「積分発火モデル」の版間の差分

93行目: 93行目:
 まず、スパイクによって閾値が変動すると考えられる。閾値がスパイクによって変動するモデルとして、Multi-timescale Adaptive Threshold (MAT) モデル<ref name=Kobayashi2009><pubmed>19668702</pubmed>C および MATLABコードが著者の[http://www.hk.k.u-tokyo.ac.jp/r-koba/applications/pred_JP.html ホームページ]にある。</ref>を紹介する。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルの閾値<math>V_{th}(t)</math>は次の式で書ける。
 まず、スパイクによって閾値が変動すると考えられる。閾値がスパイクによって変動するモデルとして、Multi-timescale Adaptive Threshold (MAT) モデル<ref name=Kobayashi2009><pubmed>19668702</pubmed>C および MATLABコードが著者の[http://www.hk.k.u-tokyo.ac.jp/r-koba/applications/pred_JP.html ホームページ]にある。</ref>を紹介する。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルの閾値<math>V_{th}(t)</math>は次の式で書ける。


::<math>V_{th}(t)=\omega+\sum_{j:t_j<t}H(t-t_j)</math>
::<math>V_{th}(t)=\omega+\sum_{j:t_j<t}H(t-t_j)\mbox{    }\cdots(6)</math>
::<math>H(t)=\alpha_1+r^{-t/\tau_1}+\alpha_2+r^{-t/\tau_2}</math>
::<math>H(t)=\alpha_1+r^{-t/\tau_1}+\alpha_2+r^{-t/\tau_2}\mbox{    }\cdots(7)</math>


ここで<math>t_j</math>は<math>j</math>番目のスパイク時刻であり、(6)式の和は時刻<math>t</math>までに起きたすべてのスパイクについて取る。また、<math>\omega</math>, <math>\alpha_1</math>, <math>\alpha_2</math>はモデルパラメータ、<math>\tau_1=10\mbox{ }[ms]</math>, <math>\tau_2=200\mbox{ }[ms]</math>は時定数である。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルは、膜電位が閾値に達したら、膜電位をリセットする代わりに閾値を上昇させるという点において積分発火モデルと異なる('''図1''')。このモデルは、わずか3つのパラメータで脳を構成する多様な発火パターンを再現する ('''図2''')。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルは、スパイクに着目した線形化近似を行うことで、Hodgikin-Huxleyモデルから導出することもできる<ref name=Kobayashi2016></ref>[16]。この解析により、速い時定数<math>\thicksim 10\mbox{ }[ms]</math> は膜時定数、遅い時定数<math>\thicksim 200\mbox{ }[ms]</math>は遅いカリウムイオン電流 (Mタイプ電流K<sup>+</sup>電流やCa<sup>2+</sup>活性化K<sup>+</sup>電流) に対応することが示された<ref name=Kobayashi2016></ref>[16]。また、Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルではカーネル<math>H(t)</math>として2つの指数関数の和を仮定したが、<math>H(t)</math>として指数関数を仮定し、膜電位をリセットするモデルもある<ref name=Liu2001><pubmed>11316338</pubmed></ref><ref name=Jolivet2008><pubmed>18160135</pubmed></ref><ref name=Levakova2019><pubmed>31387478</pubmed></ref> [18,19,20]。
ここで<math>t_j</math>は<math>j</math>番目のスパイク時刻であり、(6)式の和は時刻<math>t</math>までに起きたすべてのスパイクについて取る。また、<math>\omega</math>, <math>\alpha_1</math>, <math>\alpha_2</math>はモデルパラメータ、<math>\tau_1=10\mbox{ }[ms]</math>, <math>\tau_2=200\mbox{ }[ms]</math>は時定数である。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルは、膜電位が閾値に達したら、膜電位をリセットする代わりに閾値を上昇させるという点において積分発火モデルと異なる('''図1''')。このモデルは、わずか3つのパラメータで脳を構成する多様な発火パターンを再現する ('''図2''')。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルは、スパイクに着目した線形化近似を行うことで、Hodgikin-Huxleyモデルから導出することもできる<ref name=Kobayashi2016></ref>[16]。この解析により、速い時定数<math>\thicksim 10\mbox{ }[ms]</math> は膜時定数、遅い時定数<math>\thicksim 200\mbox{ }[ms]</math>は遅いカリウムイオン電流 (Mタイプ電流K<sup>+</sup>電流やCa<sup>2+</sup>活性化K<sup>+</sup>電流) に対応することが示された<ref name=Kobayashi2016></ref>[16]。また、Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルではカーネル<math>H(t)</math>として2つの指数関数の和を仮定したが、<math>H(t)</math>として指数関数を仮定し、膜電位をリセットするモデルもある<ref name=Liu2001><pubmed>11316338</pubmed></ref><ref name=Jolivet2008><pubmed>18160135</pubmed></ref><ref name=Levakova2019><pubmed>31387478</pubmed></ref> [18,19,20]。
100行目: 100行目:
 また、閾値は膜電位<math>V</math>やその微分<math>\tfrac{dv}{dt}</math>によって変動すると考えられる。Azouz とGray は''in vivo''膜電位データを分析し、閾値が膜電位の微分に依存することを示した<ref name=Azouz2000><pubmed>10859358</pubmed></ref>[13]。また、膜電位の微分情報を活用することによって、Hodgikin-Huxleyモデルに対するスパイクの予測精度が向上することが示されている<ref name=Kobayashi2007><pubmed>17358202</pubmed></ref>[21]。この結果は、Hodgikin-Huxleyモデルの閾値が膜電位の微分に依存することを示唆している。PlatkiewiczとBretteは、Hodgikin-Huxleyモデルの閾値は近似的に以下の式に従うことを示した<ref name=Platkiewicz2010><pubmed>20628619</pubmed></ref>[15]。 
 また、閾値は膜電位<math>V</math>やその微分<math>\tfrac{dv}{dt}</math>によって変動すると考えられる。Azouz とGray は''in vivo''膜電位データを分析し、閾値が膜電位の微分に依存することを示した<ref name=Azouz2000><pubmed>10859358</pubmed></ref>[13]。また、膜電位の微分情報を活用することによって、Hodgikin-Huxleyモデルに対するスパイクの予測精度が向上することが示されている<ref name=Kobayashi2007><pubmed>17358202</pubmed></ref>[21]。この結果は、Hodgikin-Huxleyモデルの閾値が膜電位の微分に依存することを示唆している。PlatkiewiczとBretteは、Hodgikin-Huxleyモデルの閾値は近似的に以下の式に従うことを示した<ref name=Platkiewicz2010><pubmed>20628619</pubmed></ref>[15]。 


::<math>V_{th}(t)\thickapprox V_T-k_a\log{h}</math> (8)
::<math>V_{th}(t)\thickapprox V_T-k_a\log{h}\mbox{    }\cdots(8)</math>


<math>h</math>はNaチャネルのゲート変数、<math>k_a</math>, <math>V_T</math>は定数である。式(8)は、実験データやHodgikin-Huxleyモデルで観察された、閾値が膜電位の微分に依存する性質を説明できる。
<math>h</math>はNaチャネルのゲート変数、<math>k_a</math>, <math>V_T</math>は定数である。式(8)は、実験データやHodgikin-Huxleyモデルで観察された、閾値が膜電位の微分に依存する性質を説明できる。


 スパイクと膜電位のどちらの影響も考慮に入れたモデルもある。山内らは、閾値の膜電位依存性を考慮に入れたMulti-timescale Adaptive Thresholdモデルを提案した<ref name=Yamauchi2011><pubmed>22203798</pubmed></ref>[22]。
 スパイクと膜電位のどちらの影響も考慮に入れたモデルもある。山内らは、閾値の膜電位依存性を考慮に入れたMulti-timescale Adaptive Thresholdモデルを提案した<ref name=Yamauchi2011><pubmed>22203798</pubmed></ref>[22]。
::<math>V_{th}(t)=\omega+\sum_{j:t_j<t}H(t-t_j)+\beta\int\alpha(s)\frac{dV}{dT}(t-s)dS</math> (9)
::<math>V_{th}(t)=\omega+\sum_{j:t_j<t}H(t-t_j)+\beta\int\alpha(s)\frac{dV}{dT}(t-s)dS\mbox{    }\cdots(9)</math>


ここで<math>H(t)</math>は式(7)で定義されるカーネル、<math>\alpha(S)=se^{-s/\tau V}\mbox{ }(\tau_V=5\mbox{ }[ms]</math>)を持つ。このモデルは4つのモデルパラメーター<math>\omega</math>, <math>\alpha_1</math>, <math>\alpha_2</math>, <math>\beta</math>を持つ。このモデルは、実験データのスパイクを高精度に予測でき、かつ、Izhikevichモデルと同様に多様な神経細胞が持つ、さまざまな発火パターンを再現できる<ref name=Yamauchi2011></ref> [22]。
ここで<math>H(t)</math>は式(7)で定義されるカーネル、<math>\alpha(S)=se^{-s/\tau V}\mbox{ }(\tau_V=5\mbox{ }[ms]</math>)はアルファ関数である。このモデルは4つのモデルパラメーター<math>\omega</math>, <math>\alpha_1</math>, <math>\alpha_2</math>, <math>\beta</math>を持つ。このモデルは、実験データのスパイクを高精度に予測でき、かつ、Izhikevichモデルと同様に多様な神経細胞が持つ、さまざまな発火パターンを再現できる<ref name=Yamauchi2011></ref> [22]。


===Spike Response Model===
===Spike Response Model===