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'' | ''東京医科大学組織・神経解剖学分野''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年1月31日 原稿完成日:2016年月日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br> | ||
英語名:Neural Cell Adhesion Molecules | |||
英略:NCAM | |||
{{box|text= | {{box|text= | ||
NCAM(neural cell adhesion molecule;神経[[細胞接着分子]];別名CD56)は[[免疫グロブリンスーパーファミリー]]に属する細胞[[接着分子]]である。3つのサブタイプがあり、140/180kD分子は膜貫通型、120kD分子はGPIアンカー型である。発生期の発達中の組織では、[[翻訳]]後に長鎖の糖鎖であるポリシアル酸(polysialic acid, PSA)によって修飾される(PSA-NCAMと呼ばれる)。主に神経組織や筋組織に発現しているが、その他感覚器や内[[分泌]]器など多様な組織で発現している。癌組織でも発現が見られ、癌転移との関係が報告されている。NCAMはホモフィリックな結合の他、[[細胞外基質]]のヘパリンなどとヘテロフィリックな結合をする。また、細胞接着分子の[[L1]]やFGF受容体などとcis型の結合をする。糖鎖のPSAは負の電荷と大きさにより立体障害的にNCAMの結合能を低下させる。NCAMは細胞接着を介して、神経発生、筋発生に重要な役割を果たしている。また、学習・記憶、[[精神疾患]]などとの関係が報告されている。 | |||
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==研究の歴史== | |||
1972年に抗体分子の構造決定によりノーベル生理学・医学賞を受賞したエーデルマン(Gerald Maurice Edelman)は、受賞後に胚発生や神経機能に係わる細胞間相互作用の研究を始めた。エーデルマンらは、まず始めにニワトリの網膜細胞表面に対するポリクローナル抗体を作製し、この抗体が解離した網膜細胞の再集合を阻害することを見出した。つぎに、この抗体の阻害効果を中和する物質を探索し、網膜細胞の膜可溶画分から神経[[細胞接着因子]]を単離した。この分子の構造決定をしたところ、奇しくも、彼が以前に構造決定をした[[免疫]]グロブリン分子と非常によく似た分子であった(Edelman, 2004)。 | |||
==構造== | |||
[[image:ncam1.png|thumb|350px|図1.]] | |||
NCAMの細胞外領域は、5つの免疫グロブリンC2サブセットと2つのフィブロネクチンタイプIII様領域(RGD配列はない)からなっている(図1)(Goridis and Brunet, 1992)。分子量140、180 kDaのアイソフォームでは細胎内領域があるが、120 kDa分子のC末端は[[細胞膜]]表面のグリコシルフォスファチジルイノシトール(glycosylphosphatidyl inositol;GPI)と結合している。5番目のC2ドメインには,N−グルコシド結合により,2カ所でポリシアル酸(2-8-1inked N-acetylneuraminic acid, PSA)が結合している(Kiss and Rougon, 1997, Rutishauser, 2008, Schnaar et al., 2014)。ポリシアル化されたNCAMはPSA—NCAMと呼ばれる。NCAMをポリシアル化する酵素としては、2つのalpha 2,8 syalyltransferase (ST8) が知られていて、それぞれST8SiaII(STX)・ST8SiaIV(PST-1)と呼ばれている(Schnaar et al., 2014)。140/180 kDa-NCAM の3番目のC2領域には,HNK-1/L2エピトープが存在する。挿入配列のMSD(muscle spedfic domain)にはO-グリコシド結合型糖鎖が結合している(Cunningham et al., 1987)。 | |||
==サブファミリー== | |||
主に3つのサブタイプがあり、120kD分子はGPIアンカー型、140/180kD分子は膜貫通型である。180kD分子は[[細胞骨格]]と相互作用を持つ長い細胞内領域を持っている。各アイソフォームは、alternative splicingによって生成される(Cunningham et al., 1987, Rutishauser and Jessel, 1988)。この他、C2領域に、30bpの挿入配列VASE(varjable alternatively spliced exon)が、フィブロネクチンタイプIII様領域にMSD(muscle specific domain)が挿入される場合がある。NCAM遺伝子には多数の短い挿入配列があるために,100以上のアイソフォームが存在するとの報告がある(Barthels et al., 1992)。翻訳後にポリシアル酸によって修飾をうけると, | |||
電気泳動では見かけ上約180~280 kDaの分子量を示す. | 電気泳動では見かけ上約180~280 kDaの分子量を示す. | ||
==発現== | |||
NCAMは以下のようなさまざまな組織に広く分布している(*は発生期に発現し、成体組織では消失する組織):神経組織(神経細胞・[[グリア細胞]]・[[シュワン細胞]]・[[脳脊髄液]]),筋組織([[骨格筋]]*・心筋・平滑筋*)(神経・筋組織は後述),網膜(Bartsch et al., 1990),コルチ器*(Simonneau et al., 2003),嗅上皮(Miragall et al., 1989, Murakami et al., 1991),味蕾(Smith et al., 1994),歯*(Obara and Takeda, 1997),表皮,[[パチニ小体]](Nolte et al., 1989),中腎管*(Lackie et al., 1990),下垂体(Lahr and Mayerhofer, 1995),傍濾細胞*(カルシトニン産生細胞)(Nishiyama et al., 1996),膵臓(ラングルハンス島)(Cirulli et al., 1994),副腎(皮質・髄質)(Lahr and Mayerhofer, 1995),[[卵巣]](Lahr and Mayerhofer, 1995),[[精巣]](Li et al., 1998),ナチュラルキラー(NK)細胞(Poli et al., 2009) | |||
長鎖の糖鎖であるポリシアル酸(PSA)で修飾されたPSA-NCAMは、主に発生中の組織で発現している(Rutishauser, 2008)。中枢神経系では、成体になるとほとんどの部位でPSA-NCAMの発現は著しく低下するが、例外的にニューロンの新生が続く、[[前脳]]側[[脳室下帯]]や[[海馬]][[歯状回]]顆粒細胞層下帯では、新生ニューロンに強いPSA-NCAMの発現が見られる(Seki and Arai, 1993a, Schnaar et al., 2014)。 | 長鎖の糖鎖であるポリシアル酸(PSA)で修飾されたPSA-NCAMは、主に発生中の組織で発現している(Rutishauser, 2008)。中枢神経系では、成体になるとほとんどの部位でPSA-NCAMの発現は著しく低下するが、例外的にニューロンの新生が続く、[[前脳]]側[[脳室下帯]]や[[海馬]][[歯状回]]顆粒細胞層下帯では、新生ニューロンに強いPSA-NCAMの発現が見られる(Seki and Arai, 1993a, Schnaar et al., 2014)。 | ||
==機能== | |||
NCAMが接着活性を示すときには,NCAMどうしが3番目のC2ドメインでホモフィリックに結合するほか,2番目のドメインで細胞外基質のヘパリンなどの分子と結合する(Storms and Rutishauser, 1998)。また、NCAMは、は、同じ細胞膜上の他の接着分子(L1など)やFGF受容体とCis型の相互作用をする(Hall et al., 1996)。NCAMが細胞内に情報を伝えるときには、Fyn/Src(Crossin and Krushel, 2000)や、FGF受容体(Cavallaro et al., 2001)を介することが示唆されている。180 kD 分子は,細胎内骨格のスペクトリンと結合していることから,安定な細胞接着を形成すると考えられている(Pollerberg et al., 1987)。5番目のC2ドメインにはポリシアル酸が結合している(Rutishauser, 2008)。シアル酸が負に荷電しているため、長鎖のPSA分子はその大きさと電荷によってNCAMどうし又はNCAMと他の接着分子との結合を阻害すると考えられている(Rutishauser, 2008)。この長鎖のPSAは,発達期の神経細胞などに発現しているが,成体になると限られた部位を除き発現がほとんど見られなくなる(Seki and Arai, 1993a)。 | |||
NCAMは、細胞一細胞,および細胞一細胞外基質間の接着分子で、神経発生や筋発生に重要な分子である(Rutishauser and Jessel, 1988, Edelman and Crossin, 1991, Rougon and Hobert, 2003)。発生期のNCAMはポリシアル化されているので、発生期のNCAMの機能は、PSA—NCAMを中心に研究されている(Rutishauser, 2008, Schnaar et al., 2014)。神経発生では、細胞移動(Murakami et al., 1991, Ono et al., 1994)、神経突起の伸長・束形成・分岐(Rafuse and Landmesser, 2000, Yamamoto et al., 2000)、[[シナプス]]形成・可塑性(後述)、学習・記憶(Welzl and Stork, 2003, Lopez-Fernandez et al., 2007)、神経疾患(Cotman et al., 1998, Sato and Kitajima, 2013)に関与する。その他の組織でも形態形成に関与していると考えられている(発現の項を参照)。 | NCAMは、細胞一細胞,および細胞一細胞外基質間の接着分子で、神経発生や筋発生に重要な分子である(Rutishauser and Jessel, 1988, Edelman and Crossin, 1991, Rougon and Hobert, 2003)。発生期のNCAMはポリシアル化されているので、発生期のNCAMの機能は、PSA—NCAMを中心に研究されている(Rutishauser, 2008, Schnaar et al., 2014)。神経発生では、細胞移動(Murakami et al., 1991, Ono et al., 1994)、神経突起の伸長・束形成・分岐(Rafuse and Landmesser, 2000, Yamamoto et al., 2000)、[[シナプス]]形成・可塑性(後述)、学習・記憶(Welzl and Stork, 2003, Lopez-Fernandez et al., 2007)、神経疾患(Cotman et al., 1998, Sato and Kitajima, 2013)に関与する。その他の組織でも形態形成に関与していると考えられている(発現の項を参照)。 | ||
===シナプス形成=== | |||
NCAMは、前シナプス膜と後シナプス膜に存在する(Persohn et al., 1989)。しかし、NCAM180は、後シナプス膜だけに存在する。NCAM180は細胞骨格と相互作用をするので(Pollerberg et al., 1987)、NCAM180はシナプスの安定性と関係していると考えられる。シナプス形成期には、NCAMの糖鎖PSAの発現がみられるが、成熟したシナプスではPSAの発現はほとんど見られない(Seki and Arai, 1999)。 | NCAMは、前シナプス膜と後シナプス膜に存在する(Persohn et al., 1989)。しかし、NCAM180は、後シナプス膜だけに存在する。NCAM180は細胞骨格と相互作用をするので(Pollerberg et al., 1987)、NCAM180はシナプスの安定性と関係していると考えられる。シナプス形成期には、NCAMの糖鎖PSAの発現がみられるが、成熟したシナプスではPSAの発現はほとんど見られない(Seki and Arai, 1999)。 | ||
神経—筋シナプスが形成される発生期には、NCAMは[[運動ニューロン]]と筋の両方に発現している。その後、成熟したシナプスが形成される頃になると、筋全体のNCAM発現は低下し、神経—筋接合部に限局してNCAMの発現が残るようになる(Covault and Sanes, 1986)。また、成体でも運動ニューロンを切断して、筋の神経支配を除去してやると、再びNCAMが発現してくる。この筋のNCAM発現は、運動ニューロンが再生されて、筋の神経支配が完了すると、再び低下する(Covault and Sanes, 1985)。これらの結果は、神経—筋シナプスの形成には筋のNCAM発現が必要であることを示唆している。 | 神経—筋シナプスが形成される発生期には、NCAMは[[運動ニューロン]]と筋の両方に発現している。その後、成熟したシナプスが形成される頃になると、筋全体のNCAM発現は低下し、神経—筋接合部に限局してNCAMの発現が残るようになる(Covault and Sanes, 1986)。また、成体でも運動ニューロンを切断して、筋の神経支配を除去してやると、再びNCAMが発現してくる。この筋のNCAM発現は、運動ニューロンが再生されて、筋の神経支配が完了すると、再び低下する(Covault and Sanes, 1985)。これらの結果は、神経—筋シナプスの形成には筋のNCAM発現が必要であることを示唆している。 | ||
NCAM欠損[[マウス]]の神経-筋接合部を野生型と比較すると、多少の形態的な差異が認められるが、運動機能はほぼ正常である(Rafuse et al., 2000)。しかし、NCAM欠損マウスでは、繰り返し刺激などで神経伝達物質の放出量を上げてやると、正常な神経伝達効率を維持できない(Rafuse et al., 2000)。 | NCAM欠損[[マウス]]の神経-筋接合部を野生型と比較すると、多少の形態的な差異が認められるが、運動機能はほぼ正常である(Rafuse et al., 2000)。しかし、NCAM欠損マウスでは、繰り返し刺激などで神経伝達物質の放出量を上げてやると、正常な神経伝達効率を維持できない(Rafuse et al., 2000)。 | ||
===シナプスの可塑性=== | |||
NCAM欠損マウスでは、シナプスのLTP発現が、海馬[[Schaffer側枝]]−[[CA1]]間(Cremer et al., 1994)と苔状線維−[[錐体細胞]]間(Cremer et al., 1998)で低下している。しかし、苔状線維−錐体細胞間では、短期の可塑性は正常である。また、endo-Nによって海馬からPSAを除去すると、同様に海馬Schaffer側枝−CA1間のシナプスのLTP発現が低下する(Muller et al., 1996)。NCAMのポリシアル化酵素ST8IV(PST-1)を欠損したマウスでは、海馬Schaffer側枝−CA1間シナプスのLTPとLDPの発現が低下しているが、苔状線維−錐体細胞間シナプスのLTPは正常である(Eckhardt et al., 2000)。一方、Crossinらのグループの結果では、NCAMの発現が欠損しても、海馬Schaffer側枝−CA1間シナプスのLTPは野生型と同じように起こるという(Holst et al., 1998)。 | |||
===成体脳の[[ニューロン新生]]とPSA-NCAM=== | |||
[[胎生期]]から生後初期にかけて、ニューロンが発達する時期には、NCAMは長鎖の糖鎖ポリシアル酸(PSA)によって修飾されている(Rutishauser, 2008, Schnaar et al., 2014)。したがって、PSA-NCAMは、発達中の神経細胞の非常に良いマーカー分子である。 | |||
脳のほとんどの部位では成体になるとニューロンは新生しないが、例外的に海馬や前脳[[側脳室]]下帯では成体になってもニューロンの新生が続いている(Altman and Das, 1965, Kempermann, 2011, Lim and Alvarez-Buylla, 2014)。この例外的なニューロン新生によって生まれた[[ニューロブラスト]]が移動するときや神経突起が発達するときにはPSA—NCAMが発現している(Seki and Arai, 1993b, Alvarez-Buylla, 1997, Alvarez-Buylla and Garcia-Verdugo, 2002, Rutishauser, 2008)。ただし、これらのニューロン新生部位以外(梨状皮質など)にPSA-NCAMの発現が見られることがあり、これに関してはニューロン新生とは関係がないので注意を要する(Seki and Arai, 1993a, Gomez-Climent et al., 2010)。 | |||
海馬では、成体になっても顆粒細胞の新生が続いているので、苔状線維終末が、錐体細胞の樹状突起にシナプスを形成する過程が、成体でも観察される(Seki and Arai, 1999)。発達中の不規則な形態の[[軸索]]末端はPSA陽性であるが、シナプスが形成されるとPSAは消失する。成体脳からPSAを除去すると、異所性の苔状線維シナプスボタンが形成される(Seki and Rutishauser, 1998)。 | 海馬では、成体になっても顆粒細胞の新生が続いているので、苔状線維終末が、錐体細胞の樹状突起にシナプスを形成する過程が、成体でも観察される(Seki and Arai, 1999)。発達中の不規則な形態の[[軸索]]末端はPSA陽性であるが、シナプスが形成されるとPSAは消失する。成体脳からPSAを除去すると、異所性の苔状線維シナプスボタンが形成される(Seki and Rutishauser, 1998)。 | ||
成体海馬におけるPSA-NCAMの発現は、海馬の学習・記憶機能に関係していると考えられている(Rutishauser, 2008, Schnaar et al., 2014)。 | 成体海馬におけるPSA-NCAMの発現は、海馬の学習・記憶機能に関係していると考えられている(Rutishauser, 2008, Schnaar et al., 2014)。 | ||
==疾患との関わり== | |||
ウィルムス腫瘍(Wilms' tumor),ユーイング肉腫(Ewing's sarcoma),メラノーマ,肺癌(小細胞癌),神経芽細胞腫など,種々の腫瘍でポリシアル化したNCAMが発現している.癌転移との関係が示唆されている(Seidenfaden et al., 2003, Al-Saraireh et al., 2013)。 | |||
細胞接着分子 | ==関連語== | ||
免疫グロブリンスーパーファミリー | *[[細胞接着分子]] | ||
*[[免疫グロブリンスーパーファミリー]] | |||
==参考文献== | |||
<references /> | <references /> |
2016年2月1日 (月) 11:55時点における版
石 龍徳
東京医科大学組織・神経解剖学分野
DOI:10.14931/bsd.6770 原稿受付日:2016年1月31日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:大隅 典子(東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)
英語名:Neural Cell Adhesion Molecules
英略:NCAM
NCAM(neural cell adhesion molecule;神経細胞接着分子;別名CD56)は免疫グロブリンスーパーファミリーに属する細胞接着分子である。3つのサブタイプがあり、140/180kD分子は膜貫通型、120kD分子はGPIアンカー型である。発生期の発達中の組織では、翻訳後に長鎖の糖鎖であるポリシアル酸(polysialic acid, PSA)によって修飾される(PSA-NCAMと呼ばれる)。主に神経組織や筋組織に発現しているが、その他感覚器や内分泌器など多様な組織で発現している。癌組織でも発現が見られ、癌転移との関係が報告されている。NCAMはホモフィリックな結合の他、細胞外基質のヘパリンなどとヘテロフィリックな結合をする。また、細胞接着分子のL1やFGF受容体などとcis型の結合をする。糖鎖のPSAは負の電荷と大きさにより立体障害的にNCAMの結合能を低下させる。NCAMは細胞接着を介して、神経発生、筋発生に重要な役割を果たしている。また、学習・記憶、精神疾患などとの関係が報告されている。
研究の歴史
1972年に抗体分子の構造決定によりノーベル生理学・医学賞を受賞したエーデルマン(Gerald Maurice Edelman)は、受賞後に胚発生や神経機能に係わる細胞間相互作用の研究を始めた。エーデルマンらは、まず始めにニワトリの網膜細胞表面に対するポリクローナル抗体を作製し、この抗体が解離した網膜細胞の再集合を阻害することを見出した。つぎに、この抗体の阻害効果を中和する物質を探索し、網膜細胞の膜可溶画分から神経細胞接着因子を単離した。この分子の構造決定をしたところ、奇しくも、彼が以前に構造決定をした免疫グロブリン分子と非常によく似た分子であった(Edelman, 2004)。
構造
NCAMの細胞外領域は、5つの免疫グロブリンC2サブセットと2つのフィブロネクチンタイプIII様領域(RGD配列はない)からなっている(図1)(Goridis and Brunet, 1992)。分子量140、180 kDaのアイソフォームでは細胎内領域があるが、120 kDa分子のC末端は細胞膜表面のグリコシルフォスファチジルイノシトール(glycosylphosphatidyl inositol;GPI)と結合している。5番目のC2ドメインには,N−グルコシド結合により,2カ所でポリシアル酸(2-8-1inked N-acetylneuraminic acid, PSA)が結合している(Kiss and Rougon, 1997, Rutishauser, 2008, Schnaar et al., 2014)。ポリシアル化されたNCAMはPSA—NCAMと呼ばれる。NCAMをポリシアル化する酵素としては、2つのalpha 2,8 syalyltransferase (ST8) が知られていて、それぞれST8SiaII(STX)・ST8SiaIV(PST-1)と呼ばれている(Schnaar et al., 2014)。140/180 kDa-NCAM の3番目のC2領域には,HNK-1/L2エピトープが存在する。挿入配列のMSD(muscle spedfic domain)にはO-グリコシド結合型糖鎖が結合している(Cunningham et al., 1987)。
サブファミリー
主に3つのサブタイプがあり、120kD分子はGPIアンカー型、140/180kD分子は膜貫通型である。180kD分子は細胞骨格と相互作用を持つ長い細胞内領域を持っている。各アイソフォームは、alternative splicingによって生成される(Cunningham et al., 1987, Rutishauser and Jessel, 1988)。この他、C2領域に、30bpの挿入配列VASE(varjable alternatively spliced exon)が、フィブロネクチンタイプIII様領域にMSD(muscle specific domain)が挿入される場合がある。NCAM遺伝子には多数の短い挿入配列があるために,100以上のアイソフォームが存在するとの報告がある(Barthels et al., 1992)。翻訳後にポリシアル酸によって修飾をうけると, 電気泳動では見かけ上約180~280 kDaの分子量を示す.
発現
NCAMは以下のようなさまざまな組織に広く分布している(*は発生期に発現し、成体組織では消失する組織):神経組織(神経細胞・グリア細胞・シュワン細胞・脳脊髄液),筋組織(骨格筋*・心筋・平滑筋*)(神経・筋組織は後述),網膜(Bartsch et al., 1990),コルチ器*(Simonneau et al., 2003),嗅上皮(Miragall et al., 1989, Murakami et al., 1991),味蕾(Smith et al., 1994),歯*(Obara and Takeda, 1997),表皮,パチニ小体(Nolte et al., 1989),中腎管*(Lackie et al., 1990),下垂体(Lahr and Mayerhofer, 1995),傍濾細胞*(カルシトニン産生細胞)(Nishiyama et al., 1996),膵臓(ラングルハンス島)(Cirulli et al., 1994),副腎(皮質・髄質)(Lahr and Mayerhofer, 1995),卵巣(Lahr and Mayerhofer, 1995),精巣(Li et al., 1998),ナチュラルキラー(NK)細胞(Poli et al., 2009)
長鎖の糖鎖であるポリシアル酸(PSA)で修飾されたPSA-NCAMは、主に発生中の組織で発現している(Rutishauser, 2008)。中枢神経系では、成体になるとほとんどの部位でPSA-NCAMの発現は著しく低下するが、例外的にニューロンの新生が続く、前脳側脳室下帯や海馬歯状回顆粒細胞層下帯では、新生ニューロンに強いPSA-NCAMの発現が見られる(Seki and Arai, 1993a, Schnaar et al., 2014)。
機能
NCAMが接着活性を示すときには,NCAMどうしが3番目のC2ドメインでホモフィリックに結合するほか,2番目のドメインで細胞外基質のヘパリンなどの分子と結合する(Storms and Rutishauser, 1998)。また、NCAMは、は、同じ細胞膜上の他の接着分子(L1など)やFGF受容体とCis型の相互作用をする(Hall et al., 1996)。NCAMが細胞内に情報を伝えるときには、Fyn/Src(Crossin and Krushel, 2000)や、FGF受容体(Cavallaro et al., 2001)を介することが示唆されている。180 kD 分子は,細胎内骨格のスペクトリンと結合していることから,安定な細胞接着を形成すると考えられている(Pollerberg et al., 1987)。5番目のC2ドメインにはポリシアル酸が結合している(Rutishauser, 2008)。シアル酸が負に荷電しているため、長鎖のPSA分子はその大きさと電荷によってNCAMどうし又はNCAMと他の接着分子との結合を阻害すると考えられている(Rutishauser, 2008)。この長鎖のPSAは,発達期の神経細胞などに発現しているが,成体になると限られた部位を除き発現がほとんど見られなくなる(Seki and Arai, 1993a)。 NCAMは、細胞一細胞,および細胞一細胞外基質間の接着分子で、神経発生や筋発生に重要な分子である(Rutishauser and Jessel, 1988, Edelman and Crossin, 1991, Rougon and Hobert, 2003)。発生期のNCAMはポリシアル化されているので、発生期のNCAMの機能は、PSA—NCAMを中心に研究されている(Rutishauser, 2008, Schnaar et al., 2014)。神経発生では、細胞移動(Murakami et al., 1991, Ono et al., 1994)、神経突起の伸長・束形成・分岐(Rafuse and Landmesser, 2000, Yamamoto et al., 2000)、シナプス形成・可塑性(後述)、学習・記憶(Welzl and Stork, 2003, Lopez-Fernandez et al., 2007)、神経疾患(Cotman et al., 1998, Sato and Kitajima, 2013)に関与する。その他の組織でも形態形成に関与していると考えられている(発現の項を参照)。
シナプス形成
NCAMは、前シナプス膜と後シナプス膜に存在する(Persohn et al., 1989)。しかし、NCAM180は、後シナプス膜だけに存在する。NCAM180は細胞骨格と相互作用をするので(Pollerberg et al., 1987)、NCAM180はシナプスの安定性と関係していると考えられる。シナプス形成期には、NCAMの糖鎖PSAの発現がみられるが、成熟したシナプスではPSAの発現はほとんど見られない(Seki and Arai, 1999)。
神経—筋シナプスが形成される発生期には、NCAMは運動ニューロンと筋の両方に発現している。その後、成熟したシナプスが形成される頃になると、筋全体のNCAM発現は低下し、神経—筋接合部に限局してNCAMの発現が残るようになる(Covault and Sanes, 1986)。また、成体でも運動ニューロンを切断して、筋の神経支配を除去してやると、再びNCAMが発現してくる。この筋のNCAM発現は、運動ニューロンが再生されて、筋の神経支配が完了すると、再び低下する(Covault and Sanes, 1985)。これらの結果は、神経—筋シナプスの形成には筋のNCAM発現が必要であることを示唆している。
NCAM欠損マウスの神経-筋接合部を野生型と比較すると、多少の形態的な差異が認められるが、運動機能はほぼ正常である(Rafuse et al., 2000)。しかし、NCAM欠損マウスでは、繰り返し刺激などで神経伝達物質の放出量を上げてやると、正常な神経伝達効率を維持できない(Rafuse et al., 2000)。
シナプスの可塑性
NCAM欠損マウスでは、シナプスのLTP発現が、海馬Schaffer側枝−CA1間(Cremer et al., 1994)と苔状線維−錐体細胞間(Cremer et al., 1998)で低下している。しかし、苔状線維−錐体細胞間では、短期の可塑性は正常である。また、endo-Nによって海馬からPSAを除去すると、同様に海馬Schaffer側枝−CA1間のシナプスのLTP発現が低下する(Muller et al., 1996)。NCAMのポリシアル化酵素ST8IV(PST-1)を欠損したマウスでは、海馬Schaffer側枝−CA1間シナプスのLTPとLDPの発現が低下しているが、苔状線維−錐体細胞間シナプスのLTPは正常である(Eckhardt et al., 2000)。一方、Crossinらのグループの結果では、NCAMの発現が欠損しても、海馬Schaffer側枝−CA1間シナプスのLTPは野生型と同じように起こるという(Holst et al., 1998)。
成体脳のニューロン新生とPSA-NCAM
胎生期から生後初期にかけて、ニューロンが発達する時期には、NCAMは長鎖の糖鎖ポリシアル酸(PSA)によって修飾されている(Rutishauser, 2008, Schnaar et al., 2014)。したがって、PSA-NCAMは、発達中の神経細胞の非常に良いマーカー分子である。 脳のほとんどの部位では成体になるとニューロンは新生しないが、例外的に海馬や前脳側脳室下帯では成体になってもニューロンの新生が続いている(Altman and Das, 1965, Kempermann, 2011, Lim and Alvarez-Buylla, 2014)。この例外的なニューロン新生によって生まれたニューロブラストが移動するときや神経突起が発達するときにはPSA—NCAMが発現している(Seki and Arai, 1993b, Alvarez-Buylla, 1997, Alvarez-Buylla and Garcia-Verdugo, 2002, Rutishauser, 2008)。ただし、これらのニューロン新生部位以外(梨状皮質など)にPSA-NCAMの発現が見られることがあり、これに関してはニューロン新生とは関係がないので注意を要する(Seki and Arai, 1993a, Gomez-Climent et al., 2010)。
海馬では、成体になっても顆粒細胞の新生が続いているので、苔状線維終末が、錐体細胞の樹状突起にシナプスを形成する過程が、成体でも観察される(Seki and Arai, 1999)。発達中の不規則な形態の軸索末端はPSA陽性であるが、シナプスが形成されるとPSAは消失する。成体脳からPSAを除去すると、異所性の苔状線維シナプスボタンが形成される(Seki and Rutishauser, 1998)。
成体海馬におけるPSA-NCAMの発現は、海馬の学習・記憶機能に関係していると考えられている(Rutishauser, 2008, Schnaar et al., 2014)。
疾患との関わり
ウィルムス腫瘍(Wilms' tumor),ユーイング肉腫(Ewing's sarcoma),メラノーマ,肺癌(小細胞癌),神経芽細胞腫など,種々の腫瘍でポリシアル化したNCAMが発現している.癌転移との関係が示唆されている(Seidenfaden et al., 2003, Al-Saraireh et al., 2013)。