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2014年6月26日 (木) 13:39時点における版
犬伏 知生、酒井 邦嘉
東京大学 大学院総合文化研究科
DOI:10.14931/bsd.4833 原稿受付日:2014年4月19日 原稿完成日:2014年4月21日
担当編集委員:入來 篤史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:language center 独:Sprachzentrum 仏:aires du langage
言語中枢とは、言語に関与する脳の部位である。失語症や脳機能イメージング研究の発展により、ブローカ野やウェルニッケ野を含むいくつかの領域が特定の言語機能に関与することが示されている。ブローカ野は左下前頭回付近に相当し、統辞構造の階層的な処理に関わっているとされている。ウェルニッケ野は左上側頭回後部付近に相当し、音韻処理に重要な役割を持つと考えられている。ブローカ野とウェルニッケ野以外にも左角回や左縁上回など多数の領域が様々な言語要素の処理に関わる。和田試験や分離脳患者に関する研究、そして失語症研究や脳機能イメージングなどの結果から、右利きの人では主要な言語機能の多くが大脳皮質の左半球で処理されることが分かっている。一方、韻律や談話の処理などに関しては右半球の複数の領域が関わる可能性がある。
言語中枢とは
言語中枢とは、言語に関与する脳の部位である。脳の各領域に機能的な違いを認める脳機能局在論と、それを認めない等能説 (全体論) との間の論争は19世紀から続いている。言語に関与する脳領域の存在については、言語機能の自律性に関する言語学的な問題も含めて激しい議論の的となってきた。しかし、失語症や脳機能イメージング研究の発展により、後述するブローカ野やウェルニッケ野を含むいくつかの領域が特定の言語機能に関与することが示されている。
ブローカ野
言語機能の局在性に関する研究の発端として、脳外科医で人類学者のポール・ブローカ (Paul Broca、1824-1880) による失語症研究が挙げられる。1861年に彼が報告した脳損傷患者は、言語理解やその他の認知機能は比較的保たれていたものの、「タン、タン」としか発話することが出来なかった。この患者の脳損傷は左下前頭回を中心としており、この領域をブローカは発話を司る運動性言語中枢であるとした。この領域は現在ブローカ野と呼ばれている。 ブローカ野の分類や機能に関しては、現在も様々な議論が存在する。ブローカ野はブロードマンの分類では44野と45野という異なる下位領域に分かれるとされてきたが、近年の神経伝達物質受容体の分布を調べた研究により、44野は腹側と背側に、45野は前側と後側にさらに分かれることが明らかになっている[2]。ブローカ野の役割についても近年様々な議論が存在するが、有力な候補の1つとして、生成文法理論において提唱されている統辞構造の階層的な処理にブローカ野が関わっているというものがある[3]。実際にブローカ野が統辞処理に関わることを示した研究[1]では、この領域に損傷を受けた患者が受動文などの処理に障害をきたすことが分かっている (図1)。
ウェルニッケ野
脳外科医で神経学者のカール・ウェルニッケ (Carl Wernicke、1848-1905) が1874年に報告した失語症例では、ブローカの症例とは対照的に流暢な発話は行われるものの、言語理解に障害があった。脳損傷は左の上側頭回から中側頭回、角回、縁上回にかけての領域を中心としており、特に上側頭回をウェルニッケは言語理解を司る感覚性言語中枢とした。現在、左上側頭回の特に後部がウェルニッケ野と呼ばれており、ブロードマンの22野の後部付近に相当する。ブローカ野とウェルニッケ野、及び両者を結ぶ伝導路 (弓状束) が言語処理ネットワークの古典的なモデルとなってきた (図2A)。ウェルニッケ野に関しても、その領域の範囲も含めて多くの議論が存在してきが、近年では特に左のヘッシェル回から上側頭回後部にかけての領域が音韻処理に重要な役割を持つと考えられている[4]。
言語に関わるその他の部位
ブローカ野とウェルニッケ野以外にも多数の領域が言語処理に関わる (図2B)。特に、左角回 (ブロードマンの39野) と左縁上回 (ブロードマンの40野) は語彙や意味処理に関連付けられ、音声情報と語彙意味情報との統合を担う[5]。また、小脳や視床、大脳基底核の一部が言語処理に関係しているとする研究もある。
文字の習得に関しては学習や教育による影響が大きく、文法能力などに比べて二次的な言語能力であると考えられる。左紡錘状回の視覚性単語形状領野 (visual word form area: VWFA) の損傷が書字の障害を伴わない読字の障害である純粋失読 (pure alexia) を引き起こすことや脳機能イメージングの結果などから、この領域は文字の読みに特異的に関わる領域であると考えられ[6]、新たな文字学習で活動が変化することが示されている[7]。しかしこの考えには反論も存在し、紡錘状回を含む側頭後頭皮質の腹側部はより一般的な視覚処理を担うとする立場もある[8]。
言語機能の左右差
前述のポール・ブローカなどによる脳損傷と言語障害に関する研究以来、言語機能の左半球優位性が提唱されてきた。言語機能の優位半球を調べる代表的なテストとして、頸動脈にアモバルビタールを注射し、一方の大脳半球を麻酔する和田試験がある。和田試験や分離脳患者に関する研究、そして失語症研究や脳機能イメージングなどの結果から、右利きの人では主要な言語機能の多くが大脳皮質の左半球で処理されることが分かっている。右半球 (劣位半球) については、ブローカ野の相同部位を含む右半球の領域が損傷を受けると、韻律 (prosody) が障害され発話が平板になることが1970年代から示されている[9]。この他にも、談話 (discourse) の処理、ユーモアや皮肉、比喩の理解などに関しては右半球の複数の領域が関わる可能性がある[10]。
関連項目
参考文献
- ↑ 1.0 1.1
Kinno, R., Muragaki, Y., Hori, T., Maruyama, T., Kawamura, M., & Sakai, K.L. (2009).
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Amunts, K., Lenzen, M., Friederici, A.D., Schleicher, A., Morosan, P., Palomero-Gallagher, N., & Zilles, K. (2010).
Broca's region: novel organizational principles and multiple receptor mapping. PLoS biology, 8(9). [PubMed:20877713] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ 3.0 3.1
Sakai, K.L. (2005).
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Hickok, G., & Poeppel, D. (2007).
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Dehaene, S., & Cohen, L. (2011).
The unique role of the visual word form area in reading. Trends in cognitive sciences, 15(6), 254-62. [PubMed:21592844] [WorldCat] [DOI] - ↑
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Learning letters in adulthood: direct visualization of cortical plasticity for forming a new link between orthography and phonology. Neuron, 42(2), 311-22. [PubMed:15091345] [WorldCat] [DOI] - ↑
Price, C.J., & Devlin, J.T. (2011).
The interactive account of ventral occipitotemporal contributions to reading. Trends in cognitive sciences, 15(6), 246-53. [PubMed:21549634] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Ross, E.D., & Mesulam, M.M. (1979).
Dominant language functions of the right hemisphere? Prosody and emotional gesturing. Archives of neurology, 36(3), 144-8. [PubMed:435134] [WorldCat] [DOI] - ↑
Mitchell, R.L., & Crow, T.J. (2005).
Right hemisphere language functions and schizophrenia: the forgotten hemisphere? Brain : a journal of neurology, 128(Pt 5), 963-78. [PubMed:15743870] [WorldCat] [DOI]