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サブプレート(subplate)
<font size="+1">[https://researchmap.jp/nobuhikoyamamoto 山本亘彦]</font><br>
''大阪大学大学院生命機能研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年4月26日 原稿完成日:2018年10月19日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
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英語名:subplate


{{box|text= サブプレートは大脳皮質で最も早期に誕生するニューロンから構成され、その後に誕生する大脳皮質ニューロンから成る皮質板の基礎となる。サブプレートに位置するニューロンから成長する軸索は、初期の暫定的な神経回路を作り出し、大脳皮質における入出力回路が完成するまでの足場として機能すると考えられている。}}
・概要
サブプレート(subplate)は[[大脳皮質]]で最も早くに誕生するニューロンから構成され、その後に誕生する大脳皮質ニューロンから成る[[皮質板]](cortical plate)の基礎となる。サブプレートに位置するニューロンから成長する[[軸索]]は、初期の暫定的な神経回路を作り出し、大脳皮質における入出力回路が完成するまでの足場(scaffold)として機能すると考えられている。


目次
1. 構造
2. 構成
3. 形態と投射
4. 機能・役割


==構造==
・サブプレートの構造
 サブプレートは発達期の[[大脳皮質]]において細胞構築学的に識別される層構造であり、将来の[[灰白質]]に相当する[[皮質板]](cortical plate)と線維層である[[中間層]](intermediate zone)の間に位置する。
サブプレートは発達期の大脳皮質において細胞構築学的に識別される層構造であり、将来大脳皮質の[[灰白質]]に相当する皮質板(cortical plate)と線維層である中間層(intermediate zone)の間に位置する。その体積は[[ヒト]]を含む[[霊長類]]で最も大きく、[[ネコ]][[フェレット]]においても顕著な構造であるが1,2、齧歯類ではその比率は小さい。発生期、特に軸索投射が生じる時期にその厚みは大きいが、入出力回路が完成する時期にはほとんど消失する。齧歯類ではサブプレートは最終的に6層の下部に一列の細胞層として残るに過ぎない。サブプレートに位置するニューロンの多くは、発生期の役割(以下参照)を終えると、[[細胞死]]によって消失すると考えられている。


 その体積は[[ヒト]]を含む[[霊長類]]で最も大きく、[[ネコ]][[フェレット]]においても顕著な構造であるが<ref><pubmed>3981242</pubmed></ref><ref><pubmed>7441294</pubmed></ref>、[[齧歯類]]ではその比率は小さい。発生期、特に[[軸索投射]]が生じる時期にサブプレートの厚みは大きく、サブプレートニューロン(サブプレートを構成するニューロン)の多くはその役割(以下参照)を終えると、[[細胞死]]によって消失すると考えられている。
・サブプレートの構成
大脳皮質を構成する[[興奮性]]ニューロンは発生期に[[脳室帯]](ventricular zone)及び[[脳室下帯]][[subventricular zone]])に分布する[[神経幹細胞]](neural stem cell)あるいは[[神経前駆細胞]](neural progenitor)から最終分裂することによって生み出される。その後、[[軟膜]]表面(pial surface)に向かって移動し(radial migration)、皮質板(cortical plate)を形成する。サブプレートを構成するニューロンは、これらの皮質板ニューロンに先立って誕生するが、その種類や起源は一様ではない。大別して興奮性と[[抑制性]]に分けられ、興奮性ニューロンの起源としては[[脳室]]帯と吻側内側[[終脳]]壁(rostro-medial tel¬encephalic wall, RMTW)が挙げられる3。これらの興奮性ニューロンは皮質板ニューロンよりも先に誕生し、将来の分子層(marginal zone)に位置するする[[カハールレチウス細胞]]と共に[[プレプレート]](preplate)を形成する(図1)。その後誕生した皮質ニューロンはプレプレートに割って入り、皮質板を構成する。これらに加えて、[[大脳基底核原基]](ganglionic eminence)で誕生する[[GABA作動性]]ニューロンの一部もサブプレートに配置される3,4。


==構成==
・サブプレートニューロンの形態と軸索投射
[[Image:サブプレート図1.png|thumb|right|350px|'''図1. '''サブプレートニューロンは脳室や脳室下帯及び吻側内側終脳壁(RMTW)で誕生し、同時期に誕生したカハールレチウス細胞と共に、プリプレートを形成する。後に誕生する皮質ニューロンはその間に挿入され、皮質板を構成する。さらに、大脳基底核原基で誕生する抑制性ニューロンの一部も移動後サブプレートに配置される。サブプレートを構成するニューロン(◯)、皮質板を構成するニューロン(△)、カハールレチウス細胞(■)。]]
 サブプレートを構成する細胞は多様であり、樹状突起の形状からも多極型、水平型、逆錐体型など様々な形態を有している。軸索投射においても異なる領域への投射が認められる。第1に、サブプレート内での軸索投射が認められ、サブプレート内でのニューロン間結合を担っている。第2に、軟膜方向への投射が見出される。発生初期には辺縁層(marginal zone)に投射するが、後期には視床皮質軸索の標的である皮質第4層に投射するようになる。第3に、長距離の投射として、内包(internal capsule)を経て視床や[[中脳]]へ、あるいは他の大脳皮質領野へ投射する5。


 大脳皮質を構成する興奮性ニューロンは発生期に[[脳室帯]](ventricular zone)及び[[脳室下帯]](subventricular zone)に分布する[[神経幹細胞]](neural stem cell)あるいは[[神経前駆細胞]](neural progenitor)から最終分裂することによって生み出される。その後、[[軟膜]]表面(pial surface)に向かって移動し(radial migration)、皮質板(cortical plate)を形成する。サブプレートニューロンは、これらの皮質板ニューロンに先立って誕生するが、その種類や起源は一様ではない。大別して興奮性と抑制性に分けられ、興奮性ニューロンの起源としては脳室帯と[[吻側内側終脳壁]](rostro-medial tel¬encephalic wall, RMTW)が挙げられる<ref name=Hoerder2015><pubmed>25697157</pubmed></ref>。これらの興奮性ニューロンは皮質板ニューロンよりも先に誕生し、将来の分子層(marginal zone)に位置するする[[カハールレチウス細胞]]と共に[[プレプレート]](preplate)を形成する('''図1''')。その後誕生した皮質ニューロンはプレプレートに割って入り、皮質板を構成することになる。これらに加えて、[[大脳基底核原基]](ganglionic eminence)で誕生するGABA作動性の抑制性ニューロンの一部もサブプレートに配置される<ref name=Hoerder2015/><ref><pubmed>20201645</pubmed></ref>。
・サブプレートの役割
皮質神経回路構築の足場として、初期の暫定的な神経回路を構築する。中でも、視床皮質投射、皮質視床投射の形成に対する役割は齧歯類において良く記載されている。
皮質視床投射については、サブプレートニューロンは最も早くに軸索を内包に向かって成長させる。その後に誕生する皮質板ニューロンはそれを辿って成長する(図2)6。すなわち、皮質視床投射形成のパイオニア軸索として機能すると考えられている。
視床皮質投射に関しては、視床ニューロンから伸長した軸索は、サブプレートニューロンや遠心性ニューロンの軸索に沿って大脳皮質に到達するが、特定の皮質領野を選択するのにサブプレートが必要である。実際、視覚野のサブプレートを薬理学的に除去すると、視覚系の視床である外側膝状体ニューロンの軸索は視覚野を通り過ぎてしまう7。すなわち、サブプレートは視床軸索が適切な領域を認識するのに必要な存在であると考えられている。
さらに、視床ニューロンの軸索は、正しい皮質領域内で最終的に標的層の4層で主として[[シナプス]]結合を形成するが、その前に一旦サブプレートニューロンとシナプス結合を形成する(図2)。その間、視床ニューロンの軸索はサブプレートで成長を停止し、waiting periodと呼ばれている7。一方、皮質内で成長するサブプレートニューロンの軸索は皮質4層ニューロンとシナプス結合を形成し8、waiting periodの後で皮質に視床皮質軸索が侵入すると、最終的にそのシナプスは消失し、それに代わって視床ニューロンの軸索が標的ニューロンとシナプス結合を形成する(図2)。


==サブプレートニューロンの形態と軸索投射==
フェレットやネコにおいては、脳梁を経て対側の大脳皮質へ投射するサブプレートニューロンも存在することから5、皮質入出力線維が正しい標的細胞に到達するのに重要な役割を果たすと考えられている。
 サブプレートを構成する細胞は多様であり、[[樹状突起]]の形状からも多極型、水平型、逆錐体型など様々な形態を有している。軸索投射においても異なる投射パターンが見出されている。第1に、サブプレート内での軸索投射が認められ、サブプレート内におけるニューロン間結合を担っている。第2は、皮質板ニューロンへの軸索投射である。発生初期には[[辺縁層]](marginal zone)に投射するが、後期には[[視床皮質軸索]]の標的である皮質4層に投射するようになる。第3に、長距離の投射として、[[内包]](internal capsule)を経て[[視床]]や[[中脳]]へ、あるいは他の大脳皮質領野へ投射する<ref name=McConnell1989><pubmed>2475909</pubmed></ref>。
 [[マカクザル]]、ネコやフェレットなどの両眼視の発達した[[動物]]では、右眼と左眼由来の外側膝状体軸索からの投射が視覚野内で分離して[[眼優位性コラム]]と呼ばれる構造を形成している。この機能的構造が、サブプレートニューロンを薬理学的に死滅させることによって、消失されることも報告されている9。このように、発達後期における機能的な皮質神経回路の形成過程においてもサブプレートは重要な役割を果たしている。


==役割==
[[Image:サブプレート図2.png|thumb|right|350px|'''図2.'''皮質遠心性投射の形成過程において、サブプレートニューロン(赤◯)の軸索が先導役を務める。皮質求心性投射(視床皮質投射)の形成において、視床ニューロン(青●)の軸索は一旦サブプレートニューロンとシナプス結合を形成する。一方、サブプレートニューロンは視床軸索の標的である皮質4層ニューロンとシナプス結合を形成する。発達が進むに連れて、サブプレートによる一過性のシナプスは消失し、それに代わって視床ニューロンの軸索が標的ニューロンとシナプス結合を形成する。]]


 皮質神経回路構築の足場として、初期の暫定的な神経回路を構築する。中でも、視床皮質投射、皮質視床投射の形成に対する役割は齧歯類において良く記載されている。
参考文献
 
 皮質視床投射においては、サブプレートニューロンは最も早くに軸索を内包に向かって成長させる。その後に誕生する皮質板ニューロンの軸索はそれに辿って成長する('''図2''')<ref><pubmed>1556593</pubmed></ref>。すなわち、皮質視床投射形成のパイオニア軸索として機能すると考えられている。
 
 視床皮質投射に関しては、視床ニューロンから伸長した軸索は、サブプレートニューロンや遠心性ニューロンの軸索に沿って大脳皮質に到達するが、特定の皮質領野を選択するためにサブプレートが必要である。実際、視覚野のサブプレートを薬理学的に除去すると、[[視覚]]系の視床である[[外側膝状体]]ニューロンの軸索は視覚野を通り過ぎてしまう<ref name=Ghosh1992><pubmed>1729444</pubmed></ref>。すなわち、サブプレートは視床軸索が適切な領域を認識するのに必要な存在であると考えられている。
 
 さらに、視床ニューロンの軸索は、大脳皮質で最終的に標的層の4層で主としてシナプス結合を形成するが、その前に一旦サブプレートニューロンとシナプス結合を形成する('''図2''')。その間、視床ニューロンの軸索はサブプレートで成長を停止し、この停止する期間はwaiting periodと呼ばれている<ref name=Ghosh1992/>7。一方、皮質内で成長するサブプレートニューロンの軸索は皮質4層ニューロンとシナプス結合を形成し<ref><pubmed>2388080</pubmed></ref>、waiting periodの後に視床皮質軸索が皮質板に侵入すると、最終的にそのシナプスは消失し、それに代わって視床ニューロンの軸索が標的ニューロンとシナプス結合を形成する('''図2''')。
 
 フェレットやネコにおいては、[[脳梁]]を経て対側の大脳皮質へ投射するサブプレートニューロンも存在することから<ref name=McConnell1989/>5、皮質入出力線維が正しい標的細胞に到達するのに重要な役割を果たすと考えられている。
 
 [[マカクザル]]、ネコやフェレットなどの両眼視の発達した動物では、右眼と左眼由来の外側膝状体軸索からの投射が視覚野内で分離して[[眼優位性コラム]]と呼ばれる構造を形成している。この機能的構造が、サブプレートニューロンを薬理学的に死滅させることによって、消失されることも報告されている<ref><pubmed>8207493</pubmed></ref>。このように、発達後期における機能的な皮質神経回路の形成過程においてもサブプレートは重要な役割を果たしている。
 
== 参考文献 ==
<references/>

2018年6月15日 (金) 15:55時点における版

サブプレート(subplate)

・概要 サブプレート(subplate)は大脳皮質で最も早くに誕生するニューロンから構成され、その後に誕生する大脳皮質ニューロンから成る皮質板(cortical plate)の基礎となる。サブプレートに位置するニューロンから成長する軸索は、初期の暫定的な神経回路を作り出し、大脳皮質における入出力回路が完成するまでの足場(scaffold)として機能すると考えられている。

目次 1. 構造 2. 構成 3. 形態と投射 4. 機能・役割

・サブプレートの構造 サブプレートは発達期の大脳皮質において細胞構築学的に識別される層構造であり、将来大脳皮質の灰白質に相当する皮質板(cortical plate)と線維層である中間層(intermediate zone)の間に位置する。その体積はヒトを含む霊長類で最も大きく、ネコフェレットにおいても顕著な構造であるが1,2、齧歯類ではその比率は小さい。発生期、特に軸索投射が生じる時期にその厚みは大きいが、入出力回路が完成する時期にはほとんど消失する。齧歯類ではサブプレートは最終的に6層の下部に一列の細胞層として残るに過ぎない。サブプレートに位置するニューロンの多くは、発生期の役割(以下参照)を終えると、細胞死によって消失すると考えられている。

・サブプレートの構成 大脳皮質を構成する興奮性ニューロンは発生期に脳室帯(ventricular zone)及び脳室下帯subventricular zone)に分布する神経幹細胞(neural stem cell)あるいは神経前駆細胞(neural progenitor)から最終分裂することによって生み出される。その後、軟膜表面(pial surface)に向かって移動し(radial migration)、皮質板(cortical plate)を形成する。サブプレートを構成するニューロンは、これらの皮質板ニューロンに先立って誕生するが、その種類や起源は一様ではない。大別して興奮性と抑制性に分けられ、興奮性ニューロンの起源としては脳室帯と吻側内側終脳壁(rostro-medial tel¬encephalic wall, RMTW)が挙げられる3。これらの興奮性ニューロンは皮質板ニューロンよりも先に誕生し、将来の分子層(marginal zone)に位置するするカハールレチウス細胞と共にプレプレート(preplate)を形成する(図1)。その後誕生した皮質ニューロンはプレプレートに割って入り、皮質板を構成する。これらに加えて、大脳基底核原基(ganglionic eminence)で誕生するGABA作動性ニューロンの一部もサブプレートに配置される3,4。

・サブプレートニューロンの形態と軸索投射  サブプレートを構成する細胞は多様であり、樹状突起の形状からも多極型、水平型、逆錐体型など様々な形態を有している。軸索投射においても異なる領域への投射が認められる。第1に、サブプレート内での軸索投射が認められ、サブプレート内でのニューロン間結合を担っている。第2に、軟膜方向への投射が見出される。発生初期には辺縁層(marginal zone)に投射するが、後期には視床皮質軸索の標的である皮質第4層に投射するようになる。第3に、長距離の投射として、内包(internal capsule)を経て視床や中脳へ、あるいは他の大脳皮質領野へ投射する5。

・サブプレートの役割 皮質神経回路構築の足場として、初期の暫定的な神経回路を構築する。中でも、視床皮質投射、皮質視床投射の形成に対する役割は齧歯類において良く記載されている。 皮質視床投射については、サブプレートニューロンは最も早くに軸索を内包に向かって成長させる。その後に誕生する皮質板ニューロンはそれを辿って成長する(図2)6。すなわち、皮質視床投射形成のパイオニア軸索として機能すると考えられている。 視床皮質投射に関しては、視床ニューロンから伸長した軸索は、サブプレートニューロンや遠心性ニューロンの軸索に沿って大脳皮質に到達するが、特定の皮質領野を選択するのにサブプレートが必要である。実際、視覚野のサブプレートを薬理学的に除去すると、視覚系の視床である外側膝状体ニューロンの軸索は視覚野を通り過ぎてしまう7。すなわち、サブプレートは視床軸索が適切な領域を認識するのに必要な存在であると考えられている。 さらに、視床ニューロンの軸索は、正しい皮質領域内で最終的に標的層の4層で主としてシナプス結合を形成するが、その前に一旦サブプレートニューロンとシナプス結合を形成する(図2)。その間、視床ニューロンの軸索はサブプレートで成長を停止し、waiting periodと呼ばれている7。一方、皮質内で成長するサブプレートニューロンの軸索は皮質4層ニューロンとシナプス結合を形成し8、waiting periodの後で皮質に視床皮質軸索が侵入すると、最終的にそのシナプスは消失し、それに代わって視床ニューロンの軸索が標的ニューロンとシナプス結合を形成する(図2)。

フェレットやネコにおいては、脳梁を経て対側の大脳皮質へ投射するサブプレートニューロンも存在することから5、皮質入出力線維が正しい標的細胞に到達するのに重要な役割を果たすと考えられている。  マカクザル、ネコやフェレットなどの両眼視の発達した動物では、右眼と左眼由来の外側膝状体軸索からの投射が視覚野内で分離して眼優位性コラムと呼ばれる構造を形成している。この機能的構造が、サブプレートニューロンを薬理学的に死滅させることによって、消失されることも報告されている9。このように、発達後期における機能的な皮質神経回路の形成過程においてもサブプレートは重要な役割を果たしている。


参考文献