></ref> | ||
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===画像研究=== | ===画像研究=== | ||
[[プロトンMRS]]で[[前帯状回]]の[[グルタミン酸]] | [[プロトンMRS]]で[[前帯状回]]の[[グルタミン酸]]増加が見られる。[[PET]]による脳血流研究で、スピーチによる扁桃体の血流増加が過剰という所見が見られるが、これは薬物療法で改善する。PETによる受容体研究で、[[線条体]][[ドーパミン受容体]]および[[トランスポーター]]結合の減少および、扁桃体、前帯状回、[[島皮質]]における[[セロトニン1A受容体]]結合の減少が報告されている。[[fMRI]]研究では、不快表情提示により扁桃体または前帯状回の過活性、[[線条体]]の活動性低下、公衆の前でのスピーチ時の[[前頭眼窩皮質]]の活性低下、不快表情刺激による扁桃体活性と前頭眼窩皮質および後帯状回皮質/前楔部との結合性低下などが報告されている<ref name=ref5><pubmed>21356318</pubmed></ref>。 | ||
社交不安症において病態生理の中心的役割を果たし過活性を示す扁桃体と、人間関係、道徳、社会活動および[[情動]]の評価と扁桃体制御に関係する前頭眼窩皮質および身体感覚も含めた自己参照機能に関係する後帯状回皮質/前楔部との連絡性が弱まっている所見は社交不安症の発症機構仮説を提唱している。最近の[[拡散テンソル画像]]研究や[[安静時fMRI]]研究により扁桃体以外にも[[大脳皮質]]全体の広範な神経ネットワークが社交不安症の発症と関係していることが明らかにされつつある<ref name=ref6><pubmed>23239106</pubmed></ref>。 | 社交不安症において病態生理の中心的役割を果たし過活性を示す扁桃体と、人間関係、道徳、社会活動および[[情動]]の評価と扁桃体制御に関係する前頭眼窩皮質および身体感覚も含めた自己参照機能に関係する後帯状回皮質/前楔部との連絡性が弱まっている所見は社交不安症の発症機構仮説を提唱している。最近の[[拡散テンソル画像]]研究や[[安静時fMRI]]研究により扁桃体以外にも[[大脳皮質]]全体の広範な神経ネットワークが社交不安症の発症と関係していることが明らかにされつつある<ref name=ref6><pubmed>23239106</pubmed></ref>。 | ||
== 治療 == | == 治療 == | ||
本邦で上市されている[[ | 本邦で上市されている[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]([[SSRI]])はすべて社交不安症に対しての効果が国際的には検証されている。その平均効果量は1.5である。SSRI治療開始22ヶ月後もなおその治療効果が増している事実がある。 | ||
[[クロナゼパム]]などの[[ベンゾジアゼピン]]系[[抗不安薬]]も有効である。[[認知行動療法]]([[CBT]])とりわけ暴露療法の効果は十分に認められており、その平均効果量は1.8と薬物療法より高い。一般に、SSRIでは効果発現がより速く、CBTでは効果がより持続的である。両者の併用療法が単独療法より勝るかどうかは検証されていない。[[恐怖学習]]の消去作用を有する[[D-サイクロセリン|<small>D</small>-サイクロセリン]]の暴露療法での併用が注目されている。[[モノアミン酸化酵素阻害薬]]の効果は検証されているが、副作用が出やすいので本邦では使用されていない。 | [[クロナゼパム]]などの[[ベンゾジアゼピン]]系[[抗不安薬]]も有効である。[[認知行動療法]]([[CBT]])とりわけ暴露療法の効果は十分に認められており、その平均効果量は1.8と薬物療法より高い。一般に、SSRIでは効果発現がより速く、CBTでは効果がより持続的である。両者の併用療法が単独療法より勝るかどうかは検証されていない。[[恐怖学習]]の消去作用を有する[[D-サイクロセリン|<small>D</small>-サイクロセリン]]の暴露療法での併用が注目されている。[[モノアミン酸化酵素阻害薬]]の効果は検証されているが、副作用が出やすいので本邦では使用されていない。 | ||
[[image:不安障害4.png|thumb|300px|''' | [[image:不安障害4.png|thumb|300px|'''図1.社交不安症の生涯有病率と他の不安症および気分障害との生涯併発率'''<br>社交不安症の発症年齢は10歳前後、その生涯有病率は5.0%、何らかの不安症の併発は55.0%、特定の恐怖症の併発は36.4%、全般性不安症の併発は21.6%、パニック症の併発は20.4%、大うつ病の併発は33.4%、何らかの気分障害の併発は55.0% ]] | ||
==疫学 == | ==疫学 == | ||
[[wikipedia:世界精神保健|世界精神保健]](WMH)日本調査2002-2006(最終データ4134名)<ref name=ref7>'''川上憲人'''<br>平成18年度厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)こころの健康についての疫学調査に関する研究</ref>における社交不安症の重みづけ後の12ヶ月有病率は0.7で、生涯有病率は1.4であった。この生涯有病率は米国(6.8)や欧州(7. | [[wikipedia:世界精神保健|世界精神保健]](WMH)日本調査2002-2006(最終データ4134名)<ref name=ref7>'''川上憲人'''<br>平成18年度厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)こころの健康についての疫学調査に関する研究</ref>における社交不安症の重みづけ後の12ヶ月有病率は0.7で、生涯有病率は1.4であった。この生涯有病率は米国(6.8)や欧州(7.7)に比べ著しく低い。また同じ調査で、社交不安症がその後の大うつ病障害発症に及ぼすハザード比は7.2と顕著に高い。米国の[[アルコール症]]とその関連疾患の疫学調査<ref name=ref8><pubmed>16420070</pubmed></ref>では社交不安症は男性より女性に多く(約1.5倍)、平均発症年齢は15.1歳、平均罹病期間16.3年で、80%以上は治療を受けず、初診時平均年齢は27.2歳であった。 | ||
社交不安症の他の不安症および気分障害との生涯併発率は図1を参照。その他の注目すべき合併しやすい精神障害は、[[双極I型障害]]、[[回避性パーソナリティ障害]]及び[[依存性パーソナリティ障害]]であった。また、平均7つの恐怖対象状況があり、多くはパーフォーマンス場面であった。欧米では社交不安症は[[wikipedia:不登校|不登校]]の大きな原因とされている。 | |||
==関連項目== | ==関連項目== | ||
*[[ | *[[不安症]] | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == |
2014年6月25日 (水) 10:05時点における最新版
貝谷 久宣
医療法人和楽会 パニック障害研究センター
DOI:10.14931/bsd.4781 原稿受付日:2014年2月21日 原稿完成日:2014年6月24日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英: social anxiety disorder 独:soziale Phobien, soziale Angststörungen 仏:phobie soziale, anxiété sociale
同義語:社交不安障害、社会恐怖(social phobia)
社交不安症は、自分が他人から低く評価されるのではないかという恐怖を示す病態である。他の重篤な精神障害を併発しやすく、そうなると社会的障害度が高くなる。近年、有効性の高い薬物療法と精神療法が出現したが、治療を受ける人は少ない。本邦で従来から対人恐怖(Anthrophobia)と呼ばれていた病態の一部はこの概念に含まれる。扁桃体の過活動および、扁桃体と前頭眼窩皮質または後帯状回皮質/前楔部との連絡性の低下などが病態に関連している可能性が指摘されている。治療としては選択的セロトニン再取り込み阻害薬や暴露療法などの行動療法が用いられている。
社交不安症とは
自分の身体的または技術的、知能的、精神的能力が他人から否定的な評価を受けることに対する恐怖症である。“内気(shyness)”は健常者の性格であり、内気がすべて社交不安症に発展するわけではないし、社交不安症の前駆状態として必ずしも内気が存在するわけでもない。臨床場面で問題となるのは、これらの患者の訴えを深刻な苦悩ととらえず、また年余にわたる社会機能障害を引き起こす重大な精神疾患と考えない診察者が多いことである[1]。
診断
表1にDSM-5(2013) [2]の診断基準を示す。社交不安症はそれまで社会不安障害とか社会恐怖と呼ばれていた時期がある。DSM-5のsocial anxiety disorderは日本不安症学会の提案で従来の「社交不安障害」から「社交不安症」と変更される。
A.他人の注視をあびるかもしれない社会的状況に対しての顕著な恐怖もしくは不安。例えば、社会的交流(例:会話をする、知らない人に会う)、注視される(例:食事をする,飲み物を摂る)、他人の前で行為をする(例:スピーチをする)。 B.その人は、自分が否定的な評価(例:恥をかかされる、恥ずかしい思いをする、拒絶されることにつながる、他人の気分を害する)を受けるような行動を取ったり、不安症状を呈することを恐れる。
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該当すれば特定せよ
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平成26年2月 貝谷久宣訳
重症度尺度
社交不安症の重症度を検討する尺度[3]として、治療者による評価尺度ではLiebowitz Social Anxiety Scale日本語版[4]、自記式評価尺度ではBrief Social Phobia Scale[5]を参考にして身体症状も評価できるように作成された東大式社会不安尺度[6]がある。その他の自記式評価尺度としてFear of Negative Evaluationの日本語版[7]がある。
鑑別診断
パニック症でも人前でパニック発作に対する予期不安と当惑で社交を回避することがある。しかし、パニック症の恐怖の本質は身体的生命の喪失であり、社交不安症のそれは社会的生命の喪失である。広場恐怖は人前で気分が悪くなったときすぐ逃げだせないかまたは助けを求めることが出来ない不安・恐怖のために社交状況を恐れ回避する。
自閉症スペクトラムではコミュニケーションや対人的相互反応の質的障害により人間関係が円滑に進まない点で社交不安症とは異なる。
醜形恐怖症は自分の容貌の想像上の欠陥にこだわり対人関係が障害された状況である。従来日本で言われていた対人恐怖は社交不安症の病態以外に、自己臭恐怖、自己視線恐怖や身体醜形恐怖などの自分の身体的状況が他人に不快感・緊張感を引き起こすと確信し、他人を回避する状況も含まれる。しかし、DSM-5ではこれらの状態は妄想性障害または醜形恐怖症と診断される。
統合失調症も社会恐怖を持ち、人付き合いを好まないことがあるが、社交不安症には統合失調症のような精神病症状(幻覚・妄想)はない。うつ病でも社交を恐れ嫌う場合があるが、うつ病が寛解すれば消失する。
病因・病態生理
家族研究
第1度親族の発症率は健常対照群のそれよりも高く、また二卵性双生児より一卵性双生児のほうが発症一致率は高いので、社交不安症は家族性の傾向がある疾患と考えられている。
遺伝子研究
16番遺伝子ノルアドレナリン・トランスポーターの近位部との連鎖が社交不安症で示唆された[8]。その他の遺伝子研究はすべて社交不安症そのものとではなく、社交不安症と関連する表現型との関連を示している(表2)。
表現型 | 遺伝子 | 参考文献 |
外向性の低さ | β1アドレナリン受容体(ADRB1)やカテコール-O-メチル基転移酵素(COMT)の塩基多型 | [9] |
扁桃体の高活性 | セロトニン・トランスポーターS対立遺伝子 | [10] [11] [12] [13] |
小児の行動抑制や内向性格および扁桃体/島の過活性 | Gタンパク質シグナル伝達調節因子2 (RGS2) | [14] |
行動抑制 | コルチコトロピン放出ホルモン | [15] |
神経質 | グルタミン酸脱炭酸酵素1(GAD1) | [16] |
画像研究
プロトンMRSで前帯状回のグルタミン酸増加が見られる。PETによる脳血流研究で、スピーチによる扁桃体の血流増加が過剰という所見が見られるが、これは薬物療法で改善する。PETによる受容体研究で、線条体ドーパミン受容体およびトランスポーター結合の減少および、扁桃体、前帯状回、島皮質におけるセロトニン1A受容体結合の減少が報告されている。fMRI研究では、不快表情提示により扁桃体または前帯状回の過活性、線条体の活動性低下、公衆の前でのスピーチ時の前頭眼窩皮質の活性低下、不快表情刺激による扁桃体活性と前頭眼窩皮質および後帯状回皮質/前楔部との結合性低下などが報告されている[17]。
社交不安症において病態生理の中心的役割を果たし過活性を示す扁桃体と、人間関係、道徳、社会活動および情動の評価と扁桃体制御に関係する前頭眼窩皮質および身体感覚も含めた自己参照機能に関係する後帯状回皮質/前楔部との連絡性が弱まっている所見は社交不安症の発症機構仮説を提唱している。最近の拡散テンソル画像研究や安静時fMRI研究により扁桃体以外にも大脳皮質全体の広範な神経ネットワークが社交不安症の発症と関係していることが明らかにされつつある[18]。
治療
本邦で上市されている選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)はすべて社交不安症に対しての効果が国際的には検証されている。その平均効果量は1.5である。SSRI治療開始22ヶ月後もなおその治療効果が増している事実がある。
クロナゼパムなどのベンゾジアゼピン系抗不安薬も有効である。認知行動療法(CBT)とりわけ暴露療法の効果は十分に認められており、その平均効果量は1.8と薬物療法より高い。一般に、SSRIでは効果発現がより速く、CBTでは効果がより持続的である。両者の併用療法が単独療法より勝るかどうかは検証されていない。恐怖学習の消去作用を有するD-サイクロセリンの暴露療法での併用が注目されている。モノアミン酸化酵素阻害薬の効果は検証されているが、副作用が出やすいので本邦では使用されていない。
疫学
世界精神保健(WMH)日本調査2002-2006(最終データ4134名)[19]における社交不安症の重みづけ後の12ヶ月有病率は0.7で、生涯有病率は1.4であった。この生涯有病率は米国(6.8)や欧州(7.7)に比べ著しく低い。また同じ調査で、社交不安症がその後の大うつ病障害発症に及ぼすハザード比は7.2と顕著に高い。米国のアルコール症とその関連疾患の疫学調査[20]では社交不安症は男性より女性に多く(約1.5倍)、平均発症年齢は15.1歳、平均罹病期間16.3年で、80%以上は治療を受けず、初診時平均年齢は27.2歳であった。
社交不安症の他の不安症および気分障害との生涯併発率は図1を参照。その他の注目すべき合併しやすい精神障害は、双極I型障害、回避性パーソナリティ障害及び依存性パーソナリティ障害であった。また、平均7つの恐怖対象状況があり、多くはパーフォーマンス場面であった。欧米では社交不安症は不登校の大きな原因とされている。
関連項目
参考文献
- ↑
Stein, M.B., & Stein, D.J. (2008).
Social anxiety disorder. Lancet (London, England), 371(9618), 1115-25. [PubMed:18374843] [WorldCat] [DOI] - ↑ American Psychiatric Association
Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders.
Fifth Edition American Psychiatric Publishing, Washington DC, London, England 2013 - ↑ 横山知加・貝谷久宣
精神科臨床評価-特定の精神障害に関連したもの11.不安障害 2)社会不安障害
臨床精神医学 増刊号,262-266,2004. - ↑ 朝倉聡・井上誠志郎・佐々木史・佐々木幸哉・北川信樹・井上猛・傳田健三・伊藤ますみ・松原良次・小山司
Liebowits Social Anxiety Scale(LSAS)日本語版の信頼性および妥当性の検討
精神医学、p.1079、2002 - ↑
Davidson, J.R., Potts, N.L., Richichi, E.A., Ford, S.M., Krishnan, K.R., Smith, R.D., & Wilson, W. (1991).
The Brief Social Phobia Scale. The Journal of clinical psychiatry, 52 Suppl, 48-51. [PubMed:1757457] [WorldCat] [DOI] - ↑ 貝谷久宣・金井嘉宏・熊野宏明・坂野雄二・久保木富房
東大式社会不安尺度の開発と信頼性・妥当性の検討
心身医学、44(4),279-287,2004. - ↑ 石川利江、佐々木和義、福井至
社会的不安尺度FNE SADSの日本版標準化の試み
行動療法研究 18:10-17,1992 - ↑
Gelernter, J., Page, G.P., Stein, M.B., & Woods, S.W. (2004).
Genome-wide linkage scan for loci predisposing to social phobia: evidence for a chromosome 16 risk locus. The American journal of psychiatry, 161(1), 59-66. [PubMed:14702251] [WorldCat] [DOI] - ↑
Stein, M.B., Schork, N.J., & Gelernter, J. (2004).
A polymorphism of the beta1-adrenergic receptor is associated with low extraversion. Biological psychiatry, 56(4), 217-24. [PubMed:15312808] [WorldCat] [DOI] - ↑
Furmark, T., Tillfors, M., Garpenstrand, H., Marteinsdottir, I., Långström, B., Oreland, L., & Fredrikson, M. (2004).
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不安抑うつ臨床研究会(編)「社会不安障害」
日本評論社 東京 2002 - 貝谷久宣
対人恐怖 社会不安障害 (講談社健康ライブラリー)
講談社 東京 2002 - 貝谷久宣(編著),樋口輝彦(監修)
社交不安障害 (新現代精神医学文庫)
新興医学出版社 東京 2010