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山下 英尚
広島大学
DOI:10.14931/bsd.1978 原稿受付日:2012年12月5日 原稿完成日:2014年2月21日
担当編集委員:漆谷 真(滋賀医科大学 医学部 脳神経内科)

英語名:apathy 独:Apathie 仏:apathie

 アパシーとは普通なら感情が動かされる刺激対象に対して関心がわかない状態のことを言い、興味や意欲の障害であると考えられている。多くの疾患でよく見られる状態であり、古くからある言葉であるにもかかわらず、医学的な注目がなされ始めたのはごく最近のことであり、その定義や病態、意義についてもまだ議論の余地が残されている。

アパシーとは

 アパシー(apathy)のaはないという意味の接頭語で、pathosはギリシャ語でpassionを意味する。したがってアパシーは普通なら感情が動かされる刺激対象に対して関心がわかない状態のことを言い、興味や意欲の障害であると考えられている。しかしその使われ方にはばらつきがあり、特に神経内科領域と精神科領域ではそのとらえ方に差がある。神経内科ではアパシーを独立した病態として、精神科領域ではうつ病の部分症状あるいは近縁疾患として捉えられることが多い。

 1990年にMarinは臨床症状としてのアパシーの定義付けを初めて試みた[1]。彼はアパシーを意識障害認知障害情動的苦悩によらない動機付けの欠如ないしは減弱した状態と定義した。ここで言う動機付け(モチベーション)とは目的ある行動(goal-directed behavior)の開始、持続、方向性、そしてその活力に対して必要な駆動力を指す。アパシーは多くの疾患でよく見られる状態であり、古くからある言葉であるにもかかわらず、医学的な注目がなされ始めたのはごく最近のことであり、その定義や病態、意義についてもまだ議論の余地が残されている。

診断

 Marinは、

  • 目的ある行動(goal-directed behavior)の減弱(自発的な根気強い努力の欠如で示される)
  • 目的ある思考(goal-directed cognition)の減弱(個人の健康、経済的問題などへの関心の欠如で示される
  • 目的ある行動に付随した情動的反応(emotional concomitant of goal-directed behavior)の減弱(感情の平板化や良いあるいは悪い出来事への情緒的反応の欠如で示される)

 を特徴とした動機付けの欠如ないしは減弱した状態とアパシーを定義した[1]。しかしLevyらはモチベーションは内的な状態であり、その評価は表出された行動や感情の観察に基づかざるを得ないことからMarinの定義には問題が含まれており、彼らはアパシーを自発的な目的ある行動の量的な減少として定義するべきであると提唱している[2] 。Marinの定義ではアパシーは認知障害によるものではないとしたが、アルツハイマー病患者では高率にアパシーを示すことが繰り返し報告されており[3] [4]、アパシーの定義や診断基準にはまだ混乱が見られる。

 国際疾病分類第10版[5] においてもアパシーは疾患としての項目はなく、症状、徴候および異常臨床所見・異常検査所見で他に分類されないものの中にR45.3 無気力及び感情鈍麻(アパシー)とあるに過ぎない。いずれにしてもアパシーの診断基準に統一されたものはまだないのが現状であり、アパシーの研究を進める上で統一された診断基準がないことは最も大きな問題であると考えられる。

 アパシーの重要度評価としては1991年にMarinらがApathy Evaluation Scaleアパシー評価尺度)を開発し[6]、その後Starksteinらがその短縮版としてApathy Scaleを発表した[7]。Apathy Scaleの日本語版は岡田らによってやる気スコア[8]として翻訳され、脳卒中データバンクのホームページからpdfファイルのダウンロードが可能であり、使用できる。

うつ状態との異同

 アパシーとうつ状態は概念的にも臨床的にも混同されることが多い。うつ状態とは概念的には持続的な気分(mood)の障害であり、意欲そのものの障害ではないが、精神科で頻用されているうつ病の診断基準であるDiagnostic and statistical manual of mental disorders 4th edition: DSM-IV [9]では大うつ病エピソードは”抑うつ気分”もしくは”興味・喜びの減退”のいずれかを必須項目としている。抑うつ気分は気分の障害であるが、興味・喜びの減退は普段なら興味や喜びが感じられていた刺激に対して反応しなくなる状態であり、アパシーの概念に近い。

 DSM-IVハンドブックにおける興味・喜びの減退の項目における症状の詳しい説明としては「その人達は趣味に興味を感じなくなったり、あるいは以前に喜びであった活動に何の喜びも感じないと言うかもしれない。家族はしばしば、社会的引きこもり、または楽しみであった娯楽にかまわなくなったことに気づいている」と表現されている。この状態はこれまで楽しめていた活動に対して楽しみや喜びを感じられなくなり、その活動に対してのモチベーションが失われていることを示しており、まさにアパシーの状態と考えられる。そのほかの項目においても易疲労性、または気力の減退、思考力や集中力の減退、または決断困難も一部にアパシーの要素が含まれている項目であると考えられる。

 このように精神科におけるうつ病の診断基準にはアパシーという用語こそ含まれていないものの意欲に乏しく何事にもやる気が起こらずおっくうな状態はうつ病の主要な症状であると考えられていることがわかる。大うつ病エピソードの診断基準は一定の症状を示す症候群であり、アパシーの診断基準もまた症候群であるので両者が一部重複をするのは仕方のないことであるが、背景にある病態が異なれば対応も異なるため両者を区別して考えることや、うつ病の症状の中でも気分の障害と意欲や興味の障害を分けて考えることは必要ではないかと考えられる。

臨床症状への影響

 アパシーの存在の臨床的な意義としてはアパシーが日常生活機能との間に密接な関連があることが挙げられる。たとえばアルツハイマー病患者においてアパシーのある患者ではない患者と比較して日常生活機能(ADL)の障害は高度であり[10]、アパシーの程度と機能障害の程度の間には相関関係が認められる[11]

 このような関連はアルツハイマー病だけでなく、血管性認知症[12]脳卒中患者1[13]、うつ病患者[14]においても報告されている。認知機能に関してもアパシーのある患者ではない患者と比較して認知機能が低く、経過中の認知機能の低下していく速度も大きいことがアルツハイマー病[10]、脳卒中患者[13]、老人ホームの居住者[15]などで報告されている。さらに、アパシーを有する脳卒中患者ではリハビリテーションによる機能回復が遅延することも報告されている[16]

 アパシーは介護者にとっての負担感を大きくする要因でもある。アルツハイマー病患者の介護者の負担感は患者のアパシースコアとの間に強い相関が認められたが、認知機能障害の程度やADL障害の程度とは関連がなかったと報告されている[17]。また、アパシーは患者の生活の質(Quality of Life; QOL)にも影響を及ぼす可能性がある。老人ホームの居住者を対象とした検討では認知機能障害があまりない対象ではアパシーは主観的なQOLを低下させていたと報告されている[15]。このようにアパシーはさまざまな臨床症状に悪影響を与えることが報告されているが、この影響はアパシーによるモチベーションの障害が影響を及ぼしている廃用症候群と呼ぶべきものであるのか、その他の要因を介しているのかは今後の検討が必要である。

想定されるメカニズム

 アパシーはパーキンソン病やアルツハイマー病、脳卒中後患者など脳器質疾患患者で多い症状とされ[2]、アパシーが引き起こされるメカニズムもモチベーションの障害などの症状の神経心理学的な特徴[18]、基礎疾患の病態[19] [20]や治療効果のある薬剤[21] [22]、脳卒中患者のアパシーにおける脳損傷部位、アパシー患者におけるPETSPECTMR spectroscopyなどの機能的脳画像研究などさまざまな検討がなされている(表)。

 これらの検討からはドーパミンアセチルコリンなどの神経伝達物質の異常やモチベーションに関連する神経回路として前頭葉−皮質下回路のどこかが損傷されるとアパシーが引き起こされるとの仮説が提唱[23]されているが、報告によって結果には差異が見られる。この結果の差異は使用されている診断基準や重症度評価の違いもあるが、そもそもアパシーはさまざまな疾患で認められる臨床症状あるいは症候群であり、さまざまな原因によって類似した症状が引き起こされるためと考えられる。

手法 所見 関連領域
剖検 神経原線維変化 前帯状回[24]
CT 病変 基底核[25]
MRI 体積減少 前帯状回[26]
前頭葉[27]
側坐核[28]
高輝度領域 前頭—皮質下回路[29]
右半球[29]
MR spectroscopy NAA/Cr比率低下 前頭葉[30]
PET 血流減少 基底核[31]
背外側前頭前野[31]
代謝低下 前頭葉[32]
ドーパミン/ノルアドレナリン トランスポーター結合能低下 腹側線条体[33]
SPECT 血流低下 帯状回[34]
前頭葉[35]
前頭前野[36]
前頭葉眼窩面[37]
側頭葉[36]
ドーパミン トランスポーター取込低下 被殻[38]

表.アパシーにおける構造画像/機能画像研究

治療

 アパシーは一定の臨床症状を示す症候群であり、その病態も上述のようにさまざまなものが考えられるので、治療も想定される病態に合わせたものが求められる。大まかには薬物療法と非薬物療法に分けられる。

薬物療法

 パーキンソン病などのドーパミン神経系の異常が想定される患者ではL-ドーパ[39]ロチゴチン[40] などのドーパミン神経系を賦活する薬剤、アルツハイマー病レビー小体型認知症などのアセチルコリン神経系の異常が想定される患者ではドネペジル[41]ガランタミン[42]などのアセチルコリン神経系を賦活する薬剤やメチルフェニデート[43]の有効性が報告されている。治療効果の報告の多くはケースレポートやケースシリーズであるが、メチルフェニデイトやドネペジルなどでは少数ながらRCTの報告もある。

非薬物療法

 アパシーに対する非薬物療法が重要なことは論を待たないが、系統立てておこなわれた研究は少ない。多職種によるアプローチ、孤立を防ぐ、自律を促し疾患よりも個人への援助を心がける、障害があればそれを補うような器具や環境の整備などが推奨されているが、総説レベルに留まっている[44][45]。アパシーが存在するとActivities of Daily Living (ADL)や認知機能に悪影響を及ぼす事は上述の通りであるが、臨床的な実感としてはリハビリテーションなどの身体的な活動性を上げるようなアプローチはアパシーを改善させるため、無作為化比較対照試験 (randomized controlled trial, RCT)をおこなう事は難しいが方法論を工夫して非薬物療法の効果については更なる検討をおこなう事が望まれる。

関連項目

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