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神経細胞リプログラミング
<div align="right"> 
(iN細胞含めて)
<font size="+1">[https://researchmap.jp/toruyamashita 山下 徹]、[https://researchmap.jp/read0168070 阿部 康二]</font><br>
山下 徹、阿部康二
''岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 脳神経内科学''<br>
Toru YAMASHITA, Koji ABE
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年6月29日 原稿完成日:2020年7月1日<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/hiroshikawasaki 河崎 洋志](金沢大学 医学系 脳神経医学教室)<br>
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科脳神経内科学
</div>
Department of Neurology, Okayama University Graduate School of Medicine, Dentistry and Pharmaceutical Sciences, Okayama


①神経細胞リプログラミング 
英語名: direct reprogramming to neuronal cells
英語名:direct reprogramming to neuronal cells
②iN細胞 
英語名:induced neuronal cells, 英略語:iN cells, iNCs


神経細胞リプログラミングとは、本来、分化多能性を喪失している体細胞から多能性幹細胞を経ずに神経系細胞を直接誘導することを意味する。また本手法で誘導された細胞をinduced neural (iN)細胞と呼称する。比較的短期間で誘導可能かつ腫瘍形成リスクが低いため、ヒト疾患細胞モデルを利用した病態解明や薬剤スクリーニングならびに再生医療への応用が期待されている。
{{box|text= 神経細胞へのリプログラミング(以下神経細胞リプログラミング)とは、本来、分化多能性を喪失している体細胞から多能性幹細胞を経ずに神経系細胞を直接誘導することを意味する。また本手法で誘導された細胞をinduced neuronal (iN)細胞と呼称する。比較的短期間で誘導可能かつ腫瘍形成リスクが低いため、ヒト疾患細胞モデルを利用した病態解明や薬剤スクリーニングならびに再生医療への応用が期待されている。}}


==発見の経緯 ==
[[ファイル:Yamashita Fig1.jpg|サムネイル|200px|'''図1. マウスiN細胞'''<br>[[樹状突起]]マーカー[[MAP2]]並びに[[カテコールアミン]]神経のマーカーである[[チロシン水酸化酵素]](TH)の染色。矢印がiN細胞の[[細胞体]]。]]
 2006年の[[iPS細胞]]の発見により、いくつかの[[転写因子]]を強制発現することで、[[線維芽細胞]]などの[[体細胞]]から異なる細胞種を誘導できることが示された。[[ES細胞]]に強く発現し機能的に重要な[[Oct3]]/[[Oct4|4]]、[[Sox2]]、[[Klf4]]、[[c-Myc]]の4つの転写因子群を強制発現させるとES細胞に非常に類似した性質を持つiPS細胞が誘導できた事実から、神経細胞に強く発現している転写因子群を強制発現させると、直接神経細胞を誘導できるのではないかと多くの研究者達が予想したのである。


目次
 そういった背景の中、2010年1月[[wj:スタンフォード大学|スタンフォード大学]]の[[w:Marius Wernig|Wernig]]博士の研究グループは[[Ascl1]], [[Brn2]], [[Myt1l]]という神経細胞に特異的に発現している3つの転写因子群を[[レトロウイルスベクター]]を用いてマウス皮膚線維芽細胞に強制発現し、[[グルタミン酸]]作動性ニューロン様の細胞を直接誘導できることを発見した<ref name=Vierbuchen2010><pubmed>20107439</pubmed></ref> 。この誘導された神経細胞は神経細胞特有の[[活動電位]]や、[[シナプス形成]]能を持つことが示され、[[iN細胞|induced neuronal(iN)細胞]]と名づけられている。
iN細胞発見の経緯
特徴
誘導因子と阻害因子
臨床応用の可能性


iN細胞発見の経緯
 この発見を嚆矢として[[運動ニューロン]]<ref name=Son2011><pubmed>21852222</pubmed></ref> や[[ドパミン]]作動性ニューロン<ref name=Caiazzo2011><pubmed>21725324</pubmed></ref> 、[[ノルアドレナリン]]作動性ニューロン<ref name=Li2019><pubmed>31315047</pubmed></ref> 、[[神経幹細胞]]<ref name=Han2012><pubmed>22445517</pubmed></ref><ref name=Lujan2012><pubmed>22308465</pubmed></ref> など多様な神経系細胞が誘導できることがこれまでに報告されてきている'''(図1)'''。
2006年のiPS細胞の発見により、いくつかの転写因子を強制発現することで、線維芽細胞などの体細胞から異なる細胞種を誘導できることが示された。ES細胞に強く発現し機能的に重要なOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycの4つの転写因子群を強制発現させるとES細胞に非常に類似した性質を持つiPS細胞が誘導できた事実から、神経細胞に強く発現している転写因子群を強制発現させると、直接神経細胞を誘導できるのではないかと多くの研究者達が予想したのである。
そういった背景の中、2010年1月スタンフォード大学のWernig博士の研究グループはAscl1, Brn2, Myt1lという神経細胞に特異的に発現している3つの転写因子群をレトロウイルスを用いてマウス皮膚線維芽細胞に強制発現し、グルタミン酸作動性ニューロン様の細胞を直接誘導できることを発見した<ref name=Vierbuchen2010><pubmed>20107439</pubmed></ref> 。この誘導された神経細胞は神経細胞特有の活動電位や、シナプス形成能を持つことが示され、induced neural(iN)細胞と名づけられている。この発見を嚆矢として運動ニューロン<ref name=Son2011><pubmed>21852222</pubmed></ref> やドパミン作動性ニューロン<ref name=Caiazzo2011><pubmed>21725324</pubmed></ref> 、ノルアドレナリン作動性ニューロン<ref name=Li2019><pubmed>31315047</pubmed></ref> 、神経幹細胞<ref name=Han2012><pubmed>22445517</pubmed></ref><ref name=Lujan2012><pubmed>22308465</pubmed></ref> など多様な神経系細胞が誘導できることがこれまでに報告されてきている(図1)。


特徴
== 特徴 ==
iN細胞は、iPS細胞の状態を介さずに直接目的である神経系細胞に分化誘導するため、①比較的短期間で誘導可能、②腫瘍化のリスクが低い点が利点である。一方、iN細胞を誘導した時点で原則細胞分裂が停止し増殖させることが出来ない点が欠点である。
 iN細胞は、iPS細胞の状態を介さずに直接目的である神経系細胞に分化誘導するため、①比較的短期間で誘導可能、②腫瘍化のリスクが低い点が利点である。一方、iN細胞を誘導した時点で原則[[細胞分裂]]が停止し増殖させることが出来ない点が欠点である。


誘導因子と阻害因子
== 誘導因子と阻害因子 ==  
神経細胞リプログラミングを誘導する最も重要な転写因子はAscl1であると現時点で考えられている。2013年Wapinskiらが、線維芽細胞ではAscl1の標的遺伝子座のクロマチンは閉じているが、Ascl1が発現すると閉じたクロマチンの構造変化を起こすことで、ニューロン関連遺伝子の転写を活性化させることを報告している<ref name=Wapinski2013><pubmed>24243019</pubmed></ref> 。一方、Ascl1は線維芽細胞特異的遺伝子のプロモーター領域はメチル化してクロマチンを閉じさせ、線維芽細胞特異的遺伝子の発現を抑制することも明らかにされている<ref name=Luo2019><pubmed>30644360</pubmed></ref> 。このようにAscl1はニューロン関連遺伝子の発現を上昇させるだけでなく、元の線維芽細胞関連遺伝子を抑制することで、神経細胞リプログラミングを行うと考えられている。またAscl1の他にも様々な神経細胞特異的な転写因子群(Brn2、Mytl1、NeuroD1)やmicroRNA(miR-124, miR-9/9*)を線維芽細胞などに強制発現させることでiN細胞を誘導できることが報告されている<ref name=Yoo2011><pubmed>21753754</pubmed></ref> 。さらに転写因子などの強制発現を行わなくとも、cAMPの産生作用をもつフォルスコリンやGSK-3β阻害作用をもつCHIR99021などの低分子化合物を細胞培養の培地に加えることでiN細胞を誘導できることが可能になってきた<ref name=Hu2015><pubmed>26253202</pubmed></ref><ref name=Li2015><pubmed>26253201</pubmed></ref> 。
[[ファイル:Yamashita Figure 2.jpg|サムネイル|'''図2. ダイレクトリプログラミングの誘導因子と阻害因子'''<br><ref name=山下徹、阿部康二2018>'''山下徹、阿部康二 (2018)'''<br>ダイレクトリプログラミングによる神経再生<br>''Clinical Neuroscience'' 36, 370-372</ref> より改変転載]]
一方、通常の体内では線維芽細胞がいきなり神経細胞に変わるようなことが起きないように様々な制御機構が働いていると考えられており、これまでにp53-p21経路<ref name=Jiang2015><pubmed>26639555</pubmed></ref> 、CAF-1複合体<ref name=Cheloufi2015><pubmed>26659182</pubmed></ref> 、RE1-silencing transcription factor (REST)<ref name=Masserdotti2015><pubmed>26119235</pubmed></ref> ,そして過剰な酸化ストレスの存在<ref name=Gascon2016><pubmed>26748418</pubmed></ref> がダイレクトリプログラミングを阻害することが報告されてきている (図2)。特筆すべきこととしてはmiR-124の標的遺伝子であるpyrimidine-tract-binding protein(PTB)というRNA結合タンパクをshRNA等でノックダウンするだけでiN細胞が誘導できることが報告されている。<ref name=Xue2013><pubmed>23313552</pubmed></ref> 。miR-124はPTBならびにRESTの発現を抑制することから、これら誘導因子と阻害因子はお互いに相互作用があり、両者のバランスによって細胞の運命が最終決定されていると現在考えられている。
 神経細胞リプログラミングを誘導する最も重要な転写因子はAscl1であると現時点で考えられている。2013年Wapinskiらが、線維芽細胞ではAscl1の標的遺伝子座の[[クロマチン]]は閉じているが、Ascl1が発現すると閉じたクロマチンの構造変化を起こすことで、ニューロン関連遺伝子の転写を活性化させることを報告している<ref name=Wapinski2013><pubmed>24243019</pubmed></ref>


臨床応用の可能性
 一方、Ascl1は線維芽細胞特異的遺伝子のプロモーター領域を[[メチル化]]してクロマチンを閉じさせ、線維芽細胞特異的遺伝子の発現を抑制することも明らかにされている<ref name=Luo2019><pubmed>30644360</pubmed></ref> 。このようにAscl1はニューロン関連遺伝子の発現を上昇させるだけでなく、元の線維芽細胞関連遺伝子を抑制することで、神経細胞リプログラミングを行うと考えられている。
iN細胞は未分化な状態を経ずに誘導可能なことから、細胞DNAメチル化のパターンがiN細胞誘導後も保存されることが知られている<ref name=Huh2016><pubmed>27644593</pubmed></ref> 。この特徴は、中高年に多い神経変性疾患の疾患モデルを作るうえで特に重要であり、実際、iN細胞を用いた様々な神経変性疾患(アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症、脊髄性筋萎縮症など)の疾患モデルが報告されてきている。神経疾患患者由来のiN細胞を大量に作成し、ドラッグスクリーニングを行うなど創薬分野への応用も展開が今後可能になると期待されている。
さらに、iN細胞はiPS細胞などの未熟な状態を経ずに作成できるため、腫瘍形成のリスクが低いと考えられている。そこでアストロサイトなどのグリア細胞を脳内で直接目的の神経細胞に誘導するin vivoダイレクトリプログラミングが近年注目を集めてきている。脳梗塞や神経変性疾患患者の脳内ではニューロンは脱落しその数が減少している一方でアストロサイトやミクログリアなどのグリア細胞が多く存在していることから、iN細胞の有望な供給源と考えられる。2019年7月には著者らが脳梗塞マウス脳内グリア細胞からiN細胞を誘導できたことを報告した<ref name=Yamashita2019><pubmed>31358888</pubmed></ref> 。2020年4、5月には複数の研究グループから、PTBノックダウンの手法でマウス脳内アストロサイトからドパミン作動性ニューロンを直接誘導し、パーキンソン症状を改善させる実験結果も報告されてきており<ref name=Qian2020><pubmed>32581380</pubmed></ref><ref name=Zhou2020><pubmed>32272060</pubmed></ref> 、このin vivoダイレクトリプログラミング法は今後の脳梗塞やパーキンソン病の有望な治療戦略となる可能性がある。


 またAscl1の他にも様々な神経細胞特異的な転写因子群(Brn2、Mytl1、[[NeuroD1]])や[[microRNA]]([[miR-124]], [[miR-9]]/[[miR-9*|9*]])を線維芽細胞などに強制発現させることでiN細胞を誘導できることが報告されている<ref name=Yoo2011><pubmed>21753754</pubmed></ref> 。さらに転写因子などの強制発現を行わなくとも、[[cAMP]]の産生作用をもつ[[フォルスコリン]]や[[GSK-3β]]阻害作用をもつ[[CHIR99021]]などの低分子化合物を細胞培養の培地に加えることでiN細胞を誘導できることが可能になってきた<ref name=Hu2015><pubmed>26253202</pubmed></ref><ref name=Li2015><pubmed>26253201</pubmed></ref> 。


 一方、通常の体内では線維芽細胞がいきなり神経細胞に変わるようなことが起きないように様々な制御機構が働いていると考えられており、これまでに[[p53]]-[[p21]]経路<ref name=Jiang2015><pubmed>26639555</pubmed></ref> 、[[CAF-1]]複合体<ref name=Cheloufi2015><pubmed>26659182</pubmed></ref> 、[[RE1-silencing transcription factor]] ([[REST]])<ref name=Masserdotti2015><pubmed>26119235</pubmed></ref>、そして過剰な[[酸化ストレス]]の存在<ref name=Gascon2016><pubmed>26748418</pubmed></ref> が神経細胞リプログラミングを阻害することが報告されてきている'''(図2)'''。


誘導されたiN細胞 転写因子 主な内容 文献
 特筆すべきこととしては[[miR-124]]の標的遺伝子である[[pyrimidine-tract-binding protein]] (PTB)という[[RNA結合タンパク質]]を[[shRNA]]等でノックダウンするだけでiN細胞が誘導できることが報告されている<ref name=Xue2013><pubmed>23313552</pubmed></ref> 。miR-124はPTBならびにRESTの発現を抑制することから、これら誘導因子と阻害因子はお互いに相互作用があり、両者のバランスによって細胞の運命が最終決定されていると現在考えられている。
グルタミン酸作動性ニューロン Ascl1, Brn2, Myt1l 直接的に誘導されたグルタミン酸作動性ニューロンが電気生理学的にみて機能していることを示した。 Vierbuchenら<ref name=Vierbuchen2010><pubmed>20107439</pubmed></ref>


運動ニューロン Ascl1, Brn2, Myt1l, Lhx3, Hb9, Isl1, Ngn2 直接的に誘導された運動ニューロンが電気生理学的に機能し、かつ筋細胞と機能的シナプスを形成できることを示した。 Sonら<ref name=Son2011><pubmed>21852222</pubmed></ref>  
== 臨床応用の可能性 ==
 iN細胞は未分化な状態を経ずに誘導可能なことから、細胞DNAメチル化のパターンがiN細胞誘導後も保存されることが知られている<ref name=Huh2016><pubmed>27644593</pubmed></ref> 。この特徴は、中高年に多い神経変性疾患の疾患モデルを作るうえで特に重要であり、実際、iN細胞を用いた様々な[[神経変性疾患]]([[アルツハイマー病]]、[[筋萎縮性側索硬化症]]、[[脊髄性筋萎縮症]]など)の疾患モデルが報告されてきている。神経疾患患者由来のiN細胞を大量に作成し、ドラッグスクリーニングを行うなど創薬分野への応用も展開が今後可能になると期待されている。


ドパミン作動性ニューロン Ascl1, Brn2, Myt1l 直接的に誘導されたドパミン作動性ニューロンは電気生理学的に機能し、かつドパミン産生能を持つことを示した。 Caiazzoら<ref name=Caiazzo2011><pubmed>21725324</pubmed></ref>  
 さらに、iN細胞はiPS細胞などの未熟な状態を経ずに作成できるため、腫瘍形成のリスクが低いと考えられている。そこで[[アストロサイト]]などの[[グリア細胞]]を脳内で直接目的の神経細胞に誘導するin vivoでの神経細胞リプログラミングが近年注目を集めてきている。[[脳梗塞]]や神経変性疾患患者の脳内ではニューロンは脱落しその数が減少している一方でアストロサイトや[[ミクログリア]]などのグリア細胞が多く存在していることから、iN細胞の有望な供給源と考えられる。2019年7月には著者らが脳梗塞マウス脳内グリア細胞からiN細胞を誘導できたことを報告した<ref name=Yamashita2019><pubmed>31358888</pubmed></ref> 。2020年4、5月には複数の研究グループから、PTBノックダウンの手法でマウス脳内アストロサイトからドパミン作動性ニューロンを直接誘導し、[[パーキンソン病|パーキンソン症状]]を改善させる実験結果も報告されてきており<ref name=Qian2020><pubmed>32581380</pubmed></ref><ref name=Zhou2020><pubmed>32272060</pubmed></ref> 、このin vivo神経細胞リプログラミング法は今後の脳梗塞や[[パーキンソン病]]の有望な治療戦略となる可能性がある。


ノルアドレナリン作動性ニューロン Ascl1, Phox2b, AP-2α, Gata3, Hand2, Nurr1, Phox2a 直接的に誘導されたノルアドレナリン作動性ニューロンは、電気生理学的に機能し、共培養した心筋細胞の拍動数を制御できた。 Liら<ref name=Li2019><pubmed>31315047</pubmed></ref>


神経幹細胞 Sox2、Brn2、FoxG1 
{| class="wikitable"
または          Sox2, Brn4, Klf4, c-Myc 直接的に誘導した神経幹細胞が自己複製能を持ち、かつニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトに分化できること示した。 Lujanら<ref name=Lujan2012><pubmed>22308465</pubmed></ref>   Hanら<ref name=Han2012><pubmed>22445517</pubmed></ref>  
|+表 iN細胞誘導法に関するこれまでの主な報告
! 誘導されたiN細胞 !! 転写因子 !! 主な内容 !! 文献
|-
| グルタミン酸作動性ニューロン || Ascl1, Brn2, Myt1l || 直接的に誘導されたグルタミン酸作動性ニューロンが電気生理学的にみて機能していることを示した。 || Vierbuchenら<ref name=Vierbuchen2010><pubmed>20107439</pubmed></ref> 
|-
| 運動ニューロン || Ascl1, Brn2, Myt1l, [[Lhx3]], [[Hb9]], [[Isl1]], [[Ngn2]] || 直接的に誘導された運動ニューロンが電気生理学的に機能し、かつ筋細胞と機能的シナプスを形成できることを示した。 || Sonら<ref name=Son2011><pubmed>21852222</pubmed></ref>
|-
| ドパミン作動性ニューロン || Ascl1, Brn2, Myt1l || 直接的に誘導されたドパミン作動性ニューロンは電気生理学的に機能し、かつドパミン産生能を持つことを示した。 || Caiazzoら<ref name=Caiazzo2011><pubmed>21725324</pubmed></ref>
|-
| ノルアドレナリン作動性ニューロン || Ascl1, [[Phox2b]], [[AP-2α]], [[Gata3]], [[Hand2]], [[Nurr1]], [[Phox2a]] || 直接的に誘導されたノルアドレナリン作動性ニューロンは、電気生理学的に機能し、共培養した心筋細胞の拍動数を制御できた。 || Liら<ref name=Li2019><pubmed>31315047</pubmed></ref>
|-
| 神経幹細胞 || [[Sox2]], Brn2, [[FoxG1]]<br>またはSox2, [[Brn4]], Klf4, c-Myc  || 直接的に誘導した神経幹細胞が自己複製能を持ち、かつニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトに分化できること示した。 || Lujanら<ref name=Lujan2012><pubmed>22308465</pubmed></ref><br>Hanら<ref name=Han2012><pubmed>22445517</pubmed></ref>
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| グルタミン酸作動性ニューロン || PTB1に対するshRNAの導入 || マウスの胎生線維芽細胞から電気生理学的にも機能しているグルタミン酸作動性ニューロンが誘導された。 || Xueら<ref name=Xue2013><pubmed>23313552</pubmed></ref>
|-
| グルタミン酸作動性ニューロン || cAMP産生作用をもつフォルスコリンとGSK-3β阻害作用をもつCHIR99021などの低分子化合物を培地に添加 || マウス・ヒト線維芽細胞から電気生理学的にも機能しているグルタミン酸作動性ニューロンが誘導された。 || Liら<ref name=Li2015><pubmed>26253201</pubmed></ref><br>Huら<ref name=Hu2015><pubmed>26253202</pubmed></ref>
|}


グルタミン酸作動性ニューロン PTB1に対するshRNAの導入 マウスの胎生線維芽細胞から電気生理学的にも機能しているグルタミン酸作動性ニューロンが誘導された。 Xueら<ref name=Xue2013><pubmed>23313552</pubmed></ref>
== 参考文献 ==
 
<references />
グルタミン酸作動性ニューロン cAMP産生作用をもつフォルスコリンとGSK-3β阻害作用をもつCHIR99021などの低分子化合物を培地に添加 マウス・ヒト線維芽細胞から電気生理学的にも機能しているグルタミン酸作動性ニューロンが誘導された。 Liら<ref name=Li2015><pubmed>26253201</pubmed></ref>
Huら<ref name=Hu2015><pubmed>26253202</pubmed></ref>
 
 
表1 iN細胞誘導法に関するこれまでの主な報告
 
図1 マウスiN細胞
 
 
 
図2 ダイレクトリプログラミングの誘導因子と阻害因子
(文献20より改変転載<ref name=山下徹、阿部康二2018><pubmed></pubmed></ref>
 
 
 
 
 
参考文献

2020年7月17日 (金) 23:06時点における最新版

山下 徹阿部 康二
岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 脳神経内科学
DOI:10.14931/bsd.9081 原稿受付日:2020年6月29日 原稿完成日:2020年7月1日
担当編集委員:河崎 洋志(金沢大学 医学系 脳神経医学教室)

英語名: direct reprogramming to neuronal cells

 神経細胞へのリプログラミング(以下神経細胞リプログラミング)とは、本来、分化多能性を喪失している体細胞から多能性幹細胞を経ずに神経系細胞を直接誘導することを意味する。また本手法で誘導された細胞をinduced neuronal (iN)細胞と呼称する。比較的短期間で誘導可能かつ腫瘍形成リスクが低いため、ヒト疾患細胞モデルを利用した病態解明や薬剤スクリーニングならびに再生医療への応用が期待されている。

発見の経緯

図1. マウスiN細胞
樹状突起マーカーMAP2並びにカテコールアミン神経のマーカーであるチロシン水酸化酵素(TH)の染色。矢印がiN細胞の細胞体

 2006年のiPS細胞の発見により、いくつかの転写因子を強制発現することで、線維芽細胞などの体細胞から異なる細胞種を誘導できることが示された。ES細胞に強く発現し機能的に重要なOct3/4Sox2Klf4c-Mycの4つの転写因子群を強制発現させるとES細胞に非常に類似した性質を持つiPS細胞が誘導できた事実から、神経細胞に強く発現している転写因子群を強制発現させると、直接神経細胞を誘導できるのではないかと多くの研究者達が予想したのである。

 そういった背景の中、2010年1月スタンフォード大学Wernig博士の研究グループはAscl1, Brn2, Myt1lという神経細胞に特異的に発現している3つの転写因子群をレトロウイルスベクターを用いてマウス皮膚線維芽細胞に強制発現し、グルタミン酸作動性ニューロン様の細胞を直接誘導できることを発見した[1] 。この誘導された神経細胞は神経細胞特有の活動電位や、シナプス形成能を持つことが示され、induced neuronal(iN)細胞と名づけられている。

 この発見を嚆矢として運動ニューロン[2]ドパミン作動性ニューロン[3]ノルアドレナリン作動性ニューロン[4]神経幹細胞[5][6] など多様な神経系細胞が誘導できることがこれまでに報告されてきている(図1)

特徴

 iN細胞は、iPS細胞の状態を介さずに直接目的である神経系細胞に分化誘導するため、①比較的短期間で誘導可能、②腫瘍化のリスクが低い点が利点である。一方、iN細胞を誘導した時点で原則細胞分裂が停止し増殖させることが出来ない点が欠点である。

誘導因子と阻害因子

図2. ダイレクトリプログラミングの誘導因子と阻害因子
[7] より改変転載

 神経細胞リプログラミングを誘導する最も重要な転写因子はAscl1であると現時点で考えられている。2013年Wapinskiらが、線維芽細胞ではAscl1の標的遺伝子座のクロマチンは閉じているが、Ascl1が発現すると閉じたクロマチンの構造変化を起こすことで、ニューロン関連遺伝子の転写を活性化させることを報告している[8]

 一方、Ascl1は線維芽細胞特異的遺伝子のプロモーター領域をメチル化してクロマチンを閉じさせ、線維芽細胞特異的遺伝子の発現を抑制することも明らかにされている[9] 。このようにAscl1はニューロン関連遺伝子の発現を上昇させるだけでなく、元の線維芽細胞関連遺伝子を抑制することで、神経細胞リプログラミングを行うと考えられている。

 またAscl1の他にも様々な神経細胞特異的な転写因子群(Brn2、Mytl1、NeuroD1)やmicroRNA(miR-124, miR-9/9*)を線維芽細胞などに強制発現させることでiN細胞を誘導できることが報告されている[10] 。さらに転写因子などの強制発現を行わなくとも、cAMPの産生作用をもつフォルスコリンGSK-3β阻害作用をもつCHIR99021などの低分子化合物を細胞培養の培地に加えることでiN細胞を誘導できることが可能になってきた[11][12]

 一方、通常の体内では線維芽細胞がいきなり神経細胞に変わるようなことが起きないように様々な制御機構が働いていると考えられており、これまでにp53-p21経路[13]CAF-1複合体[14]RE1-silencing transcription factor (REST)[15]、そして過剰な酸化ストレスの存在[16] が神経細胞リプログラミングを阻害することが報告されてきている(図2)

 特筆すべきこととしてはmiR-124の標的遺伝子であるpyrimidine-tract-binding protein (PTB)というRNA結合タンパク質shRNA等でノックダウンするだけでiN細胞が誘導できることが報告されている[17] 。miR-124はPTBならびにRESTの発現を抑制することから、これら誘導因子と阻害因子はお互いに相互作用があり、両者のバランスによって細胞の運命が最終決定されていると現在考えられている。

臨床応用の可能性

 iN細胞は未分化な状態を経ずに誘導可能なことから、細胞DNAメチル化のパターンがiN細胞誘導後も保存されることが知られている[18] 。この特徴は、中高年に多い神経変性疾患の疾患モデルを作るうえで特に重要であり、実際、iN細胞を用いた様々な神経変性疾患アルツハイマー病筋萎縮性側索硬化症脊髄性筋萎縮症など)の疾患モデルが報告されてきている。神経疾患患者由来のiN細胞を大量に作成し、ドラッグスクリーニングを行うなど創薬分野への応用も展開が今後可能になると期待されている。

 さらに、iN細胞はiPS細胞などの未熟な状態を経ずに作成できるため、腫瘍形成のリスクが低いと考えられている。そこでアストロサイトなどのグリア細胞を脳内で直接目的の神経細胞に誘導するin vivoでの神経細胞リプログラミングが近年注目を集めてきている。脳梗塞や神経変性疾患患者の脳内ではニューロンは脱落しその数が減少している一方でアストロサイトやミクログリアなどのグリア細胞が多く存在していることから、iN細胞の有望な供給源と考えられる。2019年7月には著者らが脳梗塞マウス脳内グリア細胞からiN細胞を誘導できたことを報告した[19] 。2020年4、5月には複数の研究グループから、PTBノックダウンの手法でマウス脳内アストロサイトからドパミン作動性ニューロンを直接誘導し、パーキンソン症状を改善させる実験結果も報告されてきており[20][21] 、このin vivo神経細胞リプログラミング法は今後の脳梗塞やパーキンソン病の有望な治療戦略となる可能性がある。


表 iN細胞誘導法に関するこれまでの主な報告
誘導されたiN細胞 転写因子 主な内容 文献
グルタミン酸作動性ニューロン Ascl1, Brn2, Myt1l 直接的に誘導されたグルタミン酸作動性ニューロンが電気生理学的にみて機能していることを示した。 Vierbuchenら[1]
運動ニューロン Ascl1, Brn2, Myt1l, Lhx3, Hb9, Isl1, Ngn2 直接的に誘導された運動ニューロンが電気生理学的に機能し、かつ筋細胞と機能的シナプスを形成できることを示した。 Sonら[2]
ドパミン作動性ニューロン Ascl1, Brn2, Myt1l 直接的に誘導されたドパミン作動性ニューロンは電気生理学的に機能し、かつドパミン産生能を持つことを示した。 Caiazzoら[3]
ノルアドレナリン作動性ニューロン Ascl1, Phox2b, AP-2α, Gata3, Hand2, Nurr1, Phox2a 直接的に誘導されたノルアドレナリン作動性ニューロンは、電気生理学的に機能し、共培養した心筋細胞の拍動数を制御できた。 Liら[4]
神経幹細胞 Sox2, Brn2, FoxG1
またはSox2, Brn4, Klf4, c-Myc 
直接的に誘導した神経幹細胞が自己複製能を持ち、かつニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトに分化できること示した。 Lujanら[6]
Hanら[5]
グルタミン酸作動性ニューロン PTB1に対するshRNAの導入 マウスの胎生線維芽細胞から電気生理学的にも機能しているグルタミン酸作動性ニューロンが誘導された。 Xueら[17]
グルタミン酸作動性ニューロン cAMP産生作用をもつフォルスコリンとGSK-3β阻害作用をもつCHIR99021などの低分子化合物を培地に添加 マウス・ヒト線維芽細胞から電気生理学的にも機能しているグルタミン酸作動性ニューロンが誘導された。 Liら[12]
Huら[11]

参考文献

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